この小説史上最長(なんと一万字越え!)です。
それでは、お楽しみください。
あがた祭り当日。
なんと今日の部活は普段よりも早めに終わった。その理由は、先生方があがた祭会場で生徒の見回りをしなくてはならないからである。これ幸いと言わんばかりに各々が祭り会場に繰り出そうとする。
俺とて例外ではない。金を稼ぐためにさっさと帰ろう。
校内では使用禁止のスマートフォンを取り出し、いつも通りオフにしていた通知音を鳴るようにしようとすれば、電話の着信画面になった。
流石にここで出るわけにもいかない。知っている人だったので一旦放置。校舎を出てから掛けなおした。
「あ、出た。篤か?」
「どしたの叔父さん。俺今からそっち行くけど」
「あーそれな、やっぱいいわ」
「は?」
「いやあ、
「あー何。つーことは俺いらねえの?」
「そういことだ。彼女と祭を楽しみたいんだろ?」
会話の中に出てきた侑人というのは今年高校生になった俺の従弟だ。つまりこの叔父さんの息子である。
息子の友達で解決するなら、なんで俺に話きたんだよ。甥っ子より息子先に頼れや。
「俺が彼女と祭を楽しむことを優先してくれようとするなら、始めからバイト入れるなよ」
「いやあ、だってお前イケメンだし? お客さんいっぱい来て欲しいじゃん」
「侑人で十分だろ。つか決まってんならさっさと教えろよ」
「忘れてたわ」
潔いなクソ叔父貴。
ったく、なんで無意味に晴香のこと傷つける羽目になったんだ。晴香にとっちゃ、いい事の前には落ちるベタな手ってか。
「お詫びとしてうちの屋台来れば、商品割引するぜ」
「ふざけんな全額まけろ」
「ええー」
「俺と晴香への精神的慰謝料だ。安いもんだろ」
「まあいいか。ところで、その晴香ちゃんって彼女? 可愛い?」
「息子とほぼ歳変わらん子に色目使おうとすんな。もう切っていいか?」
「おう。恋人と夏祭り。いやぁー青春だねえ、若人よ」
能天気な口調に少しイラっと来たので、言葉が終わらないうちに電話を切った。
その青春を奪おうとしてたのは誰だよ。
さて、晴香にこのことをどう伝えようか。
先生方が残れないから今日の居残り練習は禁止だし、ここで待ってればそのうち来るかな。もう帰ってなければだけど。
「何してるの?」
わーお。早速現れてくれた。
「人待ち」
「バイトは?」
「なくなった」
「え?」
「だから、一緒に行こうぜ」
「うん!」
恋人の顔がほころぶと、俺の顔はどうしようもなくとろけてしまう。まあ、致し方ないよな。
――――――――――――――――――――――
一度家に帰ってから着替え、それから集まることとなった。まあいつも通りだ。
ただ、今回は迎えに来て欲しいと言われた。祭の会場行くんならどうせそっち方面行くし、なんなら逆方向であっても構わないのだが、いったいどうしたんだ?
その疑問が解消されたのは、家から出てきた晴香を一目見たときだった。
「お待たせ」
「ん。……ああ、そういうことか」
深い緑色に大小さまざまな白百合が咲き、山吹色の帯が落ち着いた印象を保ちつつも年相応の快活さを表している。
多分初めて見るな、晴香の浴衣姿。これは時間がかかるし、家まで迎えに来てというのもわかる。あとこの姿のまま一人で外歩かせたくない。
「どうかな?」
「あー……。俺も浴衣の方がよかったか? 家にあるかわからんけど」
「言ってたら着て来てくれた?」
「あればな。……っていや、駄目だ」
「駄目って、何で?」
「和装禁止令出てる」
「誰から?」
「俺らの文化祭のボスから」
「さすがの徹底ぶり」
我が校の文化祭についてはその時期になったら詳しく説明させていただく。簡単に言うとなんでもあり。他クラスとの合同とかもOK。
「和装禁止ってことはその手のものやるの?」
「ああ。企画発表をお楽しみに」
いつも通りの感じで歩こうとして気が付く。浴衣って、めんどっちいんだよな。俺がじゃなくてさ。
トトロのカンタよろしくな感じで左手を差し出す。
「ん」
「?」
「……いい」
十秒程待ち、首を傾げられたままだったので手を引っ込めた。慣れないことはするもんじゃない。
「待って」
ポケットに手を突っ込もうとした直前に掴まれる。握られる、の方が正しい表現かもしれない。
彼女は俺の手を取った状態から態勢を整えて言う。
「篤からこういうことしてくれるのが意外で、ビックリしちゃった」
「悪かったな。慣れてなくて」
「なんでそうなるの」
不貞腐れて吐き捨てる俺に、笑って取り成す晴香。ちくしょう、なんでこんなカッコ悪くなるかな。
「篤は本当にずるいね」
「は?」
やおら掛けられた言葉に、素っ頓狂な顔と声で返事をしてしまった。
突然どうした。あとなんで楽しそうなの?
二、三度目を瞬かせて尋ねる。
「なにが?」
ずるいって言われるようなことは何もしてないと思うんだが。いったい何が琴線に触れたんでしょ。
晴香はなおも楽し気にふふっと笑った。
「だって、私は浴衣着てるのに篤はそんなラフな格好なんだよ? それにおしゃれに興味ないくせにかっこいいのずるい」
……そっちのほうがずるいっつーの。普段言わねーだろこんなこと。あれだな。酔ってるな。場酔いというやつだ。お祭りの空気感で酔ってやがるな。じゃないとおかしい。心臓がもたない。
俺の彼女かこんなに可愛いわけが、あるなぁ。ないとか絶対言えねえ。
おしゃれに興味ないとは言いますけどね、最低限ダサく見えないように、と晴香と並んでおかしくないようにぐらいは考えてるからな。
まあ、ペルソナ5主人公の私服をパクっただけの雑な格好だけど。あいや、俺のことはいいんだよ俺のことは。
暑いと言っているのに、掴まれていた手をしっかりと繋ぎ直す。
「行くか」
「うん」
――――――――――――――――――――――
あがた祭会場最寄り駅。普通なら改札を意気揚々と出て祭に繰り出すものなのだが、俺達は、というか俺は――
「なんかまぁーだ気持ち悪ぃ」
「大丈夫?」
グロッキー状態に陥っていた。お陰でいるのは駅舎の人通りが少ない場所だ。
何故こうなっているのか。端的に言えば、酔った。ただし乗り物にではない。俺は車の中で小説を読む程度でなければ乗り物酔いはしないのだ。電車で酔うことはない。
「鼻の粘膜とか、そんなところにこびりついてる感じがする。くせえ」
「お祭りだし、仕方ないよ」
「仕方ないじゃねえよ。どいつもこいつも匂い濃いモンべったりつけやがって。嗅覚どうなってんだよ」
「ホント匂いに敏感だよね」
俺が酔った原因は、同じ電車に乗り合わせていた人たちがつけていた香水、或いは制汗剤の匂い。
昔からどうもこういった匂いが気になる性質で、他人よりも匂いをキツいと感じることが多い。一口に匂いと言っても、食べ物とかは特段問題ない。問題は先に挙げたものや芳香剤、アロマオイルなどの香りを売りにした製品だ。
というわけで体育の後は地獄。それぞれ別の匂いがする制汗剤スゲー使うんだもん。混ざって臭いのなんのって。
それと同じことがさっき乗ってきた電車の車内で行われたのだ。俺がグロッキーにならないわけがない。
鼻で吐く息の量を多めにしながら話す。
「そういや、晴香匂いキツいのつけなくなったよな」
「誰よ、前に臭いとか言ったの」
「いやまあ俺だけど」
「それから香り付きのものつけないようにしてるんだからね」
「えっそうなの」
「ばか」
まったくもってその通りである。
今も昔もボッスン並みにデリカシーゼロ。超貴公子ミツヒデ・ルーエンどののようにはなれないらしい。
こういうのって気づいても気付かなくても、文句とかそれに類するものが出るよな。気づいたらキモいとか言われるし、気づかなけりゃこうなる。
正解はひとつじゃないとか言うけど、それはつまり解なしの可能性もあるということだ。何それ詰んでんじゃん。
ペシペシと顔を二度叩いて立ち上がる。
「お待たせいたしました。もう大丈夫だ」
「無理しないでよ?」
「しないしない」
ここでじっとしているよりふらふら歩いていた方が回復する気がする。
それに、せっかく祭に来ているんだ。どうせなら楽しまなきゃ損だろう。
「まずどこ行く? 神社来てるんだし、お参りでもするか?」
「そうだね」
というわけでまずは県神社へ。ここで祀っている神様は、縁結び、安産、子授、商売繁盛だったか。
「何お願いするの?」
「考え中。晴香は?」
「私も考え中。部活のことか受験のことか、悩んじゃって」
「神様に管轄外とかなきゃいいな」
「え、それどういうこと?」
「そのままの意味」
首を傾げたままの晴香は放っておいて、財布から小銭を取り出す。五円玉はなかったが五十円玉があったからこれでいいか。穴が開いてて縁起良さそうだし。
「いくら入れる?」
「五十円」
「御利益あるかな」
「投げ入れた音で気づいてもらうって意味だから大丈夫じゃね。知らんけど」
「信心深いのかそうじゃないのか、本当にわからないよね」
安心しろ、俺もわからん。
晴香も賽銭を出したので揃って投げ入れる。じゃらんじゃらんと鈴を鳴らして、二礼二拍一礼。
晴香との縁がより一層結ばれますように。
お参りも終わったので、いよいよ祭を楽しもうではないか。並ぶ屋台にレッツ&ゴー!!
お祭りとはいえド平日なので身動きが取りにくいほど人がいるわけでもない。なんとなく屋台を眺め、それから晴香を見てから口を開く。
毎度毎度、俺は一人じゃ決められないのだ。大切な人と共にある時はいつだって。相手の意思を尊重するためなんて大義名分を振りかざして、あたかも自分が主導権を握っているように振舞って、その実いつも甘えている。
きっとそんな自分に気付いたら、そんな俺に気付かれたら、失望するだろうに。
気付かない今は、ただ一緒にいる時間を大義名分を本物の想いと信じて楽しもう。
「どこか行きたいところあるか?」
「お腹空いたし、何か食べたいな」
「だな。てきとーに見てこうぜ」
北宇治生にとってあがた祭りは、ちょっとした近所のお祭りである。故に制服姿で祭りに参戦している者も多く見られる。
つまり何が言いたいかと言えば、こんな場所に二人で来てれば公言してなくても付き合ってるとバレる。学校の人と祭りで会うなんて、いや、学外でなんとなく見かけるだけでも嫌なのに彼女といるところを目撃されるなんてまっぴらごめんだ。単純に気恥ずかしい。
「篤くーん」
珍しい呼ばれ方をした。聞き覚えのある声だったので人違いではないと思うが、勘違いだと一人でいる時に悶えるぐらいには恥ずかしいので振り返るだけに留める。
声がした方を見れば、そこにあったのは焼き鳥屋台。そして従業員であろう高校生ぐらいの少年が、こちらに向かって手を振っている。
少年は頭に白いタオルを巻き、少し煤けた軍手を履き、前掛けをしている。ガテン系のような恰好をしていても漏れ出る爽やかイケメンオーラ。間違いない、我が従弟だ。
「知り合い?」
「従弟。ほら、屋台出してる叔父さんとこの」
叔父さんはともかく従弟の侑人には会うつもりだったのでちょうどいい。晴香の手を引いて移動した。
「よう、正月以来か? 背ぇ伸びたんじゃねえの」
「二㎝伸びた。来年には篤くん越すかもね」
「ほざけ。俺だってまだ伸びてんだよ」
「ふーん。ところで……彼女さん?」
晴香の方を見てからニヤニヤして尋ねてくる。イケメンだけど顔超うっぜえ。
「ああそうだ。侑人、自己紹介しとけ」
俺がそう言うとくるりと晴香を向き、笑顔で名乗った。
何その爽やかスマイル。お前のクラス、爽やか三組なの?
「初めまして。篤くんの従弟の、黒田侑人です。よろしくお願いします」
「あっはい、初めまして! 篤くんの彼女の小笠原晴香です。こちらこそよろしくお願い致します」
フラットにナチュラルな侑人とは違い、晴香はそれなりに緊張した様子で勢いよく頭を下げる。親に挨拶すんじゃないんだから。
そういや初めて会わせたとき、ガチガチに緊張してたなあ。多分お互い様だけど。
「こいつ俺らの二個下だから敬語なくていいぞ。ところで侑人、叔父さんは?」
「さあ?」
「さあ? っておい」
卓球の愛ちゃんなの? もうちゃんをつけるような年齢でもないんだろうか。お子さんも二人いるし。
閑話休題。
「親父になんか用だった?」
「いや全然全くなんにもない」
「じゃあなんで探したのさ」
「一応なんとなく。いたら文句でも言おうと思って」
「なるほどね~。あ、そうだ」
侑人は何かを思い出したようで、焼き上がった品物が収められているらしい発泡スチロールの中を探る。
出てきたのは、祭り屋台でありきたりな焼き鳥の詰め合わせ十本組。百均で売ってそうなプラスチック容器に入ったアレを思い浮かべて頂ければ多分あってる。
それを何の変哲もないビニール袋に入れて渡してきた。
「これ、親父から。慰謝料代わりだってさ」
「そういやそんなこと言ったな。んじゃあ有難く」
財布も出さずに、焼き鳥ゲットだぜ!
ってなわけでなんだか幸先がいい、かもしれない。別に鴨を焼いたものではない。普通に鶏だ。ちなみに北海道室蘭市の室蘭やきとりは、とりと言っているくせに豚なので注意。
そうこうしていると、なんだか店がバタバタしてきたのでお暇しよう。
しかし、焼き鳥屋台にこうも女性客ばかり並ぶことがあるか?
「ねえ篤くん、働いてかない? 集客結果はご覧のように」
「嫌だ働かない。侑人、客寄せパンダはエネルギー消費が著しいから、なんか癒し見つけとけ」
「なにそのアドバイス。この人てきとー過ぎません?」
「え? 篤にしてはまともなアドバイスだと思うよ。こういうの慣れちゃってるから」
本当に慣れちゃったんだよなあ、客寄せパンダ。主に文化祭で。
安易に頑張れと言わなかった辺り、俺の優しさを感じて欲しい。そこまでてきとーじゃねえっつの。
タオルを巻いているので頭を掻きまわすわけにもいかない。代わりにポスポスと軽く侑人の頭をはたく。
「ガキ扱いしないでよ」
「俺よかガキだガキ。ついこないだまで中坊だったろうが」
「あのね……」
「じゃ、俺ら行くわ」
「はいはい。デート楽しんできてね」
「おう」
「侑人くん、またね」
見送られつつ再び足を進める。
焼き鳥ゲットしたし、あとは何を食おうかな。肉あるしー、次は炭水化物系とかか。
祭りで炭水化物……。焼きそば?
「あっ焼きそば食べたい」
「いいけど、あそこ結構並んでね?」
「どこも似たような感じじゃない? この人だし」
「それもそうか」
というわけで焼きそば屋台の列に並び、無事購入。
少ない品数でお腹いっぱいにするのは、お祭りだともったいなく感じる。だから一パックだけ。
一パック買ったなら普通付いてくる箸は一膳。今更気にすることでもないかと思ったが、一応二膳つけてもらった。
「気にしなくていいのに」
「まあ、なんとなくな」
その後も屋台が立ち並ぶ道をのんびりと歩む。
途中でたこ焼きを買って、一先ず食べようかという流れに。
喧騒から少し離れた所にいい具合の場所があったので、そこに腰を下ろす。
あ、と遅れて気付く。俺は完全普段着だから無問題なのだが、晴香は浴衣だ。しまった……、とか思ってる間に巾着から大き目のハンカチを取り出して敷いていた。さっすがぁ。
所詮祭り屋台で売られているものだし、値段の割に大して旨いわけじゃない。むしろ割高。でもなんだか旨いように感じる。
この現象に名前を付けるとすれば、おまつりマジック、とかそんなものかね。
「焼きそば、どうだ?」
「美味しいよ。ソースがこってりしてて」
「それはソースの味で誤魔化していると言うんだ」
「いいの。私は好きなんだから」
こってりが好きなのは知ってるが、そのうち糖尿病とかなっても知らんぞ。
ま、俺が食ってる焼き鳥も箇所によってはなかなかしょっぱいんですけどね~(大蛇丸風)。
「そっちはどう?」
「こんなもんだよなーって感じ」
瓶ラムネでも買っておけばよかった。焼き鳥には炭酸飲料が合う。口の中さっぱりさせられるし。味付けが塩コショウだからまだましか。
二、三本食べてからたこ焼きのパックを開ける。圧倒的ソース臭が溢れ出す。
爪楊枝を二本つけてもらうのを忘れたので、食べ終わった焼き鳥の串を使って食べる。ちょっと食べずらい気がするが、許容範囲だ。
猫舌でも食べやすいぐらいの熱さになっていたのでちゃんと味わえる。こういうのって、偶にたこ入ってなかったりするけど、そんなことはなかったようだ。
焼きそば以外の二つは片手でひょいパク出来るので、つい食べ過ぎないよう気をつけなければならない。うっかり晴香の分まで食べてしまいそうだ。
でもなーこのままだと足りないんだよなー。次は何を食べようかしらん。
ぽけーっとしていると隣から焼きそばが差し出される。
「どーぞ」
「どーも。ってお前紅ショウガ全部食いやがったな」
「量が少なかったんだもん。気が付いたらなくなってたの」
食いつくす前に気が付けよ。
まあいいですよ。その分たこ焼きに載ってるやつ食べるから。
未使用の割りばしを取り出し慎重に割る。……うーむ、綺麗に割れない。
「ん、意外と食いやすい」
思っていたよりもソースはキツくなかった。こってりだけど食べやすい。まるで天下一品のラーメンみたいだ。あっちの方が断然旨いけど。
具材もいい感じに残してくれたので麺啜りマシーンにならなくていい。俺が先に食べてなくてよかった。
そんなこんなで他愛のない話をしているうちに完食。SSS.はい、エドテン、ってか。
他愛のない話の中に晴香にとって大きいイベントの話題があった。俺にも関わることなのだが、俺自身が忘れていたから別にいいよね。婚姻が可能な年齢になるだけで、俺がなにかするわけでもない。高校に上がってからは親すら無頓着だ。世の男子高校生の誕生日ってこんなもん、だよね?
「足りたか?」
「私はね。篤は足りてないでしょ?」
「もち」
無意味なドヤ顔+サムズアップで言うと、晴香はふふっと柔らかく笑った。
普段と格好が違うせいでいつも以上に調子が狂うなあ。仏頂面になっているのを自覚しながら顔を少し背ける。
突然晴香が何かに気付いたようにガサゴソやり始めた。気になって見てみれば、手には財布が。
「全部でいくらだっけ」
「割り勘でもする気か?」
「自分で食べた分は払うよ」
「いい。今日ぐらい奢らせろ」
「その顔で言うのは卑怯じゃないですかね」
「何が?」
「別に」
変な顔でもしていただろうか。或いはこわいかお? 後者なら素早さが下がりますね。どうでもいいわ。
財布を引っ込めてくれたから、とりあえずヨシ!
晴香の律義な性分により、デートのときに飲み食いしたものは、基本的に自分で支払うことがルールになっている。これなら割り勘でどちらかが損をすることも、奢った奢られたで面倒になることもない。
ただ、誕生日やこういったお祭りなどの特殊な日はこうして意地を貫く。最初は頑固者と言われたが、そんなもんお互い様だ。
今日に関しちゃ特殊な日のルールを強調したいね。浴衣をわざわざ着て来てくれたわけですから。
よっこらせ、と立ち上がり手を伸ばす。
「遊ぶか」
彼女は俺の手を取って腰を上げた。
「うん」
遊ぶと言っても、お祭りで出来る遊びなんて数が知れてる。射的、金魚・スーパーボールすくい、輪投げ、型抜きってところだろう。クジは運ゲーなのでノーカウント。
何かないかと探している道中、男の子なら誰しもが心惹かれるであろう文字が躍っているのが見えた。男の子でも心惹かれない人もいるとか、女の子でも心惹かれる人がいるとかそんなことはどうでもいい。
重要なのはそこにあった文字。そう、射的。
心惹かれるだろう? わくわくしちゃうだろう?
感情の赴くままにその屋台を目指し、一歩二歩と歩き出そうとした。
いや待て。ここにいるのが俺一人なら何の問題もない。しかし俺は今恋人といるのだ。ならば了承かせめて確認を取るべきだろう。
「な、」
「うん」
これだけで通じるとはありがたい。ま、いつもやってる気がするしなあ。
「おっ、そこのカップルさん。やってかないか?」
「やりますやります。おっちゃん、おいくら?」
「可愛い彼女にいい所見せるチャンスだ。金なんか取らねえよ」
「えっ、マジすか」
「冗談」
「なあんだ」
「あっはっはっは」
おっちゃんとのくだらないやり取りを終え、料金を払ってから銃とコルク栓を数個貰う。
まずはコルクに欠けたところがないかをじっくりと確認。思ったより全部綺麗だった。俺の運が良かったのか、おっちゃんがそこまで気を配っているのか。どっちでもいいや。
「何欲しい?」
「言って取れるの?」
「俺を誰だと思ってる」
「じゃあ、あのお菓子で」
「りょーかい」
晴香が指定した景品からは離れていたので、まずはその真ん前まで移動。
それから腕を使って台の上に簡易三脚をつくる。弾を込めずに照準を確認した後、レバーを引いてコルクを詰める。銃の支えを胸と肩の間辺りにしっかりと当てて左目で照準を合わせる。
カチリとすべてがはまった感覚がしたら引き金を引く。
ぱかん、と集中力のわりには間抜けな音がした。
いったん姿勢を直すと、おっちゃんが今しがた取った景品を笑いながら差し出してきた。
「兄ちゃん怖えよ」
「そっすか?」
「そうだよ。なあ嬢ちゃん?」
「いつものことなので」
「えっ」
そのあとも同様にしていくつか景品を落としていく。
ガチな姿勢で次々と打ち落としていく俺の姿がそれほど異様だったのか、気づけば人だかりとまでは行かないほどの人数が集まっていた。
その中にはノリのいい人たちもいたもので、「自分が代金を払うからもう一回」なんて言う人もいた。
冗談めかして一旦乗ろうかと思ったが、射的屋のおっちゃんが「勘弁してくれ」というもんだから遠慮させていただいた。程々に楽しむのが一番だよな。
つか誰だ。ギャラリーの中で宇治のスナイパーとかいう劇場版コナンのサブタイみたいな二つ名つけたやつ。
コナンでスナイパーつったらシャア・アズナブル……じゃなくて、池田秀一……でもなくて、赤井秀一だよな。この二つ名が定着してしまわないことを祈ろう。
次はどうしようか。次は何をやろうか。
そんな言葉を繰り返していろいろな店を転々としていたら、いつの間にか遅い時間になってしまっていた。
そろそろ飲んだくれが増えてくる頃だし、補導されてしまう可能性もある。
これからが本番とでも言うような盛り上がりを見せる暗夜の奇祭の様子に後ろ髪を引かれつつ、会場を後にした。
少々寂寥感に苛まれながらも、来たときと同じく匂いにやられながら電車に揺られた。
本日の出発地点である、小笠原邸まであと少し。
なんとなく、歩幅を狭めて歩くペースも落とす。
一秒でも長くこの時間が続けばいい。
そう願っていても、あっという間に家の前についてしまった。
いくら家の真ん前とはいえ、こんな時間まで親御さんに心配をおかけするのは申し訳ない。
また明日、と別れの挨拶をして、繋いでいた手をするりと放した。
ついさっきまで手が触れていた部分に夜の冷たい空気が刺さる。
じゃあ、と半身の状態で上げていた腕を下ろし、完全に背を向けてから数歩。シャツの背中側がクンと引っ張られた。
ドクンと心臓が一つ大きく跳ねる。
首だけ巡らせて見てから、名前を呼んだ。
「晴香?」
両手がサッと離される。
体を反転させてから再び尋ねた。
「どうした?」
「あの!」
「はぃ……」
時間帯に合わせて抑えられたボリュームながら、語気はかなり強い。
思わず敬語になり、言葉は尻すぼみに小さくなってしまった。
「なにか忘れていることはありませんか」
「忘れていること?」
忘れていることってなんだ。
口元に手を当て、顎を擦りながら頭を巡らす。
………………なんっにも答え出て来ねえ。嘘でしょマジで? やっだも~。
ここは一発ジャブを打ってカウンターを捉えるか。
「お別れのキスとか?」
「違っ、わないけど違う」
「どっちだよ」
正解ではないけどそれはそれで有りってことなんだろうな。
これは正解発表の後にしたほうがいいのか? むしろすべきか?
うだうだ頭を悩ませていると、晴香が両腕をパッと広げた。
上目遣いで俺の顔を窺いながら言う。
「ご感想は」
あーこれかーーー。
言い方もタイミングもわからなくて放棄していたことをやらなければいけないらしい。
民家から漏れる光で、頬が赤く染まっているのがわかる。
晴香は元々こういったことを自分から尋ねてくることはない子だ。
尋ねるのは図々しいかも、とか思っちゃうタイプの優しい子。言い換えれば、気の弱い子ともなる。
しかしその壁を乗り越えて、こうして尋ねてくれたことに信頼を感じる。
とかそんなこと思ってる場合じゃないのは重々承知している。
だけどなあ。
求められているセリフを言える性質じゃない。今更かわいいだの綺麗だの言えるか。恥ずか死するわ! かといってまどろっこしい言い方も以ての外である。
世界水泳並みに目をざっぱんざっぱん泳がせて、マイクチェックのような声を出す。
なんか言ってなきゃ何も言えない。
「あー、そのー、なんだ。えっと、」
ちらりと目を見てからすぐさま背け、また目を見る。
「お似合いですよ。お嬢さん」
選んだ言葉こそ世辞のときに使うものだが、恥ずかしさのあまり眉間に寄った皴で本気であるとわかってほしい。
まあしょうがないか。篤だしね。とでも言いたげな顔を浮かべられた。
その諦めの良さ、実に結構。
「ありがとう」
「いえ」
真面目な振る舞いを避け続けてきた弊害がこうして表れるとは思ってもみなかった。道化ていないと好きな人を褒めるのも一苦労だ。
だけどその分、誠意は伝わってくれましたかね。
「じゃあ、さっき言ってたのしてもらおうかな」
「あぁー。言うんじゃなかった」
「そういうの言わなかったらかっこいいのに」
「ばっか、俺はいつでもかっこいいでしょうが」
「ふふっ、そうだね」
「ガチトーンやめて」
背中を丸めて彼女の頤に手を添える。
暗闇の中で、最愛の人と口づけを――。
イベントのときに活発化して大っぴらにイチャつくリア充は爆ぜろ。
その意見には大いに賛同する。
だけどさ、こんなときじゃないと勇気が出ない人だっているんだ。
ちょっとぐらい、いいだろう?