そこは木々が鬱蒼と生い茂っている暗黒の森だった。星明かりすらも通さない梢。生き物の気配もなく、乾いた風がただ寂しげな音色を奏でて吹き抜けるだけ。九条甲矢はなぜこのような場所に一人でいるのか分からず、ただ木々の合間を右往左往しつつ辺りを見渡すことしか出来なかった。
しかしいくら歩こうとも、湿った腐葉土の匂いばかりが漂うこの森が一体何であるか噸と見当がつかず、またどうしてこの森を一人彷徨う羽目に陥っているのか、まるで理解が及ばず、そのために底知れぬ恐怖が徐々に重みを増して足下に縋り付いてくる。
唾を呑み呑み土に足を取られながらも恐る恐る歩んでいると、近くからガサリと葉の擦れあう音が、森閑たる森にちょっと信じられないくらい大げさに響いた。
咄嗟に近くの茂みに身を潜めた。そして叢の隙間から音のした方をよくよく見やると、草木の揺れが激しくなり、次いで枝の折れる音がした。そして木々の影から黒い何がぬるりと現れた。
それは、大きな影だった。頭が梢に触れそうなほどの高さで、ずんぐりとした体格だ。そいつは知性がないのか、あるいは悪意を持ってなのか、歩くたびに近くの枝葉を巻き込んで盛大な音を響かせへし折っている。葉っぱが哀れにもぱらぱらと新雪のように降り積もる。
甲矢は隠れ潜みながら、そいつの動きに目を配っていた。
そいつはのんびりと闊歩していた。しかしふと動きを止めると、突然甲矢の方へものすごい速度で迫ってきた。余りに唐突な動きに、甲矢は逃げ出すことも出来ずただ目を閉じて顔をかばい、化け物と衝突した。
しかし痛みはない。そっと目を開けば、化け物が通った痕に一人ぽつんと突っ立ていた。
「夢、か? そ、そうだよな、夢じゃないとおかしいよな」
へなヘなとへたり込み、力ない笑い声をこぼす。一度夢だと分かり落ち着けば、様々なことにも納得がいった。ここがどこだか、そしてどうして一人でいるのか。全て夢だから。それで話がつくのだ。
ひとしきりげたげた笑い、笑い疲れた頃、甲矢は立ち上がった。夢だと分かれば、向こう見ずな勇気がどんどんとふくれあがり、先程の化け物が妙に気になりだしてしまう。
夢なのだから構わないだろうと、化け物が通ったであろう痕を気楽な気持ちで追ってみる。
そうして歩き出してから十分もしないうちに、腑が震えるような轟音が辺りを打った。
一瞬間甲矢は足が引けたものの、直ぐ様思い直し、音のした方へ駆け出した。
息を切らしながら走っていると、少し開けた場所にでた。そこでは奇妙な衣服――おそらくどこかの民族衣装――をした少年が倒れていた。
夢であることすら忘れ去り、甲矢が少年を助け起こそうとしたとき、少年の胸元から琥珀色の玉がこぼれ落ちた。それが甲矢の掌に触れる。
【パイロット適正者を感知。適正者を仮パイロットとして登録】
合成音が奏でた言葉を理解するよりも早く、甲矢の頭は激痛に襲われた。
余りの痛みに立っていることすら出来ず倒れ伏す。意識が遠のく最中、琥珀色の光だけが甲矢の目に色濃く映った。
甲矢は気がつくと、再び森の中にいた。鬱蒼と生い茂った梢の隙間から僅かばかりの陽光が木漏れ日となり降り注いでいる。その光線に目を細めながら、なぜ森にいるのか、考えを巡らす。
といっても、話は簡単だ。学校から帰宅している最中、森の入り口を通りかかった時から一切の記憶がなく、我を取り戻したときには森の奥深くまで入り込んでいたというだけ。
しかし昨日見た夢といい、直前の出来事といい、何か霊妙な力でも働いているのかと、空恐ろしい気持ちがわき上がってくる。
一度そう思うとまだ日も高いというのに、この森がどこか現実離れした、魔女や悪魔が潜むような、兎角まっとうな人がいて良い場所ではない、そんな気がしてならなくなる。幹の影にはいたずら好きな妖精が潜み、地面の下や木の枝を素速く走り回るなどして人の目がない場所に悪霊の類いが潜んでこちらの隙を窺っているような……。
恐怖からの錯覚だと理解していながらも、感情はそう簡単に納得してくれない。甲矢の手足がぎこちなく動く。
しかし甲矢の意志に反し、その手足が何故か勝手に動き出す。何かに導かれているかのように、手を曳かれているように。その手足は迷いがなかった。予め目的地をインプットされたからくり人形のように滑らかに突き進む。
たどり着いた先は、開けた空き地だった。見覚えのある場所に、甲矢は息を呑んだ。
アレが夢だった。その確証が欲しく、甲矢は恐る恐る自由になった足で広場へ進ぶ。そして広場のちょうど中央に、一匹の小動物が倒れていた。それはクリーム色の体毛をした、オコジョのような動物だ。ぐったりと倒れているが、口元の若葉が震えていることから、生きているようだ。手をのばしたそのとき、甲矢の瞳に琥珀色の光が入り込んだ。小動物から僅かに離れたところに琥珀色の玉が転がっている。無意識にそれを拾い上げポケットにしまい込む。そして小動物を抱え上げた。
暖かかった。抱きかかえている腕を通じ、小さいながらも懸命に胸を打つ鼓動、小さいながらも懸命に吸い込む呼吸、それらの命のぬくもりが伝わってきた。
「誰?」
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。可愛らしいツインテールが風に揺れると、柔らかで幼げなほっぺに届く、そんな少女だ。
少女は甲矢が抱えている小動物に気がついたのか、驚きの声を挙げた。
「大変! 早く病院に!」
「あっ」
甲矢は僅かに顔をしかめた。自室の貯金箱を思い出す。道路に落ちていたお金を拾い集めて貯めた全財産はようやく千円を超えるかどうか。
病院に行くにはお金がいる。そして甲矢にそんなお金はない。そもそも甲矢は親に捨てられ、孤児院に厄介になっている。たとえ病院に行けたとしても、面倒を見るなんて出来やしない。
しかし目の前の少女ならば違うのかもしれない。甲矢の目の前にいる少女は、ここらでも有名なお嬢様学校の制服を着ている。ならば、甲矢と違いお金に困ることはないだろう。
お金がないという恥ずかしさとその程度のことも解決できない己の無力さを悔やむのを誤魔化すように、赤く染まっているであろう頬を見られぬように、そっぽを向く。
「悪いけど、頼めるか? 俺は、そいつの面倒を見られないからさ」
「……うん、分かった。ありがとね」
少女は甲矢から小動物を受け取った。そこでようやく甲矢が前を見られるようになった。見上げれば、少女の顔がすぐそこにある。少女は甲矢の視線に気がつくと、「大丈夫だよ」と微笑み、そして立ち去っていった。
少女が去ってしばらくしてから、甲矢もまたその場を立ち去った。
夜もだいぶ深まり、深紫色の帳がしっとりと夜を濡らす中、甲矢は孤児院の一人部屋――一番狭く、一番ぼろぼろの――で、何時の間にかポケットに入っていた琥珀色の玉を前に胡座をかいて悩んでいた。夢に見た玉がなぜ手元にあるのか。玉を手にした記憶なぞないのだ。それにその玉の琥珀色が、なぜか夏の夕暮れ染みた、もの悲しい、うら寂しい感情を揺さぶり、目を背けたくなる。
かといって感情にまかせ、こんな深みのある色合いをした琥珀色の玉を捨てることなど出来ない。甲矢は見たことなどないが、この玉こそ琥珀なのだろう。だとしたきっと高価な代物だ。そんな代物を下手に捨てることなど出来やしない。もし持ち主が現れて弁償を要求されても、貧乏孤児院に大金などあるわけない。
明日交番にでも届けるかと、思考に一応の決着をつけた時、甲矢は世界が揺れたのを感じた。地震かと警戒したが、揺れは一瞬で、それ以降揺れることはない。しかし、甲矢の頭に、ノイズが生じた。不快感に眉をひそめていると、それは徐々にノイズから声のようなものに変わっていき、終いには雑音混じりで聞き取りづらいがそれでもいくつかの言葉を拾える程度にはっきりした。
『お願……です。ぼ……え……助け……くださ……』
ラジオのチューニング中のように遠くなったり近くなったり、ノイズで聞こえなかったり、それでも助けを求める声だけは拾うことが出来た。
そしてその言葉を聴き終えた瞬間、何をすれば良いのかも分からないのにただ座しているのが出来ずその場所をうろついてしまう、あの猛烈なまでの何かをしなければならないという強迫観念が襲いかかってきた。それと共に頭に霞みがかかり、声が聞こえてくる。高いような、低いような、若いような、老いたような、男のような、女のような。
矢は放たれた。
――何をいっている?
矢は放たれた。
――何を?
放たれた矢は飛ぶ。
――了解。
琥珀色の玉を引っ掴み胸元にしまい込むと、窓を開け、そこから飛び出し、甲矢は人目のつかないよう夜闇に紛れて海鳴の街をかけていた。
たどり着いたのは海鳴りの住宅街だ。しかしその住宅街は、甲矢の知っていた場所ではなかった。空は奇妙な色合いに照り返す、オーロラのような膜があり、都会の弱々しい星明かりが屈折し降り頻り、非現実染みた光景を晒している。そしてそれよりも強い人工光があちらこちらで光り輝いているのに、その光を浴びるべき人の姿が全くない。いくら探しても、人どころか、犬一匹いない。一体これはどういうことかと辺りを見回しながら考える甲矢の耳朶に、小さな地響きのような音が滑り込んだ。
音のする方へ足を向ける。だんだんと音が大きくなる。そして曲がり角を曲がると、夢で見たあの黒い何かがいた。
慌てて逃げだそうと踵を返したとき、甲矢は別の音を聞いた。それは少女の声だ。再び振り返れば、そこにはあの森で出会った少女がいた。
足が止まる。その間にも少女と化け物は迫ってくる。今逃げ出せば、おそらくは甲矢だけならば助かるだろう。
だから甲矢は走った。前へ、化け物へと。
逃げたら助かるかもしれない。でも、そしたら少女が死ぬかもしれない。いや、おそらくは死んでしまう。それは、嫌だった。
今にも転びそうな少女の手を掴み、駆け出す。曲がり角を曲がる。まだ追いつかれていない。とっさに目のついた植え込みへ飛びこむ。
背後を、植え込み越しに化け物が通る音がずるりずるりと耳に粘つく。二人して口元を抑えて息を殺していると、化け物の発する音が遠ざかっていった。
ようやく一息をつける。甲矢は地面に大の字に倒れ伏した。自分よりも背の高い相手を引っ張りながら走るのは体力にきついものがある。
となりでは少女が小さく咳き込み、そして眦に涙をため込みながら、甲矢に話しかけてきた。
「ありがとう、たすけてくれて。私、なのは。高町なのは」
「九条、甲矢」
息も絶え絶えに返答する。ようやく体力が多少回復し、座り直した時、小さな音がした。二人してその音に肩をはねあげた。甲矢はとっさになのはを背中に隠し、音のした方を睨み付ける。背中を掴む小さな暖かい手が震えていた。
そこには森に倒れていたあの小動物がいた。首元には赤い玉がかけられていた。そして身体の至る所には、包帯が巻かれている。包帯には血がにじんでいる様子もなく元気そうだ。
「フェレットさん。よかった、無事だったんだ」
なのはが小走りに駆け寄ろうとした。そのときだ。
「良かった、お二人とも僕の声が聞こえたんですね」
聞こえてきたのは人間の言葉だった。それも明らかにフェレットが発している。
「ひぇ、しゃ、喋ったァ!!」
「あ、馬鹿! 騒ぐな!」
咄嗟になのはの口を押さえる。手を十字にして押さえつけたが、なのはが堪えきれなかったらしく、二人して倒れ込む。なのはの上で甲矢は辺りの様子を探る。物音はしない。どうやら化け物には聞こえなかったらしい。
ため息をついていると、ぽこぽこ胸元が叩かれる。下を見れば、なのはが顔を真っ赤にして、甲矢の手をはずそうともがいている。慌てて手を放すと、荒い息で甲矢のことを少し恨めしそうに睨んできた。
甲矢がその視線から逃れようとあくせくしていると、ユーノがおずおず話しかけてきた。
「僕はユーノ・スクライアといいます。二人は僕の声を聞いて来てくれたんですよね」
「うん」
「声? ああ、アレか」
ユーノの顔色は、小動物ながらも明らかに変わったのが分かる程、変化した。うれしそうな、悔やんでいるかのような。まるで人間のように表情が変わるのだ。
「そうですか。……お願いがあります。これを」
しかし真剣なまなざしに変わると、ユーノは首元にかけられていた赤い玉を身をよじって外し、二人に触るよう促した。
甲矢がなのはと視線を交わす。なのはも困惑した表情で、赤い玉を見ている。その間もユーノがさあさあといわんばかりに赤い玉を二人の方へ転がしてくる。甲矢は唾をのみ恐る恐る指先を赤い玉に触れさせる。しかし何の変化も起きなかった。
続いてなのはが触ったとき、赤い玉に変化が起きた。桜色の光が玉の中心に灯しる。
【マスター登録完了。初めまして、マイマスター。私はレイジングハートと申します】
「レイジング、ハート?」
「良かった。適応してくれた。お願いです。そのレイジングハートを使って、ジュエルシードを止めてください!」
「じゅ、ジュエルシード? レイジングハートを使って?」
困惑するなのはにユーノはつかみかかるように懇願する。甲矢はユーノの首根っこをつまみ一旦なのはから引き離す。暴れるユーノを目の前に持ってきて、落ち着くよう言い含める。
「いきなりいわれてもこっちは何が何だか分からないんだ。もう少し詳しく教えてくれ」
「あ、そうですね。分かりました。時間がないので短く話します。僕はこの世界ではなく別の世界で遺跡発掘をしている一族の者です。そこで発掘したジュエルシードという遺物を移送中、事故でこの世界に落ちてしまい、僕はそれを探しているんです」
「それが何故ジュエルシードを止めるなんて話になるんだ?」
「それは僕たちの世界が魔法文明で成り立っているからです。ジュエルシードは古代の魔法技術が込められており、その一端が暴走してあの黒い化け物の姿をして暴れ回っているんです。ですのでジュエルシードを止めるためには魔法でもって暴走している機構を封印するしかないのですが、そのためにはそのレイジングハートを使わないといけないんです」
なのはの方を見やる。なのはがレイジングハートを見詰めている。何かを決意したのか、一度頷いてユーノに訊ねる。
「どうすればいいの?」
「それは――」
それ以上の言葉がユーノから告げられることはなかった。
なぜなら突如頭上に影が差し込み、甲矢たちが顔を見上げれば、ジュエルシードの暴走体がこちらを見下ろしている。そしてその巨躯を叩きつけてきた。
甲矢がユーノを抱えて影から逃げることは成功した。しかし辺りになのはの姿がない。
まさかと思い、化け物の方へ視線をやる。
「なのは!!」
「は、甲矢君! そっちにいるの!?」
化け物越しからなのはの声がする。分断されてしまった。さらに悪いことに、化け物は甲矢が考えていた以上に知性があるらしく、身体を起こしながら甲矢とユーノを見た後、なのはを見た。身体を起こしたことで生まれた隙間から、なのはが後ろに下がるのが見えた。そしてその手に持つレイジングハートに気づいた化け物が忌々しそうになのはを睨み付けた。
立たせた身体を竦めだす。そして一杯に押しつぶされたバネのように力を解放し、凄まじい速さでなのはめがけて突撃した。
「なのは!!」
化け物は狙いを誤ったらしく、なのはの直ぐそばを通り過ぎただけだった。おかげで遠目から見えるなのはには傷一つなかった。しかし化け物がなのはを狙っているのに変わりなく、その無機質じみた目でなのはを探していた。
なのはがその場から逃げ出した。しかしその走り方は今にも足をもつれさせてしまいそうなほど気が動転したもので、見るからに冷静さを欠いていると分かる。なのはの逃走に気がついた化け物は、甲矢たちを気にもとめず凄まじい速度で追いかけていった。
「クソ!」
甲矢がユーノをポケットに押し込んでなのはと化け物の後を追いかける。しかし化け物はかなりの速度をだしており、どんどんとその後ろ姿が離れていく。
「急いで、甲矢! レイジングハートの使い方をなのはに伝えないと!」
「分かってる!」
孤児院暮らしで十分な食事を行えず、同学年の中でも特に小柄な甲矢の短い足では、懸命に手足を動かしたところで絶望的なまでに速度を生み出すことが出来ない。それでも必死に走る。間に合ってくれと願いながら。
「い、イヤ、イヤァアアアア!!」
しかしその願いも虚しく、なのはの悲鳴が静かな住宅街を満たす。甲矢の脳裏に嫌な予想が広がる。
化け物に追いつかれてしまったのか。あるいは化け物に追い詰められてしまったのか。それとも……すでになのはが化け物の手にかかってしまったのではないか。
足りない。足りないのだ。今の速さでは全く足りない。何者をも逃さぬ速さが、そして助けられるだけの強さが欲しい。
【状況把握完了。LAST-ARROW起動】
その欲求に応えるように、胸元から琥珀色の光が放たれる。
「そ、それは僕が持ってきたデバイス!? どうしてそれを!? いや、そもそもどうして起動しているんだ!? 誰も起動できなかったのに!」
琥珀色の玉は甲矢の手から離れ、空中に留まると、その姿を変貌させた。それは、
甲矢はその光に当てられ一切の自我を失い、渇望していたものを与えられた愚者のようにロッドを手にした。
【OPERATION-SYSTEM
FORCE・・・・・・・・・・・・・NG
WAVE CANNON・・・・OK
VULCAN・・・・・・・・・・・OK
ANTI-AIR LSR・・・・・・NG
REFLEX LSR・・・・・・・・NG
SEARCH LSR・・・・・・・NG】
触れた指先から何かが流れ込んでくる。それと共に、意識の縁に見たこともない飛行機が宙を飛び立つ姿を幻視した。青い美しい飛行機を。
そのイメージが明確になるにつれ、甲矢の身体は自然と動き出していた。ただ確信と共に跳んだ。大地を蹴り、跳びはね、そして飛んだ。地面から十メートルの高さまで浮かび上がる。辺りを見回すことなく、360°全てが理解できる。それがどうしてかは分からないが、都合は良かった。
「見つけた」
「えっ? 見つけた? いや、それよりも」
それ以上は甲矢の耳に届くことはなかった。
一瞬で甲矢は発見した化け物の場所まで飛び、襲われていたなのはをすくい上げその場から離脱した。
眼下では黒い化け物がなのはのいた場所を砕き、獲物に逃げられたことを悟り、辺りをきょろきょろと見渡している。
すくい上げるように抱きかかえられたなのはの手足が徐々にこわばりをなくす。そしてなのはが目を開いて甲矢の顔を見ていた。
「え? 甲矢、君?」
なのはの声に一度頷いてみせる。今更ながら空を飛んでいることに気がついたらしいなのはが、甲矢の服にしがみついてくる。なのはを落とさぬようにしっかり抱きかかえる。
そしてなのはを落とさないよう注意を保ったまま、ロッドを化け物へ差し向ける。ロッドの先端で電気エネルギーが磁界の砲塔を形成し、膨大な電気エネルギーを流動させる。フレミング左手の法則に従い、莫大な運動エネルギーが蓄えられていく。そしてため込んだエネルギーを一挙に解放した。
化け物が、アスファルトもろとも甲矢のいる上空十メートルの宙まで軽々と跳ね上がる。轟音が今更ながらに響き、そして化け物が歓声の音色を耳にしながら大地へと叩きつけられた。
「甲矢、君?」
「ユーノ、なのはに使い方を」
「え? あ、う、うん。な、なのはひとまず僕が言った言葉を続けて」
なのはがユーノからレイジングハートの使い方をレクチャーされている最中、甲矢は一人化け物を観察していた。
化け物はダメージを感じさせない俊敏な動作で立ち上がり、攻撃した甲矢を認識し睨み付けている。その瞳からは苛立ちや怒りはなかったが、確かな敵意だけは存在している。
「よし……こっちを見ていろ、馬鹿」
そうしている間に、ユーノから告げられた言葉を繰り返していたなのはが、最後の節を高らかに歌い上げ終えた。
すると、なのはの身体が光に包まれる。光が収まると、昼間に出会った制服を基調とした白い衣服に身を包み、その手には桜色の柄をした杖を持っていた。杖の先端は黄金に輝き、半月のように歪曲していた。またその中心の箇所に赤い宝玉が力強い光を発しながら存在していた。
「凄い! バリアジャケットまで造れるなんて!」
「ば、バリアジャケット? そ、それよりユーノ君。私はどうすれば良いの?」
「自分の心に問いかけて。答えが返ってくるはずだから。甲矢、一旦降りてくれる。君は出来たけど、魔法を始めて使うなのはがいきなり空を飛ぶのは危ない」
高度を下げる最中、甲矢は再び攻撃を繰り出す。VULCAN、正式名称を超高速電磁レールキャノンを。轟音が一度、二度。下りてきたところを攻撃しようとしていた化け物は吹き飛び、近くの塀に突っ込みその姿が見えなくなる。
その隙に地上に下り立ち、甲矢はなのはを降ろす。なのはが一度甲矢の方を見返したが、何か言うこともなく化け物が吹き飛んだ場所を見据える。赤い玉が変化した杖を両手で握りこみ、その先端を化け物が吹き飛んだ方へ向け、集中していく。
なのはの集中が最高潮に達したとき、化け物が飛び出してきた。それは最初なのはを襲ったときよりも速く、狙いも研ぎ澄まされていた。しかしそれに対し、なのはの表情は微動だにせず、滑らかに言の葉を告げる。
「リリカルマジカル、ジュエルシード封印」
杖の宝玉から桜色の光が迸る。細い光が化け物に当たると、瞬く間に奔流とも呼ぶべき光が後を追うように杖から噴き出し、光柱となった。そして化け物の突進を軽々と受け止め、拮抗することすら許さず飲み込んだ。化け物の断末魔が響く。光が消え去る頃、そこには化け物の姿などなく、青い菱形の宝石らしき物体が宙を浮かび、折れ曲がった外灯の光を受け、弱々しく輝いていた。
「やった! 封印に成功した!」
ユーノの歓声をよそに、甲矢となのはとは二人してへたり込んだ。
そんな二人の足下にユーノが駆け寄り何度もお礼を告げてくる。甲矢はそのお礼を幾度も受けているうちに、生き延びたという実感がわいてきて、腹がよじれるほど笑いがこみ上げてきた。
「それで、あの!」
「悪いけど、もう遅い。孤児院から抜け出してきたんだ。心配させたくない。後のことは明日で良いか?」
「えっ、あ、はい。ごめんなさい。それと、ありがとう。なのは、甲矢、君たちのおかげでジュエルシードを封印できたよ」
「ああ。じゃあな、ユーノ、なのは」
「ありがとう、甲矢」
「バイバイ、また明日、甲矢君」
二人の笑顔に見送られた甲矢は、帰路についた。孤児院の自室へ誰にも見つからず帰ると、その場でくずおれた。酷い頭痛と鈍痛が身体のいたる箇所を襲う。くずおれたまま痛みにより意識を失う最中、甲矢は再び幻を見た。青い飛行機が、暗い宇宙へ飛び立つのを。そして人類が生み出した悪夢を。覚めることのない悪夢を。
甲矢はただ、悪夢を見たまま震えることしか出来なかった。
第一話の改変した点は、所々にR-typer御用達のキーワードを混ぜたのと、四千文字くらい圧縮してみました。
また、最後まで呼んでくださった読者の方々は、よろしければ一言でも良いので、個々が悪いないし個々が良いなどご指摘くだされば、作者としても大変うれしくありがたく存じます。
それでは皆様、明けましておめでとうございます。良いお年を過ごされることを心より祈らせていただきます。