打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第37話 いざ行かん

 主にのぞみぞの件でなんだかんだあったが、とうとう本番を明日に控えるところまでやってきた。

 今回は結構な心労もあるからな。かなり長かった気がする。あとマジで疲れた。

 

 本日の練習もいよいよ終わりを迎え、滝先生が部員達へ言葉を掛ける。

 

 

「いいですか、皆さん。明日の本番をあまり難しく考えすぎないでください。我々が明日やるのは、これまで練習でやってきたことをそのまま出す。それだけです」

「はい!」

 

 

 いやまったく仰る通りで。練習で出来ないことを本番で達成する、とかフィクションによくあるけど実際無理ゲーだろ。万に一つが起これば別だけど。

 先生は一つ咳き払いして微笑んだ。

 

 

「それから、夏休みの間コーチをお願いしてた橋本先生と新山先生は本日が最後になります」

 

 

 えー! と落胆の声が音楽室中に響く。

 俺は声をあげこそしなかったが、それでもなかなかにショックだ。マサさん何も言わなかったじゃねえかよ。

 だがしかし、本当に終わりだとは考えにくい。あとで訊いてみよーっと。

 

 

「最後に一言、お願いします」

 

 

 滝先生が指揮台を降り、代わって新山先生が上る。

 

 

「約三週間。短い間でしたが、確実に皆さんの演奏は良くなったと思います。その真面目な姿勢は私自身、見習うべきものがたくさんありました。明日の関西大会、胸を張って楽しんできて下さい」

 

 

 ぐすんと鼻を啜る音が聞こえる。見ればフルートのパートリーダーの姫神琴子(ひめがみことこ)だ。珍しい。あのクールで仕事人気質の琴子が泣いているなんて。

 次いでマサさんが後頭部をガシガシ掻きながら話し出した。

 

 

「えぇっと、僕はこんな性格なので正直に言います。今の北宇治の演奏は関西のどの高校にも劣っていません。自信を持っていい。この三週間で表現がとても豊かになりました。特に、鎧塚さん!」

「はい」

 

 

 ここで名指しにするか。みぞれの音、思った以上に気にかけてたんだな。

 

 

「見違えるほど良くなった。何かいいことでもあったの?」

「……はい!」

「おーいいねー! 今の彼女のように明日は素直に自分たちの演奏、やりきって下さい。期待してるよー」

 

 

 やはりポジティブなムードを作るのが上手いなあ。ポジティブな……

 

 

「うぅ、はしもっちゃん……」

「なんでお前泣いてんの」

 

 

 ナックルだけ泣いてんだよなぁ。なんでだよ。今生の別れでもあるまいし。

 マサさんが目ざとく俺らの様子を見つけてくる。

 

 

「あれぇ、篤は泣いてくれないの? ボクの大ファンなくせに」

 

 

 あー、やっぱりこうなった。ちょっと真面目っぽい言い方してるけど、あの様子はどう見てもからかい100%だ。からかってくるのは高木さんだけでいいし、100%はいちごだけでいいっつーの。

 ええい、この機に乗じて尋ねてしまえ。俺はすっと手を挙げた。

 

 

「滝先生。全国大会出場が決定した場合、橋本先生と新山先生には引き続き指導していただけるんでしょうか」

「ええ、そのつもりでお願いしています」

 

 

 きゃあ、と木管女子たちの辺りから歓声が起こる。新山先生は美人だし、指導力もある(らしい)し、優しいし、そりゃあ懐いていたんだろう。

 あと俺としても年上で綺麗な女性がいてくださったら嬉しいです。心の清涼剤であり最上級の目の保養。ねえこれは、これは恋ですか。うん、違いますねバカ野郎。

 

 ついさっきまで涙を流していた男を見やる。

 

 

「だってよ」

「ぃよっしゃあ」

 

 

 ナックルは大きすぎない声で喜びを漏らした。まだ早いっつの。でも、まだいてくれることが嬉しいのはパート全員の共通事項だ。

 

 起立、と部長が号令をかける。ここで終わりにさせるつもりはないけど、一先ずここまでの指導に対して。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イベント前日恒例のパートリーダーによる確認も終わり、各自解散の流れに。今回は府大会前と違って練習がもの足りないということはないのでさっさと帰ることとする。

 

 さてここで問題です。晴香どうしよう。

 前の府大会の時はお互い結構遅くまで残ってたし流れで一緒に帰ったんだけど、今回はそんな遅くまで残るつもりないしなあ。なんならもう帰ろうとしているまである。だってもう玄関にいるし。

 どうしようかなぁ。前回と違って今回はそんなに安全圏にいるわけでもなし、可能性の話しをすれば明日で終わることは十分に考えうる。そのことを考慮するとしたら今日一緒に帰っておきたい……。

 

 

「なにしてるの?」

「考えご、と?」

「なんで疑問形?」

「なんでいるんだ?」

 

 

 てか何この疑問符の応酬は。

 声を掛けられ、振り返れば奴がいた。あっ、奴とか言ってごめんなさい。彼女です彼女。意味合いにはsheと恋人の両方が含まれています。

 

 

「なんでって、今日はもう帰ろうかなって思ったからだけど。篤もそうじゃないの?」

「ああ、まあ、そうだな」

「どうしたの? そんな煮え切らない返事して」

「あぃや、その……」

 

 

 晴香と帰ろうとしてたっつーか、帰りたかったっつーか。そんなこと考えてたら本人登場でビックリ。

 ってこんなこと言えるか恥ずかしい。

 

 

「なんでもない。帰るか」

「うん」

 

 

 もう夕方だというのに、相も変わらずお天道さんはドッテンピーカン照らしていやがる。時間帯とか考えてさあ、もうちょい自重してくれよ太陽。ただでさえ暑いのに、京都は盆地だから熱がこもって余計暑いんだよ。

 それ考えると昔の人たちはよくこんな所に都築いたな。涼しい所にしろよマジで。そういや邪馬台国論争はいつ決着がつくんでしょうかね。現時点で俺にとっちゃどうでもいいが。

 

 玄関を出てそのまま進もうとする晴香に言った。

 

 

「俺今日チャリ」

 

 

 前回のように徒歩だと誤解したな? 晴香。一体いつからーーーーーーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一回でいいからリアルでこのセリフ言ってみたい。んで相手になん・・・だと・・・って言わせたいね。

 

 ロックを解除したりスタンドを起こしたりとガッシャンガッシャンやって、発進準備オーケー。漕ぎ出しはしないけど。

 

 

「緊張してる?」

「天丼かよ」

「してるんだね」

「何故そうなる」

 

 

 べっ別に緊張なんかしてないんだからねっ。なんて、こうやってボケてる時点で図星突かれたのと同義だな。でもなんでわかるのん?

 

 

「流石にわかるよ。篤のことだもん」

 

 

 まったく、敵わん。俺の全国に懸ける想いの理由を知ってるってのもあるか。

 緊張してないわけないんだよあ。競う相手も気が抜けないような相手ばかりだし。そうじゃなくても気なんか抜いてられるはずもない。

 そう思うのは当然俺だけじゃない。

 

 

「ま、ちょっとな。晴香もだろ。緊張してるの」

「うん」

 

 

 噛み締めるように頷いた。俺とかみたいに理由があるかどうかはわからない。でも、部長だもんな。俺たち部員のことを一番よく見てくれている部長。

 京都府大会の前日、北宇治の音を関西大会や全国大会の舞台でたくさんの人に届けたいと言ってくれた。

 

 

 明日で最後にしたくない。

 

 俺の目標のために。晴香の望みのために。あいつの願いのために。

 

 

「早く明日にならないかなーっ」

 

 

 ぐーっと伸びをして、彼女は笑顔で言った。

 

 

「明日が楽しみ」

「そりゃどうして?」

「北宇治の音、たくさんの人に聴いてもらえるから。私、まだ部長がしたい」

 

 

 変わったなあ。部長がしたい、だなんてことを真っ直ぐ目を見て言ってくるなんて。

 本当に楽しそうな姿に顔が緩む。だから俺はお前が大事なんだ。

 

 

 

「あだっ」

 

 

 見惚れていたら自転車のペダルに脛をぶつけた。流石武蔵坊弁慶の泣き所。いってえ。蹲りたいのをどうにか堪える。

 チャリのペダルって動いてる分普通にぶつけるよりダメージがでかい。擦れるからなあ。履いてるのが短パンじゃなくてホントよかった。

 

 

「大丈夫?」

「なんのなんの南野陽子」

「篤はたまに世代がわからなくなるボケを挟んでくるね」

「うるへ」

 

 

 烈火の炎で知ったんだよ。世代がわからなくなると言うが、俺はまだピッチピチの高校生だっちゅーの。 

 

 

「本番前に怪我しないでよ」

「したくてしたわけじゃない。そこまで深刻なモンでもねーから」

 

 

 

 

 そんな馬鹿なやり取りのうちに駅到着。

 定型文の前に今日は伝えることがある。

 

 

「部長。俺たちの音を響かせよう。たくさんの人に届くように」

「もちろん!」

 

 

 トップがこうなら俺たちは大丈夫だ。それじゃあ今日のところは解散ってことで。

 

 

「また明日」

「うん、また明日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくら平静を装っていても、いくら実力を信じていようとも、今日ばかりは普通でいられない。

 

 

 吹奏楽コンクールは年に一度。その一度の大会を目指して、俺達は朝も放課後も夏休みも、汗と涙を枯れるほど流して、休むことなく練習した。たった十二分間の本番のために。

 

 

 恐らく今、本当に冷静でいられる人なんて、一人だっていやしない。

 

 

 関西大会を突破することは並大抵の結果では為し得ない。今までやってきたことを発揮するだけでは全国大会に到達できないかもしれない。奇跡というものを信じなければいけないのかもしれない。

 

 

 だが、ただそんなものに縋るだなんて俺の名が廃る。天才舐めんな。

 

 

 奇跡が努力の先にあるなら、限界は俺が決める。

 

 

 限界を越すたびに新たな限界を決めた。どこまで来たかは知らない。

 

 

 先輩との距離もわからない。大きく見えることはわかる。

 

 

 絶対に追いついてみせる。

 

 

 全国の舞台で響かせた音を届けてやる。

 

 

 滾る想いを胸にして、挑んでやろう。関西大会。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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