打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第45話 特化性能があれば超脆い箇所もある

 駅ビルコンサート当日である。

 楽器をトラックに積み込み、バスで移動して準備ってのはいつものことなので割愛。俺達は既に京都駅ビルの裏側(で合ってるのだろうか)で出番を待っていた。

 

 先日の晴香の言葉をきっかけに、吹奏楽部は――こう言っては何だが――正常に機能するようになった。少しずつではあるが、あすかの存在が絶対ではなくなってきているように感じる。

 そのあすかは、最近は部活に顔を出したり出せなかったりが続いている。

 それに関係してだろう。夏紀がコンクール用の曲の練習に熱を上げている様子が垣間見えるようになった。恐らくこっそり行っていることなので、気づいている人は少なそうだ。

 あすかの言葉を思い出す。みんなに迷惑はかけないから、か。みんなにって言ってるんだ。今日は来るんだろうな、あの馬鹿。

 

 北宇治の人がいる辺りで、何やら僅かに人だかりが出来る。俺はそこから少し離れた所にいたので、ひょいと覗き込んでみると、件の馬鹿が来ていた。ステージ用の衣装の人たちの中で、制服姿は目立つ。

 いつも通りっぽく話しているらしい。話し終わって移動してきたとき、思わず目が合ってしまった。

 実はあの日あすかに拒絶されて以来、まともに話したことがない。だがここで何も無いというのも、俺たちの関係としては不自然極まりない。それに、俺が使い物にならないと周囲に勘付かれるのもあまりいいことではない。それなりに自然に声を掛ける。

 

「父さんに礼、言っとけよ」

「言った。そうだ。おじさんから伝言。親をタクシー代わりにするなってさ」

「タクシー代わりにしたの俺じゃねえだろ」

 

 あすかも思惑は一緒だったようで、この程度のなんてことない会話なら素直に返してくる。だがずっと俺と話しているつもりもないようだ。さっと横を抜けようとする。その姿に言ってやった。

 

「一瞬でもミスったら殺す」

 

 いくら今拒絶されていようとも、十数年来の付き合いだ。意味は通じているに決まっている。

 

「あんたになんか殺されない」

「そうかい」

 

 取り敢えず、少なくとも、今日は大丈夫だと思える。しかしそれと同時に、本当に今回の件に俺を使わないのだと突き付けられた。

 

「篤」

「あ゛?」

「あんたがしっかり支えてあげて」

 

 言葉の意味がわからず振り返ると、部室に置きっぱなしにしていたはずの楽譜ファイルを手に持っていた。渡したのは多分……。

 ああ、成程。

 

「国語ニガテか? そこ、格助詞じゃなくて副助詞だぜ」

 

 あすかはそのまま俺から遠ざかる。返ってくる言葉はどこにも見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンサートは無事、成功盛況大喝采。

 まあ大喝采という言葉が似合うパフォーマンスをしたのは、俺らよりも清良女子の方か。しかし同じく全国大会出場の北宇治高校もそれなりに。特に宝島のバリサクソロとかな。

 その慰安会というわけでもないが、流れで晴香とファミレスに来ている。みんな大好きサイゼリヤ。安くて旨いとかどこかしら価格設定バグってない?

 それぞれ注文をして落ち着いたところで、今日ずっと言いたかったことを口に出した。

 

「宝島のさ、バリサクソロ。スゲーかっこよかった」

「え、あ、ありがとう」

 

 晴香は驚いてから照れたようにはにかむ。

 部長どのの技量の高さはもちろんちゃんと認識していたが、今の部の状況で高らかに演奏されるとそれはもうクるものがあった。今の俺の状況的にも、かね。

 

「ありがとな」

 

 お礼を言ったら、晴香にキョトンと首を傾げられた。

 

「なんか、元気っつーかやる気っつーか、出た。頑張んなきゃなって」

「あすかのこと?」

 

 あすかのこと、じゃないんだよな。出来ればいいんだけど、出来ない。あすかの言葉だから。

 自分でもはっきりとわかるくらい渋い顔を浮かべた。

 

「んー。俺のやんなきゃなんないこと、かな。あいつのことは実質関わるなって言われてるし、ぶっちゃけどうしようもない。はは」

 

 無責任にへらりと乾燥した笑いを零す。笑ってるけど笑えていない。

 

「それは……大丈夫なの?」

「さあ? 俺はもうなぁーんにも出来ねえからな。少々屈辱的だが、誰かがあいつのことをどうにかしてくれるのを期待するしかない」

 

 今回あいつが俺を使わない理由すらわからないから、本当に何もできない。

 わからない。見えない。

 もどかしい? 違うな。

 ああ。クソ。

 腹立たしい。

 

「大丈夫?」

「いやだから、」

 

 あ。

 晴香の手が、テーブルに投げていた俺の手にそっと触れていた。元々下がり気味の眉をさらに下げて俺を見る目は、明らかに気遣うそれだった。

 目が合ってさっきの言葉の対象に気が付くと、へにゃりと力が抜けた。

 手はそのままに、背もたれへ体重を預ける。溜息と共にゆるりと天井を仰いで戻す。

 

「あいつに拒絶されんの、初めてなんだ。理由もわかんねえし。だから、結構参ってるかも」

「拒絶? あすかが、篤を?」

 

 驚いた声音。それぐらい異常なんだよな、コレは。

 

「ああ。今回俺の出番はないってさ」

 

 虚勢を張るように少しおちゃらけたリズムで言った。わかんねえことでこれ以上沈みたくねえって。晴香にあんま移したくもねえし。

 晴香は細い顎に手を当てて考え込み、そのまま口を開いた。

 

「あのね、あすかにとって篤は、憧れなんだと思う」

「憧れ?」

 

 いきなり何を言い出すんだ? でも意味があることなんだろう。

 

「うん、憧れ。知ってる? あすかって、誰よりも篤の評価高いの。あすかがいない状態の部の運営とか、自分がいなくても篤がいれば何があっても絶対に大丈夫だろうって。だから思ったの。あすかにとって篤はヒーローなんだろうなって。いつもブレないでいて、何でも出来て、信頼をおかない理由が無い」

 

 晴香は目に寂寥感を滲ませていく。紙にポタリと垂らしたインクが、じわじわと領有権を主張するように。

 

「でもね、ヒーローが何でもできるのって少し寂しい。あと、ちょっと悔しい」

 

 見覚えのある表情だった。晴香がよくあすかに向けていた顔。あすかが部長をやればいいじゃない。そう言っていた頃の。

 言わなくなってからも見た。晴香以外の人物で。

 それはいつだ。不意に回りだした脳に、感覚的な部分から燃料が来た。「いつ」じゃない。この表情は、記憶に引っかかるのは、誰だ。

 

 

『篤が何でもやるの?』

 

 

 あすか。

 そうだ思い出した。本当に休みだったお盆休み。香織と一緒にウチに来た時だ。

 

「……希美の件があった時、あすかに言われた。俺がなんでもやるのかって。見たことない声とか態度で。あれ、関係あんのか」

「あすか、どんな感じだった?」

「拗ねてた、かな。違う気もするけど」

 

 あいつが拗ねる要素が、理由が、俺にはわからない。そういう風に見えただけで、違う可能性は大いにある。

 

「そっか」

 

 短く呟いた晴香は少しすっきりした顔をしていた。

 

「何かわかったのか?」

 

 表情の意味が知りたくて、焦ったように尋ねてしまう。

 なんとも間が悪いタイミングで料理が運ばれてきた。今邪魔をしないでくれ。思わずギリっと奥歯が鳴る。

 店員が立ち去ってから再度訊いた。すると返ってきたのは不思議な答えだった。

 

「あすかにとっての篤は、私にとってのあすかなの」

「はい?」

「パスタ、冷めるよ」

「わーってる」

 

 晴香の言葉の意味が全くわからんような、なんとなくわかるような。

 フォークをくるくるしながら考えるが、進める気配がない。

 

「あすかは自分でどうにかしてみたいんじゃない? 篤がいるとつい頼っちゃうし、頼ったらどうにかしてくれるってわかっちゃってるから、そこから卒業したいの」

 

 頼れよ。なんでそんな。

 

「あいつのためなら俺はなんだってする。それがなんでそうなるんだよ」

「篤が強いからだよ。ずっと頼ってちゃいけないのに、ずっと頼れちゃうくらい強いから。だから無理矢理にでも自分だけで立つの。そして、篤がいなくても大丈夫って言いたいんだよ。守られるばかりじゃないって言いたいから」

「……親離れ子離れって感じか?」

「それが一番近いかもね」

 

 あいつをちゃんと子供として見ているのは俺くらいだ。そしてあすかは俺を俺として見続けてくれている恩人だ。

 幼馴染で、特別で。

 ああそうか。

 そうか。

 

「なら、叶えねえとな」

 

 それがあすかの望みならば。あいつの望む範囲内で、俺に出来ることを全力でやる。

 

「篤は、本当にあすかのことが大切だね」

「ん、ああ。晴香相手に言うことじゃねえが、優先順位が決められねえぐらいには」

「どうしてそこまで?」

「あすかは家族みたいなもんだし、何より俺の人生の恩人だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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