部員にランニングを指示した所を皮切りにして、滝先生の指導が本格的に始まった。本格的に、といってもまだパートごとへの指導だけだが。面談までの少ない時間を活用して回っているらしい。
指導が始まってから女子生徒達の口から滝先生の話題が以前にも増して飛び交うようになった。
曰く、彼の指導は悪魔の如し。
曰く、彼は相当の粘着質である。
曰く、とあるパートの女子が泣かされた。
曰く、それでもやっぱりイケメンは正義。
っておい、最後のどういうことだ。まあいい。これらのことより吹奏楽部員より滝先生につけられた渾名は
『粘着イケメン悪魔』
まだパーカスの指導に来てくれてないから何とも言えないけどこれマジなの? HRでわかるのは間に挟まれてるイケメンだけだから真偽がわからないんだよ。
幹部三人に訊いてみても、あいつらそこそこちゃんとパートを纏めてるからそこまで厳しくはされなかったそうな。
ちなみに、吹奏楽部外の未だに滝先生にキャーキャー言っている女子達はギャップ萌えとか言っている。
いやいやいやいやいや、ギャップ萌えとかの範疇じゃないから。「何ですか、コレ」で俺もちょっとビビったんだよ? あの子達耐えられないんじゃないか。
好奇心から先生の指導をwktkして待っていたのだが、その前に二者面談があった。正直、三年生にもなってもまだ進路が決まっていない。特にやりたいこともないからとりあえず高ランクの大学を志望しているが、ぶっちゃけ簡単に入れる。ほんと、進路どうしよう。
「失礼します」
「どうぞ。そちらに掛けてください」
二者面談は職員室の中にある小部屋で行われる。この部屋はこんな風に面談で使われたり、お説教部屋としてよく使われるそうな。担任の教科によっては別の部屋にもなるらしい。どうでもよすぎる情報だなコレ。
「まずは最近の学校生活についてお伺いしましょうか。どうです? 日々の授業やHR、部活は」
「授業とかは今まで通り何ともないです。ああ、でも自習増えたお陰でちょっと退屈ですね。一応自分で問題集とか参考書とか持ってくるようにはしてますけど。部活は今までよりもずっと楽しいです。先生が作った雰囲気に全員ものの見事に流されて前とは比べ物にならないくらい練習熱心じゃないですか。周囲の人間に対して不必要な分の思考を割かなくてもよくなって大分楽です。自分の練習とかパートの事に集中できるんでホント、楽しいです」
普段のことだったらある程度すらすら答えられる。ただ、進路はマジで無理。志望動機の「し」の字の欠片も無くてごめんなさい。特にやりたいことって見つからないんだよなあ。
てっきり直ぐに進路の話になると思っていたので心の中で謝罪していたのだが続いたのは部活の話だった。
「部活は楽しいですか、良かった。正直不安だったんです。私のやり方はなかなか受け入れられるものではないですからね。皆さんから反感を買うだけならまだしも、音楽自体を嫌いになられてしまっては音楽教師失格ですから」
「反感を買ってもあいつらはちゃんとそれを成長の為の動力にするでしょうし、現にそうしていますから杞憂で終わると思いますよ。唯々反発するよりも実力を示すべきというのはわかっているでしょうから。にしても、滝先生がこんなことを気にするとは意外でした。もっとドライな方かと」
思ったことを正直に言うと先生は苦笑して、やはりそう思われますか、と言った。恐がられたり不愛想に思われることが昔から多いらしい。音楽が絡まなきゃ柔和な印象が強いイケメンなのだが。
先生方の普段は見られない一面を見ることができると何かホクホクした気分になってしまうのは何故なのだろう。こっそりホクホクしていると、先生は部活関連の話をもう少し続けた。
「そういえば、色々な先生方から黒田くんはマルチな才能を持っていると伺ったのですが、そんな中でどうして吹奏楽を選んだのですか? うちの学校の部活はお世辞にも優れた活躍をしているところはありません。どのような方面であれ、君の持つ才能はもっと活かした方が良いと私は思ってしまいます」
「そこまでマルチな才能はないと思いますけどね。出来ないことだって色々ありますし。吹奏楽を選んだ理由、北宇治を選んだ理由は、そうですね、ただの憧れです」
長くなってしまうと思ったので一応一言で終わらせてみたのだが、先生は目線だけで続きを促してくる。どうぞ自由に話してください、と言われている気がする。ならば遠慮なく話そうじゃないか。
「幼稚園の時に、行事で大学のオーケストラサークルの演奏を聞きに行ったことがありまして、そこでにパーカッションの虜になりました。それで自分もやりたいなって。で、演奏が終わった後に大学生のお兄さんお姉さんとお話ししましょうって時間に自分が一番凄いと思った人の所に行ったんですよ。そこでその方が北宇治高校出身だと仰っていて、その時からこの高校に来ようと思っていたんです。その方は全国で金が取れなかったとも仰っていまして、その人を超えようと思ったら北宇治で全国に出て金を取るしかないじゃないですか。あの時に憧れたあの人みたいになりたい。あの人と同じ景色が見たいって思って、ここで頑張ってます。今までは絶望的でしたけど、滝先生がこの学校にいらしていただいたおかげで、高校最後の年にしてその夢を叶えられるんじゃないかと俺は信じています」
やっべ語り過ぎた。最後理由とか関係ないじゃん。部活に関する意気込みじゃん。先生ちょっと目ぇ丸くしてるし。なんか途端に恥ずかしくなってきた。
先生はふっと口元を緩ませると笑顔で笑顔で話し始めた。
「私だけの力で全国大会金賞は叶えられませんよ。部全体で頑張っていきましょう。
それでは、いよいよ進路の話に移りましょうか。黒田くんは大学進学希望でしたね。君の成績なら国内だけでなく国外も狙っていけるとは思いますが、この大学を選んだ理由を今一度聞かせてもらえませんか」
「……すいません、正直大した理由が無くて。後々の就職の事を考えたら、まだ学歴信仰強いんで有名大学に行っといたらいいかなって、そんだけです。大学行って専門的な勉強したいってのも少しはありますけど。そして親にもあんまり迷惑かけたくないので家から通える国公立で、奨学金も取れたら取りたいと思ってます」
先生は頬に手を当てて何か考えている。いやホント、手のかからないようで手のかかる生徒ですみません。
にしても当たり前だとは思うけど部活の時とは全然違うな。赴任したてでいきなり3年生の、しかも特進クラスの担任をやらされていて大変だろうに。
「そうですか。なんにせよ理由があって良かったです。君が自らの意思でその道を選んだのなら、私は全力で支援します。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。あ、そうだ先生、部活の事なんですけどパーカスへの指導はいつ来てくれるんでしょうか? ずっと気になってて」
「今日この後伺おうと思っていました。面談も今日は黒田くんが最後ですしちょうど良いかと」
……ずっと来てくれなかったの俺のせい!? 俺が滝クラスに所属していたからなのか。ちょうど良い、かあ。まあいいや、これでやっと粘着イケメン悪魔の実態(?)がわかる。
「ではこの後、準備をしてから伺います」
「わかりました。失礼しました」
ここで終わったはずだが、先生は何か思い出したように一言付け加えた。
「そうそう、黒田くん。君がわざわざ
「はあ。そう、ですか」
君のような人は自ら泥をかぶりがちですからね。そういって先生は自分の席に向かっていった。どこまで見透しているんだ、あの人は。共通の敵をつくれば組織は団結しやすい。殆ど反論をさせないほどの技量がある俺だからこそ、組織全体の向上の為に悪役を務められると思っていたのだが。
小部屋と職員室を出て、左手首に巻いた腕時計に目線を落とす。はあ、こんなに長く面談を受けたのは初めてだ。
ふと聞こえてきた楽器の音に感覚を委ね、首を回すとパキパキと嫌な音がする。あまりこれをやると寿命が縮むというのを聞いたことがある。ガッチガチに凝ってるんだから仕方がないだろう。漱石先生がご考案なさった言葉は便利だな。凝るって言葉がもし今まで使われていなかったとしたら、何と言っていたんだろう。
まあ、そんなことはどうでもいい。
さぁて、部活だ部活だー!
お待たせしました。僕はのんべんだらりとゆっくり書いています。色々な作品のちょっとした合間にでも、この作品をどうぞ。
皆さんもゆっくり、作品内の彼らを見守っていってくれれば幸いです。