魔法少女RIRIKARUなのは   作:koth3

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STAGE2:戦うのは大変なの?

 ジュエルシードの暴走体が住宅街を暴れ回った夜も明けた。

 窓から差し込む青い日差しに、甲矢は瞼を細める。カーテンを閉めたくなるが、立つのも億劫だった。昨夜の影響で、身体が殆ど動かないからだ。実際朝日で目が覚めた後も、着替えてベッドに入るだけで体力を使い果たしたくらいだ。

 そのために孤児院の職員に体調不良を訴えたほどだ。

 

「それじゃあ、ちゃんと休んでいなさい。熱はないようですから、休んでいたらきっとすぐ良くなりますよ。学校には連絡しておきますから、安心なさい」

「はい、分かりました」

 

 職員の人が部屋から出て行く。その様子は普段と変わりない。甲矢は何時の間にか強張っていた身体の力を抜いていく。どうやら職員には不審に思われなかったようだ。

 苦労しながら寝返りを打つ。古くて汚れている、それでも自分だけの壁が視界いっぱいに出迎えてくれる。

 

「魔法……か」

 

 昨夜の事を思い出す。夢のような出来事。しかし胸元にある琥珀色の玉、LAST-ARROWがそれは真実だと証明している。

 甲矢は、ぼんやりと汚れていた壁を見詰め、想いを馳せていた。壁の染みが輪廓をじわじわと崩し、二人分の顔に見えてくる。

 

「魔法なら、分かるのかな」

 

 しかしぽつりと呟いた言葉にハッとして首を振る。影は消え去り、染みに戻る。力なく壁を叩く。

 

「今更親なんて……」

 

 捨てられた理由なんて、別段どうでも良いはずだ。親なぞいなくても、生きていけるのだから。

 それが強がりだと甲矢も分かっている。

 孤児院で面倒を見られているような子供が、一人で生きていけるはずがない。それが分からないほど甲矢は馬鹿ではない。だから、それは強がりだった。

 でも、甲矢が手にしたものを使えば、どうだろうか。魔法さえあれば、一人でも生きていけるのだろうか。それは堪えようのない甘い夢だった。

 昨日の事を思い出す。遠くの人に語りかける声、摩訶不思議な空、暴れる黒い怪物、そして全てを無に帰す破壊の跡。甲矢は顔を青ざめた。そうだ。夢は夢だから甘いのだ。現実はすえた臭いと錆びついた風景が立ち並び、どうしようもない虚無感だけが満たす世界だ。

 一人で生きていくというには、LAST-ARROWの力は、余りに破壊的だ。あれは魔法と言うより――そう、兵器だ。甲矢の意志に呼応し、アスファルトを簡単にえぐり取るような攻撃を放った、恐ろしい兵器だ。

 その兵器をどう利用するというのか。この日本に、兵器を振りかざす場所なぞない。行き着く先は大量殺人鬼としての牢獄か、どこぞの戦場で殺戮兵器として利用されるだけだ。

 首を振り、それ以上考えないようにする。

 

「大丈夫……。大丈夫。そんなことしない」

 

 壁に額を押し当てる。壁の冷たさが、灰汁だらけになった頭を落ち着かせてくれる。

 甲矢が冷静さを取り戻した頃合いに、声がした。それは頭に直接響いだ。昨日の声とそっくりだ。違うのは、ノイズが一切混じらずクリアな声というだけだ。

 

『聞こえる、なのは、甲矢? 聞こえていたら、返事に意識を集中してみて』

 

 頭の中で声が響く奇妙な感覚に戸惑いながら、甲矢は言われたとおりに返事へと意識を集中する。

 

『ユーノか、聞こえているぞ』

 

 しかし何の返答もない。何度か挑戦していると、不意に前頭葉の辺りがむず痒くなった。成功したイメージが湧き上がって来る。

 

『二人とも聞こえているようだね。よかった。一寸待ってて。今二人の念話もつなげるから』

 

 なのはの声が聞こえだした。ユーノと比べ、声も時折混じるノイズも大きい。

 

『昨日話せなかったこと、きちんと説明するね』

 

 ユーノが静かに語り出す。

 ユーノは、この世界に生まれ落ちたのではないと語った。

 

『まだこの世界では観測されていないけれど、僕たちの世界では別世界を観測し、移動する術が存在するんだ。その技術を含め、体系化されたものが魔法』

 

 荒唐無稽な話だが、それでもユーノの言葉に嘘はないのだろう。昨日の化け物や、なのはが持つレイジングハート。それに甲矢の手元にあるLAST-ARROW。それらがユーノの話を真実だと告げている。

 

『そして僕たちスクライアは、遙か昔の遺跡を発掘して、魔法技術や文化を調べているんだ。そして今回の調査で出土したのが、ジュエルシードだった。21個の宝石は、ロストロギアだった』

『ロストロギア?』

『うん。昔の魔法技術の中には、現代では考えられないほどの技術があったんだ。ただそれだけの技術を誇った文明が、何故か滅んでしまっている。そういった失われた技術が使われている物をロストロギアと言うんだよ。基本的には解明できないだけで危険がないから個人所有も許される。なのはと甲矢が持っているデバイスも、そのロストロギアなんだ』

 

 甲矢はそっとLAST-ARROWを窺った。これが危険ではないと語るユーノに、本当に信頼できるのかと不信に思う気持ちがむくむくと湧き上がって来る。

 

『問題は、危険な技術が使われているロストロギアだ。下手をすると、文明社会を滅ぼしかけない力を持つものもある。新暦より以前、あるロストロギアで十三の世界が壊滅。他の世界も大きなダメージを負った事件があったらしいけど、それも発掘されたロストロギアの暴走が原因らしい』

 

 寒々しさを感じながら、甲矢の胸は痛いほど暴れ回った。世界を滅ぼしたロストロギア。それはLAST-ARROWなのではないだろうか。そんなわけがない。そう信じたいのに、信じられない。信じ切れない。

 

『ジュエルシードは危険なロストロギアだ。だというのに事故でこの星に流れてしまって。だから僕は追いかけてきたんだ』

『それでユーノ君が戦ってたんだ』

『うん。でも、僕も事故に巻き込まれて怪我をしていたし、そもそもレイジングハートと僕の適性とはそれほど良くなかったから……』

 

 力を出し切れなかったユーノは、ジュエルシードの暴走体に敗れ、あの森に倒れていたのだろう。それを甲矢が見つけ、なのはが助けた。

 

『そういえば、レイジングハートは一体何なの? レイジングハートを持ったら、魔法が使えるようになったんだけど』

『ああ、そうだね。デバイスの説明もしないと。レイジングハートは魔導師の補助をしてくれるんだ。そういった機械を総称してデバイスって僕らは呼んでいるんだ。デバイスがあるのとないのとでは、全然魔法の効力が違うんだよ』

『あれ? じゃあ、ユーノ君。どうして甲矢君が使っていたデバイスは使わなかったの?』

『さっきも言ったけど、デバイスには適性があるんだ。適性があれば凄い魔法も使えるんだけど、適性が低いとお互い足を引っ張ってしまうんだ。そして甲矢の持つデバイスは、僕が最初に発掘した代物なんだけど、あれは誰にも起動できなかったんだ。危険性がなかったから特別に所有が許されたんだけど、お守り代わりになるかなぁって肌身離さず持っていたんだよ』

 

 震える指先でそっと琥珀色の玉をつまむ。デバイス。魔導師の補助。ユーノが口にした言葉が甲矢の頭でグルグルと巡りだす。本当にそうなのだろうか。本当に……。

 甲矢は黙りこくり、考えに沈み込んでいく。

 ユーノが何かを語っている。しかし甲矢は、ただそれを右から左に受け流していた。

 

『ね、甲矢君』

『え、あ、何だ?』

 

 なのはの語りかけに、甲矢は反応しきれなかった。

 

『もう、ちゃんと聴いていてよ! ユーノ君のお手伝い、一緒にしよう?』

『え、ああ、うん……』

 

 ぷりぷり怒り出したなのはをなだめながら、甲矢はどこか後ろめたい、あるいは嫌な予感がひたひたと忍び寄ってきているように感じた。

 なのはに叱られながら、天井を眺め続けた。

 

 

 

 なのはとユーノとの話を終えた後、甲矢は考えにふけていた。黄ばみがかった天井は、そんな甲矢をあざ笑っているように見えた。枕を掴んで汚らしく笑う天井へ投げる。枕は天井に当たることなく、甲矢の顔に落ちてきた。

 何をしているのだろうか。こんなことに意味はない。自嘲し、枕を頭元に敷く。

 そうして目線を胸元にやる。布団で隠れているが、そこには昨日手にしたLAST-ARROWがある。回復してきた身体を起こす。ベッドの上で胡座をかき、琥珀色の玉を対面においた。

 こんな掌ほどもない小さな玉。それがユーノの言った危険な(、、、)ロストロギアと同じなのだろうか。それともそれは考えすぎで、昨夜のアレは魔法による現象なのか。しかし甲矢の目には、アレがなのはと同じ魔法によってもたらされた物には到底見えなかった。

 では、やはりLAST-ARROWはデバイスではなく、唯の兵器なのだろうか。

 思考は永遠に続く螺旋階段に囚われている。決着をつけなければならない。そうしないと、甲矢は何もできなくなる。ただ一言。唯一言で良い。大手を振り、LAST-ARROWを使える一言が、どうしても欲しかった。

 見詰める玉は無機質に照るばかりだ。一つ大きく息を吸う。昼の暖まった柔らかな空気に、決意が固まった。

 

「LAST-ARROW、お前は何だ?」

【質問の意図が分かりません。回答不可能です】

 

 感情のない合成音声が端的に回答し黙りこくる。甲矢は、LAST-ARROWが言葉の裏を最初から理解しようとしなかった事に、言葉を詰まらせた。

 腰が引けそうになるものの、再び訊ねる。

 

「……お前はデバイスじゃないな?」

 

 頭をひねり、質問を明確化する。Yes/Noで答えられるこの質問ならば、LAST-ARROWも答えるだろう。

 

【はい。私はデバイスではありません】

 

 質問の答えが返ってきた事に、甲矢はひとまず安堵を覚えた。しかし望んだ答えではない。組んだ腕を指先で一定のリズムに叩く。

 

「デバイスでないなら、お前は……兵器なのか?」

【はい。私は異層次元戦闘機 R-102 LAST-ARROW。カテゴリとしては兵器に属します】

 

 甲矢は顔色をさっと青ざめた。

 胃の腑辺りにずっしりとした重さがかかる。吐き気がし、口元を抑える。

 眼前に転がるLAST-ARROWが、訳の分からないまでも、強力な兵器であるということが分かり、頭痛を訴える頭を抱えたくなる。子供である甲矢ですら簡単に扱えて、凄まじい威力の兵器。もしこれが他者にばれてしまえばどうなる?

 奪い合いが起きるだろう。それはこの地球だけではない。ユーノたちの世界も、きっとこの兵器を欲するだろう。そしたらどうなる? 戦禍が世界を覆う。

 誰にも話せない重苦しい秘密に、甲矢はより一層孤独を感じ取った。

 しかしだからこそ、逃げ出すこともできず、かといって素知らぬふりなどできなかった。

 知らなければならない。LAST-ARROWのことを。抱えてしまった秘密の重さに押しつぶされそうになりながらも、強い決意をその瞳に潜め、甲矢はLAST-ARROWへの質問を続けた。

 

「異層次元戦闘機? 異層次元っていうのはなんだ?」

【異層次元は異なる次元のことを指します。現在我々がいる三次元空間以外の次元を異層次元と呼びます。広義では並列世界の他、未来や過去等も異層次元に含まれます】

「異層次元戦闘機という名前なら、異層次元で戦うのだろう? 何のためにその異層次元で戦うんだ?」

【BYDOを滅ぼすためです】

 

 息を呑んだ。BYDOというのは敵なのだろう。しかしいくら敵だからといって敵対存在を滅ぼすのを目的とするのは、余りに異常すぎる。嫌悪感の余り、甲矢はLAST-ARROWから目をそらした。

 それでも意志の限りを尽くし、再び目線をLAST-ARROWへ合わせる。

 

「そのBYDOっていうのは何だ?」

【星系内生態系破壊用兵器です。BYDOは光の性質と同じく波動の性質を持ち、伝播し、汚染し、同化していく兵器です】

「へ、兵器? BYDOっていうのは生き物じゃないのか?」

【生物兵器です。二十六世紀の人類が造り出し、それが暴走したのがBYDOです】

 

 甲矢は頭がこんがらがり、頭痛が強まった。

 LAST-ARROWの語る内容の荒唐無稽さ、しかしそれが事実であろうという確信に、目の前が暗くなる。なんてものをユーノは発掘したのだろうか。怨み言の一つや二つ、ぶつけたくなる。

 それでも複雑な感情を腹に押し込め、なんとか口を開こうとしたとき、その身を貫く感覚があった。それは慣れないが、確かに記憶にある感覚だった。

 

「これは……まさか、魔法か?」

『聞こえる、甲矢!?』

『ユーノか。どうした?』

『僕たちの前でジュエルシードが突然覚醒したんだ! なのはが襲われて。怪我はないけど、追い込まれかけているんだ!』

 

 甲矢はLAST-ARROWを見た。琥珀色の玉は何ら変化がない。ただ受け身で待ち構えている。奥歯を噛みしめ、LAST-ARROWを引っ掴み、甲矢は窓から飛び出した。

 

 

 

 学校の授業を終えたなのはが、通学バスから一人降りた。普段ならば仲の良い友達と窓ガラス越しに別れの挨拶を交わすのだが、今日はその友達が習い事でさきに帰っている。だからバスを振り返りもせず、とことこ帰路につく。

 バスの発車音が聞こえてくる。そこでなのはがくすりと笑い、鞄を開けた。鞄の底にはユーノがおり、なのはを見上げて小首を貸している。

 

『なのは、どうしたの?』

『えへへ。ちょっとね』

 

 ユーノをなのはの肩へ載せる。小さな暖かさに、笑みがこぼれる。

 鼻歌を歌いながら二人で歩く通学路は、景色が全然違った。木々が、行き交う車が、風が、光が、全てが全て、生き生きと輝き弾んでいる。

 いつもは、例え辺りが明るくても、世界はどこか物憂げに見えて、このままずっと一人になってしまうのではと思い、駆け足で家に帰っていたのだ。が、肩に小さな、けれども確かな暖かさがあるだけで、そんな気配がなくなるのだ。本当はいけないのだが、これからもユーノを学校に連れて行こうかと思ってしまうほどに。

 そうして道なりに歩いていると、道端に石階段があった。普段は走って過ぎ去るので、忘れていたが、この石段の上には神社があった。一度だけ家族でお参りにも行ったことがあるのだ。

 静かで、落ち着いた雰囲気の、神様のいる世界。

――魔法があるなら、神様もいるのかなぁ?

 

『そうだ、ユーノ君。せっかくだからお参りでもしようか』

『お参り?』

『うん。そこの階段を登るとね、八束神社っていう神社があるの。ユーノ君の探しているジュエルシードが見つかりますようにって。それにペットの散歩道としても人気があるんだよ?』

『なのは、まさか僕をペットとして紹介する魂胆じゃないよね……』

 

 じっとりした視線が肩から突き刺さる。なのはは視線をそらす。うまくふけない口笛を必死に吹き、ユーノの返事を聞かず、階段を登りだした。

 仕方がないのだ。なのはは幾度も心で呟く。

 なのはの家は、喫茶店を営んでおり、そのためにこれまでペットは飼えなかった。しかし昨夜、家に帰ったら家族に見つかり叱りに叱られた。その際、連れて帰ってしまったユーノも見つかったのだ。必死に家族を説得したおかげで、店に出さないことを条件に、ペットとして飼って良いとお達しが下されたのだ。念願のペットなのだ。自慢したいと思って何が悪い。いや、悪くない。

 

『ちょっとなのは! 僕だって怒るときは怒るんだよ?』

『あっ、ほら鳥居。鳥居だよ、ユーノ君』

 

 なのはの指差した先の鳥居には、一匹の小さな犬と女性がいた。トイプードルだろうか。愛らしい姿をこれでもかと見せつけてくる。なのはの顔も思わずだらしくなった。

 しかしその程度でユーノの怒気がなくなるわけもなく。

 

『なの――なのは! あの人の近くにジュエルシードがある!! しかも暴走直前だよ!?」

 

 ユーノは途中から叫んでいた。

 

「えっ、いけない!」

 

 駆け出したなのはをあざ笑うように、女性と犬の間から光が迸った。

 光に驚き、足を止めるなのは。その間にも、犬の影がどんどん大きくなっていく。大きくなっていく愛犬の姿に、飼い主の女性は泡を吹いて倒れてしまった。

 小さな犬は、シェパードほどの大きさになると、なのは達に気がついたのか、牙をむき出しにして襲いかかってきた。

 

【Stand by Ready.Set up】

 

 何も出来ないまま固まっていたなのはだが、その胸元にかけていたレイジングハートにより、危機は免れた。

 かみつかれる寸前、着ていた衣服は消え去り、なのはの通う私立聖祥大学付属小学校の制服を模した衣服に変わっていた。その白い衣は、犬の牙からなのはを守り抜いた。

 犬は「キャウン」と悲鳴を上げて、なのはから弾かれた。十数メートルは弾いた。それでも犬の戦意は消えないのか、弾かれた先で素速く立ち直り、なのはめがけてうなっている。

 

「これは……昨日のお洋服?」

「バリアジャケットだよ。魔導師が身を守るために魔力で編み出す防護服さ。それならばちょっとやそっとの攻撃、通しはしないよ。でも気をつけて。相手はジュエルシードの暴走体。連続して攻撃を受ければ、バリアジャケットでも防ぎきれないから」

「う、うん。ところで、あの可愛かったワンちゃんが、どうしてあんな姿になったの!? 元に戻るよね、ユーノ君!!」

「も、戻るから安心して。たぶんジュエルシードの機能の一つ、周囲の魔力を集める機能が働いて、過剰に魔力を集めてしまい、排出された結果ああなったんだと――「ご託は良いから、方法!」――は、ハイ! 魔力ダメージを与えて気絶させれば問題はないはずです。魔力ダメージならば、非殺傷、つまり怪我をさせないようにできます」

「後遺症はないんだね? 分かった。他に方法もないなら、かわいそうだけど一度大人しくなってもらわないと……」

 

 なのはがレイジングハートを構える。攻撃をしようとした瞬間、犬の姿がぶれた。

 

「きゃあ!」

 

 衝撃がなのはの身体を打つ。なのはが衝撃に驚き閉じてしまった目を開ければ、そこには犬の逞しい身体が視界いっぱいに広がっていた。

 犬がタックルしてきたのだ。犬が爪をむき出しにし身を強張らせているなのはを薙ぎ払う。

 

【protection】

 

 火花が散る。眼前に見えない壁のような物があり、それが犬の爪からなのはを守っていた。

 犬は直ぐ様さらなる攻撃を加えてくる。そのたびに、火花が散る。

 

「なんて強固な防御魔法なんだ! いや、それよりもなのは、守ってばかりじゃジュエルシードを封印できない!」

 

 しかしなのははそれどころではなかった。傷一つないなのはの事が気に入らないのか、犬は執拗に攻撃してくるのだ。しかも右に左にと縦横無尽に動くせいで、的を絞ることも出来ず、ただやられたい放題やられていた。

 

「このままだと……そうだ、甲矢だ! なのは! 甲矢が来るまでなんとか持ちこたえて!」

「う、うん。頑張る」

 

 さらに犬の攻撃は激しくなる。爪どころか、牙を使って噛み付いてくる。いつまで経っても止まない攻撃の嵐に、とうとうなのはのことを守っていた見えない防壁から鈍い音がした。

 

「くっ、甲矢、頼む。一刻も早く!」

 

 それを好機とみたのか、犬がひときわ強く噛み付いた。

 とうとうなのはを守っていた防壁が砕けた。開かれた犬の顎がよだれを垂らし、なのはの顔を食まんとする。

 その刹那。犬は横合いから来た何かに吹き飛ばされた。

 

「無事か、なのは、ユーノ!」

「は、甲矢君! こ、怖かったよぅ」

 

 泣き出しそうな顔で、なのははレイジングハートをひしと掴み、その場にへたり込んだ。

 

 

 

 駆けつけざま、なのはを襲っていた犬を蹴り飛ばした甲矢だが、その顔色は悪かった。

 足が動かない。痛みからして、まともに動かすこともできないだろう。

 大型犬を吹き飛ばす速度でぶつかれば、反作用で同じだけの衝撃が返ってくる。生身の甲矢は、そのダメージで足首を完全にくじいたのだ。幸い骨が折れているわけでもないため、なんとか立つことは出来る。だがそれだけだ。歩くのすら難しい。

 LAST-ARROWをロッドに変化させ、杖代わりにする。これだけのダメージを負ったのだ。犬にはよりダメージがあるだろう。しかしその期待はあっけなく覆された。

 犬はすくと立ち上がり、甲矢を威嚇している。その動きにダメージを負った様子はない。最悪だ。機動力のある相手を固定砲台が相手にできるわけない。

 

「甲矢! 魔力ダメージでノックダウンを狙って」

「魔力ダメージ? 何のことだ!?」

「LAST-ARROWには非殺傷設定がないのかい!? まさか戦乱期の古代ベルカ時代のデバイスか? いや、そんなことより、甲矢、なのはのサポートをお願い。なのはなら、ジュエルシードを安全に摘出できるんだ!」

「事態がつかめない。だが、なのはならばできるのか?」

 

 ユーノは唯一度頷いた。

 それで十分だ。甲矢はロッドをくるりと回す。できうる限りなら、使うべきではないのだろう。しかし使わなければ、甲矢が死ぬ。

 脂汗と冷や汗を垂らしながら、決断を下す。

 LAST-ARROWの力を解放する。

 

【OPERATION-SYSTEM

   FORCE・・・・・・・・・・・・・NG

   WAVE CANNON・・・・OK

   VULCAN・・・・・・・・・・・OK

   ANTI-AIR LSR・・・・・・NG

   REFLEX LSR・・・・・・・・NG

   SEARCH LSR・・・・・・・NG】

 

 解放された武装。兵器の象徴。それを自らの意志で使う。

 その瞬間、間違いなく九条甲矢は、LAST-ARROWの一部となった。

 轟音が響く。音速を超えた弾道の衝撃波が辺りを薙ぎ払う。弾道の草むらは超音速の物体が動いたことで発生する摩擦熱により、自然発火した。恐ろしい、恐ろしいまでの破壊力。

 後ろでユーノの息を呑む音が聞こえた。努めて無視し、犬にけして当たらないよう、その周囲へ超高速電磁レールキャノン(バルカン)を撃つ。

 砂柱が巻き上がる。噴火した活火山の有り様だ。その近くから怯えた犬の鳴き声が聞こえる。もはや猟犬は負け犬へと変わっていた。砂煙の間に犬が半狂乱に走り回る姿が見える。

 

「なのは、狙えるか!」

「砂煙が酷いけど、やってみる!」

 

 犬は逃げて逃げて逃げて――。

 十分に狙いをつけたなのはの一撃でとうとう倒れた。

 倒れた犬からジュエルシードが飛び出す。それはなのはの手により封印され、レイジングハートのコアに吸収された。

 

「これで一件落着か?」

「そうだね。もう近くにジュエルシードの反応はないよ」

 

 どこか怯えた様子のユーノが答えた。甲矢の胸がちくりと痛む。それを顔に出すことなく、LAST-ARROWを元の玉へ戻す。琥珀色の輝きは、相も変わらず無機質だった。

 二人の間に沈黙が広がる。そんな二人になのはが、駆け寄ってきた。二人の顔を交互に覗き、そして開口一番言い放った。

 

「動物は怒らせると大変だね」

 

 そういうなのはの視線はユーノに注がれていた。

 

「そうだね、なのは。動物の身体能力はって、まさか僕に言っているの!? さっきもそうだったけど、もう我慢の限界だよ!!」

 

 怒ったユーノが歯をむき出しにし、なのはを追いかけ回している。涙目のなのはは「ごめんなさい」と謝りながら、逃げている。

 その様に、甲矢は笑った。腹がよじれるほど笑い、青空を眺めた。

 頬を冷たい雫が流れ落ちていった。




旧作との改変は、甲矢となのはの内面描写を増やしたのと、エピソードの増加ですね。そのせいか甲矢が妙に悲観主義のニヒリズム者になってしまいました。
一方のなのはも一人が嫌だというトラウマが顔を少し出してますし。この二人は大丈夫なのでしょうか?
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