打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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タイトルの意味がわからなくても読み進めるのに何の支障もありませんが、知りたければ夏川椎菜さんのスーパーボール講座を受講して下さい。


第35話 捕手がいるならスーパーボールをぶん投げたっていい

 合宿から一夜明け、今日も今日とて通常通り学校で練習が行われる。

 

 疲れの所為で睡眠時間が足りないとか、合宿翌日くらい半日で良いから休み寄越せとか、そんなことは言ってられない。てか寝るんだったら帰りのバスの中で寝たし、家帰ってからはシャワー浴びてソッコーバタンキューだ。起きたらちょうど丑三つ時。そっから寝られなかったせいで今超眠いけど。

 

 人目もないので思い切り欠伸をする。それから自己暗示をかける短大卒の二年目OLのように、頬をパチパチと叩いた。うむ、痛い。

 

 

 

「黒田先輩」

 

 

 

 声がした方を振り返れば、ポニーテール姿の後輩が立っていた。少し揺れる瞳。だけど強い意志を持ってこちらに向けられている。

 何を告げられるのかは大体わかっている。答え合わせをするという契約だったから。だが俺に話す所以はきっと契りのみに非ず、といったところだろう。どうしようもないもん抱え込んだら、言葉として吐き出すだけで楽になる。

 

 苦しめてごめんな。説明するから。話、聞くから。ごめんな。

 

 

「わかった。時間掛かるだろう? 練習終わってから話そうか」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっちがいい」

「じゃあ、こっちで」

「ほいどーぞ」

 

 

 自販機で適当に買った飲み物を渡す。余った方は俺のもんだ。プルタブを引けばカシュリと心地の良い音がする。中の液体がシュワシュワとなるのが聞こえた。俺もいつかはこの音に歓びを感じ、満足気に身体へ流し込んで頬を朱く染めるようになるのだろうか。

 

 誰か、特に後輩とじっくり話すときは飲食物を挟んでしまう。以前夏紀と話した時はファミレスだった。その前にはトランペットソロを巡って優子と話したか。確か炭酸飲料を奢ったはずだ。

 こうして何かを挟んでしまうのはどうしてだろう。ランチョンテクニック? いや、多分違うな。フィクションの中にいる高校生への憧れ。そんなのもあるかもしれない。

 けどきっと一番は、ああ、なんだか逃げているみたいで向き合いたくないな。でも逃げることから逃げるなんて実に俺らしくない。直視してやろう。

 

 物を挟む一番の理由は、少しだけ逃げるためだろう。俺が、かもしれない。相手が、かもしれない。こうするときは真面目に話さなければいけないときだから。気持ちを落ち着けるために、小休止を挟めるように。真っ向切って向かって行くのがつらいとき、ちょっとタンマってしたいから。

 

 

「答え、出たか?」

「わざと訊いてます?」

 

 

 うぐっ。そうじゃないんだよ。

 

 

「あーすまん。その、なんて切り出したらいいか、わかんなくてな」

 

 

 俯いて前髪をくしゃりと握った。

 自分で苦しむ道を薦めておきながら労わるなんて慣れねえ。そもそもおかしい行動だけどな、これ。

 

 彼女の表情がいくらか和らぐ。今ばかりは、普段通りの俺じゃなくてよかったのかもしれない。

 笑みを象った表情で再度夏紀に話しかけた。

 

 

「聞かせてくれないか? 文句と一緒でいいからさ」

「じゃあ、話してもいいですか?」

 

 

 

 それから彼女は、俺が出した問題への答えを口にしようとした。思い悩んだ表情で、何度も口を開いては閉じた。

 

 夏紀にとっての希美がどんな存在なのかは知らない。けれどあすかに楯突いてまで部に復帰させたいほどの人物であることは確かだ。きっと、夏紀の特別な人だろう。

 そんな人が復帰できない理由が、彼女がいると調子がガタガタに崩れる人がいるからなんて言えるか。

 

 もやもやとした考えに言葉という輪郭をつければ、もやもやの存在を認めることになる。

 認めたくない。そんな痛みからは逃げ出したい。誰だってそう思う。

 

 けれど夏紀はあの日、痛みに立ち向かう覚悟を示した。

 もがいて、足掻いて、悩んで、苦しんで。だからこそ人は成長できる。試練に挑まんとする夏紀へ、俺ができることはただ一つ。待つことだけ。

 はっは、俺はね、ムボーな期待はしないんだ。

 

 

「……みぞれがいるから、ですよね」

 

 

 夏紀の姿と言葉に、俺は口もとで弧を描いた。

 それからぽすんと頭に手を乗せる。

 

 

「花丸をあげよう。よくできました」

 

 

 君が出した答えは合っている。よく正解を導いたな。その姿勢に最大限の賛辞を。

 そして――

 

 

「ごめんな。つらいことやらせて」

「ほんとですよ」

「ごめん」

「いいです。ちゃんとわかったんで」

 

 

 そういう夏紀の顔は、ただつらいものを抱えているだけではなかった。周りを見て、前を向いた人の顔だった。

 まったく、君はさぞ気持ちのいい性格してんだろうな。期待してよかった。

 

 答え合わせと謝罪が済み、次は解説に入る。つっても夏紀がどこまでわかってくれてるか、なんだが。

 先に話し出したのは彼女の方だった。

 

 

「希美を部に復帰させられない理由を私に考えさせたのは、どうあっても復帰を阻止したいからですよね」

 

 

 あらこれ解説いらないんじゃねーの。期待以上だよ、夏紀。

 だが俺の方の考えを伝えることも兼ねて解説させてもらおうかな。

 

 

「その通り。あすかから許可を得ることに拘らず、ハナから部長か顧問のところに行けばとっくに戻れてたさ。今からだってそうすりゃ戻れるだろうよ。時期が時期だから、せめて関西大会が終わってからとかにはなりそうだけどな」

 

 

 正直、今の状況は希美の愚直さのおかげで作られているといっても過言ではない。彼女があすかからの許可に執着してくれたからこそ、こうして待ったをかけさせることができているのだから。

 しかし希美の復帰に協力する存在は、同じように愚直であるとは限らない。だからこそこうして手を打たせてもらった。

 

 全国大会金賞への確率が少しでも上がるならば、俺は痛みを伴った行動だってかまわない。

 

 誰かに傷つくことを強いる。それを目の当たりにする。痛いって言ってる人を見てんのだって痛えんだよ。

 夏紀が覚悟を決めたあの時、俺だってその覚悟を決めた。

 

 

「ただ、今の状態で関西を突破できたとしても問題がある。その後希美が復帰してみぞれの演奏が崩れたら、他がどんなにいい演奏したって銅賞になることは目に見えてる。だから俺達は希美を復帰させない。させられないと言った方が良いか」

「先輩たちは最後ですもんね」

 

 

 しみじみ言われると重さをより実感する。俺がしたいことを達成するための、最後の機会。これを逃せば二度と訪れない。

 

 こうやって自分の事で手一杯になっているが、エゴイストにも程があるな。

 俺達は最後なんだって彼女たちの芽を摘むことで、彼女たちに残された機会をあと一回にしている。忌み嫌った上の代のクソどもと同じようなことをしてしまっている。俺は誠意を見せるってことしかできない。

 

 

「仕方ないって諦めきれるか?」

 

 

 バカなことを尋ねている。自覚はあるさ。打開策を提案するようなつもりなんかない。てかそんなの思いつかない。

 はてさて、夏紀はこの意図を察してくれるかな。

 

 目の前の後輩は一瞬ポカンとした表情になった。まあそうだろう。そして、ああ、と何かに気が付く。

 顔を背け、唸るように言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「諦めたく、ないですよ」

 

 

 左手にあったペットボトルがベコッと音を立てた。

 

 

「どうしてこうなるんですか。希美は中学の頃から部活が大好きで、高校入っても大好きなのに、なのに戻れないって。どうしてずっとコンクール目指してた希美が報われなくて、テキトーにやってたやつらが今になってコンクールだなんて言えるんですか!」

 

「希美は私の憧れなんです。そんな希美があいつらの所為で苦しんでるとき、私は何もしてあげられなかった。だから罪滅ぼしをしたかった。でもここまで来て梯子外すなんて、嫌です」

 

 

 言葉を絞り出し、夏紀は肩で息をする。

 俺はその様子を眺めているしか出来ない。苦しんだ夏紀が苦しみを抱えたまま少しでも楽になれるように、気持ちの吐き出し先になる。それが、俺がしなければならないと思っていたことの一つ。

 言葉として吐き出せば、その分心に余裕が出来るから。

 

 そうだとしても、いくら楽になるための手段があったとしても、俺はこんな方法をとるべきではなかったのだろう。

 目標のために己が傷つくだけならばいくらでも我慢できる。俺のために犠牲になる筆頭は俺でなければならない。時間、体力、精神。いくらでも削ってやる。

 

 でも今回俺が辿り着いた最適解で一番犠牲になってしまうのは、夏紀だった。

 俺は彼女のために何ができて、何をすべきなのだろうか。

 

 ふう、と大きく息を吐いた。

 

 

「希美に言っておきます。なにがなんでも許可は出ないだろうって。取り敢えず関西までは大会前だからってことで。その後は、どうしてもってなったら理由を話すつもりです」

「助かる」

 

 

 そう話す夏紀の表情は決して無理をしている様には見えなかった。

 

 

「その分、お願いがあります」

 

 

 こともあろうに、彼女の表情は堪えるべき感情を抑え込んでいるはずもないような、屈託のない笑みだった。

 

 

「必ず、全国に行ってください」

 

 

 俺は鳩が豆鉄砲を食ったように呆然として、それから僅かに吐息を零した。

 目の前の後輩が負った苦しみを無駄にはしない。上へ進むために行ってきたことを、意味のないものなんかにしない。

 

 知らずのうちに拳を握り、自信満々余裕綽々大胆不敵な表情を作る。応えてやるよ。

 

 

「一緒に行くんだよ。北宇治高校吹奏楽部の全員で、全国に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして高らかに宣言をした翌日、事件は起こってしまった。

 

 

 

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