「ゆ、夕張先生は『普通学科』の先生じゃなかったんですか!?」
「残念。本当は『精霊学科』、1-Aの担任なんだよね」
「……俺のクラス!?」
「そうだよ。全く、私を餌に敵を誘き出してそれに便乗して式君に『精霊』と契約させる様な人が学校のトップ周辺に居るから、忙しいったらもう。キッツイよー」
肩を落とし、嫌そうに先生は呟く。その様子に何も言えずに居ると、先生はそこでぐーっと背筋を伸ばした。
「ま、気にしててもしょうがない。ほらほら、速くクラスに行きなー!」
「はい、失礼します!」
強く背中を叩かれて、俺は夕張先生に一言言ってから駆け出した。
『精霊学科』の白い校舎の中に入って、1-Aの下駄箱に行く。そこの一番下の棚、昨日新しく追加された俺の下駄箱に外靴を入れて、バックから上履きを取り出して履く。
昨日地図を貰ったから、1-Aの場所は分かる。下駄箱に一番近い階段を、俺は上り始めた。
教室は三階にある筈で、対して『普通学科』と校舎は変わらないらしい。しかし、『精霊学科』の授業は『普通学科』とは一味違う。数学や国語などの基本的な五教科に、技術や美術、家庭科などの実技四教科。
普通ならこの九教科で終わりだが、『精霊学科』にはまだある。
それは精霊学と精霊実技だ。
文字通りで、精霊学は『精霊』の歴史や性質、契約や戦い方の理論等を考える。精霊実技は『精霊』の力を使った体育のような物で、体育と同じような事をするが体育よりも全然辛い。
どっちも付いて行けるか不安だ。基本の九教科に付いては上梨村でみっちり叩き込まれたし何とかなるとは思うけど、『精霊』に関する教科には付いていける気がしない。
予習復習がキツそうだ、と今から不安になりながらも1-Aに着いて、俺は恐る恐るドアを開ける。
中にいたのは、ごく少数の生徒。まだ朝のチャイムまで十五分もあるし、こんな物だろう。教卓の上にある座席表を確認すると、俺の席は皆がパソコンで名前を打たれているのに俺だけペンだった。昨日慌てて書いたんだろうなと考えながら、自分の席へ。
窓際の一番後ろ。隣は居ない席に俺は座って、バッグから教科書とかをひっぱりだした。
机に教科書類を入れたり、精霊学や精霊実技の教科書を眺めたりしている内に鐘は鳴り、夕張先生が前の扉から入ってきた。顔を上げれば、いつの間にかクラスは人で埋まっている。中には涼花の姿も見えて、俺は少し安堵した。
「おはようございます。昨日は挨拶しか出来なくてごめんね。ちょっと用があってさ。それで今日は、新しい転入生がいます! いやあ、三日目なのに忙しい人だよね。うん。じゃあ、立って自己紹介をお願いしようかな」
夕張先生はそこまで言い終えると、俺に視線を向けた。その視線に釣られるように、クラス中の視線が俺へ向く。いつの間にか増えている席に疑問を抱いていたのだろう、納得した面持ちの人は少なからず居た。
そんな中で立ち上がって、短く息を吸う。緊張で心臓がばっくばっく鳴るのを自分の耳で聞きつつ、俺は話し始めた。
「上代式です。わけあって『普通学科』から『精霊学科』に転入してきました。どうか、宜しくお願いします」
そう言ってから、頭を下げる。
上梨村で村長から教わっていた作法だ。最初の挨拶で人のイメージは決まる、と言われてずっと練習していた。おかげでスラスラ言えて、緊張も何とか解れてきている。
「はい、式君ありがとう。皆も、あの子と仲良くしてあげてね? ……さて、じゃあ今日の連絡だよ。一、二時間目は早速精霊実技です! 内容は最初に言っちゃうと」
いきなりの精霊実技。クラスがざわめく中で、夕張先生は器用にウィンクを決めた。
「模擬戦だから、気合入れてね!」
模擬戦。精霊実技。
……『精霊』の力を使って、戦うという事なのだろうか。『精霊』と契約して二日目の俺が、ずっと昔から『精霊』の力を使い続け、難関校である『聖域総合高等学校』に入学できるレベルの人たちを相手に戦わなければならないのだろうか。
ポゼッション・リンクはまだ習得できていない。それとなくフィニティに聞いたところ、
『止めときな? 体爆発するよ?』
と、冗談なのか本気なのか分からない答えを返してきた。
つまり模擬戦をするならば、俺は他の人たちが恐らくポゼッション・リンクを使い精霊の力を扱う中で、一人ステイ・リンクのまま接近しての肉弾戦をしなければならないという事だ。
え、すっごい辛いじゃんそれ。
例えるなら銃持ってる人間に剣で戦うような物だろう。
そんな俺の思いも空しく、さっさと朝のHRは終わる。夕張先生に引き連れられて、精霊実技の為に教室を移動し始めた。
厳重な扉に、「訓練室」と書かれた看板。『精霊学科』の校舎の地下、そのドアの中へと二列で入る。中は白いコンクリートの敷き詰められた訓練する場所に、その外側を囲む観客席の様な物。俺達はまず観客席の様な所に案内されて、椅子に座った所で夕張先生が授業の説明を始める。
「今日はここで、さっきも言った通り簡単な模擬戦をしてもらいます。戦っている人は勿論下のコンクリートの場所で。見ている人は、この観客席で私の解説付きです。豪華だね!」
凄く良い笑顔を浮かべて言い放った夕張先生に、何と言えばいいのか分からず沈黙する1-A。
……数秒間の静寂。明らかにテンションの落ちている先生は、小さな声でぼやく。
「まずは、矢代涼花さん。と、そこの君だ。模擬戦れっつごー……」
「う、うっす」
「分かりました」
気まずそうに椅子から立ち上がる男子生徒と、変わらない無表情を保つ涼花。二人は下の訓練する場所へ降りると、地面に書かれている青いラインの前で向かい合った。
その距離は、およそ10m程。
離れているように見えるが、その程度の距離は『精霊』と契約する人にとって無いに等しい事は理解している。一瞬も気を抜けない、『精霊』の力を使った戦闘。夕張先生が何処からか取り出したリモコンでボタンを押すと、アナウンスがビー、ビー、となり始める。
「3」
男子生徒が、体に力を込めた。今すぐにでも走りだせ、そして回避出来る態勢。
「2」
それを前にして、涼花は直立不動。凍てつく蒼い瞳を相手に向けて、固く口を閉ざしている。
「1」
二人の口が、開いた。
「0」
開戦。アナウンスが0を告げた瞬間に、二人は大きく叫ぶ。
「「ポゼッション・リンク!」」
男子生徒の周りに、緑色の光が渦を巻く。それは生徒の体を丸ごと包み込み、直後に光は粒子となって散った。現れた男子生徒は、樹木の鎧を纏い大木の槍を右手に構えている。
森の番人。そんな言葉が似合うような姿だった。
見たところ、木を操る『精霊』なのだろうか。思わず前のめりになり、今度は涼花へと視線を移す。涼花の足元に渦巻くのは、紫紺のオーラ。ズズズ……と涼花の体表を覆い、紫の人型が出来た、その瞬間。
眩い、紫の光が訓練室を覆い尽くした。
目を腕で覆って、その光から目を守る。光が止んだ頃に目を開き、柵に乗りかかるようにして涼花を見れば。
矢代涼花に、狐の耳が生えていた。
「……ん?」
長い黒髪に、狐耳。白と紫の巫女服。極めつけは、左右で目の色が違う。
右目は何時も通りの蒼、左目はさっきのオーラと同色の紫紺。
そのコスプレ紛いの姿は場違いの様で、しかし涼花が着ると似合っているという不思議な現象が起きていた。クラスメイト達も微妙な顔で押し黙る中で、夕張先生が低い声で告げる。
「……この戦いは、よく見ておいてね。主に、涼花ちゃんを」
その言葉と同タイミングに、樹木の鎧を纏い大木の槍を構える男子生徒が地面を蹴り飛ばす。
荒れ狂う緑の光。体を捻り、右手の槍を強く投げつける。
真っすぐに宙を裂いて飛んだ槍は、涼花の足元を狙っていた。軽いバックステップでそれを避けた涼花へと、無かった筈の二本目の槍が飛来する。
「大木の槍は、言っちゃえば硬い木を鋭く削っただけ。そう言うと地味なんだけど、彼の『精霊』は一瞬でその槍を生成できる」
夕張先生が、じっと戦いに見入る俺達へと解説を始めてくれた。
「言っちゃえば、近距離も中距離も遠距離も出来る。無限の槍を放てる、それがあの少年の強みなんだよね」
大木の槍を、時には屈み時には跳躍し、走ったりスライディングしたりして避ける涼花。投げられる槍にかすりもせず、涼花はさばき続けている。『精霊』の力を全開にしている男子生徒と比べて、涼花はポゼッション・リンクをはしているものの『精霊』の力は全く使っていない。その事に焦りを感じたのだろうか。男子生徒が、大木の槍を生成し、今度は投げずに涼花へと接近した。
「あーあ、やっちゃった」
夕張先生が、微笑を浮かべる。
当たらないなら、近づけばいい。相手は避けてるだけなのに――――そう考えている俺とクラスメイト、戦っている男子生徒の考えを欺くように、夕張先生は冷静に見解を述べていく。
「相手の実力が分からないのに、近づいたらダメだよ。折角遠距離の技があるのに、勿体ない。多分すぐに、少年は倒されると思うよ」
そんな事は無いだろう。
樹木の鎧に、大木の槍。初心者から見ても防御力と攻撃力が高い少年が、直ぐに倒されはしないだろう。
そう、高を括っていた。
涼花は接近してきた少年を見て、今まで動かしていた足を止める。少年はそれをチャンスと見たのか、全力で槍を二,三回突いた。
それをひらりひらりと躱す涼花。歯を食いしばり、当たらない悔しさに顔を歪める少年。
「くっそ! [タイジュ]、やれえっっ!!」
少年が叫ぶ。緑の光が強さを増して、一瞬で生成された木々が涼花を突き刺そうと一気に突出する光景を前に、当の本人は涼しい顔で右の手のひらを少年に向けた。
「お願い、[ツクヨミ]」
刹那。
涼花の手のひらから、闇夜を思わせる漆黒のエネルギーが放出された。突然の攻勢に驚く少年は、しかし自身には大樹の鎧がある事を思い出しにやりと笑う。
その笑みの意味は、「俺の勝ち」という事だろう。
クラスメイトもそれを見て、男子生徒と同じことを思っていただろう。だが、俺は脳内でのフィニティの呟きを聞いて、戦慄した。
『終わったね』
涼花が右手のひらを少年に向けたその瞬間に、フィニティは脳内でそう言った。ステイ・リンクをしてから話せるようになったのだが、フィニティが話し始めることは殆どない。大抵は俺が話しかけるのだ。
そして、戦況は一瞬で終わりを迎える。
黒い砲撃を回避せずに、槍を構えて飛び込む少年。その腹部を穿つ黒いエネルギーの一撃は、当たったその瞬間に大樹の鎧を全壊させた。
「なっ!?」
少年が叫ぶ。
「嘘だろおお!?」
クラスメイトが、思わず声を上げる。
分厚い大樹の鎧が粉砕された。粉砕されるとは思っていなかった物の呆気ない終わりに全員が声を上げる中で、黒いエネルギーは直接少年の体を叩き、吹き飛ばす。
地面を転がって、壁に背中を打ち付けてやっと少年は止まった。静かに右手を下して一礼する涼花を呆然と眺める俺たちへと、得意げな声音の夕張先生が呟く。
「ね? 直ぐに終わったでしょ?」