Interlude 2
その日、少年は幼馴染の少女のもとへ向かっていた。
それはいつもと何も変わらない日常。違いを挙げるとすれば、夏休みゆえ普段より早く行っていることぐらい。
一緒に行こう。
いつもの遊び場へ共に出掛けるため、少年は今日も少女のもとへ行く。
「――」
名前を呼ぶが彼女は出てこない。玄関へ向かってくる足音もしない。
まだ勉強中なのかな? 少年はそう思い、広い日本家屋の中を進んでいった。
ところが、彼女の部屋には誰もいなかった。ついさっきまで誰かがいたような気配もない。
少年は首を傾げる。どこにいるんだろう。
まあとりあえず、探してみようか。
「――」
もう何度か名前を呼びながら少女を探す。しかし返事はまったく聞こえない。
少年が少女を見つけたのは、玄関に近い所にある部屋だった。
「あ、いた」
家の中をぐるりを一周するはめになったからか、少年の声は少し不機嫌そうだ。
だが少女はそれとは対照的に楽し気な声で彼の名を呼んだ。
「――、見て、コレ」
少女の言葉につられて、少年も二人の間に置かれた大きな段ボール箱の中を見る。そこには見たことがない銀色の物体があった。
「なんだ、コレ」
少年が疑問を投げ掛けると、目の前の物と同じくらいキラキラした瞳で少女は答えた。
「ゆーふぉにあむ」
「ゆーふぉ、にあむ?」
聞いたことがない名前で、少年は少女の言葉をただ繰り返した。
すると少女は、手に持っていたチラシの一点を指さしてもう一度言った。
「うん。ユーフォニアム!」
少年ははしゃぐ少女の傍らに一冊のノートと手紙らしきものがあるのを見つけた。
お世辞にも綺麗とは言えない字で書かれた宛名は、確かにここにいる少女のものだった。
なあ、コレって……。
何かに勘付いた少年が尋ねるより先に、少女は言った。
「お父さんがくれたの!」
この日を境に彼女は少しずつ変わっていった。
こっそりプレゼントをくれた父親。父親から貰った数少ないモノ。その両者に彼女は焦がれ続けた。
それは厳しい母から逃れるための本能であり、父を愛していたと一概に言えることではないのかもしれない。
だがそれでも彼女は父への思慕を止めることはなかった。
父へ続く道を母がどんなに閉ざそうとしても、彼女は一歩も引かなかった。
中学一年生の時のこと。
吹奏楽部に入ってユーフォニアムを吹きたいと言った娘を、母は許そうとしなかった。
自分を捨てた男と同じことをするなど、決して認めるつもりはなかった。今まで母に対して反抗なんてしなかった娘なら折れるだろうと思っていた。
しかし娘は諦めなかった。勉学で成績を出し続けることを条件に、楽器を吹くことを認めさせた。
父の存在に焦がれた少女が、唯一母にした反抗だった。
幼馴染の少年は、これを見て少女の力になることを密かに誓った。
物心ついたときからずっと傍にいる家族。かつて自分を救ってくれた恩人。特別以外の何ものでもない存在。
彼女を護るためなら、彼女の夢を護るためなら、自分の持つ才覚を余すところなく使おう。
自分の才能は他人を傷つけた。自分の才能は他人を怯えさせた。自分の才能は他人と大きな隔たりをつくった。
それだけの力があるなら、きっと彼女を護ることができる。
その結果として例え他人に避けられようとも、彼女は傍にいてくれると知っているから。
互いが互いの想いと能力を信頼した、
崩れることがあってはいけない。