打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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26日は誓いのフィナーレのDVD・Blu-rayの発売日ですね。私は初限予約しました。


第32話 熱源の在処

 合宿二日目。

 指揮台の上に立っているのは粘着イケメン悪魔と呼ばれていた顧問ではない。彼の友人兼吹奏楽部の外部指導者である、目に優しくない色のシャツを着た男性。声デカい。テンションも高い。

 

 

「ごめんねー。昨日は他の学校に行ってて来れなかったんだ。今日はボクがビシビシ指導してあげるから、任せといて」

「相変わらず、橋本先輩は元気ですね」

「まあ、それが彼の唯一の取り柄ですからねえ」

 

 

 少し離れた場所で感想を漏らすのは、むせ返るような爽やかさを携えた麗しい男女。滝先生と新山先生。

 新山先生は、以前から予告されていた木管担当の外部指導者。どんな伝手で呼んだのかと思えば、大学時代所属していたサークルの後輩だそうな。学生時代の伝手でほいほいエキスパートを呼べるってことは、滝先生の出身って音大か?

 マサさんの口上をぶった切って収めさせ、滝先生が部員達に指示を出す。

 

 

「今日のお昼まではパーカッション、金管、木管に分かれて練習。その後、昼から合奏にします」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 昨日の十回通しと比べれば今日はまだマシ、だったんだろうか。それでも、生徒五人に対し指導者一人という、他のパートに比べて大変贅沢な時間だった。つまりそんだけハードだってことなんだけど。

 昼休憩に入ったのがおよそ十四時。そこから一時間ほどの休息の後に午後の練習となる。

 

 そうして、合宿二日目の練習第二部が幕を開ける。

 十回通しほどキツイ内容ではないだろうが、合奏に次ぐ合奏が行われることは想像に難くない。もういつものことじゃーい。

 

 

 

「えー、ちょっと待って」

 

 

 通し練習のあと、マサさんが不満そうな顔で滝先生を見る。先生は怪訝な顔をした。

 

 

「どうしましたか?」

「どうしたもこうしたもないよ。自由曲のオーボエソロ。あれ何?」

「鎧塚さんの演奏に何か問題でも?」

 

 

 マサさんの指摘に新山先生も困惑の声をあげる。演奏の音に関しては特段問題があるように思えないんだが。

 

 

「いや、問題って問題はないよ。音も綺麗だしピッチも安定してる。高校生にしては十分すぎる。けど、なんていうか……うーん。ぶっちゃけつまらん! ロボットが吹いてるみたいだ」

「ロボット?」

 

 

 みぞれが僅かに首を傾げる。感情が見えない声。

 

 

「そう! 楽譜通り吹くだけだったら機械で打ち込んだらいい。そんなもん、わざわざ人間が吹く必要はない。じゃあなんでボクらが音楽をやるかっていうと、機械では表現できない何かがあるからじゃないか? 鎧塚さん、キミはこのソロをどうやって吹きたい? 何を考えて吹いてる? 何を感じながら演奏してる?」

「…………三日月」

 

 

 どういうことやねん。いやゴメン、茶化したいわけじゃない。俺以外もどよめいてるし。三日月を感じるってなんだ。曲の題名が『三日月の舞』なんだから言いたいことはなんとなくわかるけれど。

 マサさんが大きく首を横に振る。握りこぶしを作りながら否定した。

 

 

「いや、全然三日月じゃないよ、キミの演奏は。もっとこう、上手いこと三日月感出せないの? なんというか、もっと感情を出して、情熱的にならないと。オーボエはいくらでも表現できる楽器なんだから」

「……善処します」

「善処って言い方がもうダメだね。もっと感情を前に出す気になれない? 熱血漢になれとは言わないけどさ」

「すみません」

「いや、謝る必要はないよ。クールな女の子って魅力的だと思うし。でもここでクールだと困る。世界で一番うまい私の音を聞いて! ってぐらいでやらないと。ほら、トランペットのソロの子みたいに」

「えっ!」

 

 

 麗奈被弾。リアクションが面白くて思わず吹き出してしまった。あの反応、図星か? 薄っすらと顔赤いぞ。

 マサさんは胸を張って言う。あ、これ語り長いやつだ。夏休み始まって以来の付き合いだが、これくらいの間はわかる。

 

 

「君たちの演奏はすっごく上手くなったと思うよ。やっぱりボクらみたいな優秀な指導者がいると、若い子はいろいろなものを吸収してあっという間に成長する。そういうところを見守るのは楽しいし、結果がついて来てくれたらもっと嬉しい。北宇治の演奏は技術的に言えば、もう強豪校に引けを取らないくらいになってる」

 

 

 そこで一呼吸おいて区切った。この人は褒めて伸ばすタイプの指導者じゃない。然れば、このあとに続く内容は大体想像がつく。逆接から始まるぜ。

 

 

「でも、君たちにはまだ足りないものがある。表現力がね。明工や秀塔大付属、大阪東照みたいな超強豪校との違いはそこだ。音楽をやる以上ボクは、みんなにそこだけは考えてもらいたいと思ってる。北宇治はどんな音を作りたい? みんなは合奏中に滝先生が言っている言葉の意味をちゃんと理解できてる? 彼は何も闇雲に指示を出してるわけじゃない。滝クンの頭の中にある理想図を、みんなで協力して作り上げなきゃいけない。そのために、技術プラスαで表現が必要になってくる。これまでの目標が楽譜通り吹けることなんだとしたら、今日からはそれをどう表現するのかを考えて欲しい」

「はい!」

 

 

 珍しく真剣な面持ちで発される言葉に、俺達ははっきりと頷く。返事を聞いてマサさんは満足げに笑った。

 

 

「橋本先生、たまにはいい事言いますね」

「たまにはー? 何言ってるの滝クン。ボクは歩く名言集だよ」

 

 

 部員達からどっと笑い声が上がる。自分で言うもんなあ、この人。

 でも、確かに歩く名言集と言ってもいいんじゃないか。「お前はお前だ! 今お前に出来ることをやるしかない、そうだろ?」「過去なんかに縛られるのは時間の無駄さ」「やらなくていいことならやらない。やらなければいけないことなら手短に」とか、いろいろある気がする。最後の名言かな? 実に省エネな理念だ。似合うような似合わないような。

 

 

「では、自由曲を最初から合わせてみましょう。その後、オーボエはマンツーマンで新山先生に指導を受けてもらいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あの、黒田先輩」

 

 

 練習後に腹が減ったので食堂へ向かっていると、後ろから声を掛けられた。あまり話したことの無い相手だが、声はきちんと覚えている。てか今日の練習で聞いた。

 

 

「んー? どした?」

「少し、いいですか。希美のことなんですけど」

「ああ。構わないよ」

 

 

 声を掛けてきたのはなんと鎧塚みぞれ。正直超意外。だってマジで会話をした覚えないもん。

 もう一つ意外なことがある。まさか、みぞれから希美の話振ってくるとはな。無自覚ながらトラウマ抱えてるっつーのに。

 

 

「でもなんで俺?」

「あすか先輩から聞いて。黒田先輩が希美と話してるって」

「あ。あいつか」

 

 

 なーるほどザワールド。元々あすかと話してたみたいだし、それでか。

 それで、用件はなんだろう。希美のことつっても、みぞれと話すことは大してないんじゃないかと思うんだが。するとみぞれはそれまで合わせていた視線を下に落とした。

 

 

「すみません。ご迷惑をお掛けして」

「いんや、全然。自分で抱え込んで質の悪い演奏されるよかマシだ。ほら、顔上げろ」

 

 

 顔を上げられると、無機質な色をした瞳と相対した。無機質。感情の無いロボット。目の前にいるのはそんな物じゃなくて、人間だ。

 合奏時のことを思い出す。何を演奏に乗せるか。感情をいかに表現するか。

 彼女に何か言いたくなって、疑問を投げかけた。

 

 

「みぞれが演奏を届けたい相手っているのか?」

「届けたい、相手?」

「そう。これはただの俺のお節介みたいなもんなんだけど、なんつーか、もの足りなく感じたから。みぞれの音。もっと凄い演奏できんじゃねえかなーって。マサさんが言ってたことじゃないけど、世界で一番上手い私の音を聞いて! みたいな強いエネルギーがあれば、もっと感情が入るんじゃねえかな。誰に届けたい、だったりこんな風になりたいって思ったりしてりゃあさ」

 

 

 みぞれは俺を見上げたまま、こてんとかわいらしく首を傾げる。オーケー言いたいことはわかった。

 

 

「先輩はそうなんですか?」

「意外か?」

「何も無くても、一人で立ってそうなので」

「はっは、そう見えるか。俺には憧れている人がいてな、その人みたいになりたいんだ。俺が音楽を始めるきっかけになった人。その人に追いついて、追い越したい。俺の演奏は、きっとそんな音だ」

 

 

 憧れ。そうだ、それは大きな要因になる。目指すべきところとか、今自分がいる場所に引っ張ってきてくれた存在とか。追う場所はわからなくとも、始めるきっかけなら誰だってわかる。経験したことなのだから。

 

 

「なあ、みぞれはなんで吹奏楽始めたんだ?」

「希美が誘ってくれたから」

 

 

 即答かよ。いつもの三点リーダ―を活用した喋りはどこへやら。彼女ははっきりと言った。

 

 

「希美がいたから、私は今ここにいます。でも、ここに希美はいなくなってて。そうしたらもう、なにもかも空っぽ。でも音楽はやめられない。私と希美を繋ぐ唯一のものだから。もしやめたら、本当に何もなくなる」

 

 

 何もって……。こんな理由で音楽を、何かを続ける人がいるのか。

 これはきっと憧れとかそんな生易しい感情じゃない。こんな言い方をしたくはないけれど、執着とか依存とか、そんな類のものだろう。繋がりが消えるのが恐くて、必死にしがみつく。ぎゅっと目をつぶって、他は何も見ていない。

 これほどまでに強い想いを否定はしない。流されるがままに流れるだけよかずっといい。だけど、だけどさ、なんだよそれ。

 本当に他には何もないのか。君の周りには希美への糸しかないのか。希美以外誰もいないのか。

 ぎゅっと目をつぶるのは、繋がることに必死になるからか。それとも希美が眩しすぎるからか。

 

 ダメだ。考えていたら思考の渦に飲み込まれる。渦巻いたものを外に出そうと、風呂に入れられた後の犬のように頭を振った。

 

 

「先輩?」

「ああすまん。なんでもない」

 

 

 それから本題を思い出した。いやここまでもそんなにズレてたわけじゃなかったんだけど、このままいくと終わりが見つけられない。希美のこと、だったな。

 

 

「まあ、なんだ。希美のことは俺がなんとかする。君に余計な負担はかけない。だから安心してくれ」

「はい。えっと、よろしくお願いします?」

「……”?”はなくていいと思うぞ」

「じゃあ、よろしくお願いします」

「うん。その分、いい演奏頼むな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます(といってももう2月も終わりですね)。
更新が止まった言い訳ですが、1月は学生らしく試験に追われておりました。それでも2月初頭には年度末休暇に入っておりました。そうなったらたくさん書けるかなーと思っていたのですが、P5Rを購入してしまったせいでどんどん時間が溶けていきます。
これからも不定期のんびり更新となります。それでもお気に召してくださる方はお付き合いいただければ幸いです。

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