甲矢たちがアースラ内部へ帰還すると、そこは戦場だった。
クルーたちは慌ただしく、特に技術班のメンバーが目まぐるしく動き回っている。
彼らは皆一様に、先ほどの次元跳躍魔法のデータを解析していた。あるものはモニター上を流れていくデータから、あるものは判明したデータを元にシミュレーションをかけ、魔法を発動した次元世界を割り出そうとしている。
彼らの鬼気迫る努力の甲斐もあってか、十分もしないうちに解析結果がリンディへと報告された。
データを受け取ったリンディは、常に浮かべていた微笑みを消し去り、クルーへと力強く命令を下す。
すぐさま武装隊には強行偵察を、それ以外の人員には武装隊のバックアップを命じた。また、フェイトとアルフには魔力封印を行った上で、女性クルーの監視下に置かせ、甲矢たちはこの艦橋に留まるように指示を出す。
なのはに至っては普段とあまりに違うリンディに、ただただ目を丸くしている。
そうこうしているうちに、武装隊は装備を整え、調査員たちの苦心によって判明した次元世界へ転移していった。
「……クロノ君は行かなくって良いの? 確かアースラのエースなんだよね?」
なのはの問いに、クロノが答える。
「僕は後詰めだよ。それにエースだからって何でもかんでも一人でやれるわけではない。時には他者を信頼して任せることも重要だ。大丈夫、彼らもアースラの精鋭さ」
普段から仏頂面や難しい顔つきをしているクロノだが、武装隊のことを話すその時は、眉根のしわが取れ、声音も普段よりわずかであるが柔らかだ。
なのはが再び目を丸くしてクロノを見つめている。その目線に気がついたのか、クロノの額に再びしわが寄った。それを見て取ったなのはは、慌てて顔をそらす。
『リンディ、こちら準備が整いました』
モニターから声がする。目を前にやれば、武装隊が大きく映し出されていた。
彼らは皆、バリアジャケットに身を包み、デバイスを片手に巨大な扉に張り付いていた。
「了解です。作戦を開始します」
武装隊員がアイコンタクトを交わす。一人が扉をあけるや、他の隊員がクリアリングを行い、建物の中へ侵入する。
『時の庭園内部へ侵入成功しました』
エントランスは広大な空間だった。明かり取りのステンドグラスから差し込む光が、祈る女性を床に投影している。
それを踏み越えながら、武装隊員は何隊かに別れ奥へ進む。
時の庭園は人気がなかった。どれほど奥へ進んでも、人の生活痕を見つけられない。果てには明らかに放棄されたであろうエリアが存在しているくらいだ。城と見紛うほどの大きさを鑑みれば、不要なエリアの管理はしない方が効率的なのだろう。
そして、最奥にたどりついた。
そこは玉座の間だった。円い部屋の奥に贅をこらした玉座がある。そこに、一人の女がいた。
『プレシア・テスタロッサだな?』
武装隊員のうち数名がプレシアへデバイスを向ける。
「テスタロッサ?」
なのはが疑問を口にする。
それに対し、クロノが答える。
「非常に高名な魔導科学者だ。……数十年前に開発中の魔導炉を暴走させていらい、行方不明になっている。そしておそらく……」
クロノは言いよどんだ。しかしすぐに後を続けた。
「フェイト・テスタロッサの母親だ」
なのはが小首をかしげていると、艦橋に鋭い声が響く。
「母さん!」
フェイトがいつの間にか艦橋に現れていた。後ろからは監視を務めていた女性クルーが追いかけている。
どうやら意識を取り戻して飛び出してきたらしい。
「母さん!」
モニターに映されたプレシアは頬杖を突いて、気怠げに武装隊員を眺めている。
その目は解体される
嫌な予感が胸を襲う。
甲矢は静かにLast-Arrowを胸元から取り出すと、プレシア・テスタロッサのデータをとらせ始めた。
『ロストロギア不法所持、および公務執行妨害で貴方を逮捕します』
『……』
『弁護士を呼ぶ権利は保証されています』
『な、何だ、これは!?』
突然割り込んだ声。それは玉座の間を調べていた他の隊員のものだった。
彼らは隠し扉を見つけ、その奥へ乗り込んでいた。
そこにあったのは、ポッドだった。
膝を抱えれば成人男性も入れる程度の大きさで、中は何らかの液体に満たされていた。だが、何よりもその中心には一人の少女が浮かんでいた。
『私の』
それまで反応がなかったプレシアの唇が緩む。
こぼれ落ちた言葉が世界に響いた瞬間、空気が死んだ。次元越しですらはっきりと分かる殺意。
リンディはすぐさま転移魔法による武装隊員の強制帰還を命じた。
だが、それをクルーたちが実施するよりも、プレシアの動きの方が早かった。
『私のアリシアに触るな!!』
紫電が画面を覆う。白く塗りつぶされたモニターから、武装隊員の悲鳴が響く。
たとえ視界が利かずとも分かる。画面越しに行われたことが。
雷火が収まる頃には、武装隊は全滅していた。
「強制転移魔法発動!」
一拍遅れて転移魔法が発動する。武装隊全員がアースラへ帰還する。だが、それは、アースラの戦力が激減したも同然だった。
「プレシア・テスタロッサ……」
リンディがぽつりとつぶやく。それは言葉にするつもりはなかったのにこぼれ落ちてしまった言葉のようだった。
『そう、貴方が私の邪魔を』
プレシアの瞳だけが動き、こちらを見据える。
それだけでクルーたちが恐怖に固まる。
玉座からすくと立ち上がる。ゆっくりと隠されていたポッドへ近づいていく。
「かあ……さん」
その歩みが止まった。振り返ったその表情は鬱陶しげだった。
『貴方には失望したわ、フェイト。やっぱりだめね』
「何が、何がだめだ! アンタのためにって、フェイトがどれだけ頑張ったか分かっているのか!」
冷たい声に唯一反応できたのはアルフだけだった。
怒気をあらわに、プレシアへ噛みつく。だが、それに対し返ってきたのは残酷な事実だった。
『頑張った? それに何の価値があるというの。現実で評価されるのは結果だけ。過程に意味はない』
「何だよ、何だよ、それ!? フェイトはアンタの娘なんだぞ!」
『娘?』
プレシアの顔に冷笑が浮かぶ。
それを見たリンディが叫ぶ。
「プレシア・テスタロッサ!」
『人形は、人形よ』
「……母さん?」
『結局の所、どれほど頑張ろうとも、アリシアにはなれやしない。できの悪いお人形。貴方のことよ、フェイト?』
「どういう、こと? 母さん」
フェイトは声を震わせ、問いかけた。眦には涙がたまっていく。
自分の知らない秘密が明かされようとしている。それが自らを傷つけようとしているのを、無意識に理解しているように。
『貴方はアリシアを元にして私が作ったクローンよ。アリシアを蘇らせるために作った、ね。結局失敗でしかなかったけど』
その言葉に、フェイトがくずおれた。
アルフが放心したフェイトを抱きかかえた。
リンディとクロノとが一瞬だけうつむき、しかし毅然とプレシアをにらみ返す。
「どうして、どうしてそんなひどいことを言えるの!」
だが、それよりも早く、なのはが叫んだ。
流した涙を拭うことなどはせず、ただプレシアをにらみつけている。
それを押し黙ってみていたプレシアだが、わずかに口角を上げた。
『貴方には関係のないことよ。さて』
再び歩き出したプレシアは、アリシアのポッドの表面をなでた。
そして片手でジュエルシードを取り出した。
『ジュエルシードはこれだけ。でも、アルハザードへ行くには十分ね』
「アルハザード? あれはおとぎ話のはずです」
考古学の一族出であるユーノが反論する。
それに対し、プレシアはひどく鼻白んだ目でユーノを一瞥した。
『あなたも歴史を学ぶのなら神話・伝説を蔑ろにするのはやめなさい。神話・伝説というのは実際にあった出来事を、形を変えて伝承したもの。そこに真実が隠されているのよ。私は各地の伝説を調べ、検証し、アルハザードの実在を確信した。アルハザードは虚数空間へ堕ちた古代の超文明。その魔法技術はあまたのロストロギアを上回る。それこそ死者蘇生すら可能なほどの。虚数空間への穴を開ければアルハザードに至れる。アリシアを蘇らせることができる』
最初は冷静に話していたプレシアだったが、徐々に口早になり、つばを飛ばしていた。目は見開かれ、縁が充血していた。
まさしく狂人と呼ぶに相応しい形相。ユーノは後ずさりした。
『アハハハハハハ! さあ、行きましょうアリシア。私たちが奪われたすべてを取り戻すために』
ジュエルシードが怪しく輝く。
同時、アースラのクルーが悲鳴を上げた。
「次元震発生! いつ大規模化するか分かりません!」
「プレシア・テスタロッサ!」
『アハハハハハ!』
そこで通信が途絶えた。
プレシアが通信を切断したのだろう。
周囲が緊張自体に包まれる中、甲矢はただただあることを考えていた。
通信が切断された後、プレシア・テスタロッサおよびジュエルシードの確保のため、残存戦力による侵攻作戦が行われることになった。
クロノは当然、本来ならば時空管理局ではないなのはとユーノすらも、戦力に志願した。
その中で甲矢は一人時間をもらい、アースラの廊下を歩いていた。
向かう先はくずおれてしまったフェイトを収容した部屋だ。
開閉音と共に扉が開かれる。
中は殺風景な部屋だった。部屋にはベッドとソファがある程度だ。
フェイトは魔力を封じる腕輪をされた上で、ベッドに寝かされていた。枕元にはアルフが狼の姿でフェイトの顔をのぞき込んでいた。
「アンタ!」
扉の開閉音に気がついたのか、アルフがこちらを向いた。同時、うなり声を上げてくる。
それを一切気にもとめず、甲矢はフェイトたちへ近づいていく。
「近寄るな!」
アルフがわずかに体勢を沈めた。今にも飛びかからんと力を蓄えてい
それも気にもとめず、甲矢はフェイトたちへ近づいていく。
フェイトまで後十歩といったところで、アルフが飛びかかってきた。
襲いかかってきたアルフに対し、甲矢は左腕を押しつけた。
前腕を火がついたような熱が襲う。ついで鋭い痛みが走り、血がしたたり落ちてきた。
アルフの牙が前腕を貫いていた。だが、それすらも甲矢の表情を変えることはなかった。
ただフェイトへ近づいていく。
「フェ、フェイト、に近づくな!」
近づいてきた甲矢に気がついたフェイトは悲鳴を上げて、シーツを引き寄せて後退る。
フェイトの枕元まで来た甲矢は。おびえに染まった瞳を覗きながら問いを投げかけた。
「お前の名前は何だ?」
「は?」
「プレシア・テスタロッサが語った内容と、お前の名前は矛盾するんだ。もし俺の懸念が正しかったら、今起きている事件の根底がすべて変わる。答えろ、お前の名前は何だ」
つかみかからんばかりに近寄った甲矢におびえた様子を見せるフェイトは、震える声でつげた。
「フェイト……フェイト・テスタロサ」
それを聞き届けた甲矢は踵を返す。左腕に噛みついていたアルフを力尽くに引き剥がし、扉をくぐり抜ける。
「な、何だったんだよいったい!? 何をしたかったんだよ!」
「……アリシア・テスタロッサの復活を目的としていたなら、何でお前はフェイト・テスタロッサなんだろうな」
呆然としている二人を残し、甲矢もまたアースラの機材から時の庭園へ転移した。
すでになのはたちは時の庭園のかなり奥へ進んでいる。甲矢の魔力では、空間中の魔力の乱れにかき消され、とうに念話も届かない。
だが、Last-Arrowのセンサー群ならば、先行しているなのはたちの場所を把握できる。甲矢の飛行速度なら今からでも十分に追いつくことが可能な距離だ。
青白い燐光を残しながら、なのはたちの元へ飛ぶ。道中、強化された視界が眼下に粉砕された機械群を捕らえた。どうやらこの機械群が道を塞いでいるようだ。
あと数秒もあれば合流できるという段階でセンサーが補足していたなのはたちが二組に分かれた。
さすがにどちらがなのはかまでは分からない。となれば、危険度の高いプレシアの方へ行った方が良い。そう判断を下し、甲矢は飛行ルートを選定し直す。
ザイオング慣性制御システムの働きにより、常人では耐えきれないような動きをしつつ、先を急ぐ。
「甲……矢」
玉座の間に入ったところ、プレシアとクロノとがにらみ合っていた。
だが、その様は全く違った。クロノはズタボロになっており、今にも膝を突きそうになっているが、デバイスに身体を預けて倒れるのを拒否している有様だった。
一方のプレシアはそんなクロノを睥睨し、空中に浮かんだジュエルシードに魔力を注ぎ込んでいた。
「逃げ、ろ。プレシアは、君では、勝てない……」
甲矢の逃げる時間を稼ごうとでも言うのか、それとも自らを盾にしてでも守ろうとしているのか、クロノは牛歩であるがちょっとずつ甲矢の方へ近づいてくる。
「一つ聞かせろ、プレシア・テスタロッサ」
「何かしら? 貴方みたいな子供が」
「できなかったのか、それとも最初からだったのか」
その問いに、プレシアの表情が驚愕にゆがんだ。
だが、すぐさまそれをかき消した。
「……最初からよ」
「そう、か。……分からない。なぜ娘のためにそこまでできる?」
「それが母親だからよ」
「分からない、俺には分からない。捨てられた俺には、そんなこと分からない」
かぶりを振る。それに対し、プレシアはわずかな憐憫をはらんだ瞳を向けたが、それだけだった。
静かにデバイスを持ち上げた。
魔力が集う。しかしそれが魔法として解き放たれることはなかった。
玉座の間の壁を粉砕し、フェイトが乱入したからだ。すぐそばにはアルフとなのとがいる。
フェイトは静かにプレシアへ近寄っていく。
プレシアは魔法を放つ事なく近寄ってくるフェイトを見据えていた。
「何をしに来たのかしら?」
「母さん、私は貴方の娘です」
「くだらない。そんなことを伝えるために、わざわざここへ来たというの?」
「くだらなくなんてないです。たとえ私がアリシア・テスタロッサではなくても、私はフェイト・テスタロッサです」
「……貴方がそう思うが、私は貴方を娘と認めない。私の娘はアリシアだけ。あの子だけが、私の娘」
「母さん!」
「黙りなさい。さあ、ジュエルシード! 次元断層を起こすには十分な魔力を注ぎ込んだ。今こそその力を発揮しなさい」
青い厄災の宝石は、その身に蓄えた魔力をさらに励起させる。
膨大な魔力がはじけた瞬間、世界が震えた。床や壁に亀裂が走る。そこからは極彩色の奇妙な空間がのぞけた。
「開いた! とうとう開いたわ! さあ、行きましょうアリシア!」
それだけを叫ぶと、プレシアはアリシアのポッドをと共に、その極彩色の空間へ身を投げた。
「母さん!」
「だめだ、フェイト!」
プレシアを追って自らもその空間へ身を投げようとしたのを、アルフが羽交い締めにして止めた。
『皆、早く脱出して! 虚数空間が開き始めている!!』
「虚数空間?」
『簡単に言えば魔法が使えない空間だよ! 魔導士ですら、そこに堕ちたらおしまい。脱出できず、永遠に何もない空間をさまよい続けるの!』
なのはの顔色がさっと青白くなった。
エイミィの言う言葉を端的にまとめれば、堕ちたら死ぬ、というわけだ。恐怖の一つもするだろう。
なのはとユーノとが満足に歩くこともできないクロノを抱え、アルフがフェイトを支えて脱出しはじめる。甲矢はLast-Arrowの通信装置越しに、アースラへ通信する。
「一つ聞きたい、リンディ」
『……なんでしょうか』
「このままにしておいた場合、この次元世界の崩壊は、どこまで巻き込むと想定できる?」
『……』
「情報開示を要請する」
『第九十七管理外世界も、巻き込まれると想定されています』
甲矢は思考を巡らす。
Last-Arrowの機能を考慮しても、この次元世界の崩壊を防ぐのは不可能だ。
「Last-Arrow。機能の限定解除は可能か」
【貴方に権限はありません】
今のLast-Arrowの機能では。
「他に方法はないか。……Last-Arrow、お前の申し入れを受け入れよう。入隊する」
【了解しました。ただいまより、九条甲矢を地球連合軍Team R-type所属のテストパイロットとして入隊を許可します】
Last-Arrowの球体表面が震える。琥珀色が失われ水銀色へと変貌した
表面の波が拡大し、球体を維持しきれなくなった瞬間、Last-Arrowは甲矢を飲み込んだ。
飲み込まれた中で、甲矢はLast-Arrowにより改造されていく。
神経には接続用のバイパスが形成され、Last-Arrowとの肉体的接続のためのインターフェースが植え付けられた。何よりもとある施術を施された。
甲矢が解放されたとき、眼前には玉のLast-Arrowが失われていた。
その代わり、一台の奇妙な機械が横たわっていた。
琥珀色のラウンドキャノピー、大きく突き出た一対の翼。そして背面には巨大なジェット・エンジンとおぼしきものが三角に積まれている。
そしてその側面には、白い機体に良く映えるようにか、黒い文字でLast-Arrowと書かれている。
『何、が……、それは、いったい』
リンディの呆然とした声がする。それに対し、甲矢は答える事なく、Last-Arrowと記載されている機体へ乗り込む。
コクピットの椅子に身を預けると、首筋あたりでカチリと音を立てた。機体と神経を直結することにより、操縦をダイレクトに、そして簡易化するために必要なサイバーコネクターだ。
またラウンドキャノピーが外部の映像を映しだす。操縦桿を握りしめると、機体後部から青白い輝きが発せられる。
【OPERATION-SYSTEM
FORCE・・・・・・・・・・・・・NG
WAVE CANNON・・・・OK
VULCAN・・・・・・・・・・・OK
ANTI-AIR LSR・・・・・・NG
REFLEX LSR・・・・・・・・NG
SEARCH LSR・・・・・・・NG】
「システムオールグリーン。地球連合軍Team R-type所属九条甲矢、出撃する」
ザイオング慣性制御システムにより、機体が垂直離陸する。
「これより本機は異層次元・虚数空間へ侵攻。そして次元世界崩壊の原因たるジュエルシードを破壊する」
アースラへの単方向通信をかける。向う側からこちらに向けてコンタクトをとろうとしているが、それらすべては遮断する。虚数空間への侵攻など彼らは信じられず、また反対することしかできない。ならば、雑音を耳にする必要はない。
「これよりスタンダード波動砲による次元潜行を実行する」
機体の前方にチェレンコフ光を思わせる青白い閃光が集う。それらは瞬く間に莫大なエネルギーとなり、天井から落ちてきて光にかすめた建築材の欠片を消滅させていく。
エネルギーの充填は五秒もかからなかった。集めたエネルギーに対し、前進するベクトルをかける。球体を維持したエネルギーは、与えられた指向性に従い前進する。それは十メートルもいかないうちに、蓄えられたエネルギーを解放し、世界へ干渉する。
Last-Arrowが放ったエネルギー弾・波動砲は、その収集した波動エネルギーの性質により、別次元世界への穴を開いた
完全な円に広がった穴は、確かに虚数空間へつながっていた。
甲矢とLast-Arrowは放たれた矢のように突入した。
「虚数空間内部への侵入に成功」
内部は次元世界で通常使用されている艦船ならば、すぐさま歪曲してねじ切られていたであろうほど、空間がゆがんでいた。
また、いつの時代、どこの世界のものか分からないが、崩壊した遺跡や、ロストロギアや、ユーラシア大陸や地図に載るか載らないか程度の小島が浮いている。
その中から今もなお、活性化している魔力を探索する。Last-Arrowのレーダー群にヒットしたのは数分後だ。
すぐさま反応があった場所へ向かう。これまで甲矢がだしたこともないほどの超高速飛行。208km/sを超える驚異的な速度であっても、しばらく時間がかかったほどだ。
そしてたどり着いた先では、暴走したジュエルシードがそれぞれ等間隔に距離をとりながら、お互いが放つ魔力を増幅し、それをまた別のジュエルシードが増幅するという一種の永久機関、否それを上回る究極の魔力炉が生まれていた。
「ジュエルシードの封印は?」
【不可能。本機の性能では魔力封印によるジュエルシードの沈静化の成功確率は0%です】
「ではそれ以外の方法は?」
【波動砲による同時完全破壊です】
「波動砲をスタンダード波動砲から拡散波動砲へ変更」
【変更完了しました】
「波動エネルギー充填開始」
【2ループ拡散波動砲のエネルギーは十秒後に充填されます】
機体前方に再び青白い光が集う。その光を見守りながら、甲矢は波動砲の発射スイッチに指をかける。
「これでおしまいだ。高度に発達した文明なんて、いらないんだ。結局の所不幸にしかならない」
静かにスイッチを押した。
波動砲が放たれる。それは今までのように直進するのではなく、途中から放射状に分かたれる。その軌跡はまさしく球だ。完全な球を描き前進するエネルギーはジュエルシードへ接触すると、膨大な魔力ごとすべて砕いてしまう。
後には静けさを取り戻した虚数空間が広がっていた。
Last-Arrowをしばし虚数空間の宙域をたたずんだ後、飛び去っていった。
「あれはいったい何ですか」
アースラ内部の会議室。そこにリンディと甲矢がいた。
拘束こそされていないものの、それは甲矢に対する尋問のようなものだ。
過剰なまでの攻撃力、何よりもデバイスではあり得ないあの兵器としての姿。時空管理局にとっては、決して無視できることではない。
「Last-Arrow。それは次元世界で製造されたものではない。今より遙か未来、この地球で製造された兵器だ。ブラックホールのシュヴァルツシルト半径内でも、それこそ恒星内部でも戦闘を可能とする究極の兵器だ。ザイオング慣性制御システムにより慣性を完全に支配した挙動。大気圏内でも秒速208kmという異次元の超高速での運用。波動エネルギーを利用した戦艦の主砲を上回る波動砲。さらには異層次元での航行能力。それらを利用すれば、別次元の過去へ行くというのも不可能ではない。おそらく、そうして次元世界に流れ着いたLast-Arrowをスクライアの一族が発掘したのだろう」
リンディが驚愕に身を固める。甲矢の語ったことは、次元世界でも実現不可能なことだ。それを管理外世界が実現しているとは到底信じられない。
だが、それは事実だ。次元世界でも実現不可能な兵器は確かにここに存在する
「あなたならばその危険性も分かるはず」
「……分かりました。貴方に関するデータはすべて破棄しましょう。また、箝口令を発令します」
「良いのですか? こう言ってはなんですが、俺からLast-Arrowを取り上げると思ったのですが」
「私たちではそのLast-Arrowを管理しきるのは難しいでしょう。残念ながら時空管理局も一枚岩ではありません。中には……。それならばいっそ、管理外世界の貴方が隠し持っていた方が、余計な情報が広まるのを防げます」
「なるほど。貴方の英知に感謝をします」
リンディは一つため息をついた。
「ですが、それは同時に貴方の危険性を排除できたわけではありません。私は次元世界のために、貴方の危険を排除することを諦めたも同然です。貴方に感謝をされることをしたわけではありません」
「それでもです。貴方のおかげでLast-Arrowを世に広めずにすみます。これは、本当ならば存在して良いものではないのですから」
再び琥珀色の玉と化したLast-Arrowを持ち上げる。二人の表情には苦々しいものが浮かんでいた。
「そういえば、貴方はプレシア・テスタロッサに質問していましたが、あれには何の意味が?」
明らかな話題変換に対し、甲矢は何も言わずのった。
「プレシアの言葉には大きな矛盾がありました。アリシアを蘇らせると言った割りには、そのクローン体に与えられた名前はフェイトです」
「……確かに、そうね」
「それに、クローン体を製造するまでの時間もおかしいです。プレシアのパーソナルデータは確認しました。アリシア・テスタロッサの死亡が確認されたのは十数年前。プレシアほどの科学者、魔導士がフェイトを完成させるのに十数年もかかりません」
「どうどうとアースラに対しハッキングしたことを告げないでほしいのだけれども」
リンディが甲矢をあきれた目で見つめる。甲矢はそれに対し、何も返答しなかった。
「いろいろな研究をして、クローン体の研究をしたのが最近だったというのは?」
「その可能性もありました。ですが、そうするとやはり名前が引っかかります」
「……ああ、そういうこと。そういうこと、なのね。プレシアは、とうの昔に諦めていたのね」
「そうです。最初のころはアリシア・テスタロッサの蘇生を行おうとしていたと思われます。しかしいくらか時間が過ぎたことで、それを受け入れることができるようになった」
「『よい記憶力はすばらしいが、忘れる能力はいっそう偉大である』とはこの世界の名言だったかしら。時が傷を癒やしたのね。そして、おそらくプレシアは」
「今度は孤独に耐えられなくなったのでしょう」
「プレシアに家族はもういない。分かれた夫はすでに死んでいる。たった一人残された彼女にとって、唯一家族を得る方法が」
「アリシア・テスタロッサのクローン体。自分のクローン体ではないのはテロメアの問題もあったのでしょう。プレシアは高齢ではないが、それでも年を取り過ぎていた。クローン体の寿命を考えれば」
「アリシアの方が良かった。だとしても何故こんなことを?」
甲矢は押し黙った。一度静かにまぶたを閉ざした。暗闇にプレシアとの最後の問答をした情景がありありと浮かび上がってくる。
「おそらく、プレシアに死期が近づいていたのでしょう。それは寿命なのか、あるいは病なのか、それは分かりません。ですが、フェイトを生み出した後、自らの余命が少ないことを覚ったプレシアは、迅速にフェイト・テスタロッサを保護してくれるような存在を探す必要があった。そして白羽の矢が立ったのが、貴方です、リンディ・ハラオウン」
「それはなぜ?」
「おそらく貴方の人となりを信頼して。ハラオウンの名が次元世界でも知れ渡っているのはユーノの反応から推測しました。その内容も決して悪名の類いではない。ならば、それに賭けたのかもしれません」
「私がフェイトさんを保護しない可能性もあるのでは?」
「確かにそうです。ただし、それがもし虐待を受け、犯罪の手駒にされているような少女ならば?」
「……」
リンディは答えなかった。一度席を立って壁際に近寄った。
「この仕事に就いていると、いくらでも苦しむ人々を見かけるの。ほとんどの人が言ったわ。慣れろと。でも、どれだけたっても私は慣れることができなかった。……きっと、保護しようとしたでしょうね」
沈黙が広がった。甲矢も立ち上がり、そして入り口へ向かう。
そんな甲矢にリンディは語りかけた。
「この事件で唯一の救いは、プレシア・テスタロッサがフェイト・テスタロッサを愛していたことね」
甲矢は何も語らず、部屋を立ち去った。
Last-Arrowと共に。
これにて本作は終了とします。
本当はもっといろいろ考えていたのですが、現状中々書ける時間がとれないのと、
続きを書こうとすると、中途半端なままになってしまいそうだったのでここまでとさせていただきます。
ここまでご愛読くださり、ありがとうございます。私の力不足で本当の最後まで書けず、申し訳ありません。
一応本来の想定では下に記した通りにする予定でした。
闇の書事件を解決した後、異層次元にバイド反応を検知。バイドの殲滅を行うことを決意。周囲の記憶を消去したが、魔導士たちの記憶消去までは実行できず、動きを覚られた邪魔をされる。戦闘で全員を倒し、そのまま異層次元へ侵入。
異層次元でバイドと戦闘していく。あるときグリーンインフェルノと遭遇。撃沈される。死ぬ寸前に、Last-Arrowの最終機能により、完全制御されたバイドとして復活。グリーンインフェルノを撃破。
それから数百年・数千年と戦闘を繰り返す。その果てに、物資補給のために訪れた世界でジェイル・スカリエッティと遭遇。最初は気にもとめていなかったが、ジェイル・スカリエッティのLast-Arrowというつぶやきにより方針変換
最終的にジェイル・スカリエッティと協力関係に。
(本作品のジェイル・スカリエッティはかつてアルハザード、22世紀の地球でTeam R-typeの一員だった設定。ただし、自ら志願したのではなく、経営していた孤児院のことで脅迫されてTeam R-typeに所属していた。無限の欲望というコードネームはジェイル・スカリエッティではなく、Team R-typeに与えられたコードネーム)
ヴィヴィオの確保のサポートとしてヴィータたちと戦闘。はやての広域魔法を相殺するために、波動砲を撃つ。
(このとき甲矢になのはたちの記憶は存在しない。数千年の戦闘で、思い出をすべて消去して、戦闘データに置換したため)
最終的に最終決戦でジェイル・スカリエッティは自らの境遇を全管理世界に暴露。管理局の暗部が照らし出され、さらには証拠として聖王のゆりかごを機動。ただし、ジェイル・スカリエッティは世界を支配する願望はないため、すぐに甲矢へ指示し、ギガ波動砲によりゆりかごを消滅させる。
甲矢はなのはたちと会話をし、またバイドを倒すために異層次元に去って行く。
ちなみにジェイル・スカリエッティは無罪となる。その後は医者となり、再生医療の権威として有名になっていく(Team R-type所属前の専門が体細胞データを元にした再生治療だった)。
ヴィヴィオはなのはたちに預ける。(ヴィヴィオがなのはになついていたのと、なのはが甲矢のことを拒絶しなかったことを知ったため)
設定
・アルハザード
22世紀の地球が何らかの理由で滅び、異層次元へ陥落した世界。
すべての魔法があるのではなく、ほとんどすべての事象を科学的(魔法含む)に再現できる世界であった。
・Last-Arrow
Team R-typeで製造された最終兵器。彼らは究極の兵器とは進化する兵器と結論を出し、それはバイドであった。そのためR戦闘機でありながら、バイドである機体を製造した。それがLast-Arrow。また、Last-Arrowに隠された機能として、パイロットをバイド体にする機能が搭載されている。
・ジェイル・スカリエッティ
22世紀の地球で医者をやっていた。バイドとの戦いで身体を失った人たちに、再生医療を施して五体満足まで回復させていた。しかしその優秀な頭脳・研究成果からTeam R-typeに勧誘を受ける。一度は拒絶したが、彼の経営していた孤児院について脅迫を受け、屈服。それ以降、望まぬ研究をすることに。そのため、管理局によって蘇っても、望まぬ研究をさせられていたため、一切の感謝はなく、むしろ憎悪しか抱かなかった。