打ち鳴らせ!パーカッション   作:テコノリ

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第49話 ありふれた美しい日々

 周辺状況がスッキリしてから大会当日までは、実にあっと言う間だった。そこから卒業までも。

 

 全国大会が行われた会場は、愛知県は名古屋国際会議場。京都から愛知までの片道三時間の距離を、行きは時間を惜しむように。帰りは記憶もないほど瞬間的に過ごした。

 帰り道の記憶があまりないのはきっと、未来を見ていたかったからだと思う。まあつまり、結果をあんまりしっかり受け止めていると、そこに留まってしまいそうだった。

 俺たち北宇治高校吹奏楽部の結果は、銅賞という名の参加賞。

 悔しかった。身体の中心がぽっかり空いて、更にズンと身体中に重い何かがのしかかっているような感覚に陥った。

 手が届きかけたと思ったんだ。マサさんを超えて、千尋さんと金賞を獲る。ガキの頃に描いた夢にようやく。運が悪かった、と。そう処理するのが一番精神衛生上良い気がする。あと二年、いやせめて一年前に滝先生が北宇治に来てくれていたら。そんなことを思ったって今更どうしようもないのだから。

 四月からのこの日々を総括して、運が悪かったと片付けるのは雑極まりないな。高校最後の年にして滝先生が来てくれたこと。その滝先生は千尋さんの旦那さんであったこと。そして俺がパーカッションを始めたきっかけである、憧れのお兄さんの正体であるマサさんに出会えたこと。その人にプロの道へ誘われたこと。幸運過ぎるだろう。

 加えて、運の所為に出来るところまでやってこれたんだ。とても幸運で、恵まれた日々だ。

 ここで結果発表後のマサさんとの会話を少し。

 

 

「残念だったね」

「はい。でもまあ、当然の結果です」

「ホント怖いくらい冷静に分析するね。今の北宇治じゃ届かなかった。ボクもそう思うよ」

「今回は届きませんでしたけど、俺のやりたかったことはこれから出来るんで。ボッキリ折られて、いい経験です」

「やりたかったことって……。ああそっか。言っただろ。そう簡単に超えられてあげないってさ」

「十六年で追い越してやりますよ。首洗って待っててください」

「あっはっは、言うなあ! 流石ボクの一番弟子! 死ぬまで綺麗な首でいてやるよ」

 

 

 夏合宿で憧れの人を超えたいと語ってから、俺の将来像は予想もしていなかった方向へ変化した。未来を見ていようと思えていたのは、これからもあの人を追いかけられるからかもしれない。

 俺のこれまでとこれからが大きく変わるような出来事と言えば、こんなやりとりがあった。全国大会が終わって学校に到着後、家までの帰り道にてあすかと。

 父にユーフォニアムを褒めてもらえたと言って、子供みたいな笑顔をしていたあすか(大切な女の子)と。少しだけ佇まいを普段通りに戻して言ってくれた。

 

 

「篤。あんたは今回、まったく何もできない役立たずだった。あんたは何にも出来なくて、何にもしなかったけど、物事はきちんと収まった。私自身でどうにか出来た。黄前ちゃんには助けてもらったけど、その選択肢を選び取ったのは私。あんたじゃない。最終的にあの人を説得したのだって、私一人でやってのけた。だから篤。あんたはもういらない」

「はっは、もっと言い方ねえのか」

「事実じゃない」

「ああ、事実だ。全部な。……はあ。うん、わかった。でもよ、これからだって幼馴染相手にちったぁ楽してもいいぜ」

「あんたこそ」

 

 

 この時の問答で、俺の手を振りほどこうとするビジョンが見えた。ぶんぶんと振り回しているように見せかけて、きっと丁度いいタイミングがある。

 何を言いたいのかなんてわからないはずがない。どれだけこんな面倒なやりとりをしてきただろう。本心を不遜な態度と言葉で覆い隠して見栄を張り、けれど相手には必ず伝わると信じて交わした言葉たち。もうきっとほとんどいらなくなるのだろう。

 俺は今まで、必死にあすかの腕を掴んでいた。傾いた、おかしな姿勢だっただろう。ずっと維持されていた姿勢を正すには長い時間が掛かるはずだ。手を放したあの時から、少しずつ正していく。

 特別扱いはもうやめだ。

 おかしな特別扱いはもうしない。けれど俺たちが幼馴染として過ごしてきた年月が大切な時間であることに変わりはない。幼馴染として、互いを大切に想うことは変えようがない。

 それまで狂っていた程度を改めて、再び歩むはじめの一歩だった。

 あすかの腕から手を放す前。最後に一つこう伝えてやった。

 

 

「あすか。俺が引き籠った時、助けてくれてありがとう。俺はいてもいいんだって思わせてくれてありがとう。あの時からお前はずっと俺の恩人だ」

 

 

 家が近くで年齢が同じだからだけじゃない。俺があすかを護ろうとしたきっかけ。一番根底の想い。それは恩返しだった。あの時から俺はあすかに何か返せただろうか。人生の恩人の助けが出来ていただろうか。

 もういらない、と言われたから、それまでは必要としてくれていたんだろうな。

 

 部活を引退しても、俺自身は案外忙しいままだった。もしかすると人生で一番忙しい期間だったかもしれない。

 パーカッションの練習、音楽理論の勉強、それから入団試験を含む渡米に関するアレコレ。

 練習、勉強はドンとこいなんだが、その他が大変に面倒だった。役所の手続きってのはとにかく数が多い。他には英語の勉強とか。試験勉強なら今更どうでもいいんだが、生きた言葉に馴染むのはまた勝手が違った。

 手続き云々で一番頭を悩ませたのが、いつからアメリカに行くかということだ。順当に高校を卒業してからと思っていたが、試験で楽団に行った際に「早く来い」みたいなことを口々に言われた。トッププロにそう誘われるのは非常に嬉しかった。中には「高校なんか辞めてさっさと来い」と言う人もいたが、流石に高校は卒業したい。ここまで来て最終学歴中卒はちょっとな。

 俺は真面目に学校に通っていたので、二か月ほど出席しなくても卒業できる。加えて三年生の二月から自由登校期間に入ることから、手続きという名の支度が整えば渡米できそうな状況ではあった。もうちょっと日本でのんびりしていたかったこともあり、結局は年が明けたらアメリカへ行くということでまとまった。マサさんにも何度か間に入ってもらったが、この時の交渉で英語のスピーキングとリスニングにめちゃくちゃ慣れた気がする。

 これでバタバタとした高校生活のダイジェストが終了するはずが、何故かまだ終わらない。卒業式だ。

 北宇治高校では卒業生代表の答辞を、何故か学年主席が行うこととなっている。普通生徒会長だろ。入学式じゃねんだぞ。

 そんなわけでそれっぽい文章を考え――るのも面倒だったので推薦で進路が決まっていた友人に丸投げ。本番当日は考えてもらった文章の頭と終わりしかまともに読まず、さながらアーティストがラジオで自身のライブ感想回をやるように、俺たちの三年間を振り返ってみた。もちろん卒業生、在校生、先生方にまで話を振ってだ。結果、学年主任の先生に怒られた。担任である滝先生には他の先生方の手前やんわり咎められた。が後で「ああいうの嫌いじゃないですよ」とぶっちゃけてくれた。こういうところだよな。滝先生とマサさんが仲良いのって。

 

 卒業式もなんやかんやちゃんと終わり、日本でやることはもうなくなった。今は日本で過ごすロスタイム、もといアディショナルタイムだ。

 アメさんはせっかちなのかなんなのか知らないが、答辞を読んでいた時の二十四時間後にはお空の上だ。それまでどう過ごそうかとは、あまり悩まなかった。

 

『もしもし、どうしたの?』

「悪いな、急に。今、大丈夫か?」

『うん。打ち上げ終わって家に着いたところ』

「そっか。いきなりだけどさ、明日って空いてるか?」

『え? うん。明日は篤の見送りだけだけど。ってもしかして忘れてたり……』

「忘れてなんかいねーよ。その前の時間。良かったら……。良かったら、デートでもしないか」

 

 電話口から晴香の声がしなくなる。彼女が何を思って、どんな顔をしているのかは一切わからない。電話で相手に黙られるのを大層嫌う人がいるけれど、俺はこのただ待つ時間が結構好きだ。

 三十秒ほどして息を吸う音が近くで聞こえた。

 

『しよっか。デート』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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