無限の精霊契約者   作:ラギアz

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第二十八話「戦闘」

 ポゼッション・リンクを解いて観客席へと戻ってきた涼花。興味と恐怖の混ざった視線を受けて一瞬歩くのを躊躇するも、無表情のまま歩き、俺の隣にすとんと腰を下ろした。

 大樹の鎧を砕かれた少年は半分から折れている槍を杖代わりに、何とか立ち上がる。

 そのままよろよろと観客席へと戻ってきて、何人かの友達に迎えられて席に座った。その様子を視線だけで追い、次いで出される夕張先生の指示に耳を傾ける。

「じゃあ、次は隼人と鷹野。猛禽類対決行ってこーい!」

「はい!」

「………」

 鷹野と呼ばれたムキムキの男は威勢よく返事をし、隼人と呼ばれた生徒はめんどくさそうに立ち上がった。二人は俺と涼花の前を通り、下のコンクリートの所へ。

「涼花、さっきの凄かった! おめでとー!」

「……ありがとう」

 その中で、俺は小声で涼花にさっきの戦闘の感想を述べる。小さく頷いて答えた涼花の眼はもうどっちも蒼い瞳で、それを確認した直後に「0」というアナウンスが鳴った。

「「ポゼッション・リンク」」

 『精霊』の力を扱うために、両者が叫ぶ。鷹野は羽が生えて、手と足には鋭い鉤爪が。対する隼人は、特に変化がない。制服のまま、気だるげに頭を掻いている。

「さーさー、ここも良く見ておいてねー」

 夕張先生が間延びした声で告げ、俺たちは全員前のめりになった。

「特に、隼人君を」

 その声を聴いていたのかどうかは分からないが、言葉が終わると同時に鷹野が両翼を羽ばたかせた。大きく飛翔した鷹野は訓練室の天井スレスレまで行った後に、一瞬のタメを作り一気に飛び込んだ。

 高速で迫る、鋭い鉤爪。猛禽類の持つそれを四肢に構えて、鷹野は棒立ちの隼人に接近。

 そのまま回し蹴りの様に空中で回転して、足をしならせて、

「ふうんっっ!!」

 鈍い音を重く響かせて、隼人へと打ち付けた。観客席から見てても、速く鋭い、それでいて重たい一撃。すさまじい技量の上に成り立つ、空中の急降下からの回し蹴りという荒業に1-Aは全員息を呑む。

 決まった。誰も彼もがそう確信した、そしてそうなる筈だった。

 鷹野の相手が、隼人じゃ無ければ。

 重たい砲丸の様な蹴りを叩き込まれて、隼人は徐に左手を上げるのみだった。それだけだった。

 しかし、鷹野の蹴りはその左腕に当たり、完全に止まる。ビクともしないその腕に、夕張先生とフィニティ以外の訓練室に居る人間は皆、驚愕に目を見開いた。

「……むう、中々やるな!」

「お前が弱いだけだろ。やれ、[ホルス]」

 鷹野が豪快に笑って話すのを、隼人は短く一蹴する。そのままぶっきらぼうに『精霊』へと呼びかけた。

 途端に、隼人の左手側の背中に紅蓮の炎が噴出する。凄まじい熱気と熱量を持ち、熱風を撒き散らしながらやがてその炎は一つの翼へと変化する。両翼の鷹野に対しての、炎の片翼。左手を持ち上げ、鋭く下ろしたその瞬間。

 炎の片翼は左手と同じように動き、鷹野を吹き飛ばした。

 紅蓮の残滓が残る中で、炎の翼が消滅する。ふっ、と力が抜けて、隼人のポゼッション・リンクが解けた。

 礼もせずに、観客席へと来る隼人。強大な蹴りを片手で受け止め、たったの一撃で相手を沈めたその少年には涼花と違い視線には畏怖しか無い。

 地面に倒れ伏せていた鷹野は夕張先生が何回か叩いてやっと起きた。

 それでもまだ豪快に笑う鷹野に呆れた様な笑いが起こり、その後も夕張先生の解説、時にフィニティの言葉もあってスムーズに進んだ。そして、遂に。

「じゃあ次。式君と……うーん、鷹野君、お願い!」

 俺が呼ばれた

「はい!」

「は、はい!」

 元気のいい鷹野につられて、俺も大声で叫んでしまう。がっちがちに緊張したままコンクリートのところへ降りようとした俺に向けて、涼花は小さくガッツポーズを作り呟いた。

「頑張って。応援してる」

「……っうん!」

 笑顔で返す。緊張は、和らいだ。

 青いライン上に立って、俺は何度も深呼吸を繰り返す。模擬戦と言っても、相手は『精霊』。冷汗が止まらないし、膝は震えている。ネガティブな思考が、あふれ出る。

「3」

 鷹野が、構えを取り不敵な笑みを浮かべた。

「2」

 目を閉じて、心を落ち着かせる。覚悟は、決めただろう。ならば、

「1」

 踏み出すしか、無いだろうが!

「0」

「ポゼッション・リンク!」

「ステイ・リンク!」

 鷹野が再び両翼と鉤爪を纏う。俺は青白い光を放ち、そしてフィニティとステイ・リンクした。

 ……戦いは、何故か始まらない。鷹野も動かないで、俺も少し動きづらい。空気的に。どうしたのか、と思っていると突然観客席から声が聞こえた。

「ステイ・リンクで戦うとか舐めてんだろ!」

「お前、ポゼッション・リンクも出来ないのかー? 転入生、雑魚すぎて笑えないんだけど」

「下位互換で戦うとか……ないわ。鷹野は結構強いぞ?」

 その声は全て、俺を非難する声の嵐。鷹野も厳しい表情で、俺をじっと睨みつけている。

「……舐めているのか、転入生」

 低く思い声。鷹野が怒りをこめて声を出す。

 俺は、決して手を抜いている訳ではない。ポゼッション・リンクがしない理由は単純で、俺が出来ないからだ。そして、フィニティにも止められている。

 ポゼッション・リンクをしたら体が吹き飛ぶ。本気だよ、と言われたのはつい昨日。

 鷹野は強いと思う。だけど、これが今の俺の全力なんだ。ポゼッション・リンクに対しても、どんな人間、『精霊』に対しても。このステイ・リンクが俺の全力で、それ以上は無理だ。

 その事情を知らない1-Aの皆は非難し続けている。さっき、隼人に吹き飛ばされた鷹野を迎えていた男子生徒数人は更に酷い。ただの悪口になって行っている。

 悔しさに耐えるために、俺は拳を強く握りしめた。爪が手のひらに食い込み、奥歯を噛みしめる。

 が。

 俺が叫び返そうとする直前に、凛とした声が響き渡った。

「……黙ってて。今は、あなた達の戦う時じゃ無いでしょう?」

 静かな怒気を孕んだ、冷徹な声。非難の嵐が止み、視線は全て声の主である涼花に注がれる。それ以上は何も言わない涼花へと厳しい視線を向け、男子生徒は突然――――

「ポゼッション・リンク!!」

 叫び、そしてオレンジ色の風を纏って涼花へと飛びかかる。

 突然の行動に、驚き動けない周囲の生徒と涼花。鷹野も厳しい表情を崩さず、しかし目を見開き。

 涼花に、癇癪を起した少年の攻撃が当たる。『精霊』の力を使った、人間という脆い存在を殺すには余りにも強大すぎる力が唸りを上げて。

 

 ――――男子生徒は、二つの強力な一撃を喰らい吹き飛んだ。

 

 一つは、青白い軌跡を白いコンクリートの地面から上にある観客席まで描いた右拳。

 一つは、紅蓮の残滓を撒き散らして観客席の上方から叩き込まれた炎の片翼。

 左右、男子生徒を挟むようにして撃たれた二つの攻撃は見事に男子生徒を捉え、男子生徒はポゼッション・リンクも解けて地面に崩れ落ちる。気絶したらしく、俺は額に浮いた汗をぬぐった。

 危なかった。フィニティが『上! 飛んで殴れ!』と言ってくれなかったら、俺も動けなかっただろう。フィニティへの感謝が積み重なる中で、俺は炎の片翼の持ち主、隼人へと頭を下げた。

「助かった。俺一人じゃ不十分かもしれなかったから、この人を止めてくれてありがとう」

「……礼を言われるような事じゃねえ」

 隼人は首を鳴らし、観客席の一番上へと戻っていった。その姿を見送る俺へと、夕張先生が声を掛ける。

「おーい式君、まだ模擬戦中だぞー!」

「あ、すみませんっ!」

 慌てて夕張先生に謝って、観客席から跳躍。浮遊感を味わって、地面になんの痛みも無く着地。

 怖かったけど、『精霊』の力を使えばこれくらいは余裕だと言うことが今の一連の動きと昨日の人狼との戦闘で分かっていた。

 俺は長く息を吐いて、そして鷹野へと視線を向ける。ブーイングはいつしか止み、場を緊張感が支配する。鷹野がさっきとは違い、真剣な表情ではあるけど怒りは無い、そんな顔で俺を見て、そして構えをとる。不敵な笑みを浮かべてから、鷹野は隼人の時と同じように高く高く飛翔した。

 戦闘の開始。

 俺もまた、体に力を込めて鷹野の攻撃を待つ。さっき煩かった皆は、固唾を飲んで見守っていた。

「……ふうんっっ!!」

 鷹野が気合を込めて、そのまま急降下。鉤爪の付いた足を大きく後ろに捻り、上から叩きつけるようにして蹴りを放つ。

 速い。空気を切って、顔面へと迫る一撃。恐怖に体が飲み込まれそうになる中で、俺は後ろへと逃げた。

 しかし、鷹野は後ろへ逃げた俺に向けて両翼を巧みに扱い追撃を仕掛けてくる。

 右手、左手、左足、左手、右手。推進力の方向を調整し、止むことの無い連撃を打ち続ける。その度に後ろへ逃げていた俺は、気づけば壁際に追い詰められていた。

 もう、後はない。鷹野の勝利を確信した大ぶりの一撃が、壁に背を付けた俺へと放たれる。

 どうする、どうする。戦いの常識一つ知らない俺が、この場でどうする――――!?

『恐怖は犬にでも喰わせてって昨日言ったよね!』

 その時、一つの声が脳内で聞こえた。

 爽やかな風の様な声が、脳内にあった恐怖や不安を薄れさして、消していく。視界が鮮明になって、俺へと迫る大ぶりの拳が良く見えた。スローに感じる程に、一つの微動作までじっくりと。

 恐怖は犬にでも食わせろ。一歩の、たった一歩の勇気を振り絞れ。

 弱弱しく握っていた右拳を、俺は強く強く握りしめた。

 人狼の様に、拳を受けつつ殴るなんて事をすれば力負けするか、その前に殴られた時点で終わる。鷹野と人狼ならば、鷹野の方が力は明らかにあるのだから。

 ならばどうする。頭を回せ。限界まで、考えろ。

 鮮明になっている視界の、隅から隅まで見た。考えて、予想した。

 その途中で、俺は何回も負けた。拳を喰らい、それを回避したとしても壁際だから直ぐに追撃が来る。隙を付けるほど強く無い、そもそも俺には隙さえ見つける事すら出来ない。

 そして。

 頭が焼き切れるまで脳を使った、その先に。未来予想図に、勝利は無い。

 諦めるしか、無いのか。勝てないのか? ステイ・リンクではポゼッション・リンクには勝てないのだろうか? それとも、俺自身が弱いのか?

 ……違う。諦めるな。

 未来予想図に無いなら、そこに無かった道を選べ――――。 

 そして。

 俺が選んだ、道は。

 前へ一歩、踏み込む事だった。

「なあっ!?」

 観客席から、傍から見れば無謀にしか見えない行動に驚愕の声があがる。拳の射程内に自ら入る自殺行為。

 一歩踏み込み、俺は強く意思を固める。無茶かもしれないけど、やるしか無い。

 『精霊』は怖い。模擬戦でも怖い。でも、負けるのは嫌なんだ。

 一歩踏み込んだ先で、俺は地面を強く蹴った。上への跳躍。腹部を晒すような行動に、鷹野は迷わずジャンプした俺の鳩尾へと拳を叩き込もうとする。

 が、それよりも速く俺の両足が鷹野の胸板を叩いた。

 大ぶりの攻撃では、大きく背中を反る為に胸元ががら空きになっている。接近からジャンプして、そこを両足で蹴るというアクロバティックな技。実質、胸板に蹴りを喰らう形となり、鷹野はその攻撃に大ぶりの一撃を止む無く中断して、体を後ろへとエビ反りの形になる。

 鷹野の胸板を蹴って、後ろへの推進力を得た俺は直ぐに足の裏を背後へ向けた。

 後ろにあるのは、壁。白いコンクリートの壁が存在している。

 そこに足裏を付けて、膝を曲げて力を溜める。姿勢を崩した鷹野へ、俺は壁を強く蹴り飛ばして突撃。強く強く握りしめた右拳を、がら空きの鳩尾へと撃ち抜いた。

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