無限の精霊契約者   作:ラギアz

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第二十五話「恐怖」

「―――ステイ・リンク!!!」

 白い純白の光が、心臓から放たれて俺を瞬く間に包み込む。

 体の隅々にまで流れるエネルギー。高く熱く、脈拍する鼓動。

 人の力を超えた力を持つ者。その力を、俺は今この身に宿していた。

 理由は一つ。この場の皆を、殺させないために。守るために。

「……おいおい、ステイ・リンクで俺たちと戦うつもりか? 知ってるだろ、ステイ・リンクは身体能力の強化しかしない。ポゼッション・リンクに、勝てる訳がねえだろうが……っ!!」

 喋りながら、姿勢を低くしていた人狼。言葉の最後に力を込めて、話し終えると同時に一気に人狼は駆けた。

 人間にはあり得ない脚力で、体育館の木の床をぶち抜きながら人狼は鋭い牙と爪を剥き出しにする。

 人狼の姿勢は低い。そして速い。

 喧嘩とかをした事の無い俺は、取りあえず人狼の来たタイミングに合わせて右足を振り上げた。

「遅えっ!」

 しかし、人狼は何てことなくそれを急停止して紙一重で回避する。右足を振り上げて、バランスを失っている俺へと爪を振りかぶった。

 が。

 次の瞬間、人狼の背中には俺の右踵がのめり込んでいる。蹴り上げからの、踵落とし。体の捻りも体重も体幹とか、全てが最低レベルの素人の攻撃。だがそれは人狼の不意を付き、地面へと叩き付けた。

 俺は慌てて人狼から距離を取る。後ろに飛び退った俺を睨みつけつつ、口元を拭い、人狼は唸る。

「……素人同然じゃねえか。まあ、痛かったけどなあ」

 再度、人狼は体育館の床を踏みしめ、亀裂を入れ、粉砕し、駆け出した。

 超低空。さっきよりも低く、もうそれは四足歩行。岩山を俊敏に駆け抜ける一匹の狼の様に、野生の本能を滾らせた人狼はさっきよりも鋭く速い爪の切り上げを放つ。

 低空姿勢から、バネのように跳ね上がる人狼。爪の切っ先が俺の顔面に向けられて、無我夢中で俺は上に跳んだ。

 すると、ドオン! と大きな音を響かせて俺の体は十数m浮かんだ。

 爪を回避する事には成功。しかし、人狼は回避された事よりも他の事に驚き、叫ぶ。

「ス、ステイ・リンクでしの身体能力だとッッ!?」

 得体のしれない、内臓の浮かぶような浮遊感を数秒味わってから、俺は地面へと落ちた。

 不格好に、膝と手を地面について重い音を立てて着地。その体には、痺れも痛みも無い。

 これが、『精霊』の力。

 常人なら、既に大怪我しているレベルの事をしてもまだ尚体に不具合は無い。

「ポゼッション・リンクに負けず劣らずの身体能力……!? 何なんだ、その力は!」

 人狼が吠える。そして、一切の手加減無しで俺に向かって跳躍。一瞬で俺と人狼の距離はゼロになり、霞む拳打が放たれる。

 ギリギリで、俺はそれを認識して左腕で受け止めた。痛みはないが、強い衝撃が体を芯から震わせる。次いで、休む間もなく人狼の蹴りが打たれた。その蹴りを防げるほど戦い慣れしていない俺は無防備に喰らい、威力をそのまま受け止める。

 少し浮く体。そこへ叩き込まれる、二つの拳。

 肩と鳩尾を穿いた拳は、俺を大きく後方へと吹き飛ばした。

「ぐ……あっ……?」

 全身を体育館の壁に打ち付け、ずるずると俺は滑り落ちる。視界が揺らぎ、頭がぼんやりとしてくる中で、人狼は口を開く。

「まあ、所詮餓鬼の力なんてこんな物か。いくらステイ・リンクでここまで凄くとも、戦い方も何もなってない。宝の持ち腐れだな。[イザナミ]では無いし、さっさと終わらせてやろう」

 犬歯をむき出しにして、人狼は告げる。俺に向かってゆっくりと、堂々と歩く。

 喧嘩慣れも、ましてや戦いにも慣れてはいない。武術の類は何一つやってないし、まともに人を殴った事すら無い。

 人狼には、適わない。このまま殺されて、そして、終わる。そうとしか思えない。

 体育館の壁を背もたれに、俺は地面に座り込んだ。ズキズキと、『精霊』の力を使っていてもさっきのダメージは凄まじく、体に残り続ける。

 どうすれば良い。ここで力尽きたら、何もかもが水の泡だ。大切な人も守れないし、自分も死ぬ。

 人狼を倒すには、最低でも一撃。渾身の一撃を、鳩尾や顔面と言った弱点にぶつけなければならないだろう。全身の力を、一撃に収束して。

 それは分かる。じゃあ、どうやって一撃を人狼に叩き込めばいい? あいつの懐に潜り込んでも殴られ、距離をとれば爪に裂かれる。中途半端な距離は人狼の脚力ならば無いに等しく、強靭な脚から繰り出される蹴りなんて喰らいたくもない。

 リーチの長さも、人狼の方が上。俺が勝っているものは、このタフさと身体能力だけ。

 身体能力なんて言うのは、ポゼッション・リンクした人狼には技の部分で簡単に覆される。タフでも、一方的に殴られ続ければいつかは力尽きる。

 考えろ。脳を回せ、あと人狼の数歩までに、思考の果てまでたどり着け。

 俺に出来る事は、殴る事。それ以外は出来ない。さっきの踵落としなんてまぐれの産物。

『……肉を切らせて、骨を断て』

 突然、脳内で声が直接響く。爽やかな風のような、透明感のある声音はフィニティだ。

『分かるはずだよ。正面から突っ込まなきゃ、渾身の一撃は当たらないって』

 フィニティは続ける。

『例え人狼が強くても、恐怖を捨てて一歩踏み込んだ式と私には絶対に勝てない。そう、踏み込むんだよ、式。恐怖は犬にでも食わせて、一歩の勇気を振り絞る』

 強い口調だった。

 有無を言わさない、フィニティの言葉には強い意志が秘められていて。

 その言葉に心は再度燃え上がり、俺はふらつきながらも何とか立ち上がった。ぼやける視界の中心、人狼をただひたすらに睨み、そして右拳を固める。

 そうだ。骨を断て。

 この体を捨ててでも、あいつをぶん殴る。怖い。怖いけど、でもそれを乗り越えろ! 

 今! この瞬間に、圧倒的な壁を越えろ!!

「……最後まで良く立っていた。だが、死ね」

 人狼の無慈悲な言葉。右腕が後ろに引かれ、膝が折り曲げられる、跳躍の姿勢。一瞬後には、俺の意識は消えているだろう。足の爪が床に食い込み、野獣の眼光が鋭く細められる。

 しかし、その瞬間。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 心を震わせて、たった一つのちっぽけな勇気を燃え上がらせて、俺は地面を全力で蹴り、壊し、砕いて加速した。

 爆発的な加速。ジェットエンジンの如く、重苦しい轟音と同時の急加速に、人狼は一瞬戸惑う。

 それはそうだろう。何故なら、いくら速くともその行為は自ら相手の間合いに飛び込むという動き。素人目から見ても隙だらけの姿に、人狼は困惑しつつも、右腕を振るった。

 耳元で、空気が唸る。鋭い爪が俺を切り裂こうと煌めき、襲い掛かってくる。当たれば大ダメージ、直後に即死。爪に当たらないようにここから後ろに下がっても、恐らくは蹴りでダメージ、直後に即死。

 ならばどうするか。

 答えは、一つ。恐怖を捨てて、勇気を燃やせ。

「こ、」

 走る足を、止めない。

「こ、」

 いや、寧ろ強く右足を踏み込む。爪が俺の肌に突き刺さる、その直前。

「だあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 ドガアン!! と床を踏み抜いた俺の体を、前へと急加速した。

 左側の頭に、爪の内側である指と掌が当たる。平手打ちの様な形になり、即死はしなないものの脳が震える衝撃が俺を揺さぶる。意識が不完全に暗転、明転を繰り返し。

 それでも俺は拳を緩めなかった。

 体が左からの衝撃で右側に吹き飛びそうになるのを懸命に堪え、踏み込んだ右足の膝を曲げて力を溜める。人狼の懐で体を捻り、右拳に全身の力を一点集中させた。

 これが、最初で最後のチャンス。

 人狼は不味いと思ったのか、すかさず後ろに跳ぼうとする。黒フードも此方に手を向け、何かしらの行動を起こそうとしているが。

 ―――――手遅れだ。

 空気が爆ぜる。気流が渦巻き、体の捻りが解放される。

 固く硬く握りしめられた拳は唯一点、人狼の鳩尾に吸い込まれるようにして放たれた。腹部をミシミシと軋ませながらのめり込んだその一撃は、重たい手応えを確かに俺に伝える。

「……終わり、だっっ!」

 最後の気合い一声。

 肘を伸ばし、撃ち抜かれた一撃の拳は人狼を体育館の壁から反対側まで吹き飛ばした。壁に衝突した人狼は亀裂を走らせ、そして壁を無数の欠片に崩しながら気絶する。灰色の光が放たれて、人狼のポゼッション・リンクが解けた。

 生身の人間が瓦礫の上で気絶しているのを尻目に、俺は黒フードへ接近。

 人狼の最後の一撃のダメージが残ったまま、黒フードにも蹴りを叩き込む。それだけで崩れ落ち、意識を失う黒フード。此方もポゼッション・リンクが解けて、それと同時にクラスメイトを閉じ込めていたオレンジ色の透明な結界が空気に溶けて消えた。

 目の前で起きた、人知を超えた戦いに沈黙が広がる。

「……さっきは、ごめん」

 沈黙を破ったのは、とある生徒だった。

「ありがとう。お前がいなかったら、どうなってたか分からない。さっきはあんな事をして、本当にごめん」

 一人。

 一人だけが、俺に頭を下げて謝った。その様子に呆気に取られていると。皆もやがて感謝と謝罪を始める。 

「いやいやいや、良いって! あれは元々俺がやろうとした事だからさ!」

 そう言って止めようとしても、中々終わらない。

 夕張先生も最終的には俺に感謝の旨を告げ、『精霊学科』の人たちがこの惨状の後始末をしに来るまでその行動は続いた。

 初めての、『精霊』の力。

 初めての、『精霊』の力を使っての戦い。

 初めての仲間。経験。

 今日だけで、色々な経験を積めた。『精霊学科』の先生や警察に事情を話している夕張先生を遠目に眺めつつ、関係者として固まってその様子を眺めている1-2の生徒。

 その中で俺はそっと、小声で呟いた。

「フィニティ、ありがとう。また宜しくね」

 返事は、帰ってきた。

『式も凄かったよ。じゃあ、また! 何かあったら話しかけてねー!』

 元気よく告げて、そして俺の体から『精霊』の力が抜けた。その瞬間、襲い掛かる疲労と痛み。

 『精霊』の力で緩和されていた痛みと疲労が一気に俺を蝕み、クラスメイト達の輪の中で俺は膝から崩れ落ちた。

 

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