そろそろ佳境へいたるところ。頑張っていきます。
全身を麻痺が蝕む。力を込めようとも入らず、崩折れそうになる身体をLast-arrowで支える。
身動ぐことすら、億劫だ。
それでも気力を振り絞る。まだ戦いは終わっていない。であれば、戦わなければならない。
振り向けば、魔導師たちは肩を震わせていた。
痺れる足を叱咤し、一歩踏み出す。息をのむ音がした。
「何だよ、それ……」
「答える義理はない」
問いを切って捨てる。敵との馴れ合いなど馬鹿馬鹿しいにも程がある。
弱っている姿などみせるものか。自らに活を入れ、Last-Arrowを構えてみせる。
もはや戦闘に身体が耐えられない。その証左に、杖先の震動を止められない。こうしているだけで限界が近づいていく。
このまま引いてくれ。脂汗を垂れ流し、そう願う。
「っ、逃げるよ、フェイト!」
「あ、アルフ!」
アルフがフェイトを抱きかかえ跳び退り、ビルの影へと消えていった。
生体反応が遠のいていくのを確認し、甲矢は前のめりに倒れた。
頭蓋で鈍い音が反響する。
「甲矢君!!」
なのはが甲矢を抱き起こす。
甲矢の瞳は虚ろで、濁っていた。
額の傷にハンカチをあて止血する。幸い見た目ほど酷い傷ではなかったらしく、すぐに血が止まった。
「どうしてこんな無茶を!」
涙ながらに問いただすが、甲矢は何も答えない。
瞳をなのはへと向けただけだ。
人形のような眼に、なのはの胸が膿んだように痛む。
「甲矢、いまのは一体」
戦くユーノが、甲矢とLast-Arrowとに目を瞠っている。
怖気を含んだ視線を浴びながら、待機状態へと移行したデバイスを甲矢はふらつく手で鷲掴む。琥珀色の輝きが指の隙間からこぼれ落ち、その光が顔に影を落とす。
「ひっ!?」
「それを知って、どうする? ユーノ、お前に何ができる? ちっぽけな一人に。既に矢は放たれた。放たれた矢は二度と戻らない」
そう告げると、甲矢は口を固く閉ざした。
それ以降は、なのはとユーノとがどんな言葉で語り掛けても沈黙を守ったままだった。
そして立ち上がると、繁華街のネオンへと消えていった。
夜の闇も一層深まりだした頃、アルフとフェイトは拠点としているマンションへと辿り着いた。追っ手を撒くために短距離転移を繰り返したため、二人とも魔力を使い切ってしまっている。
額から大粒の汗を流し、アルフは叫ぶ。
「何なんだよ、アイツ! それにあの光!?」
魔法は奥が深い。様々な世界でその世界特有の魔法だってある。故に、とても造詣が深いとは口にできないが、それでも二人の知識はそこいらの魔導師なぞ凌駕している。その上で、九条甲矢の放った魔法は未知の魔法だった。
既存の魔法と文字通り桁の違う破壊力。それでいて、大規模魔法と比べて短すぎるエネルギーの収縮時間。初見では対応が不可能だ。
戦っている最中にあんなものを放たれていたら、間違いなく死んでいた。
背筋が寒くなる。アルフに気が付かれないよう、そっと二の腕を掴んだ。かすかに感じられる脈拍はあまりに頼りない。
あの男と戦えば、ふとした拍子に死の臥所に囚われるのではないかと思うと、気が気ではいられない。
「フェイト、もう無理だよ!」
アルフの瞳は恐れで満たされている。自らの眼も似たような脅えが出ているのではないだろうか。
だが、それでも戦わないわけにはいかない。
ジュエルシードを集める理由がある。今更逃げ帰ることなどできやしない。
「ううん。大丈夫。あの攻撃は多少のチャージ時間がある。私とアルフならその時間で十分射線から退避できる」
白々しい嘘だ。
アルフもそれは分かっているのだろう。渋面のままだ。
だけれども、フェイトの気持ちを、想いを汲み取ってくれたのか、それ以上言うことはなかった。
「母さんのためだから」
「フェイト……」
アルフが狼形態ですり寄ってきた。
そっと抱き寄せる。温もりが伝わる。
二人はずっと抱きしめ合っていた。
どれほどそうしていただろうか。カーテン越しに白々とした曙光が差した。
道場の明かり取りから、日の目が覗く。
場に満ちる厳粛な空気に当てられたのか、なのはが正座をして座っていると、入り口の開く音がした。
振り返れば、姉の美由紀が立っていた。
きょとんとした顔をしていたが、すぐに微笑みが浮かぶ。
「どうしたの、なのは。珍しいわね」
「うん。ちょっとね」
話をしながらも、美由紀は小太刀をもした木刀を二振り掴んできた。
姉の邪魔にならないよう、なのはは道場の隅に移動する。
「偶には見ていく?」
「……うん」
しばし迷ったが、肯定のことばを返す。
小太刀が宙を舞う。
武術のことなぞ何等分からないなのはだが、姉の振るう一太刀一太刀がとても美しいことだけは分かった。
「……何かあった?」
美由紀が演武の合間に息を整えながら尋ねてきた。
話して良いのだろうか。迷いが一瞬過ぎった。だが、自分だけでいまの状況をどうにかできるのか分からず、結局ある程度誤魔化して姉に相談することにした。
「ねえ、お姉ちゃんは痛いのが怖くないの?」
美由紀が収めているのは永全不動八門一派・御神真刀流と呼ばれる小太刀二刀流の武術だ。それも実戦を前提とした流派で、荒行なども平然と行う。例えば組み手だ。竹刀こそ用いるが、防具などは身に着けない。一歩間違えれば怪我をしてもおかしくはない。それを毎日繰り返している。
当然、なのはが覚えている限り、青あざなどはしょっちゅう拵えている。だが、それでも姉は一度も修行を止めたいと言ったことはなかった。
「そりゃあ、怖いよ。人間誰だって痛いのは嫌いだし、怖いに決まっている」
「じゃあ、どうして続けるの?」
「ううん、難しいなぁ。そうして怖い思いをしたとしても、やりたいこと、したいことがあるからかな」
「やりたいこと?」
「色々理由はあるよ。人によっては戦うのが楽しいという人だっているだろうし。でも、私がこうやって剣を振るうのは、やっぱりいざというとき大切な人を、家族を守れるようにかな」
はにかみながら告げると美由紀は再び小太刀を振るった。
「守るため……」
その言葉は、なのはの胸にしみこんだ。
ファイトも、そして甲矢も痛々しいほど戦う。その理由の一端が、垣間見えた気がする。
「ありがとう、お姉ちゃん」
姉の邪魔にならないよう静かに立ち上がると、なのはは道場を立ち去った。