打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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アニメ第二期前半(関西大会編)
第26話 終わりと始まりの間


 我が北宇治高校は吹奏楽コンクール京都府大会にて金賞を受賞した。それだけではない。代表として関西大会への出場も決まったのだ。

 というわけで府大会が終わってから学校へ帰ると、余韻に浸る間もないまま関西大会に向かって歩み出した。まずは日程確認から。

 

 

 ええと、今日が五日で関西大会が二十七日。それまでたった三週間程度しか時間がない。その間にお盆休み二日間と合宿三日間か。他に書かれていることは殆どないな。白が目立つスケジュール。だからといって休みが多いなんてわけがない。何このないないづくし。イケナイ太陽? 太鼓の達人でやるの楽しいんだよなあ、あの曲。

 日程表の白=練習だよこれ。休みはわざわざ休みって書かれなきゃ休みじゃない。なにそれどこの暗黒企業? 過労死は避けようね。

 しかしこいつは受験生には厳しいスケジュールだよなあ。部活部活部活部活部活部活……そろそろゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。俺は別段この程度で受験勉強に影響が生じることはないが、他の人たちはそう上手くいくまい。就職や専門学校だったらまだ楽だったりするんだろうか。それでも、人生の大事な選択には変わりない。どうか無事にことが進みますように。

 

 

「皆さん、行き渡りましたか? 八月の十七、十八、十九の三日間、近くの施設を借りて合宿を行います。今日帰ったら、ご家族にきちんと話しておいてください」

 

 

 日程表が配られたのを確認してから滝先生が話し出す。

 合宿。合宿ねえ。アニメや漫画の世界における合宿回は見てて楽しい。キャラの湯上り描写とか最高だよな。入浴中よりも湯上りが好きなんだよ。見える即物的なエロよりも見えないエロの方が俺はいい。まる出しよりもチラリズムがいい。寧ろチラリとも見えないのが一番いい。見えそうだけど全然見えない。ひたすらに妄想を掻き立てるエロ。それこそがジャスティス。そげぶなんていらない。あ? 冴えカノの0話はいるに決まってんだろ。家に一人でいる時に観て、うっひょーってなってるわ。……俺はいったい何を力説してるんだろう。

 今年度初頭とは違い、熱心に部活動に励むようになった生徒が尋ねた。

 

 

「その前の十五と十六が休みっていうのは」

「そのままの意味です」

 

 

 ざわめく音楽室内。何故だ。偶にゃ休もうぜ。ほら、働き方改革。顧問の先生方休ませたげなきゃ、リアルに過労死するかもしれんし。

 

 

「休むんですかぁ」

「練習したいのはやまやまなのですが、その期間は必ず休まなくてはならないと学校で決まっているらしくて」

「自主練もダメなんですか?」

「学校を閉めるらしいですよ」

 

 

 不満を垂れ流しているのは主に三年生。お前らマジでどーしたの。胎内巡りでもしてきた? 四月五月頃と変わり過ぎじゃね。

 まあ、楽器は一日触れないだけで演奏技術が落ちると言われる。当然と言えば当然なんだろうか。

 それに今までスローガンのように掲げてきた全国大会出場が、少しだけ現実味を帯びてきたのだ。上を目指すようにもなるだろう。

 

 

「とにかく、残された時間は限られています。三年生はもちろん、二年生、一年生も、来年あると思わず、このチャンスを必ずものにしましょう」

「はい」

「では練習に移りますが、その前に」

 

 

 先生が含みのある言い方で指揮台から降りた。

 何かあるんだろうか。すると音楽室の戸が開かれた。チームもなかの諸君が登場する。楽器を持ってるってことは、お祝いの演奏的なのがあるのか?

 

 

「えーっと皆さん、関西大会、おめでとうございます」

「わたしたちチームもなかは、関西大会に向けて、これまでと同様皆を支え、一緒にこの部を盛り上げていきたいと思っています」

「おめでとうの気持ちを込めて演奏するので、聴いてください」

 

 

 もなかの名の由来となった二年生三人が言葉を述べ、演奏が始まる。

 パーパッパッパーッパー。このフレーズだけで曲がわかり、自然とクラップ音が鳴った。曲目は『学園天国』。老若男女誰もが知っているといっても過言ではないであろう曲だ。世代によって誰の曲かという認識は異なるだろうが、演奏すると盛り上がること間違いなしなので吹奏楽部には馴染が深い曲でもある。今度の学校祭で演奏予定の曲の中からのチョイスか。

 

 

「コングラチュレーション!」

 

 

 上手くなったもんだねえ。コンクールメンバーよりも音を聞くことが少ない分、上達ぶりがよくわかる。あかん、オジサン(今年十八歳)泣きそう。既に泣いているのが一名いるようだが。

 

 

「うあー、うー」

 

 

 ご存じ泣き虫部長氏である。気持ちはわかる。

 

 

「部長、何泣いてんの」

「ごめんごめん。ありがとうございました。みんなも、忙しいのに……」

「もーっ、こういう時は景気のいいこと言って締めないとダメでしょ? はいっいくよー。北宇治ファイトー」

 

 

 部長のセリフを掻っ攫い、副部長が音頭を取る。部長を真似て、訛った「北宇治ファイトー」だ。部長就任当初はからかわれていたが、みんな慣れた。恐らく次代にもこのイントネーションで受け継がれるんだろう。

 しかし、景気のいいことがこれなのかよ。いいや、乗っかれ。

 

 

「オーッ!」

 

 

 拳を突き上げ、声を上げたのは部員だけではなかった。今朝と同じように滝先生も参加していたし、なんと松本先生までやっていた。二人とも、やってから恥ずかしそうにしていたが。

 一同の声の中で微かに埋もれた言葉が一つ。

 

 

「それ私の……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 大会本番が終わったばかりであるので、当然ながら今日の練習は早めに終わった。早めにと言っても練習時間が短かっただけだが。部活終了時刻はいつもと変わらん。

 今日はさっさと帰ると決めていたので居残り練習はしない。今日の結果報告しに行かなきゃいけないからな。

 

 

「篤、一緒に帰らない?」

「わり、行くとこあるから」

 

 

 晴香からの誘いを断り、追及もさせないうちに足早に学校を去った。目的地まで自転車を飛ばす。かっとビングだぜ!

 世の中には行きたくなるお店というのがあるように、会いたくなる人だっているものだ。晴香と一緒じゃ行けないことはないんだが気が乗らない。無暗に他人を紹介するのも、なんだかなあって感じがする。出来れば然るべき人に許可を頂いてから来たいものだ。

 途中で花屋に寄り、白い向日葵を購入。女性に渡すわけだが決して花言葉を気にしていることはない。あの人旦那さんいるしな。いつか意味を込めて、晴香に渡したいとは思ってるけど。

 

 

「お久しぶりです、千尋(ちひろ)さん」

 

 

 買ってきた花を彼女の前に飾ってから挨拶をした。

 自然と声が弾むのは自転車を急いで漕いできたからだ。きっとそうだ。大会の結果で未だに喜んでいたりはしてない。そもそも冷静だったし。久々に千尋さんに会えて嬉しいとかでもない。

 あ、全く違うってわけじゃないですよ。ちゃんと結果を出してから、会いに来たかったんです。確かに年一で会いに来てますけど、それとこれとは違うじゃないですか。

 

 

「見ててくれましたよね。取り敢えず、今日の分」

 

 

 言いながら学生服の上着胸ポケットに入れた青色のスカーフを取り出す。

 本当に見ていてくれたかわからないけれど、傍にいてくれた気はしている。あなたが俺にくれた、青春時代の思い出の品です。あんなに大事そうに渡してくれたんだから、あなたの思いが少しくらい宿ってると思ったっていいでしょう?

 なあ千尋さん。俺、今年はいつもより来る時期早いでしょう。ああ、今年もいつもと同じ日にも来ますよ。今日はちょっと特別です。何故だと思います?

 なんて、クイズっぽく訊かなくたっていいか。結果発表の時もきっと傍にいてくれてただろうから。

 それでも、自分の口で報告したいことがあるんです。

 

 

「聞いてくださいよ、千尋さん。実ぁね、北宇治高校吹奏楽部、関西大会出場が決まりました」

 

 

 なんで今年だけ府大会の結果報告するのかって? そりゃあ今回が嬉しい結果だからですよ。いつもは不甲斐なさ過ぎて来れませんでした。

 必ず来る日、去年も一昨年も、俺謝ってたなあ。気にしなくていいって言ってくれたはずだけど、そんなことは無理なんです。これまでみたいな結果だったとしても今日は多分来ましたけどね。最後でしたから。三年間ずっと謝る様な結果にならなくてよかったです。本当に。

 ……結果は気にしますって。俺個人として良い結果出したいですし、憧れに追いつきたいですし、千尋さんが悲しそうな顔するの嫌ですし。あー、柄にもないこと言った気がする。こっちがくすぐったくなる様な笑顔を浮かべていそうだなあ。手元に視線を落として話を逸らす。

 

 

「これ、近くで見ててほしくて持ってったんですけどね、なんか、お守りみたいな気もしたんですよ。つっても自分でよく違いわかってないんすけど」

 

 

 俺たちの演奏を聞かせてやる! ってつもりだったのが、見守ってもらっちゃった感じです。うーん、やっぱりよくわかんねえや。すんません。

 でもね、絶対に言いたいことは決まってるんです。決まってるってか浮かんでくる、思わずにはいられないこと。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 深く頭を下げた。俺の想いが、その熱まで伝わりますように。

 たっぷり十秒ほど経ってから、彼女を見つめて宣誓をする。

 

 

「まだまだ頑張ります。だから、ちゃんと、全部、見ててください」

 

 

 頷いてくれた気がする。それから昔に頭を撫でられた感覚が蘇ってきた。やっぱり胸のあたりがくすぐったい。もうガキじゃないんですってば。記憶から五年経ってもどうにも敵う気がしない。

 

 さて、報告は終えた。今日は疲れたから早く帰ろう。

 てことで千尋さん、また来ますね。今度は、そうだな。関西大会の後ですかね。そうなるといつもの日が近いなあ。文化祭前だとちょっと俺バタバタしちゃうので、いつもと同じ日に来ます。全国出場の報告、楽しみにしててください。

 

 去り際に軽く一礼。ヤッベ欠伸出てきた。でも動いてりゃ眠気覚めてくれんだろ。てきとうな推測で自転車を漕ぎ出す。

 夜の帳は未だ降りきらず、世界にはオレンジ色のフィルターが掛かっている。帳が降りるのもフィルターの色が変わるのも唐突なことではない。なのに何故俺達は唐突なものと感じてしまうのだろう。

 ゆっくりとゆっくりと変化していくと、その変化には気づけない。

 何かが決定的に変わってしまった時に漸く気付くのだ。ああ、変わっていたのだと。

 もののかたちが突然変容しまったなんて、現実に有り得ないのに。

 掌に握りしめていた砂はいつか消えてしまう。零れないようにと強く握りしめていたって、気づかぬうちにさらさらと失われていく。

 気付いた時にはもうほとんど残っていない。

 汗でぐっしょりと湿った掌の一部にほんの少し残るだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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