打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第24話 挑戦者

 チームもなかの十人を残し、俺達はバスへ乗り込んだ。

 彼女らにはまだ学校でやってもらうことがあるので置いていくことになってしまうが、会場での楽器搬出入の手伝いをしてもらうので別の交通手段で後程合流してもらう。

 サンフェス時同様座席は決まっていない。が、パート毎で固まっているところが多いようだ。乗り込むのも大体そんな順番だったし。

 ということで今回はナックルが隣。沙希に、お気楽コンビでお似合いよ、なんて言われてしまった。

 失敬な。ナックルはともかく、俺だって適度に緊張してるっつの。

 

 

「え、篤が緊張してるのか」

「緊張感ゼロで本番に臨むほど脳ミソすっからかんでも心臓マリモでもねえよ」

「ナックル先輩は緊張してないんですか?」

 

 

 前の席から美代子が振り返って尋ねる。

 ドカッと背もたれに体重を預けて答えた。後ろの人が吃驚するからやめようね。

 

 

「うーん、俺もそんなにかな」

「おい俺を巻き込むな」

「いや緊張してないとは言ってないだろ。うわー本番だなーってぐらい」

 

 

 俺も五十歩百歩でした。俺が百歩のつもりだけど。

 しかしあまりにも雑な物言いだったため、ナックルはまたまたパートの女性陣から辛辣な言葉をもらう。

 

 

「軽いですね」

「軽いわね」

「軽い男ですね」

「最後おかしいだろ!?」

「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」

「篤まで!?」

 

 

 一様に静かな車内であるが、どうしてかこの一角だけ賑やかだ。

 パートリーダーの特徴でも出るんだろうか。すぐ近くの低音パートの方では、四葉のクローバータクシーを見つけているらしいし。

 

 

「お御籤入ってる」

「ホントだ。大吉だって」

「私も」

 

 

 他からも楽し気な声が聞こえてきた。どうやら貰ったお守りの中にお御籤が入っているようだ。

 てかお守り開けちゃっていいのか? 手作りとはいえ。

 そんなことを気にする人はいないようで、次々に開けてはバスの中が賑やかになる。

 縁起を担いで大吉なんだろうがなあ。捻くれマインドを持つ人間はこう考えてしまうのだ。

 

 

「あとは落ちるしかないってか」

「……お前は本当にアレだな」

 

 

 罰が当たらないよう、一度拝んでから開封させていただく。

 入っていたお御籤は当然大吉……ではなかった。

 

 

「中吉……」

「マジで? なんで篤のだけ?」

「ええいうるさい。まずは俺にこれを堪能させろ」

 

 

 お御籤結果の他に細々と文字が書かれてあった。

 『こういうときに残念な見方になる先輩は中吉です! ここが頂点じゃないですよ!!』

 

 あー、そういうことね。完全に理解した。寧ろ理解されてた。

 流石ウチの後輩だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けばあっという間に会場に着いた。

 そこから滞りなく楽器搬入を済ませ、控室への移動も済んだ。

 個々人の最後の調整であるチューニングも終わり、あとは全体で合わせるだけだ。

 

 

「皆さーん、合わせますよー」

 

 

 滝先生がパンと手を鳴らして注目を集める。

 

 

「合奏する時間はないので、とにかく最初の入りを確認します」

「はい!」

 

 

 練習時間をめいいっぱい使って、何度も何度も課題曲と自由曲の出だしを繰り返した。

 金管楽器でもっとも怖いことは最初の音を外すこと。高音になればそのリスクも上がるし、そうなってしまってはその後の立て直しも難しくなる。

 だからこそ先生は出だしを重点的にやったんだろう。

 

 

 練習が終わったタイミングで先生が話し出す。

 本番当日に顧問の言葉はここまでなかった。

 ようやっと滝先生の言葉が聞ける。さてさて、今からどんな風に俺達を乗せてくれるんですか。

 

 

「えっとー、実はここで何か話そうと思って色々考えてきたのですが、あまり私から話すことはありません。春。あなたたちは、全国大会を目指すと決めました。向上心を持ち、努力し、音楽を奏でてきたのは、全て皆さんです。誇ってください。私たちは、北宇治高等学校吹奏楽部です」

 

 

 ああ、本当に乗せるのが上手いな。細かな人間関係を取り持つのはまだまだだろうに、ここぞというときは締める。だからついていこうと思える。

 

 

「そろそろ本番です。皆さん、会場をあっと言わせる準備は出来ましたか?」

 

 

 春の日を思い出した。私たちは全国を目指しているのですから。目の前の彼がそう言った日を。

 先生はあの日と同じ、挑戦的で不敵で屈託のない笑みを浮かべている。

 その笑みで確立された目標を今一度胸に強く抱き、気持ちをピリリと引き締めた。

 

 

「始めに戻ってしまいましたか? 私は訊いているんですよ。会場をあっと言わせる準備は出来ましたか?」

 

 

 返事はなくとも通じている。それでも先生は問いかけた。想いを言葉にしよう。

 

 

「はい!」

 

 

 ふっと笑い、コンダクターは俺達を導いた。

 どこに導くかなんて決まってる。

 

 

「では皆さん。行きましょう、全国に」

 

 

 

 指揮者の導きによって舞台上へ。とはまだならない。その一歩手前の舞台袖へ移動だ。

 ここまで来たら音出しは厳禁。なので出来ることと言えば一人孤独に己と向き合うか、誰かと対話をするぐらい。

 俺が話すべき相手、話したい相手はいるか? 晴香とは昨日話した。パートの連中とはさっきまで話していた。ならば――。

 そろりそろりと、銀色のユーフォニアムを抱えたやつの所へ行く。

 

 

「お前、全国大会の審査員知ってるか?」

「知らない。まだ発表されてないでしょ。それがどうしたの」

「今年、多分いるぞ」

 

 

 あすかは暗がりでもわかるほど、はっと目を見開いた。瞳に映し出されるは憧憬の色。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐさま何かを諦めた表情になる。

 

 

「そこまで行けなきゃ関係ない。それに、本当にあの人がいるかはまだわかんないんだから」

 

 

 現実的で正当な事を言って、目の前の事実を客観視しようとする。

 利口ぶりたいならそれは有効手段だ。諦めがいいことはまるで立派な大人のように見えるから。

 でもな、俺は審査員に誰がいるかは言ってない。なのに誰のことを指しているか、あすかはすぐにわかった。それはつまり、その人に聞いてもらいたいってずっと思っているからじゃないのか。ずっと憧れているからじゃないのか。ユーフォニアムと初めて出会った時からずっと。

 お前のことは俺が誰よりも知ってるつもりだ。そんな俺の前で、お前が、望みを捨てようとするんじゃねえ。

 

 

「偶にゃガキになれよ。俺が特別でいてやるから」

 

 

 上手く立ち回るために必要な、田中あすかのブランドイメージを崩さないよう、あすかにだけ聞こえる音量で囁いた。ナイショ話なんかじゃないはずなのに。

 

 時間的にもいい頃合いになってきたので、自分の場所に戻り集中を高める。

 コンディションOK。懸念事項特になし。モチベーションも、十分。

 学ランの胸ポケットに手を当てる。小さな声で届けたい想いを口にした。

 

 

「見ててくださいね」

 

 

 これからの演奏だけじゃない。北宇治高校吹奏楽部の躍進を。全国大会金賞までの軌跡を。

 最初に俺に目標をくれた人とこのスカーフの持ち主は同窓生らしい。大学でも一緒だ、なんて言ってたや。

 だから、これに想えば二人ともに想いは届くだろうか。届くといいな。あなたたちに。

 あなたたちが叶えられなかったことを俺が叶えてやろうなんて、烏滸(おこ)がましいけど。

 

 前の学校の演奏が終わり、退場していく。

 

 

「北宇治の皆さん、どうぞ」

 

 

 開けられた扉の向こうに見えるのは、二年間万全の状態でなんか立てなかったステージ。いよいよ北宇治の番だ。

 位置について少しすると、スポットライトがパッと点灯する。暑くて眩しい。単純な事実が、ここが他の場所と違うところだと思い知らせてくれた。

 

 

「プログラム五番。北宇治高校吹奏楽部。課題曲Ⅳに続きまして自由曲、堀川奈美恵作曲『三日月の舞』、指揮は滝昇です」

 

 

 弾けるような拍手が鳴り響き、収束していく。

 完全に収束しきると舞台上に注目が集まった。ざわめきが消失し、音が何もない状態が生まれた。

 指揮者の手が上がり楽器を構える。その音すらも止んだとき、手が振り下ろされる。

 

 とても長いのにあっという間の十二分が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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