打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第38話 天に想いを馳せて

「私が北宇治の顧問で、篤くんが部員で、一緒に全国に行って。それで金賞とれたらいいね」

 

 

 病院のベッドの上。その姿と声が次第に遠ざかる。

 

 待ってくれ、行かないで。

 一緒にって言ったのはそっちじゃないか。俺のことをおいて勝手に遠くに行かないでくれ。

 

 手を懸命に伸ばせども届かない。

 

 頼むから待ってくれって。お願いだから。

 

 

「千尋さんッ!」

 

 

 自分の荒い吐息が耳につく。

 視界に入ってきたのは見慣れた自分の部屋の様子。いつも目を覚ましたときと違うのは、天井を見つめていないこと。

 夏用の薄い布団が大きくめくられ、Tシャツの裾から空気が差し込む。あまりに冷たい感覚で思わず身震いをした。入ってきた空気を冷たく感じたのはなにも、朝だからという訳ではないらしい。

 全身に纏わりつく不快感。兼、布団を湿らせた犯人は、俺が寝ている間にかいた汗。これが冷えたせいで大層寒く感じたようだ。

 

 いつもより早くセットしていた目覚まし時計よりも早く目が覚めた。二度寝してやろうかと少し考えたが、到底そんなことが出来る精神状態にはない。

 その代わりシャワーを浴びよう。身体中が気持ち悪くて仕方がない。身体のようにさっぱりと洗うことができない布団にはリセッシュを噴射。

 

 

 

 

 

 いつもより余分な工程を挟んでもなお余裕がある。

 お守り代わりに持っていくものに触れながら、夢の中に出てきた人の名前を再び呟いた。

 

 

「千尋さん」

 

 

 あなたなんだってあんな夢見せるんですか。

 なんて、思ってみても届かない。届いていたとしてもリアクションはわからない。それでも勝手に宣言しよう。

 全国行ってみせるから、見てて下さい。

 学ランの胸ポケットに青いスカーフを丁寧に差し込んだ。軽く手を合わせる。

 

 いろいろ考えていたら腹が減った。というわけでエネルギー補給といきましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校での準備諸々を終えてバスに乗り込み、会場につくまではあっという間だった。

 会場内は既に人でいっぱいで、無意識のうちにピリリと気が引き締まる。

 

 

「うわ、東照テレビついてんじゃん」

「マジで? スゲエな」

 

 

 ナックルが指す方向を見ると、確かに大阪東照の一団の後ろにカメラクルーが付いていた。

 その真っ白なブレザーでただでさえ目立つというのに、カメラがついていることで更に大きな存在感を放っていた。

 強豪校のオーラにあてられた、というところだろう。多方面から感嘆の息が漏れているのを感じる。

 格が違う。威圧感を感じる。本人たちがそう振舞っているのもあるだろうが、受け手の心情というのもあるだろう。司波達也の言葉を思い出した。最も差別意識が強いのは、差別を受けている者である、か……。

 この場合差別ではないが、違いを大きく感じてしまうことに変わりはない。

 

 

「迫力すご……」

 

 

 俺の直属の後輩でもこうなってるもんなあ。

 溜息をついてから励ましの意を込めて言ってやった。

 

 

「ばかたれ。勝手に差を作るな見い出すな」

「む、ばかとはなんですかばかとは」

「じゃあ尋ねるが、俺たちとあいつらと何が違うって言うんだ?」

「はい?」

 

 

 この手のことを尋ねるときには何が意味がある。そのことがわかってるから、即答しないんだろう。

 確かに、これまでの実績はまったく違う。ずっと昔のことは知らんが、あちらさんはここ数年確かな結果を出している。一方北宇治は悲しいほど結果なんて出ちゃいない。だがそれがどうした。

 

 

「どっちも吹奏楽をやってる高校生ってだけだろうが」

「でも実力は」

「何故わかる? これからだろ、それがわかるのは」

 

 

 美代子はぽかんとした顔をして、軽く笑った。

 

 

「先輩は励ますのが不器用ですね」

「なんだとこの」

 

 

 緊張を解して戯れていたところに、黄色い悲鳴が聞こえた。どうやら我らが顧問はここでも女性たちを虜にしてるらしい。

 骨抜きにされた方々は、まさかそのイケメンの渾名が粘着イケメン悪魔だとは思うまい。

 

 

「あの人、めっちゃカッコいい。どこの高校だろ? うらやましー」

「北宇治だって。ってどこ?」

「京都代表らしい。ほら、宇治って十円玉の裏の建物があるところ」

「何それ、法隆寺?」

 

 

 平等院だよ。法隆寺は奈良県。一般常識の範疇じゃねえの? ま、いいや。

 先生がパンと手を鳴らして部員たちを集めた。そうして彼は話し出した。

 

 

「皆さん、ついに本番ですね。北宇治高校が関西大会に来たのは、かれこれ十年ぶりのことだそうです。ただ、十年前のことを言われてもピンと来ないでしょうし、皆さんが気にする必要はありません。初出場だと思って挑んでください」

「はい」

 

 

 一部の例外はいるだろうが、ここにいる北宇治生のほとんどは上位大会が初めての経験だ。言われなくとも初出場の気持ちになる。

 

 

「確かに、周りはどこも強豪校ばかりです。ですが彼らのことを私たちが気にする必要はどこにもありません。私たちが今日するべきことは、私たちの演奏をすること。これだけです。いいですね」

「はい!」

 

 

 

 滝先生からのありがたーいお言葉を頂いたところで楽器をトラックから下ろし、リハーサル室で最後の確認を行う。

 その道中で聞こえてきた事実に部員たちは少々動揺していた。あの立華高校が銀賞に終わったらしい。いくら立華の本命がマーチングとは言え、ダメ金にすらならないとは。

 俺たちが立華の結果を気にしていても仕方がない。俺たちがすべきことは、俺たちの演奏をすること。他のことにかまけていられるような余裕なんかあるか。

 

 出だし部分の確認が済んだところで、再度先生が言葉を掛ける。

 

 

「一度、深呼吸をしましょう。大きく息を吸って……、吐いてー吐いてー吐いてー。気持ちを楽にして、笑顔で」

 

 

 あはははは。奉太郎の接客スマイル並みにぎこちないっての。

 

 

「では、部長。何かありますか」

 

 

 嘘でしょ滝先生。多分全員引き攣った笑顔浮かべてるぜ。でもまあ、この顧問のあっさりには慣れた。どこかから「ですよねー」と聞こえてくる。

 晴香が答える前に、俺の耳に最も馴染んだ声がした。

 

 

「先生」

「はい。田中さん」

「部長の前に少しだけ」

 

 

 あすかは銀色に輝くユーフォニアムを置いて立ち上がる。

 どうしたんだあいつ。このタイミングでいったい何を。

 

 

「去年までは関西大会とか夢のまた夢で、府大会の金賞ですら夢物語って感じだった。あの頃に関しては、みんないろいろと思うところはあると思う。でもたった半年足らずでここまで来た。これは紛れもなく滝先生のお陰だと思う」

 

 

 これが言いたいということはない。嘘ではないが、こいつはこんなことを言いたいが為に時間を取ったりは絶対にしない。

 導入を経て本題はここから。何をどこまで話すつもりだ。

 

 

「でも、私はここで満足したくない。関西に来られてよかった。そう笑って終わりにしたくない。ここまで来た以上本気でやって、北宇治の音を全国に響かせたい。だからみんな、これまでの練習の成果を今日、全部出し切って」

「はい」

 

 

 反射で口だけは動かした。気持ちなんか籠もるかクソッタレ。グルグルグルグルと本音をひた隠しにしやがって。

 何が北宇治の音を全国に響かせたい、だ。お前がそんなこと思ったことなんてただの一度もないだろう。

 

 

 

 自分が奏でてきた音がどんな音なのかを、たった一人に届けるために吹く。認めて欲しいから。

 

 

 

 お前の願いは昔っからそれだけだ。

 そのためには全国大会に出場する必要がある。だからこうやって言葉をかけたんだ。あの田中あすかが、北宇治の音を全国に、だなんて言った。それもいつものような飄々とした様子ではなく真剣に。そりゃあココロ動かされるよなあ。

 俺が言えた義理じゃないが、まったく利己的にもほどがある。

 利己的とは言っても、目的のために手段を選ばない。なんてそんなんじゃない。あたしはこうしたいから、みんなもやって。小さい子の頑固なわがまま。

 

 もし相手があすかじゃなかったら。道のりが俺と(たが)ったら。ふざけるなと言っていたことだろう。

 というか(たが)っていない今でも正直言いたい。バラバラの立場取った上にバラバラの言動しやがって、と。

 

 だけど、誰よりも大切な女の子が、たった一つ抱え続けている願いを叶えようとしている。それも自らの意志を持って。

 およそ五年ぶりに聞いたあすかのわがまま。これをどうしようもなく嬉しく思うのは俺だけでいい。願わくば、あすかが音を届けたいと願う相手に、偶のわがままが頑固な女の子だと伝わりますように。

 

 

「それじゃ部長、例の奴を」

「えっ、うん。それでは皆さん、ご唱和ください。北宇治ファイトー」

「オー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台袖で聞かされた演奏は、大阪代表明静工科高校のもの。めっちゃ上手い。

 今後の学習のために暫し聴いていると、なにやら会話が、いや宣言? そんなようなものが聞こえた。

 

 

「ここで終わりじゃありません。私達は、全国に行くんです」

 

 

 優子の甘ったるいながらも凛とした声はよく通った。言葉の後に次々と人差し指が掲げられる。パートも学年も問わず、皆が一様に上を指す。

 眺めているだけでも、なかなかに気持ちがいい光景だった。人の輪から少し外れていたので俺はやらない。一歩引いて見ているのが合う性分だ。

 最後に香織が腕を高らかに掲げた。

 

 

「行きましょう。全国へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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