ストライク・ザ・ブラッド〜鬼の目にも涙〜   作:*天邪鬼*

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34話 膨れ上がる怒気

次の日になると夜如はとある海岸を訪れていた。海岸付近は規制線が引かれており、誰も無断で立ち入れない状況になっている。しかし、夜如は何気ない顔で規制線を跨ぎ、警備員の横を通り過ぎようとする。それはもうよく晴れた朝方にご近所を散歩するかのような風貌である。あまりに悪意のない自然な立ち振る舞いに警備員も夜如が通り過ぎてから慌てて装備している対魔族用の呪弾を放つ銃を構えた。

 

「おい!何をしているんだ、止まれ!!」

 

一人の警備員が声を荒げるとそれに反応して即座に他の警備員も集まってくる。警備員達は扇状に展開し夜如に向けて銃口を向ける。遅れを取ったとは言え流石の統率力と言える。加えて扱う弾は魔族の強力な回復力を阻害する呪いがかけられており、一介の魔族なら一発で行動不能にまで追いやらられてしまう。警備員の行動に誤りはなく、寧ろ最善の行動だった。しかし、夜如は気にせず、というよりも気が付いていない様子でスタスタと歩いていく。静止の言葉を無視された警備員は頭に血が上りながらも何とか冷静を保っていた。

 

「三秒以内で止まらなければ撃つ!!」

 

警備員は最終警告を宣言する。勿論、撃つと言っても初撃は足や手など四肢を狙ったもので動きを封じるのが目的だ。それでも無視する場合は容赦無く頭と心臓を撃ち抜く手筈だ。警備員、つまり特区警備隊もプロである。長年の経験で相手がどう反応するかは勘で理解できてしまう。今回の場合、幸か不幸か警備員は夜如が警告を無視し続けるだろうと分かっていた。案の定、夜如は三秒経っても警告には応じる様子はない。それを見て、警備員はやれやれと溜め息を吐いてから叫ぶ。

 

「撃て!!」

 

夜如に向けて数発の銃弾が発射された。その距離約十メートル。常人では反応すら出来ない距離に警備員も銃弾が四肢を貫いたと確信する。耳を擘く銃声、後に残るのは四肢がもげて地面にひれ伏す不審者だけである。

 

「馬鹿な………!!」

 

そんな未来を予想していた警備員は想定外の現実に動きが止まる。夜如の四肢はもげるどころか平然と歩行を続けていたのだ。それどころか着ているジャージに傷一つない。よく見ると銃弾の一部は確かに夜如の皮膚へ届いている。それでもそれは一瞬のことで銃弾はすぐに地面に転がった。獣人が対象でも皮膚を破り筋肉を掻き分けて骨の髄まで届く呪弾である。常識離れした相手に警備員は次の行動である次弾装填を忘れてしまっていた。

 

 

____________________

 

 

「うぅ………」

 

と言っても夜如は別に特区警備隊を悪意あって無視していたわけではない。実を言うと夜如は昨晩に浅葱の所を訪れてから一睡もしていないのだ。日常生活で那月の手伝いとして深夜に駆り出されたり夜通しアルバイトをしていても流石に二四時間起き続けることは辛いのだ。勿論、一日ぐらいなら無理すれば支障なく日常生活を送れる。しかし、今回のように寝不足の他に那月が失踪していることが加わり精神的に揺らいでいる状況では周りに思考を向ける余裕がないのだ。余程のことが無い限り夜如は自分の世界から帰ってこないだろう。逆に言えば特区警備隊の攻撃など夜如からすれば余程のことに値しない出来事ということなのだが。無意識に鬼気を全身に纏わせて防御力を上げていたとは言えここ最近の戦いで夜如の力は格段に上昇していた。

 

「ここが襲撃場所………」

 

夜如が海岸を訪れた理由は絃神島に侵入した魔女を追う為である。浅葱から貰った情報では魔導犯罪組織LCO通称”図書館”のメンバー二人が絃神島に侵入したとしか無く、その後の行方など詳しいことは現地に来てみるしか無いのだ。那月が失踪したと同時にやってきた魔女。関係無いと済ませられる筈もない。数少ない那月の手がかりに夜如も普段よりか真剣である。

 

「にしても酷いな」

 

夜如は現場を一通り見渡したが言葉通り酷い有り様だった。コンクリートの地面は地割れのように裂けていたり、巨大な物体を叩き付けたかのように陥没していたりと魔女との戦闘よりも巨大な怪獣と戦っていたと言われた方が信じられる惨状だ。同じ魔女でも那月はこのような圧倒的暴力を振るうことはない。相手の弱点を的確に穿つ優雅に妖艶な戦いをする。夜如は那月とはまた別の魔女の力に言葉を失う。しかし、それは目の前に広がる暴力に対するものではなく、このような惨状にも関わらず被害者が圧倒的に少ないということに対してだ。

 

「逆に行方不明者は多数か………誘拐された?那月さんもそれに巻き込まれた?」

 

夜如は浅葱から貰ったデータを眺める。しかし、これは現場からの報告ではない。浅葱が特区警備隊の安否確認報告や勤務状態などから割り出した結果である。現場に来るまで夜如も半信半疑だったのだが、魔女の脅威を目の当たりにすると信憑性は増してくる。このことを報告しないのは現場のプライドから来るものなのか、特区警備隊の軋轢を垣間見えてしまう。しかし、それはそれで今の夜如にとっては好都合でもある。このことを隠したい現場は物品も残している筈なのだ。それに無闇やたらに破壊して始末書を報告するとなると行方不明者についても報告することになりかねない。現場記録を残したレコーダーが夜如の狙いだ。

 

「さて………何処に隠してる?」

 

夜如は目を瞑り感覚を研ぎ澄ます。鬼である夜如の五感は普段でも超人を超える。そこにツノの感度と意識的に五感を強化すれば僅かな音や匂いで壁の向こう側など目に見えない場所すら把握することができる。すると、海風で潮の香りが満ちている中、不自然な鉄と煙臭さを嗅ぎ分ける。試しに地団駄踏むことで衝撃を与えるとその方向から金属同士が擦れ合う音が僅かに聞こえた。これで確信を持った夜如は音のした場所に向かう。

 

「上手く利用したな」

 

音がしたのは魔女の攻撃で地割れのように裂けたコンクリートの更に奥だった。つまりは地下である。魔女による被害から悪知恵を働かせたようで、コンクリート内部は下水を通す通路が通っており人が普通に通れるようになっていた。夜如は地下に降りると通路を辿っていく。そして、光の届かない場所でも夜如の目はハッキリと目撃した。

 

「特区警備隊は何を企んでいるんだ?隠したところでバレるだろうに」

 

夜如の目の前には無造作に放られた段ボール。中には行方不明者の所持していた銃などの装備が雑に入れられていた。如何にも子供騙しのような隠し方に流石の夜如も違和感を覚える。しかし、今重要なのは那月の行方である。それ以外に目的はなく、特区警備隊の内部事情など関係無いのだ。夜如は余計な思考だと頭を振って遠慮なく段ボールを漁り始める。すると、目的の物は案外すぐに見つかった。そんな時である。夜如が近付いてくる気配を感じ取ったのは。

 

「やはりこれでは簡単すぎたか。まぁ、鬼なら造作もないことなのかな?」

 

「誰ですか?特区警備隊の人………でもなさそうですし」

 

夜如に近付いてきたのはスーツを着たビジネスマンのような男だった。男は夜如が鬼と理解してながら臆することなく話しかけている。自分が圧倒的有利な立場にいると知覚している様子で夜如の警戒心が強まる。相手が何を隠しているのか、何を根拠に自分に向かっているのか。目的の物は手に入ったことで夜如は男を倒すことなど考えず逃げの一手しか頭に無い。幸い、地下といえどその材質は単なるコンクリートで突き破ることなど鬼気を纏った夜如のタックルで堂とでもなる。

 

「残念だが、君を逃すわけにはいかない。大人しく拘束されてくれ」

 

「え、何!?」

 

夜如の逃走を察してか男は夜如に手を掲げる。すると、虚空から夜如にとって見覚えしかない馴染み深い鎖が夜如の体を縛り付ける。普段の夜如なら余裕で避けられた鎖の速度でも驚きで体が硬直し無抵抗に拘束されてしまう。夜如を縛る鎖は紫色に光る神々が鍛えた鎖で那月が使用する魔術でもあるレージングだったのだ。

 

「見覚えはあるかな?」

 

「何処でこれを?」

 

「まぁ、空隙の魔女が扱う物と比べるとお粗末なレベルだろうけどね」

 

男は不敵に笑みを浮かべる。夜如を捕らえたことで勝ちを確信したのだ。レージングとは強力無比で断ち切られるものでは無いと考えられ、それが魔術を扱う者なら固く常識として頭に根づいている。男は懐から本を取り出す。

 

「魔道書………図書館ですか。自分を拘束するためにこんなことを?」

 

「空隙の魔女のお気に入りのペットは脳筋と聞いていてね。いかに脳筋でもレージングの拘束からは逃げられないだろう。それは君自身が日頃感じていることだ。計画が成功するまで拘束させてもらうよ」

 

男は更に夜如にレージングを巻き付けていく。魔道書とは読み手に人智を超えた力を与える強力な魔性を帯びた魔術実用書。男は魔道書により紛いなりにも最高位の魔女たる那月と同様にレージングを扱えるようになっているのだ。夜如は歯噛みする。男の言う通り夜如は那月のレージングに縛られることなど珍しくない。その度本気で抜け出そうとしているが一度たりとも抜け出せたことはない。軋みすらしないのだ。

 

「計画?」

 

「君も残念だね。主人の最期にすら立ち会えないとは」

 

「は?」

 

男は憐れむように言った。最初、夜如は男が何を言っているのか理解できなかった。元々、拘束された瞬間から逃げの一手から男の目的を探ろうと質問していたのが急に核心を突く答えが飛んできて思考が止まってしまったのだ。しかし、これは後付けの理由である。一番の理由は男の憐れむ表情と”主人の最期”という言葉である。夜如の心に滲み出る程度の怒りが膨れ上がる。

 

「主人の最期………?」

 

「ん?」

 

暗闇の中、レージングの紫色の光以外に新たに緋色の光が場を照らす。空気が軋みコンクリートにはヒビが入り、地震かと錯覚してしまう揺れが男を襲う。レージングすら軋みだしたことで男から余裕の笑みが消える。しかし、すぐに冷静さを取り戻し魔術を行使する。レージングは夜如の体を絡みに絡み付き繭のような球体を作り出す。最早、拘束というよりも封印に近い魔術である。男も息絶え絶えと片膝をつき今のが全力の魔術だと物語っていた。

 

「おい………!!」

 

それも夜如の前には意味を成さなかった。レージングの軋みは抑えられるどころか強くなっていき、遂にはピシリという亀裂が生まれる音が鳴ったのだ。男が焦って更なる魔術を行使しようとするも間に合わない。夜如のレージングを破る力が強すぎて抵抗するのが精一杯なのだ。

 

「そんな馬鹿なことがあるか!レージングだぞ!?神々の鍛えた鎖が鬼なんて珍しいだけの生物に負ける訳が無い!!」

 

「こんなのがレージング?那月さんのと比べるとお粗末とか言ってたけど、それ以下だな………!」

 

バギンっという甲高い音が響き渡る。言わずもがな夜如がレージングを引きちぎった音だ。この瞬間にレージングは跡形もなく消え去る。唯一つ緋色のオーラを纏った夜如だけがこの暗闇に光を照らすことで異様な存在感を見せていた。男は言葉すら出せず夜如の無言の圧力に腰を抜かす。夜如の睨みはまるで物理的に圧力を掛けているかのように男を苦しめる。夜如が一歩男に近づく。たった一歩近づくだけで男に加わるプレッシャーは倍になり、夜如が目の前に来る頃には呼吸すら自由にできなくなる。夜如は静かに男の首元を掴んだ。男も本能的に抵抗するが恐怖で錯乱しかけて子供の喧嘩のようなパンチはペチペチと音がするだけ。夜如はそのまま男を地面に押さえつける。

 

「ひっ………!!」

 

「お前らの計画を全て話せ………!!!」

 

赤い瞳が怒気を宿していた。マグマのように地獄の業火の如くその怒りは誰にも鎮めることはできない。

 




今回は早く投稿できました!!少しずつ主人公の口調とかを変えてみたり、オリジナルストーリーに向けて咬ませ犬を出してみたりと頑張っています!!

では、評価と感想お願いします!!

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