海鳴市の入り組んだ路地裏に、猫の額ほどの公園がある。誰からも忘れられたような公園だ。甲矢は放課後、その公園にいた。公園には、甲矢の他に誰もいなかった。
甲矢は公園のさび付いたブランコを、きぃーきぃーと揺らしている。ブランコに腰掛けたまま、懐から取り出したLAST-ARROWを太陽にかざした。琥珀色の玉は、何も反応を示さない。ただ光をうけて、輝くだけだ。
LAST-ARROWの琥珀色が、大樹と化したジュエルシードの封印をした日の夕日を、甲矢にふと喚起させた。
多くの建物が崩れている中、偶々被害が軽微だったビルの屋上。そこで、なのはが夕日に照らされながら、眼下の町並みを見下ろしていた。両手を胸の前で合わせぎゅっと握っている。町を見詰めるその目は、普段の柔らかな眼差しではなく、強く引き締まっていた。
ブランコの鎖が悲鳴を上げる。甲矢はその音に現実へ引き戻され、反射的に手を放した。ため息をこぼし、頭を垂れる。しかし頭に響いた声に、顔を弾かれたようにもたげた。
『甲矢、ジュエルシードを見つけた!』
『ユーノ、どこだ』
『町外れの豪邸、ええっと、月村邸っていう所だよ』
辺りに目をやる。公園にも通りにも人がいないことを確認し、LAST-ARROWを起動させる。地面を蹴り、空を飛ぶ。
風を切って上空へ。
眼下では、ビルの激突防止用の赤い光が点滅している。
幸い、甲矢は月村邸を知っていた。地元の名家である月村家は、甲矢の住む孤児院にも多額の寄付をしてくれている。その縁で幾度か屋敷を訪れる機会があった。
記憶の告げる方角へ目をやれば、はるか彼方に月村邸がある。大きな庭には小さいながらも森がある。そこからジュエルシードのエネルギー反応があった。
「行くぞ、LAST-ARROW」
【了解しました】
青い光が後方に解き放たれる。甲矢は月村邸の森へ、隕石の如く降り注ぐ。
森は昼だというのに薄暗く、至る所に障害物があった。ただ突っ込むだけでは障害物に激突するだろう。
だが、LAST-ARROWに搭載されているザイオング慣性制御システムは、物理法則である慣性をねじ曲げる代物だ。例えば、最高速度で飛行しながら九十度直角に、それも機首を旋回させず、曲がることすら可能とさせるシステムだ。
故に、障害物の多い森であっても、たとえ最高速度であっても、翔け抜けられる。
ジュエルシードのエネルギー反応のある所に甲矢がたどり着いたのは、十秒もかかっていなかった。
そこになのは以外の人物がいた。
見覚えのない金髪の少女だ。甲矢に背を向けている。その手には戦斧のような杖が握られており、そのコアにジュエルシードが吸い込まれていった。
「誰だ、お前は」
ツインテールを揺らし、少女が振り向いた。目を見開き、戦斧を構えた。そのとなりには、オレンジ色の体毛の狼がいた。
「甲矢、君」
両者の後ろに、なのはがいた。樹木にもたれかかっている。バリアジャケットは傷だらけだ。LAST-ARROWがきしみを上げた。
狼がうなる。
「フェイト、気をつけて。こいつ、さっきまで気配をさせなかったよ。きっと手練れだ」
甲矢の眉がぴくりと反応した。
なのはの側にいたユーノを一瞥し、二人へ再び視線を戻した。
「貴方もジュエルシードを求めているんですか」
「そうだ」
「だったら……!」
フェイトが斬りかかってくる。なのはと比べると速い。瞬きする間に、近づいてくる。
しかし甲矢からすれば遅い。フェイトの動きは、スロー再生のように見えていた。振り下ろされた戦斧を、LAST-ARROWで難なくいなしてみせる。技量も何もない動作だったが、それでも敵の挙動が丸見えならば、いなすのもたやすい。
フェイトは目を見張った。そして飛び退り、甲矢から距離をとった。警戒しているのか、甲矢に近づく気配はない。
甲矢はLAST-ARROWの武装を確認する。標準装備の超高速電磁レールキャノンだ。人に向けて放てば、間違いなく相手が死ぬだろう。跡形も残さず。
殺すわけにはいかない。
その前提条件がある限り、甲矢の武装は封印されたも同然だった。甲矢の顔が歪みかける。しかし、すぐさま表情を引っ込め、素人丸出しであるが、LAST-ARROWを棒術のように構えた。
フェイトは甲矢の挙動を見て覚悟を決めたのか、戦斧を持つ手に力をこめた。
「行くよ、アルフ!」
「分かった、フェイト!」
二人が抜群のコンビネーションで攻めかかってきた。戦斧と魔法。牙と爪が襲いかかってくる。
甲矢はフェイト以上の速度と機動性で狭い空間内を飛び交い、二人の連撃をよけ続ける。
圧倒的なスペック差により攻撃をよけている。だが、それでも余裕があるわけではない。反撃をしようにも、武装は封じられ、LAST-ARROWを利用した接近戦しかできない。だが素人の甲矢ですら、フェイトとアルフの接近戦の技量は格上だと分かっていた。下手に手を出せば、手痛い反撃を食らうだろう。攻撃の機会が激減する。
その上さらに厄介なのは、フェイトの魔法だった。フェイトの魔法は電気の性質を帯びており、掠めることすら許されない。一度でも食らえば感電し、身動ぐことすらできなくなる。その上、大きく回避しなければ、静電誘導により引き寄せられた魔法に直撃してしまう。よけたと思った一撃に当たるという、非常に厄介な代物だ。それを避けるためにも、大きく回避するしかない。
敵の強さと厄介さとが、甲矢から攻撃の機会を奪っていく。甲矢は攻めあぐねる。
だが一方のフェイト達も、徐々にその顔色を悪くしていく。
攻撃をよけ続ける甲矢にじれたのか、アルフが雄叫びを上げて突撃してきた。その勢いは、本人にも制御しきれないのか、明らかに無理をしている機動だった。しかしその分速い。これまでで一番の速度だ。
爪をむき出しに、串刺しにしようと迫る。
「ひっ」
よけようとした甲矢の身体が止まる。甲矢の真後ろには、なのはがいた。迫り来るアルフは、とてもではないが、自らの意志で動きを止められそうにない。よけようものなら、なのはに爪が届いてしまう。
だからよけられなかった。
絶叫が響く。甲矢は茫然としているアルフの腹を蹴り飛ばす。体格差はあったが、それでもアルフは吹き飛んだ。
甲矢は右肩を押さえる。押さえた所から、血が止め処なく垂れ流れている。後ろで息を呑む音がした。
肩が燃えているかのように熱くなる。その熱が、すべて痛みに変わる。
――痛覚神経を遮断します。ナノマシンによる急速治療を開始します。
脳内で合成音声がした。すると痛みが引き潮のようにみるみる引いていく。額をびっしり覆う脂汗を拭い去り、甲矢は血にまみれた手でLAST-ARROWを握る。血のぬめりでうまく握れない。舌打ちがもれる。
「しょ、正気じゃない! バリアジャケットを着けていないなんて!」
アルフが腹を押さえながら叫んだ。その爪は、根元まで赤く染まっている。
動揺し、足が止まっている今がチャンス。甲矢は一瞬でアルフに肉薄し、LAST-ARROWを全力でその横面に叩きつけた。
だが、片腕で振るったこと、さらに小柄な体格が合わさり、アルフを倒すには威力が全く足りなかった。
立ち上がったアルフは足下がふらついている。だが、まだまだ戦えるだろう。甲矢へと威嚇をしている。
甲矢はLAST-ARROWを両手で構えなおす。徐々にであるが、肩の傷は血が止まり、治癒し始めている。十全にはほど遠いが、戦うだけの余裕はある。
アルフとフェイトとを見据える。両者ともうろたえており、特にフェイトにいたっては青白い顔をしていた。
甲矢はLAST-ARROWを構えた。気が動転している今ならば、二人を下すのは難しいことではない。飛びかかろうとした。
だが、後ろから抱きついてきたなのはによって止められた。腰の辺りに抱きついたなのはが、声を張り上げる。
「ダメ! 急いで治療しないと!」
甲矢はなのはを振り払おうとした。予想以上の力で抱きつかれており、失敗した。
その間にフェイトとアルフは、上空へ逃げ出してしまう。
甲矢が追いかけようとする。しかし、はのはが抱きついているためにできなかった。
甲矢は二人が去って行く後ろ姿を、その眼に焼き付けるように睨んでいた。