打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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あけましておめでとうございます。


第43話 やりたいこと

 プロの道ねぇ……。

 マサさんから唐突にもたらされた将来の可能性。家に帰ってからも俺は悩んでいた。

 プロになるなんて考えたこともなかった。俺の目標は北宇治で金を……ん? 何かおかしくないか?

 直近の目標は確かにそれだ。でも、その前に何かがあるはずだ。俺はマサさんを越えたくて、北宇治でって思った。じゃあその前のところは? うーん……。

 母さんから飯だと言われたのでリビングに向かう。

 食卓に物が増えていくのを尻目に、テレビのリモコンで番組表を開く。別に面白そうなのやってねえな。適当なバラエティ番組に変えたが、ちょうどCM中だった。まあいいや。

 十五秒~三十秒のCMの情報が適当に目や耳を滑る。と、引っかかる曲が聞こえた。歌手にはまったく覚えがないが、思わず聞き入る。歌詞を頭の中でなぞった。

 俺が小学生の時にやっていたアニメでこの曲が使われてた。バイオリンの腕を磨くためにドイツへ留学するか迷う少女を、主人公たちが結成したバンドがこの歌で送り出すのだ。

 物語の中の少女が俺と重なる。だが俺には決定的に欠けているものがあった。

 サビの始めの歌詞を反芻すると、疑問が一つ浮かんだ。

 

 俺の夢って、なんだ?

 

「どったのいきなり」

「聞いてたのかよ」

 

 将来に迷った少年のこっ恥ずかしい独り言をよりにもよって母親に聞かれるとか。今すぐちょっと引き籠りたい気分です。

 この件を親に隠す道理もあるまい。父さんにも言うのを考えれば二度手間になるが、取り敢えずプロに誘われたことを話した。

 息子の将来を大きく左右する話を聞いた母は、

 

「ふーん。やってみれば?」

 

 きゅうりの酢の物を口に運びながらなんともあっけらかんと言ってくれた。「は?」と言ってしまったが当然の対応だと思う。

 

「篤がしたいことなら、犯罪以外止めない。お金が関わることだったら家計と相談ではあるけどね」

 

 さいで。真面目なときに余計な言葉をつける性質はどうやら遺伝らしい。

 しかし、俺の夢。俺のしたいことか……。マジでわかんねえ。

 晩飯を食い終わったので部屋に戻る。そういえばと、あるマンガの六巻を取り出してパラパラとめくった。お目当ての回は、その真ん中のほうにあった。

 やっぱりいい回だなーと思いながら一通り読んで気付いた。少女の回想シーンを再び開く。今の俺に足りないのはこれだ。

 何か感じるものがあった。明確な理由じゃないけれど、楽器を始めた動機がある。別のシーンでは、音楽を続けていけたら、と言っていた。

 俺に欠けているのは意志だ。何故音楽を始めたのか。これなんだ。

 さて考えろ。俺の得意分野だ。一つ一つ紐解け。

 そうだな。スタート地点はこれだ。何故北宇治で金を獲ることに固執してきたのか。これは簡単に紐解ける。マサさんに憧れてきたから。では何故マサさんに憧れた? プロの橋本真博ではなく、あの頃大学生だった彼にだ。

 マンガを見ながら何かを感じる。重大なヒントがある気がしてならない。画をじっくり見て、セリフも丁寧に追う。

 あった。

 少女のバイオリンを聞いた後の主人公の言葉。拙い言葉で表される感想の一部は、俺がかつて言ったものと似通っていた。

 あの時の出来事をはっきりと覚えていたマサさん。彼が俺を真似た言葉。それは今の俺に必要な言葉だった。これ以上なく重要なキーだ。

 

          *

 

 お兄さんすごくて、なんかオレ、グワーってなった。オレもお兄さんみたいに、だれかがグワーってなるようなこと、したい! だから、ねえ、どうやったらお兄さんみたいになれますか?

 

          *

 

 目先の目標ばかりに囚われていてずっと忘れていた。そうだ、俺は、ずっとあの人みたいなエンターテイナーになりたかったんだ。

 あの人と出会ったのは自分が異端な存在だと知る前。だが自分が敏い事には気が付いていて、本気で心を揺さぶられることなんてなかった。でもあの人のパフォーマンスだけは違った。あれが俺の世界を変えてくれたんだ。だから俺もそんな存在になりたいと願った。誰かの心を動かして、感動を届ける存在になりたいと。

 はっは。はじめっから言ってたんじゃねえか。俺の道はとっくに決まってた。

 俺の夢を今一度掴み直す。

 俺の夢は、パーカッションで、世界一のエンターテイナーになることだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。あすかの事情がどうなったかの確認のため、隣のクラスを訪れた。SHR前なので教室間の移動に問題なぞなんらない。

 あすかはカバーを付けた文庫本を、器用に片手で読んでいる。

 幸いにもあすかの前の席が空いている。ちょいと椅子を借りるぜ。後ろ向きに跨って座り、組んだ腕を背もたれに乗せながら話しかけた。

 おばさんが場をかき乱すことは二人とも慣れている。雑な話し方でもどうにかなるもんだ。

 

「おばさん、どうよ?」

「どうもこうもないって。いつもの感じ。あの人と話し出来るわけないでしょ」

 

 俺が多少なりとも事情がわかる家庭は我が家の他、田中家と小笠原家ぐらいだ。だがそれでもわかる。田中家は歪んでいると。いや、田中家と言うべきか、進藤家と言うべきか。

 

「部活はどうすんだ?」

 

 細かい言葉にしなくたって通じてるんだろう。

 俺が聞きたいのは、あすかがどうしたいかだってことだ。

 

「んー、大丈夫。みんなに迷惑は掛けないから」

「そういうこと訊いてんじゃねえんだけどな」

 

 みんなとかそういうのじゃなくて、お前自身の言葉を聞かせろよ。お前はどうしたいんだよ。わかってんだろ。逃げんなバカ。

 そう思いながら、チリチリと嫌な空気を感じる。俺たちのこれまでを変える何か。

 

「これが私の意見。みんなに迷惑は掛けない。これが答え。だから」

 

 人差し指が俺の眉間に向かって真っすぐ指される。驚いて目を見開く。だが目線も姿勢もずらさない。あすかは俺を傷つけないと知っている。

 何があったってお前の傍から俺が逃げたりするもんか。俺がお前に対してとる選択肢は、近寄るか見守るかだ。

 でも今回こいつが選ばせたい選択肢はそのどちらでもなさそうだ。

 

「あんたの出番はない」

「お前……」

 

 こうもはっきり示されては、あすかの意志に向き合わなければならない。

 あすかの選択は、諦めること。そしてあすかの望みは俺が介入しないこと。

 クソ。反抗期か、この馬鹿。俺はお前の保護者じゃねえんだ。伝えたいことあんなら親にしろ親に。ったく。

 

「スタンバイはしておく」

 

 意向は受け入れるが、主張が変わった時に対応できるように。

 あすかの前に何があろうが、あすかの意志が伴うなら俺はなんだってしてやる。いつも通りだ。

 並大抵の奴なら、涙目になりそうな声と視線が向けられる。

 

「いらない」

「うるせえ」

 

 そんなもん俺には効かねえよ。

 おっと、席の主が来た気配がする。首を動かすと、どうしたらいいか困っている女子生徒がいた。

 

「悪い」

 

 迷惑料として爽やかな営業スマイルを付け加える。価値があるか知らんけど。

 

「お前が望まねえことはしねえよ。まあ何かあったら言えや」

 

 いつもの癖のようにあすかの頭に手を伸ばすと払いのけられた。ついでに睨まれた。

 ああ、クソ。ガチじゃねえかよこの野郎。

 だがな、相手が悪かったな。無理に入り込みはしねえがなお前がどんな態度取ろうが俺はお前に手ぇ伸ばし続けんだよ。

 俺にとっちゃ酷く不器用な出来の仮面の奥に、とても引っ込み思案な本音がいる。出てみたいっていつ思ったっていい。俺はそいつに逢いたいのに、今回ばかりはガードマンが強すぎる。

 なんでそんなの選ぶかな。ちくしょうめ。

 まあいいさ。長期戦だろ? 負けてやんねえよ。

 自分じゃ何もできないから勝算なんてないけれど、弱みも動揺も見せてやらねえ。

 余裕がある感じで、ニッと笑ってやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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