――昔々、ひとりの作家がおりました――
――彼の遺作となった作品は、まるで生命があるかのような輝きを内に秘め、人々の心をとらえました。ですが――
「叔父さん。今度の新作は凄い売れ行きですよ!」
「そうか」
「お互いを想う故に一緒にはいられない、お互いを想う故に少女と青い鳥は別れの道を選ぶ。そんなほろ苦い展開が涙なしには見られないと巷で話題ですよ!」
「そうか」
私は小首をかしげた。空前の大作を産みだしたにもかかわらず、余人にはうかがい知れぬ不満でもあるのか叔父の顔色は冴えない。村で一番大きなレンガ造りの家の中で机に向かい、しかし何をするでもなく叔父はしかめ面で物思いにふけっている。開かれた窓からは朝の太陽が、叔父の半ば不毛な大地と化した頭部を照らしていた。
「どうしたのです? 今度の作品は今までとは作風が随分違いましたが、その事が気に入らなかったのですか?」
「そうではない。私とて物書きで食い扶持を稼いでいる身の上。売れるためには意にそわぬ作品を書かねばならぬこともあろう。私が思い悩んでいるのは、そういう事ではない。売れる売れないに関係なく、あれは世に出してはいけない作品だったのだ」
世に出してはいけない。あまりにも強く断言したので、私は返す言葉を失った。
「私は、正義が悪を倒す。不幸にもめげずに努力すれば、最後には報われる。そんな物語ばかり書いていた」
「叔父さんは子供向けの作品を書いていますから、それは当然のことでしょう。まさか悪が正義を倒す物語を書くわけにもいきませんし」
「それはそうだ。だがそんな作品ばかり繰り返し書いているうちに、私の心に闇が入り込み始めたのだ」
叔父は私に向かって静かに語り始めた。その眼差しは遠く、声音には悔恨の色が滲んでいた。
叔父はつまるところ、子供向けだからといって、勧善懲悪で終わる物語ばかりの執筆に、飽き飽きしていたのだ。
そんな折、叔父は異国の旅人からある御伽噺を聞いたという。老人に助けられた鶴が恩を返しにやってきたが、正体が露見して別れざるを得なくなった、ほろ苦い話。それを聞いた時、叔父の作家としての炎が久々に頭をもたげ始めた。
叔父はその話を基に、今度の作品を作る事を決めたのだ。
「この国には未だない、全く新しい子供向けの物語を作る。私はあの作品に全身全霊を注ぎ込んだ。今までの私を超えていけ。更なる高みへ上っていけ。そうして私はあの作品を完成させた」
そして先日、文字通り叔父の全てを注ぎ込んだ作品が届いた。表紙に描かれた少女と青い鳥も、よくこの作品の雰囲気と調和している。まさに文句のつけようのない出来だ。
それなのに、叔父は何故か心がざわついたという。絵心がない叔父は、表紙も挿絵も、伝手を頼んで任せていた。そしてその出来は全く問題ない、むしろこれ以上ない完璧な仕事と言えた。それなのに。
思わず叔父は表紙をしげしげと眺め、そしてようやく違和感の理由を悟ったという。
――神様、どうして私にカゴの開け方を教えたのですか――
……表紙に描かれた、別れの道を選んでゆく少女と青い鳥は、心で泣いていたのだ。
「その時、私はようやく自分の過ちを悟った。この物語は、少女と青い鳥にとって救いが無い。年端もゆかぬ者たちに、試練を背負わせ過ぎているとな」
「作家にとって、登場人物は我が子も同然の存在のはず。ならば我が子にひとたび喜びを与えながら、その喜びを取り上げる親とはいったい何なのだ」
「私も物書きとしてヤキが回ったのだな。その事を、絵を通してでなければ気づく事ができなかった。いまさら販売をさし止めるわけにもいかぬ……」
急に、叔父はうずくまり、呼吸が荒くなり始めた。老齢の身で病がちな叔父の、もともと薄い血色はさらに薄くなっている。
「すぐに医者を呼びます!」
「医者などいらぬ。年端もゆかぬ者たちの心を弄り回した、これは私が受けるべき罰なのだ。それに、たとえ生きながらえてももう私が作る物語はロクなものになるまい。それが今回の事でよくわかった。物書きとしてもここらが潮時だったのだ」
「叔父さん……」
叔父は咳き込みながらも、力強い視線を私に向けた。
「アールト。お前に一つ、頼みたい事があるのだ」
南校舎の陰に隠れる北校舎は昼なお薄暗い。夜の
そんな北校舎の1階、科学準備室あたりにお化けが出ると最近噂になっている。
自分も詳しい事は知らないが、夜中になるとあの辺りに青白い光が見えて「次はお前だー!」という女性の叫び声が夜な夜な響いてくるという。それでなくても北校舎の科学準備室付近には、化学室やら生物室やら理科系の特別教室が集中していて、生物の標本やら人体模型やらが廊下からでも見れるように展示されている。普通の女子なら昼間でもお近づきは遠慮したいであろうエリアに、そんな噂が流れた日には、日が落ちてから寄り付く女子などいるはずもな―
「……蔵守君お願い。これから一緒に科学準備室についてきて」
―くもなかった。みぞれは真っ青な顔をして頼み込んでくる。
毒弁当毒ジュース作っても普通の女子な彼女は今度は幽霊を食材にしようと考えているわけではない。たまたま健康診断の日に体調を崩して欠席したので、衣装づくりに必要な採寸が取れていないので今から来いと演劇部から呼び出しがかかったのだ。ただの風邪ならそう言えばいいのに、電話での受け答えも「あの曲、嫌。聞きたくない」と意味不明だった。
「今から来いって事は、準備室に演劇部の人いるんでしょ? それなら
まさか幽霊と演劇部員が仲良く部活動に勤しんでいる、はずもないだろうし。
「わからない、そんなところで活動続けてて、もう取りつかれてるかもしれない」
演劇部員がどれだけいるか知らないが、少なくとも10人は下らないはずだ。2桁単位で取りついてるとしたら、なかなか始末に負えない悪霊ではある。
「蔵守君は神父さん、神父さんなら幽霊を祓ってほしい」
「なんのこっちゃ?」
俺は神父でもないし、神父はゴーストバスターでもないのだが。それはそれとして、俺は口に手をあてて考え込んだ。
「仮に幽霊がいたとしても、化けて出てくるのはこの世に恨みや心残りがあるからだろう。そして学校に幽霊が出没するということ、すなわちその幽霊はかつての学校関係者で、学校でのトラブルが原因で命を落とした可能性が高い。事情も聞かずに祓ったとして、それで問題は解決するだろうか」
「……私的には、とにかく祓ってくれれば問題解決なんだけど」
「成仏できない形で祓っても一層悪霊化して復活するかもしれないと言ってるんだ。それに何より可哀想じゃないか。幽霊にも人権は無いが有る」
「幽霊の権利を提唱する人、初めて見た」
みぞれは呆れたような顔をしている。しかし論理的に考えてみてほしい。
「そうはいうけどさ。みぞれが不慮の事故で命を落としたとして、成仏できず学校を彷徨っているとしよう。そこに誰かがやってきて問答無用で『悪霊退散!』とか言われたらどう思う?」
「……嫌かも」
「だろ? まずは話し合いから始めるべきだ。「次はお前だ」という台詞から察するに、その幽霊は生前の無念を誰彼構わず訴えたがってるのかもしれない。ここはひとつ人間側も妥協して『少しでしたらお話しできますよ』と声をかけるのはどうだろう」
「それで返事があったら私、卒倒する」
「また欠席日数増えちゃうかあ」
これまでにも彼女が体調不良で欠席する事は何度かあったし、あまり考えたくない二文字が頭をよぎった。
だがその不安は芽が出る前から潰される事になる。
「盛り上がってるところ悪いけど、それは演劇部の副部長の悪さだよ」
その場に同席していた喜多村先輩が口を挟んでくる。ちなみに岡先輩もいる。つまりダブルリードパートは全員勢ぞろいしていた。部活動がマーチング主体になり、ダブルリードパートは楽器から離れる時間が長くなる。誰彼が言い出すこともなく、誰一人欠ける事なくいつもの空き教室で軽めの練習が行われたのは、殊更意識が高くなったわけでもなく、単純に手と腕が寂しがって
「俗に言うと、沈まれ、私の右手!ってやつなのかな?」
「俗にしても俗すぎませんかね?」
俺は楽器を片付けながら苦笑する。なまった腕が自己満足できる程度には回復すると、今度は腕が疲れたと愚痴りだす。先輩たちは肩凝ったーと愚図りだす。恒例の肩もみの時間である。
ちなみに鎧塚さんの事をみぞれと呼ぶ度、先輩達はニヤニヤと実に嫌らしい笑みを浮かべる。からかわれないだけマシではあるが「友愛、大いに結構」という岡先輩の台詞は悟ってるを通り越してババ臭いと思った。言ったら殴られそうなので言わないけど。
「それで先輩、幽霊の件ですが」
「ええとね、サンフェスの衣装は演劇部に作ってもらう事になったでしょ?」
「なりましたね」
「でも演劇部にも都合があるし、香織も早い段階から、滝先生がサンフェスの出場許可を出す前から、内々に話を通していたそうじゃない?」
「そうらしいですね」
何もおかしな事ではない。自分とて必要悪ということで先生のOKサインが出る前から衣装の下調べをしていた。
「つまりそういうことだよ」
「どういうことですか!?」
察しが悪いねえ、と喜多村先輩は苦笑しながらも事情を説明してくれた。
お化けが出るスポットというのは本当にいわくつきの場所なこともあるが、子供が遊ぶには危ない場所だからとか、後ろめたい事やっているので部外者を近づけさせない為だとか、そういう理由で噂が流れたりする事もあったりする。
科学準備室の場合は後者だった。
中世古先輩が演劇部に最初に相談した時点ではまだサンフェスの出場許可はおりていなかったが、早く準備を始めなければ間に合わないかもしれない。かといって吹部内で大々的にやってしまえば、滝先生から「貴方達はそんな事をしている場合ではありません」と横槍が入るのは必定。
そこで田中先輩が一計を案じた。
作業場に科学準備室が選ばれたのは、理科系の備品が多くあるので、その手の小道具作りの参考にすると言えば入り浸っても不審がられない。万一、滝先生に衣装作りの場を見られても演劇で使うものだと言えば、いくらでも言い訳が利く。要は演劇部の人達と自分達が同席しているところを、押さえられなければいいのだ。
「なるほど、名案ですね」
サンフェスにGOサインが出た今となっては骨折り損だったが。
「ところがミスキャストが1人いてね」
衣装作りを主導する演劇部の副部長さんは、技術はあるらしいがなにかと奇行が目立つ人で、日が暮れた校舎の中を意味もなく徘徊したり、急に奇声をあげたりして周囲に話題を提供しまくっている内に、最初は科学準備室に変な人がいる程度で済んでいた噂が、次第にお化けが出るという噂に変質してしまったらしい。これはこれで、そういう事に耐性の無い人は怖がって寄り付かなくなるからいいだろうという事になったそうだが。
「なんだ、そういう事なら何も問題ないね。みぞれ、さっさと行ってきたら?」
そう言うと、彼女は傷ついたような顔をして、岡先輩から「お前、そういうことだぞ」みたいな呆れた顔をされた。
……あの、もう遅いし疲れたし、さっさと帰りたいんですが。
「蔵守くん! 女の子を夜更けの学校で一人きりにするなんて! そんなの獲物を狙うお化けが許しても、北宇治高校レディファーストの会会長の私が許さないよ!」
あなた今さっきお化けはいない的な事言ってたじゃないですか。
「あーはいはい、分かりましたよ。俺もついて行けばいいんでしょ行けば。ほらみぞれ、ちゃっちゃと行ってちゃちゃと帰ろ、早く支度して」
「うん!」
捨てられた子犬みたいな顔してたみぞれが一変、尻尾をぶんぶん振って俺の後ろをついてくる。どう見ても付いていくではなく連れていく形になっているが、武士の情けでそこは突っ込まない事にしておいた。
幽霊話はガセと分かっても、夜の学校を徘徊するとなれば怖がりが肝を冷やす材料に不足ない。階段を下り始めるとくーという音が響いて、みぞれは早速悲鳴を上げた。
「! なに、今の音……」
「それは俺の腹の音です」
「~~~っ!」
ポカポカ殴られる。
とはいっても、普段なら夕飯の時間なのでどうしようもない。
改めて階段を下り始めると、みぞれは後ろから俺の制服の裾を……というか腕をつかんできた。役得という言葉で流すには正直強すぎるし痛い。
「あの、歩きづらいんですが……それに、俺が転んだら二人とも転ぶよ」
「……だって暗くて、怖い。……! また音がした」
「それは俺の足音です」
我ながら、なんでこんな初級英会話みたいな事やってるんだか。
3階に下ると、廊下の窓から月光が差し込み、床に不気味な影を作っていた。
「……! 影が動いた!」
「風で木の枝が揺れてるだけだよ」
さらに階段を下ると、灯りが点いていない2階廊下。スイッチを押しても反応なし。
「え……どうして電気が……」
「節電でしょ。学校も経費削減に必死なんだよ」
本当のところはただの故障だろうが、今のみぞれだとまた幽霊の仕業とか言いかねないのでそういう事にしておく。
1階に着くと、廊下は多少明るさを取り戻す。天井の照明がぼんやりと光を放っていた。生物室の前には、ガラスケースに収められた人体模型が無言で立っている。その頭蓋骨が照明の光を受けて不気味に輝いていた。
「……あの人体模型、こっち見てる」
「目玉が無いのにどうやって見るんだよ」
「顔をこっちに向けてるって意味!」
俺の腕を掴むみぞれの握力が増す。この調子では明日、オーボエ吹けなくなるかもしれない。
「……!」
みぞれが小さく悲鳴を上げ、今度は本格的に俺の背中に顔を埋めてきた。
「人体模型が……動いた……」
「気のせいだよ。ほら、見てみ」
「見たくない」
「見ないと確かめられないじゃん」
「だから嫌、本当に動いてたらどうするの」
なるほど、完璧な論理だ。
ため息をつきながら俺は前に進む。ようやく目的地に到着したが、奇妙な事に人の気配を感じない。
「なんだ、誰もいないじゃないか」
科学準備室に入ってみると、机の上には裁断された布地や裁縫道具が置きっぱなし。何がしか作業をしていた形跡はあるのだが、演劇部の姿はどこにも見当たらない。
「おかしい……確かに今ここで待ち合わせのはずなのに」
みぞれも心細そうに辺りを見回す。
「まさか、本当に幽霊にとり殺されたんじゃ……」
「それはないと思うけど」
今一度、周囲を見回した。衣装づくりの素材や道具は床に散乱しているわけでもなし、椅子も横倒しになっているものは一つもない。もし演劇部員が幽霊に襲われたのなら、半狂乱で抵抗するなり逃げ出すなりして、室内はもっと荒れてもいいはずだ。
そう指摘すると、みぞれも納得して落ち着いた。
まあ、その幽霊の通常攻撃が全体攻撃で先制攻撃だとしたらその限りでもないが。
「何か急用でも入ったのかな。連絡は?」
みぞれはスマホを取り出したが「バッテリーが……」と言いかけて画面が消えてしまった。
「仕方ない、少し待ってみるか」
よっこらせと窓際に腰掛ける。みぞれも遠慮がちに隣に座る。校舎の外は既に暗く、自分たちの姿が窓に映り込んでいる。廊下には非常灯の緑の光が不気味な影を落としている。静寂が流れ、彼女は少し落ち着かない様子で足を揺らしている。
「ねえ、蔵守君……」
みぞれが少し重くなってきた沈黙を破る。
「このまま黙ってると怖い。何か話して」
彼女は期待を込めた目で俺を見つめている。
「何か話せって言われても……」と言いかけたが、彼女の不安そうな表情を見て思いとどまる。確かにこんな時間にこんな場所で無言のまま待つのは気まずい。
「じゃあ最近借りた本の話でもしようか」
俺はスクールバッグから本を取り出した。題名は「リズと青い鳥」。
「……それって前に話してた、図書室に入った不人気な新書?」
「そう。あまりに需要がないんで、可哀想になったから借りてきた」
「面白い?」
「まだ全部は読んでないけど、面白くないかな」
「……全部読んでないのに、面白くないって言うの?」
「もう7割方読んで、今のところ面白いと言えない。残り3割で多少面白くなっても、全体としてはつまらないという結論になる。ここから挽回するのは至難かな」
「なんか理系っぽい論評」
みぞれが相好を崩す。恐怖心もいくらか薄れてきたようだ。
「どういう話?」
「取り敢えず読んだ所までを説明すると……」
それは一人の少女と、一羽の青い鳥の物語。
両親に先立たれた少女・リズは、早くから働かねばならず、友達ができませんでした。
哀れに思ったアールトというパン屋の爺が、自分の店で住み込みで働けるよう便宜を図ってくれたのですが、幸いにも両親が遺した一軒家もあることだし、いい年して童貞の爺と一つ屋根の下で暮らす事に貞操の危機を感じたリズは、住み込みの方は丁重に断ります。
リズは一生懸命働きました。汗水たらして必死に働きました。おかげでなんとか生計は立てられるようになりましたが、遊ぶ時間はないのでやはり友達はできません。
働き者だけどぼっちなリズを哀れに思った魔法使いは、青い鳥をヒトにする魔法をかけました。青い鳥にリズと友達になりなさいと、魔法をかけました。要するに洗脳です。
さて、パン屋の仕事ぶりも板についたリズはある日、家の近くの湖のほとりに倒れている青い髪の少女を見つけました。
行き倒れかと思い、急いで近寄り介抱しようとすると、いくらも経たない内にその少女は待ってましたと言わんばかりに起き上がって叫びます。
「リズ!」
リスは仰天しました。そりゃそうでしょう。なんで見ず知らずのこの子、私の名前知ってんの。私の個人情報どうなってんの。これって新手の特殊詐欺なの。両親を失ってからというもの、女手一つで一軒家を維持してきた彼女です。警戒心が募ります。
「私は旅の途中で難儀しているの! 一晩の宿と食べ物と水と薬と消耗した矢の補充と路銀をお願いできない?」
あ、やっぱり詐欺だこれ。リズはそう思いました。
「求めるものが多過ぎないかしら?」
「なら交換条件! ボッチなリズの友達になってあげる! だから友達料がわりに住み込みで朝昼夜3食食わせて頂戴!」
……舐めた口を叩くクソガキに警戒心よりも怒りのボルテージが高まるリズではありましたが、友達が欲しかったのは事実ですし、どうせ一人で暮らすには広い家です。たぶんこの子がこんな所に行き倒れ同然で倒れていたのも、口の利き方がなってないのも、私のように早くに両親をなくして全然
「……いいでしょう。ただし、私一人やりくりするのも大変なんだから、食っちゃ寝食っちゃ寝のニート暮らしは許さないわよ」
まんまと3食昼寝つきの寝床を確保した青髪の子ですが、リズが彼女に躾をつける使命感で燃えているのに気づいていません。
「大丈夫! 私、料理は得意なの! 世界一有名なキノコを使った料理をふるまってあげるね!」
世界一有名なキノコ……いったい何かしら。マッシュルーム? でもこの辺りに自生していたかしら。じゃあシイタケ?
リズが困惑していると、厨房からいい匂いが漂ってきました。
「できたわ!」
「こ、これは!?」
なんということでしょう! 大きな盆にのせられてやってきたその料理は! 丸山型の赤い傘! 白い茎! レンガブロックの中に自生して、下からパンチしたら飛び出てきそうなそのキノコは!
「スーパーキノコ!?」
「食べると大きくなるよ!」
「こんなキノコ、存在しないわよ!(鉄拳制裁)」
「あべしっ!!」
こうして初日から、二人は仲睦まじく暮らし始めました。
しかし魔法はいつかは解けます。どこかで解けます。
「……青い鳥の羽。窓は締めていたのに、どうしてこんなものが机に」
真実に気付いたリズは青い鳥に、今日まで私と友達でいてくれてありがとう、でももういいの、自分の意志を取り戻して、そしてもとの世界に戻りなさい、私の為にではなく、貴方が望むままに、自由に大空に羽ばたきなさいと背中をおしました。
「そんな! 私はリズとずっと一緒に暮らしたいわ! 私のキノコ料理が口に合わなかったからそんな事言うのね!? スーパーキノコと毒キノコを何度も間違えてしまったから!?」
「いや今にして思うと適度に毒キノコが混ざっていてかえってよかったと思うわ……。巨大化することも小さくなることもなかったし……」
毒物と毒物が友達とは限りません。毒物どうしが内輪もめして毒性を打ち消しあう事だってありえます。毒を食らわば皿までとはよく言ったものです。
それはさておき、リズの言葉は青い鳥にかけられた魔法を解きました。
しかし魔法を解かれてもなお、青い鳥はリズのもとから離れようとはしませんでした。
青い鳥はリズの真心?に触れて、かけられた魔法ではなく、自らの意志でリズと友情をはぐくむ未来を選んだのです。
……大筋を語り終えると、みぞれがくすくすと微笑みだした。
「面白い。でも蔵守君の好みには合わなかった?」
「好みに合わない、ともちょっと違うかな。これってこんな話だったっけ?みたいな違和感がするんだよね」
「前に読んだことあるの?」
「いや、読んだことはないと思うんだけどなあ……」
――ツイニミツケタ。オマエガクルノヲマッテイタ――
「……? みぞれ、何か言った?」
彼女は首を振る。しかし確かに今、誰かの声が聞こえた。
「……おかしいな」
辺りを見回した。室内は相変わらず静寂に包まれている。机の上に散らばった布地が、わずかな風でかすかに揺れているだけだった。
……風?
ここは室内。窓は全て閉じている。換気扇も動いていない。なのになぜ風が吹いている?
なにかおかしい。そう思った瞬間、窓の外から青白い光が差し込んできた。月光とは違う、不自然な光。それは次第に大きくなり、やがて俺達を包み込んだ。
「何が起きて――」
俺の言葉は途中で途切れた。青い光に包まれていく内に、意識が遠のいていく。
まさか、本当に幽霊が……。
「草臭い……」
様々な雑草の匂いがごっちゃになったような、むせかえるような森の匂いに目覚めた瞬間、目の前にありえない光景が広がっていた。
「……なんだ、これ?」
さっきまで夜の学校にいたはずが、俺とみぞれは湖のほとりに広がる緑の草原に横たわっていた。頭上には青空が広がり、すぐ傍には小さな家が一軒、ぽつんと建っている。
その家は、先ほど語った本の中に出てきたリズの家にそっくりだ。いや、そっくりというレベルではない。挿絵と完全に一致している。頭の中にあった映像がそのまま現実になったかのようだ。
「一体ここはどこだ? いや、それより何でこんな所にいるんだ?」
確か……みぞれに付き添って科学準備室に入って、誰もいないので時間潰しにリズと青い鳥の話をして、そしたら月光や部屋の照明ではありえない量の光が視界いっぱいに入り込んできて……
そこから先の記憶が無い。
俺は努めて冷静に考えようとした。
「前後の状況から判断して、強い光刺激で一時的に気絶したと考えるしかないけど……。気絶している間にここに運ばれた?」
青白い光に包まれて以降、記憶がない説明はそれでつく。
問題は何故こんな所にいるのかだ。誘拐でもされたのか? それにしたってこんな屋外に拘束もせず放置するのは意味が分からない。気絶したままのみぞれも、別に縛られたりしてはいない。
「落ち着け、落ち着くんだ。分からない事を考えてもしょうがない。分かりそうな事から潰していこう」
俺は今一度辺りを見回した。
とにかくここが学校からかなり離れた場所であることは間違いなさそうだ。
それは湖に広がる木々を見れば分かる。白い樹皮が特徴的な白樺の木。あれは北海道か中部地方の山地でもない限りまず目にかかれないものだ。
しかし今自分がいるのは山地というには開けた場所だ。民家らしきものもちらほら目につく。
となると北海道? いや、それもおかしい。そもそも電柱も電線も全く見えないし、湖畔沿いに見える道も地肌が露出している。コンクリートがわりに石を敷き詰めてもいないし、砂利道ですらない。雨が降ったらすぐに泥道と化すだろう。およそ現代日本ではありえない光景だ。
そして目の前にある、挿絵のリズの家そっくりな一軒家。
「……まさか、本の世界に……リズと青い鳥の世界に飛ばされたとか。いくらなんでも、それはありえないよなあ」
「いいえ、その通りよ」
唐突に、石造りの家の扉がゆっくりと開いて、黄土色の髪を後ろで束ねた、質素なエプロン姿の少女が現れた。微笑みながら近づいてくる少女の名前を、俺は知っている。
「ようこそ、私達の世界へ。私はリズ。貴方が来るのを待っていたわ」
では、また充電期間に入ります m(_ _)mペコリ