無限の精霊契約者   作:ラギアz

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第四十六話「記憶」

 そして俺は、白い世界に居た。

 驚くよりも先に、目の前のフィニティの浮かべる、その悲しそうな表情に吸い込まれそうになる。青い瞳を伏せた彼女は、右手をすっと上げた。

「……フィニティ?」

 俺が問いかける。すると、彼女は口を開き、話し始めた。

「ごめん。今まで黙ってて。私は、式が『精霊』が怖い理由を知ってるし、ポゼッション・リンクが出来ない理由も知ってるの。でも、黙ってた。……ごめんなさい」

「知ってるのか? というか、理由があるの?」

「うん。それは、貴方の昔の記憶。……私と、上梨村の村長で貴方の記憶を一部封印したの。覚えている時の式は、その、狂っていたから」

 おずおずと、それでもしっかりとフィニティは話す。いつも見ていた快活な彼女はどこへやら、今フィニティは俺に怯えているようだった。

「記憶の封印?」

「そう。……式、貴方は家族の事を覚えている?」

 簡単に告げられた言葉。俺はその言葉に当たり前だろう、と言う風に頷く。

 が、

「……父親と、母親と、妹が一人だろ……? 名前は、上代……?」

 家族構成と苗字。それしか、覚えていなかった。

 確かに俺の家族が死んだのは俺が五歳の頃だ。昔の事過ぎて覚えていないというのもあるだろうが、誕生日や名前まで覚えていないのは、改めて考えてみれば異常。ぞっと背筋に寒気が走る。

「どうして家族三人が死んで、貴方だけが生き残っているの? 五歳の貴方が、一人だけ?」

 終わらない、フィニティの言葉。続けられる、俺の異常点の暴露。

「覚えてないでしょ? 理由もわからないでしょ? ……それは封印されてるから。貴方のトラウマを、封じちゃったから……」

 彼女は、顔を上げた。

 その瞳には、涙が浮かんでいる。俺が息を呑むと、フィニティはか細い声で告げる。

「……私とポゼッション・リンクするためには、そのトラウマを開放しなくちゃいけない……式が、廃人になるかもしれない! 戦えないし歩けないし一人では何も出来ない! そんな風になってしまうかもしれないんだよ! それくらい、酷い事なんだよ……!!」

 俺のトラウマを、掘り返す。そうしなきゃ、フィニティとのポゼッション・リンクは出来ない。そして、そうしなければ涼花を救う方法も途絶えてしまう。

 もしかしたら俺が動けなくなるかもしれない。そんなハイリスク。

「五歳だよ!? まだ子供の時に、家族が全員目の前で殺されて……っ! 存在しか知らなかった『精霊』と無理やり契約させられてさあっ! 見てる、知ってるこっちまでその記憶を封印したくなった! どうしても取り返しの付かない事なのに、私は逃げたかった! 数千年生きてる『精霊』の私でさえも!」

 肉親の殺害現場を、全て見ていた。至近距離で。

 頭にノイズが走る。浮かぶのは、炎の家と男に殺される男性と女性と少女。その光景は、やけに鮮明に浮かび上がってきた。

「……私の、私の力のせいで! 式は段々その記憶を思い出してきてる……!」

 そして。

 フィニティは、心の底から叫んだ。

「『無限の精霊契約者』なんて肩書きよりも、私は人を守れる『精霊』としての力が欲しかったッッ!!」

 ―――――『無限の精霊契約者』。

 今、フィニティは確かにそう言った。そんな肩書き、と言ってのけた。

「……フィニティが、『無限の精霊契約者』と契約した『精霊』なのか……!?」

「そうだよ。私が、世界最強の『精霊』」

 彼女は頷いた。目元に浮かんだ涙を拭って、嗚咽を漏らしながら。見てて心が痛むような姿で、それでもフィニティは俺から視線を反らさない。

「じゃあ、もしも俺がポゼッション・リンクを使えれば、皆を助けられるのか?」

「……間違いなく。でも、その為には式が、」

 俺は、フィニティの言葉を強く遮った。

「フィニティ、俺の記憶を開放してくれ。そうすれば、ポゼッション・リンクが出来るようになるんだろ?」

「えっ……!?」

 呆気に取られた様に、フィニティは固まった。口を開いたまま、呆然とする彼女に俺は続ける。

「このままじゃ、涼花が死んじゃうんだ。それを助けられるのは、俺しかいない。そしてその為には、俺がリスクを負わなきゃならない。何も賭けずに上手く行く事なんて無い」

 廃人に、”なるかもしれない”。戦えなく、”なるかもしれない”。

 でも、涼花は”助けられる”。絶対に。

 不確定な要素よりも、確定している要素を選べ。目の前に広がる無限の可能性の取捨選択を絶対に間違えるな。

「頼む! 今、俺が出来る事をやるんだ!」

「でも……! 嫌だよ、怖いよ……っ! 前に守り切れなかったから、式だけは絶対に守るって決めてたんだよ………」

 恐怖に震えるフィニティ。うずくまろうとする彼女へと、俺は力強く告げる。

「恐怖は犬にでも食わせて、勇気を持って一歩を踏み出せ」

 フィニティの体が、一瞬跳ねる。するとそれまでの震えは収まり、フィニティは顔を上げた。

「これを教えてくれたのは、フィニティだ。大丈夫。絶対に、廃人には成らないよ」

「式……」

 フィニティは、俺の胸へと右手を押し当てた。時折嗚咽を漏らし、目元を拭い。

 唇を噛みしめて、しかし彼女は凛と叫ぶ。

「開放!」

 ドグンッッ!! と、強く心臓が跳ねた。

 そして、白い世界が消え去る。目の前には、いつかと同じ風景。燃え盛る、家。

 俺は、青白い光に包まれていた。良く見慣れた、力強く優しい光。

『大丈夫だよ、式。私が、守るからね』

 聞こえた声はフィニティの物だった。俺は慌てて体を動かそうとして、動かない事に気づく。今の俺はどうやら、そのトラウマの時の俺自身に憑依しているような感じらしい。

 そして、その目の前で。

『[アマテラス]……っ! お前が何の用だ!』

 男性が、金髪碧眼の男へと叫んでいた。それは恐らく俺の父親と、[アマテラス]と契約している人物。

 ライターだった。

『[フィニティ]はどこかな? 欲しいなって。上梨村にあるでしょ?』

『あってもお前にやると思うか?』

『……ああ、くれないのか。じゃあいいや、ばいばい』

 父親とライターが言い争い、ライターが徐に手を振った瞬間に彼の体は光に包まれた。そのまま父親の心臓に光を纏った手刀が突き刺さり、そこから鮮血が舞い散る。

 倒れた父親の体を幾度も幾度もライターは踏みつけた。その度に血と肉と内臓が入り混じりぐちゃぐちゃに爆ぜる。飛び散った血が俺の頬にも付き、五歳の俺はその血を手で拭い、まじまじと見つめた。

 怖い。怖い。

 目の前で、父親が残虐に殺された。死んだ。初めて見る赤黒い肉塊が、そこら中に転がっている。

『お父さん!』

 そして、どこからか小さな小さな少女がライターの足元に転がる父親へと駆け寄った。それを追いかけるように、慌てた様子の女性が少女を追いかける。二人を見たライターは、すかさず少女の頭を右手で掴み持ち上げた。

 妹と、母親だった。

『やあやあどうも。それでそこの奥さんかな? [フィニティ]頂戴? 確か、貴方が[フィニティ]と契約してるんだよね?』

 母親が、フィニティと契約していた。

 初めて聞く事実。でも今、[フィニティ]は俺を守っている。俺がフィニティと契約したのは、体育館だった筈なのに。

 いや。違う。

 じゃあ何で俺は単眼の巨人と戦った時に青白い光を使えたんだ? 今、五歳の俺は青白い光に包まれてフィニティに守られているんだ?

 考えられるのは、ただ一つ。

 母親が[フィニティ]との契約を切って、[フィニティ]と俺を契約させたんだ。

 そして父親が、ポゼッション・リンクすらしていないライターが[アマテラス]と契約していると分かっていたと言う事は、ライターがここに来る事が分かっていたという事だろう。それを見越して、俺を守るために母親は俺に[フィニティ]を託したのか。

『私は[フィニティ]と契約していません』

『本当の事を言って欲しいな? ね、この子を殺されたくないでしょ?』

 ライターの右手に力が入る。それを厳しい表情で睨みつけながら、母親はもう一度告げる。

『本当の事を言っています』

『じゃあ用済みかな。あーあ、無駄足かあ』

 ぐしゃっ。

 ライターが、妹の頭を掴んでいた右手に力を込めて、頭を、潰した。

 骨が中身が肉がぼとぼとっと落ちて、地面に染みを作り出す。湧き上がる吐き気、恐怖。目の前のライターから感じる狂気に、全身の震えが止まらない。

『××!!』

 母親が妹の名前を叫びながらライターの方向へ駆け出し、そして、

 

 ドズンッッ。と、呆気なく胸の真ん中を穿たれ崩れ落ちた。胸に空いた穴から噴き出した鮮血が俺の顔を染めて、服に赤い模様をつける。

 死んだ。死んだ。全員死んだ。

 俺の目の前で。無残に、残虐に、殺された死んだ死んだ死んだ死んだ―――――!

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 声が。絶叫が、俺の喉が張り裂けそうな程に迸った。

 

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