打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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お久しぶりです。今年こそ、必ず完結させます。
残り数話、お楽しみください。


第47話 魔法のような立場

 先日、例の作戦が決行されたらしい。

 久美子があすかに何をしたのか。その意味はあったのか。俺は知らない。あの子が――とてもわかりにくいやり方だったけど――助けを求めた相手が、あの子の殻にほんの少しでもヒビを入れてくれていれば、と願うばかりだ。

 俺は今、朝のざわついている教室を少し抜けて楽器室にいる。幹部三人といるのはなんだか久々だ。騒動の渦中の馬鹿(あすか)、必死に言葉を掛ける香織、どこか達観した様子の晴香(部長)。ドアにもたれて三つの後ろ姿を眺める。

 

「だーかーらぁ!」

 

 少し痺れを切らして、あすかは声を大きくした。まるで駄々を捏ねる子供だ。

 

「滝先生も夏紀で行くって言って、夏紀もそれがいいってそういう話になってるんだよ。今更蒸し返してどうするの?」

 

 過度な干渉による苛立ち。恐らくこれまでこんなことは無かった。過干渉なんて誰もしてこなかったから。

 

「中川さんは、本当はあすかに吹いてほしいって言ってるの」

 

 悪手。誰にだって想像がつくようなことを田中あすかに言ってはいけない。彼女に抵抗するのならば。

 

「そりゃあそうでしょ。この状況で「私吹きたいです」なんて、堂々と言うと思う?」

 

 みんなから頼られてなんでも出来るあすか先輩。それを差し置いて言える人は、恐らく部に居ない。良い子の夏紀は絶対に言えない。

 

「でも……。でも」

 

 彼女は理解しているのだろうか。未だ言葉を紡ごうとしてくれている理由を。特定の個人に対して、それほどまでに大きな存在になっていることを。

 

「私、もう踏ん切りはついてるから。その分受験頑張るって」

「あすか」

「本当にそれでいいのね」

 

 問いかけではなく確認。あすかのキャパシティを認めたからこそ、幻想を振り払ったからこそ言える言葉。部長から副部長へ。

 

「……本当に、いいんだよね」

 

 少し寂しさを滲ませた二度目。三年間共に過ごした友人へ向けて。

 

「最初からそう言ってるじゃん」

 

 明度をあげた声音で笑う。追求から解放された喜びか、全てを包み隠すための仮面か。

 

「じゃ、私先に戻るから」

 

 ぷつん。一か所何かが切れた。すぐに修復されるぐらい小さい切れ目。飄々とした振舞いなんて飽きるほど見てきたのに、堪え切れずに声が出た。

 

「初めて知った」

 

 たった五センチ。視線だけを動かして目を合わせるには案外距離があった。

 

「俺はお前のそういう表情(かお)が大嫌いだ」

 

 

 

 楽器室から教室に戻る晴香と香織の背をこっそり見送り、彼女に声を掛ける。

 

「何を盗み聞きしてた? 黄前久美子くん」

「ぅえっ。く、黒田先輩。これはその、盗み聞きしていた訳ではなく、不可抗力と言いますか……」

「聞いてたことは否定しないんだな」

「あっ」

 

 さすが失言女王である。

 尾行されていたわけでもないだろうし、なぜ久美子がいるのかは依然として疑問だが。……ん?

 

「お前、眼ぇ赤いぞ。何かあったのか?」

 

 眼と目元が薄ら赤くなっている。明らかに泣いた後だ。

 

「な、なんでもないです。気にしないでください。それよりも先日の件なんですけど……」

 

 言葉が尻すぼみに小さくなる。まあ結果はわかってる。久美子に期待してはいたが、あすかがそう簡単に説得されるとも思っていない。

 俺の興味があるのは、あの日何があったかだ。

 

「何聞いた? あすかから」

 

 田中あすかが久美子にどこまで自分を開示したのか。俺にとっちゃそっちの方が重要度が高い。

 久美子は話していいものかと少し逡巡した後、口を開いた。

 

「お父さんのこと、聞きました。ユーフォ始めたきっかけとか、今年の全国大会の審査員だってこととか、お父さんが作った曲とか、いろいろ」

 

 どうやらかなり話している。

 もう本当に、俺とあすかだけが抱える事柄ではなくなったんだ。

 

「そうかぁ……。なあ、久美子はあの曲、どう思った?」

 

 少し音を口ずさむ。進藤さんが作った曲を。

 久美子は軽く目を見張り、こくこくと頷いた。

 

「大好きです! あったかくて、優しくて。ユーフォが綺麗で……。でもあすか先輩は、私にあの曲を否定してほしいのかもって」

 

 進藤さん、いや、親父さんが作って送ってきた曲の否定とはあすかにとって何を意味するのか。

 父へ焦がれる気持ちをどうしてほしいのか。

 

「でも私、否定なんて出来ないです」

「ああ。ありがとう」

 

 ずっと二人だった世界に新しい光が見える。うだうだうろうろしているくせに、決めたら退かない頑固な光。

 なあ……逢えてよかったな、この光に。

 

「俺も大好きなんだ、あの曲。昔っからずっと」

 

 近所の楽器屋の店員さんから吹き方や楽譜の読み方を教えてもらって、あの曲を吹けるようになってからずっと。何百回、何千回聞いたかわからない。

 

「いいんだよ、それで。好きなもんは好きでいいんだ。諦めて手放すのがお利口なんてことがあるかってんだ」

 

 誰に向けるでもなく言葉を放る。

 そうだよ。いいんだ。俺なんて、好きなことをそのまま仕事にするんだ。パーカッションで世界中の人を感動させたい。それがやりたい、そうなりたい。それを叶えるんだ。

 俺がこうできるのは、俺に才能があるからだ。でもそうじゃなかったとしても、好きだからやりたいを貫ける魔法の様な立場がある。高校生(おれたち)は今、そこにいる。

 

 

 

 

 

 同日、昼休み。

 弁当を食べる前にトイレに行き、戻る途中に廊下で何者かに声を掛けられる。

 

「黒田先輩」

「ん? おう、久美子か。どした?」

「あの、あすか先輩って今いますか?」

「いると思うけど……呼ぼうか?」

 

 久美子は少し呼吸を整えるようにしてから、大きめに息を吸って

 

「お願いします」

 

 ありがとう。あすかのこと、よろしく。

 俺はこうしてあすかに関して握りしめていた権利を手離していくのだろう。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 俺のいつものポーズ。ちょっと不敵な笑みを浮かべ、久美子の頭に軽く手を乗せた。

 いつもの席の前にずかずか行きながら奴を呼ぶ。

 

「あすかー。お客」

「あんたが?」

「俺じゃねーよ」

 

 俺だけにしかわからない程度に敵意を出してくる。俺の出番がもうメインで無いのは知ってるっての。ちょいちょい、とドアからわずかに顔を覗かせている久美子を指した。どうやら素直に行くらしい。

 あとは期待してるぜ、久美子。

 

 

 

 さて、この後二人がどんなやり取りをしたかは俺のあずかり知る所ではない。Xデーまでに起こった特筆すべき事項と言えば、この日のHR後にあったやり取りぐらいだ。

 今日の帰りのHRで夏休み明けに行われた模試が返ってきた。俺は受けていないのでどうでもいいんだが、ふとあすかはどうだったのかと頭を過ぎった。

 友人らと軽くお喋りし、音楽室へ向かおうとすると「篤!」と強く名前を呼ばれた。

 先程思い浮かべていた人物――あすかは俺の前へ来てたった一言、詳細も一切なしでこう言った。

 

「待ってて」

「おう、待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでとうとうXデーがやって来た。

 今日までに復帰の目途が立たなかった場合、あすかは全国大会の舞台で演奏が出来ない。

 そんなことにはならないと信じたい。だってそんなの、あまりに寂しいじゃないか。悲しいじゃないか。

 誰よりも大切な女の子がひとつ持ち続けた願いがある。どうかそれが叶いますように。

 俺にはもう祈るしかない。

 

 放課後の部活時間。チューニングや軽く談笑をしながら始まりを待つ。今日は幾分、声を潜めたお喋りが多いようだ。

 まあ、今日ばかりは仕方がないだろう。四月頃とは違い、部活が始まればちゃんとやるしな。

 しかしそろそろタイムリミットだ。部活が始まる。

 今日までに復帰の目途が立ったならば、今日の部活は参加できるだろう。反対に参加できなければ、そういうことだ。

 部活を始めなければいつまでも希望を持つことが出来るかもしれない。でも俺達はそんなことをしている場合じゃない。全国大会が目前の状況で、来られるかどうかわからない一部員を悠長にまっている時間はない。

 指揮台の上で開始を待つ部長。すっかりこの役割が板についてきた。

 時計を見、入口のドアを見る。何度繰り返しただろう。ぽつりと言った。

 

「基礎練習、始めよっか」

 

 パンと手を打ち、注目を集める。オルガンでチューニングの音を鳴らしてみぞれを見た。

 

「チューニング、オーボエから――」

 

 ガラッと勢いよくドアが引かれた。部員の視線が一斉に音の方を向く。

 女性にしては高めの身長に、すらりと伸びた手足。絹のように艶やかな濡羽色のロングヘアー。銀色にキラキラと輝くユーフォニアムを抱え、諸々の美しさには不似合いな汗を額に浮かべている。

 

「ごめん、遅れた!」

 

 お帰り。

 

「遅えよ、バカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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