打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第25話 夏の日はまだ沈まない

 もう少しで結果発表と言う名の審判の時刻が訪れる。

 大抵の都道府県とは違い、京都府大会の結果発表は会場の外で行われる。さらに珍しいことに、口頭ではなく紙での発表だ。

 人によって若干のタイムラグが生じるのがめんどくさくもあるが、なんだかこれはこれで味があっていいと思っている。

 人が密集する所では適度に俯瞰できる位置に着きたい。

 顧問の先生方がいるほど後ろの方を確保すべく端にいようとすると、部長に捕まった。右腕の袖を掴まれ、文字通り捕まることに。

 

 

 

「何」

「いて」

 

 

 別段断る理由なんぞ無いんだが、どうにも意図を測りかねる。

 今日は俺に頼らないんじゃなかったのか?

 困惑面で棒立ちの俺に晴香が言う。

 

 

「今はお願い」

 

 

 よく見れば袖をつかむ手が震えている。これで断っちゃあ、男じゃねえよな。

 それに、ヤバくなったら支えるって言ったんだ。今は晴香の傍にいなきゃならない時だ。

 短く息を漏らし、返事をする。

 

 

「わかった」

「ありがとう」

 

 

 京都府吹奏楽コンクール。

 そう書かれた立看板の方を少女ら少年らが見つめていた。広場の熱気にあてられた彼らの頬は斉一に紅潮している。はやる気持ちを抑えようと深呼吸する音も聞こえてくる。

 

 

「来たっ」

 

 

 誰からともなく声が漏れる。

 皆の視線の先には、この夏の明暗を左右することが書かれた紙がある。金、銀、銅のいずれかの色が記され、関西大会に出場する学校名の横にはその旨も記される。

 その紙が男たちの手によって広げられた。

 北宇治はどこだ。早く見つけろ。期待を確定事項に変えろ。

 

 

「あった」

 

 

 呟きは雑多な音の中に消えていく。

 好きな小説のページを捲るときのようにじっくりとその一行を見つめた。

 金賞。当然だろう。今の北宇治の実力で金が獲れないはずがない。

 その横にも文字がある。

 関西大会出場。これも、当然。しかし少しか頬が緩む。憧れを追い越す為の大きな一歩だ。

 

 グイと右腕が引っ張られる。興奮した表情で彼女は俺を呼んだ。

 

 

「篤! 関西!」

「ああ」

 

 

 夢みたい、と高揚感に包まれたまま呟く。

 夢じゃない。現実だ。俺達の実力で掴み取った、関西への切符。

 

 

 

 

「まだよろしく。部長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果が出されれば勝者と敗者の区別がはっきりしてくる。

 嗚咽交じりに流す涙の意味は人によって違う。悔し涙であったり、嬉し涙であったりと対照的だ。

 どんな結果であっても受け止めなければならない。時間を冷凍保存しておくことなんて出来ないのだから。

 選ばれたものができることは、選ばれなかった者の分まで努力すること。それは高校野球のベンチ入りメンバーの選抜であっても、吹奏楽部の大会であっても、順位付けというふるいにかけられることならば差異はない。

 誰かを蹴落とした事実は見たくないものだ。だが敢えて直視する。次に進めることが当たり前ではないと、わかっていたい。

 その上で、思い切り喜びを噛み締める。

 今日は見事なまでの清夏だ。早起きに加えて本番の演奏ということで体は疲労を感じているだろうが、今日の内にあの人に会って報告しよう。喜んでくれるよな。きっと。

 

 

 めでたい結果に心躍らせたまま、記念写真の撮影となった。

 正直、写真と言うものが苦手な為いつも通り仏頂面で。なんてできない。どう足掻いても頬が俄かに緩む。じゃあもうこれでいいや。

 少し離れた所にいた滝先生を一年男子コンビが連れてくる。驚いて引きずられているが、案外満更でもなさそうだ。

 

 

「じゃあいきまーす。何かポーズとってー」

 

 

 何かってなんだよ。ま別にポーズをとる必要性はない。このままでいいか。

 シャッター音が数度鳴る。

 今この瞬間が切り取られた写真には、俺達が今感じている興奮とか喜びとかと言ったものが映されているんだろう。

 それにしてもポーズを取らせようとしたのに、考える時間をほぼ与えなかったこのカメラマンS。

 

 

 

 

 

「はーい、みんなー集まってー」

 

 

 学校に戻る前に、顧問から軽くお話しだ。

 バラバラに集まると、部長が先生の方を向く。

 

 

「お願いします」

「えっと、こういうのは初めてなので何と言っていいのかわからないのですが。皆さん、おめでとうございます」

 

 

 他人事ー? この人顧問だよな? 指揮者だよな? 一緒にステージ上がったよな?

 

 

「そんな! 寧ろ感謝するのは私たちの方です。みんな、せーの」

「ありがとうございました!」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 

 あっさり。盛り上がらねー。なんて声が聞こえてきた。うん、まあ、滝先生に盛り上がる何かを期待する方が間違ってるよな。松本先生は生徒からボックスティッシュを差し出されるほど泣いてたってのに。

 本当、なんでうちの顧問たちはこうも両極端なんだ。

 そして部長のアドリブに皆さんよく合わせられたな。俺はちょっと出遅れたから「ありがとうございました」じゃなくて「~っとうざいました」になった。

 ガクッとなりそうなぐらい淡白な処理をしてくれたが、節目節目で部員をインスパイアする力はやはり長けている。

 

 

「私たちは、今日たった今から代表です。それに恥じないように、さらに演奏に磨きをかけていかなければなりません。今この瞬間から、その覚悟を持ってください」

「はい!」

 

 

 北宇治高校吹奏楽部の曲は、まだまだ続いていく!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて京都府大会編終了です。短くてすみません。切りがいいので25話で締めたかったんです。アニメ2期の冒頭も入っていますが、滝先生の言葉で区切りがつくと思っていますので入れました。
見切り発車で書き始めたものですから、気づけば1話を投稿したのは3年以上前です。そりゃ私も通う学校変わりますわ(笑)。
作者も引くレベルでのんびりと進んでいったこの作品を読んでくださった皆さん、ありがとうございました。

さて今後についてですが、篤たちが卒業するまで書いていくつもりです。篤自身のことや、あすかに関することを書き明かしていかなければ気持ち悪いんです、私が。
私の力量が足りないばかりに雑な伏線張りとなりましたが、いろいろと興味は持っていただけているでしょうか? それらを明かした時、彼等彼女らの想いはこういうものであったのか、という私なりの解釈を楽しんで頂ければ幸いです。

次回更新はいつも通り日曜の12時半になる予定です。(前話の投稿時間はうっかり間違えました)
ここまで読んでくださった皆さんへ感謝を込めて、すっ飛ばしてきた縣祭りの回をお届けします。鋭意執筆中でありますが、特大ボリュームとなることだけは確定しています。
長いあとがきになりましたね。それでは、また来週。
本当にありがとうございました。

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