魔法少女RIRIKARUなのは   作:koth3

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お久しぶりです。
忙しい中、なんとか書き上げられたので投稿します。


STAGE5:どうしてなの?

 甲矢は空を仰視していた。

 何キロ先をも見通す千里眼は、青と白、そして緑のまだら模様を織りなす森の梢に遮られ、その真価を発揮できずにいた。遮蔽物のない上空ならば、たといどれだけの距離があろうとも、塵一つ見逃すことなぞありはしないのに。

 墨を落とし込んだような瞳が蠢く。三千世界全てを見渡さんと。しかしその瞳に、金髪の少女と犬耳の女性の姿は映らない。

 二人は撤退をすませていた。

 なのはが甲矢に抱きついたために気をとられた僅かな隙。瞬きより少し長いくらい。その少し許りの時間に、飛行魔法を使い素速く退散していった。

 その様はまさしく生き延びることに特化した獣のように合理的で。

 その様はまさしく戦い続けることに特化した軍人のように無駄がなく。

 逃げる敵は、追いかけて徹底的に殲滅するのセオリーだというのに、今から追いかけた所で、追い付くわけがない。

 だが、だがそれは普通の人間の話だ。

 甲矢ならば追い付ける。LAST-ARROWの存在がそれを可能とする。ここに来るまでも、たやすく音速を越えられたのだ。魔導師がいくら速く空を飛べるといっても、音速を超えられるわけではない。

 鳩は鷹、否。流星からは逃れられない。

 だというのに、甲矢は追いかけられなかった。

 それはきっと、甲矢の腰にしがみつき、小刻みに震える熱のせいなのだろう。今も、麻痺した神経でも分かるほどの熱が、伝わってくる。

 少し力を入れれば、多少体格差があろうと、振り払えるだろう。

 だというのに、振り払えない。

 歯ぎしりがもれる。

 下ろしそうになるLAST-ARROWを必死に構え、去っていった敵の残影を懸命に睨み付ける。

 一分、いや二分は経った。

 いくら甲矢とて、もう追いかけても無駄だ。それだけの時間が過ぎたと判断した甲矢は、ようやくLAST-ARROWを下ろした。

 だが、まだ終わりではない。甲矢はこれからすべきことに、顔をしかめるのを抑えきれなかった。

 息を深く吸い込み、覚悟を決める。

 続けて言葉を一息に吐き出す。

 

「痛覚神経の遮断を解除しろ」

 

 網膜にグラフが映し出される。それは、ナノマシンが観測している、アドレナリンの分泌グラフだった。

 グラフのバーは異常を通知する赤色に染まり、グラフ全体を塗りつぶすようにOVERDOSEと警告文が表示され明滅していた。

 そのグラフが急減していく。

 それはつまり、アドレナリンの過剰分泌により感じられなかった痛みがぶり返すということだ。

 甲矢自身、それが自ら発した声だと自信を持てなかった。

 ただ周りが白く、黒かったのだけを覚えている。

 気がつけば倒れていた。のたうち回ったのか、辺りの下生えには、赤黒い塊がこびりついている。

 なのはが、甲矢の身体を抱きしめていた。その頬には、血しぶきがついている。

 立ち上がろうと身体に力をこめた瞬間、うっとうしいネズミのように全身を駆け巡った苦痛から呻き声がもれてしまう。

 

「は、甲矢君、早く病院に」

 

 なのはが甲矢の無事な肩の側に周り、抱き起こそうとした。

 だが甲矢は、なのはの助けを拒絶した。なのはを振り払い、離れようとするが、よろめく足には全く力が入らず、倒れ込むように近くの木にもたれかかる。

 荒い息をしばらくしいしい、擦れた声をようようしぼり出す。

 

「ダメ……だ」

「なにを、言っているの」

 

 動揺している様子のなのはに対し、甲矢は首を振る。

 

「ダメだ。病院に行ったら、魔法の存在が知られてしまう」

 

 肩を貫かれた小学生が病院に担ぎ込まれたならば、ちょっとした騒ぎになるのは火を見るよりも明らかだ。当然、警察も呼ばれるだろう。

 その時、甲矢はまだしもなのはが魔法について隠し通せるだろうか。

 甲矢は無理だと否定した。それに例え隠し通せた所で、監視がつくだろう。そうなってしまえば、ジュエルシードの回収が難しくなる。

 それになによりも。

 甲矢はLAST-ARROWを垣間見た。

 瞬きの合間に音速を超えられる速力。戦艦だろうと一撃で粉砕できる数々の武装。

 この兵器の存在がばれたらどうなる。

 高度な科学技術により異常なまでの能力を有す兵器。もし手にすることができ、運良く設計図の作成ができたら。その国家は世界を支配できるだろう。

 そんなものが人々に知れ渡ったらどうなる。おそらくは、各国での奪い合いが発生する。世界の覇権なんていう、くだらないものを手にするために。

 それはすなわち、あってはならない第三次世界大戦の勃発に他ならない。

 それだけはさけなければならない。

 だから甲矢は、なのはが病院へ行こうと何度告げようとも、頑なに拒絶する。

 それを見かねたのか、足下まで駆け寄ってきたユーノが、諭すように語りかけてくる。

 

「それだけの傷だ。早く治療しないと破傷風になってしまうよ。それに魔法だって必ずばれるわけじゃないよ」

 

 ユーノの楽観的な言葉に、甲矢は気怠さを深めながら再び首を振る。

 とうとう根負けしたのか、ユーノは口を濁しだした。

 

「せめて魔法で治療を……」

「その必要はない。すでに治療は行っている。後五分もしないうちに完治する」

「そんな馬鹿なっ。あれだけの傷、魔法でだってそう簡単に治るものじゃないよ」

「LAST-ARROWにはそういう機能があった。それだけだ」

 

 甲矢はそれだけ言い切ると、口を噤んだ。それ以降、ユーノ達がどれだけ話しかけようとも、反応を返さなかった。

 ただ瞼を閉ざし、脂汗を流しながら、奥歯を噛みしめていた。

 そして黙りこくったまま五分が過ぎた。甲矢は、目を開くとLAST-ARROWを杖代わりに、若干足下がおぼつかないながらもやおら立ち上がる。

 身体が重い。水中にいるかのように、身体がどんくさくしか動かない。血液を流しすぎたのだろう。いくらナノマシンとはいえ、すぐに血液を増やすことはできやしない。

 立ちくらみを堪えながら、甲矢は飛行の準備に入った。そういえば、服の言い訳はどうしようと考えながら。

 が、それらは止められた。ぐいと引っ張られる。

 

「どうしてなの……」

 

 首を後ろに巡らせると、なのはが甲矢の手をしっかりと握りこんでいた。

 力をこめられた手は、振りほどけそうにはない。

 

「……高町」

「どうして……」

 

 ぽたりと目尻からこぼれたそれを見て、甲矢はなのはと向き合った。

 

 

 

 なのはは向き合った甲矢の痛々しい姿に、顔を歪めた。その拍子に、涙が頬を伝い落ちたのを感じた。

 滲んだ視界でもはっきり分かるほどに、甲矢の右半身は肩口から流れでた血で真っ赤に染めあげられている。

 赤々とした滝の痕に、どれほどの痛みが伴ったのだろうか。なのはには分からない。だって、全て甲矢が肩代わりしてしまったから。

 あのとき、なのはは身動ぐことすらできなかった。三人の戦闘があまりにも早く、見守ることすらできず。ただそれでも、小さな甲矢の背丈越しに、オレンジ色の塊が白い爪を光らせて迫り来るのは見えた。包丁のような切っ先に、小さく息をもらし。

 それで、甲矢の動きを止めてしまった。

 甲矢ならばよけられた攻撃を、なのはを守るために真っ正面から受け止め、こんな大怪我を負った。

 じくじくと、なのはの胸が痛む。爪に貫かれたのは甲矢だというのに、まるで自分の胸に風穴が空いたように鋭く痛む。

 自分のせいで甲矢が怪我をした。その事実が、なのはを責め立てる。

 だが、そんな自責の念よりもなお、なのはの胸を埋め尽くそうとするものがある。それは怒りだ。

 

「どうして、どうしてあんな無茶をしたの」

 

 大怪我を負って、それでも戦うなんて。

 なのはの脳裏をかつての父の姿がよぎる。今でこそ、喫茶店のオーナーとして働き、サーカーチームの監督もしているが、なのはがもっと小さかった頃、士郎は病院のベッドで眠り続けていた。

 身体中包帯とチューブだらけで、こんこんと眠り続けていた。どんなに家族が呼びかけても、目を覚まさなかった。

 そうなったのは、ボディーガードの仕事で、爆発に巻き込まれたからだそうだ。誰かを守るために、自分の身体を犠牲にして。

 甲矢の姿が眠り続ける士郎と重なってしまう。

 

「ダメ……だよ、自分のことは大切にしなきゃ」

 

 甲矢の胸元を掴み、縋り付く。こうでもしないと、甲矢はどこかへ消えてしまいそうだった。なのはの震える肩に甲矢の手が置かれた。しばらくして、なのはは引き剥がされた。

 

「あっ」

 

 肩に生暖かな感覚が残っている。見なくても分かるほど、鉄臭い臭いが鼻をつく。なのはは背筋を震わせた。

 背中を見せた甲矢に、なのはは手を伸ばした。

 

「やだ、よぅ。甲矢君……」

 

 甲矢は身体を一度震わせると、か細く呟いた。そして空へ飛び立っていってしまった。

 それを見届けたなのはがくずおれた。

 

「なのはっ」

 

 駆け寄ってきたユーノをなのはは抱きかかえると、胸元に押しつけた。

 

「ユーノくん、私、何もできなかった」

 

 堪えようにも堪えられない、熱い雫がぽたぽた零れ落ちていく。後から後から湧き出てきて、止まりそうにない。

 

「そんなことないよ、なのは。なのははいつも頑張っているじゃないか」

 

 慰めの言葉に、なのはは激しく首を振った。

 

「私、私……何も伝えられなかった。たくさん、たくさん伝えたかったのに。何も」

 

 空に飛び立つ寸前の甲矢の言葉が、なのはの中で反響する。

 悲しさだけが満ち満ちた言葉が。

 

「どうせ誰も必要としなかった命だ」

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