今、ロムルスは悩んでいた。この状況をどうしようか?逃げるか?戦うか?頭で考えをぐるぐる、リボルバーのように回して悩み悩み、困っていた。
なぜ彼が悩んでいるかと言えば、それはいまから彼が連れて行かされる場所、というよりその場所の使用目的に原因があった。
「まぁここでいいでしょう」
部屋の主はそういうと今度は何かの準備に取り掛かった。ロムルスはそれを見て決心したのか、一度図書館特有のカビ臭いような本の紙の匂いが混ざり合った匂いとともに空気を大きく吸い、そしてそれを吐いてから話し始めた。
「手合わせと言ってもだ、生身の人間が戦いあったら危険だろう。ならば別のことを、そう例えばお互いもっとよくわかりあうために話し合うとか…」
「それはさっきしたよ?お兄さん」
「ぐ…ならちょっとレクリエーションのようなことを」
「ここを使う代わりに今までの成果を実践で見せてくれるなら大歓迎よ、ロムルス」
「なんと」
「お互いに競い合って切磋琢磨しているうちにわかり合うと、何処かで読んだ本に書いてありましたよ」
無残にもその場にいた吸血鬼の妹や魔女、さらには同僚にまで返しを食らってしまい、彼は心の内で何かが折れる音を聞いた。彼はその時点で面倒なことはやめにしようと決心したのか、腹をくくったかのように先ほどと打って変わって今度はなんとも威勢のいい声を張り上げた。
「…いいだろう。ならば戦おう、咲夜。だが手加減はしない。吸血鬼と交し合ったこの剣と拳で存分に打ち込んでくれる!」
「言い忘れてたわ。さすがに抜き身で戦うのは危ないから、ちょっと今から張る結界に細工をしてみたわ。だから危険はないはずよ」
「…何をしたんだ?」
「肉体的な傷だけ0にして痛みだけを残すようにしたわ。たとえどこを切りつけられても死なないけれど苦痛だけ残るのよ。例えばそうね、腕を切り落とされても現実には痛みだけ残って腕が転がり落ちることはないということよ。まぁ首とか、心臓をやられたら気絶するようにもしてるし存分に、本気で、ちゃんと戦っていいのよ?ロムルス」
無慈悲なパチュリーの言葉にロムルスは改めて彼女は魔女だと、再確認すると同時にひどく落胆したように肩を落とした。拒絶、開き直り、落胆とロムルスが負の三段変化を見せたのを取り巻きのフランドール、咲夜はとてもいい笑顔で見つめていた。
いざこざがあったものの咲夜は運よく件の彼、吸血鬼を倒したロムルスとの戦いへとこじつけた。ようするにロムルスの人望というよりも運がなかったのが原因であった。
「ねえパチュリー。お兄さんはどういう戦い方するのかしら?」
「肉弾戦はレミィと張り合うほどで、魔力もかなり高いです。なので多種多様な攻め方ができるので見ていてとても楽しいと思いますよ、妹様」
「ハードルを上げないでくれるかパチュリー」
ざっくばらんに説明したパチュリーにロムルスは頼りない釘を刺した。フランドールの方もそのやりとりを見てとても愉快そうにくすくすと笑いながらロムルスを励ます。咲夜はというと、彼女は彼女で緊張感のないこの場に呆れてか苦笑をする始末であった。
——さて。
パチュリーが仕切り直すように短く声を発した。
「さっき少しいったけれど、今この空間には肉体のダメージを精神的なものに変換する決壊と陣をはっているわ。いくら肉体にダメージはないといってもやりすぎるとさすがに精神に異常をきたすかもしれないからそうね、気絶しないくらいにとどめて頂戴。ルールとか決めたら私に行ってちょうだい。少しやらなきゃいけないことがあるのよ」
そういってロムルス、咲夜の両名を中心に描かれていた魔方陣のようなものから彼女がフランドールと出ると、それを見届けたロムルスは咲夜の方へ向き直り真面目な顔をしてはなし始めた。
「さて咲夜。ルールは先に降参した方の負けで他は特に決めなくていいな?」
「はい。私もそれで大丈夫です」
「そうか。ではすぐに…と言いたいところだが…武器とかは大丈夫か?」
「あ…」
今の彼らの服装はだれがどう見ても使用人のものであった。ロムルスの場合、武器の類はこの図書館か部屋にて管理しているが咲夜は目覚めてすぐにこの格好になった上にどこに彼女の持っていた武器があるかもわからないでいた。
確かに、と戦うことというよりも戦うということにこじつけることに熱心になりすぎていた咲夜は今更になってこの事実に気づいた。
「武器…忘れていましたね。私が持っていた武器はどこにあるのでしょう?」
「全部処分したわ。あんなものここに置いておけるはずがないわってレミィが言ってね」
「それでしたら片手で持てるような小さい剣を貸していただけますでしょうか。ナイフの類が一番私にあっていまして」
「魔術用のならあの机の上にいっぱいあるわ。切れ味はそこらへんのよりもあるとおもうし、それを使うといいわ」
咲夜はそう聞いてではそれを、といってナイフをとりに行った。机の上にいくつかのナイフがあるのを確認すると、咲夜はそのうちの一つを取り上げるとパチュリーへと見せて確認をした。
だが、その形をみたロムルスはかなりいぶかしげな顔をして聞いた。
「…あれをつかうのか?」
「ええ、あれも一応ナイフよ。ただ魔力の影響を受けやすいようにってやってたらあんなのになっちゃってね」
「そうか…」
その武器はうねるように波打ち黒々した、いかにも禍々しい短剣であった。ロムルスは少し納得のいかない、何か引っ掛かりを感じているような表情でそれを見ていた。
ほかにもかなり怪しい雰囲気と魔力を纏ったナイフを何本か咲夜は持ち、短剣と一緒に置いてあった腰にまく形のホルスターに入れ、咲夜の準備は一通り完了したようでロムルスへ一言、準備が終わりましたと声をかけた。彼はというと、特に武器を用意したそぶりはなく、ただただ咲夜がナイフを選別しているのを見ているだけであった。つまり、彼は素拳で立っている状態でいた。
「ロムルスさんは何か武器とかはいらないんですか?」
「私だけ自分の武器を使っても少し卑怯だろう。それに拳での戦闘も得意だから問題はないぞ」
「むしろそっちの方が得意なんじゃないのかしらね」
「さて、どうだかな」
パチュリーの茶化しをもろともせずにそれを受け流し、ロムルスは咲夜を諭すように答える。咲夜もそれに納得してわかりました、と一声発してロムルスと共にパチュリーへとむかい直った。終始準備を見ていたパチュリーもすでに用意は完了しているようだった。
そんなパチュリーが説明をするから、と二人を自分のもとへ来るよう促した。
「この魔法結界は貴方たちの体から精神の部分だけを読み取って実体化させるものよ。幽体離脱と言ったらわかりやすいかしら。それを能動的に行うものね」
「危険はないのですか?」
「ええ、何度か彼に手伝ってもらってテストもしたし、平気なはずよ」
「精神を実体化なんて…とんでもないですね」
「少し問題点もあるわ。精神が弱い、例えば鬱になってるような意志が希薄な者の精神は読み取れない。さすがに万能ではないのよ」
少しその言葉をかみしめるかのようにパチュリーは口に出す。他の何人かも同調するような表情をとるなどしていた。
「話がそれたわね。じゃあ、これから二人にこの魔法にかかってもらうわ。咲夜、あなたは初めてだろうから不安かもしれないけど彼も一緒だからそんなに心配はいらないわ」
「わかりました。善処します」
「理解が早くて何よりね。じゃあ張ってある結界に座って手をかざして。触った瞬間に分離するわ」
そこにあった結界は、パチュリーの服と同じように紫色をした、ドーム状に広がっているものだった。ロムルス、咲夜の二人はその言葉に従い結界へと近づき、パチュリー、フランドールの二人は反対に離れた場所へと避難していった。
ロムルスたちは一度顔を見合わせ、そして手を紫光へとかざした。
かざした瞬間、二人の視界は一転し、目の前に今から戦う相手が目に移る状態となった。突然の変化に事前に実験に付き合わされていたロムルスは慣れていたものの、咲夜は少し驚いた様子で言葉を口にしていた。
「…結界の中、ですか。突然で驚きました。」
「ああ。体は大丈夫か、咲夜」
「はい、大丈夫です。武装も貸していただいたものが全部あるみたいです。」
「よし。では準備ができたら声をかけてくれればいい。体を動かすのだから準備運動はしっかりとしておくといい」
「わかりました」
咲夜は少し気持ちにつっかえがあるのか、短くぶっきらぼうに言った。そうして咲夜は彼に背を向けて、簡単な柔軟体操を始め、ロムルスもその様子に少し困った表情になった後に彼女と同じように準備運動を始めた。
その二人を結界の外から見ているパチュリー、フランドールの両者は二人がどのような戦いをするかの話で盛り上がっていた。――ロムルスたちの体の目の前で。
「パチュリーは二人がどういう風に戦うか知ってる?」
「そうですね…とりあえず先ほど言ったように面白くはなりそうですね。」
「あ、そういえばさパチュリー。私にそんなかしこまらなくっていいのよ?前から思ってたけど言いそびれちゃってたわ。お姉さまには砕けた話かたなんだから私も一緒でいいよ」
「…確かに気付いたら固い言葉を使って…。それでいいのならそうしましょう」
「うん。そっちの方が気兼ねしないでいいと思うの。お兄さんみたいによんでね。…それで、パチュリーはどっちが勝つと思う?」
「…わかってて聞いているでしょう?」
「咲夜のことはよくわからないし、もしかしたらって思ったんだけど…」
「…彼を倒せるような人間がいたらあってみたいなんだけれどねぇ…」
パチュリーがそんな風に呆れたように――フランドールに呆れたのかはわからないが、声と吐息とを一緒に出すように話してみている一方で、結界では動きがあった。
「手合せって言いましたけど、本気でやっていいんですよね」
「ああ、本気でぶつかってきてくれ。私もしっかりと戦うつもりだ」
そうですか。咲夜は少しだけ静かに、顔だけロムルスに向けてつぶやく。お互いまだ背を向き合っていることを確認するかのような仕草であった。少しそうして様子を見てさっと顔を戻したタイミングでロムルスはもういいかと咲夜に向き、聞き返していた。だがそこに咲夜の姿はなく、代わりに彼女が借りていたうちの一本であろうナイフがロムルスの目へと突き立たされようとしていた。彼はその向けられた殺意をとっさに横からつかみとる。
「おっと!?」
ロムルスが驚嘆を上げていると、彼の背後からは咲夜自身が短剣を振りかざしていた。だが、気配を察知したロムルスは体を急激にねじらせ、先ほどつかんだナイフで彼女の短剣の軌道をそらしつつ反動で跳ね逃げる様子になる。
一連の攻防の末に咲夜が口元を少し吊り上げて話していた。
「卑怯とは、いわないでくださいね。本気で、ですから」
「ははっ…。なるほどな。そうか、そういえばそうだったな…。ならば…次はこちらからだ!」
言葉を言い終えるその瞬間にロムルスは咲夜へナイフを投擲した。咲夜は彼の姿を目に捉えながらナイフを叩き落とし、再びロムルスの姿を目に据える。だが、それは彼女の予想に反してまっすぐに自分の方へと向っていくものであった。
「どうだっ!」
彼の攻撃はごくごく簡単に、スピードをその拳に乗せた拳撃が放たれていた。咲夜は手をその波打った平べったい短剣に添え受ける。だが、受けたその体は反動で強制的に両者の距離を取らされた。それでも彼の攻撃はおさまらない。とらせてしまった距離を詰めるようにすかさず近づくと中腰に構えていた咲夜に対し次は横から振回し蹴りを放つ。攻撃により体勢を崩されていた咲夜はそれに反応することができずに横腹へと、まともに突き刺さってしまった。結果は火を見るよりも明らかで、咲夜の体は砲弾のように吹き飛ばされる。
ほんの一瞬、一瞬の攻防であった。
「人って…蹴られるとあんなに吹っ飛ぶものなのねぇ…」
「本気で蹴らないと私がやってもあんなにならないと思う…。人ってみんなあんなことできるのかしら、パチュリー?」
「出来たらこの世界はもっと平和でしょうねぇ…」
二人の観客は結界があってよかった、などと思いながらのんきにも会話を弾ませていた。
結界の中、まだ戦闘は続いている。生まれたての哺乳類のように起き上がった咲夜は、離しかけていた短剣を再び握り彼へ距離を詰めた。
しかし、そこで見た彼の姿に彼女は驚きを隠せないでいた。そこには、翡翠色の渦巻く三日月状のやいばをいくつにも展開するロムルスの姿がある。それでも彼女は走り出す。遠距離はどう見ても危険だからだろう。走り出す彼女をみて、ロムルスはその術を発動させた。
「ウインドカッター!」
地面へと炸裂した刃により強烈な土埃が立ち、いかなる威力をそれが持っていたか雄弁に証明する。咲夜はというとその爆音を背にナイフを片手にロムルスへと迫っていた。そして短剣による剣閃が彼を襲った。
だが、それは空を裂いた。直後、彼女の体はロムルスの手によりぐるりと一回転し、空にういたまま蹴り飛ばされた。咲夜を吹き飛ばし、ロムルスは手に燃え盛る火球を作り出す。再度、魔術による制圧のスタイルをとる。
「ファイアーボール!」
「くっ!」
先ほどと同じように咲夜は駆け寄る。ロムルスがそれを確認した直後、ナイフが彼を襲っていた。
「熱風!」
予測していたかのように彼は火と風の合成術を解き放つ。その余波、灰を焼き尽くさんばかりの波は咲夜を飲み込んでしまった。息ができない。咲夜がそう気づいた時にはすでに遅く、病原菌のように彼女の体を風が蝕んでいく。精神体であるにもかかわらずここまでの感覚の再現が行われる結界も恐ろしいが、真におぞましいのはその風であった。本体で戦っていたらどんなになっていたことか、とけだるい想像をしてしまう。
「う、ぐぅ…」
想像だけでなく、その変化は体にも起きている。咲夜の動きは明らかに鈍くなっていた。
「いかに精神体と言えどもこの術は苦しいだろう。やめればすぐに治るぞ」
術とは裏腹に優しい、甘い言葉を投げかけるロムルス。しかしその手は休むことなく魔力を放出している。熱風はその名の通り、焼け焦げそうなほどに熱い風で広範囲の敵にダメージと動く気力を奪い動きを鈍らせる術。それが今、咲夜を襲っている。
なんという風か!苦しい!咲夜はその事ばかりに熱心になってしまっていた。けだるく、動くのもかなり辛い。もういいか、そんな感情が彼女を蝕んでいく。
「えげつないなぁお兄さん。消耗を狙ってるって、はっきりわかるよ」
「いやに素直だと思ったら…。あの時とは全然違うじゃない」
「そうねぇ。このままだと、あの娘は負けるわ」
咲夜がそんなものをくらっている間に外の観客の声が一つ増えていた。吸血鬼の姉、この館の主であるレミリア・スカーレットであった。
「あら、ここにくるなんて珍しいじゃないレミィ。観戦に来たの?」
「ええ、まあそうね。あれが彼と戦ってどうなるかって思ったんだけれどねぇ」
「思った通りと」
「どうかしらね。うぅん…そうね、手助けしてあげようかしら」
手助け。この結界で隔絶されている場に手助けという言葉にパチュリーたちは疑問を抱く。
「…あの結界破るのはだめよ?」
「しないわよそんなこと。そんなことしなくても、私の能力が何かわかってるなら想像は簡単なことじゃなくて?」
「あーお姉さま曰くあまり使えない能力ね」
使えない能力。本人談のその能力は使えないかと言われると少し首をかしげるようなものであった。
「そうよ。私の運命を操る能力。そのために名前も与えてあげたのよ」
「あれ、咲夜って本名じゃあないの?」
「まああんな趣味悪い名前、レミィじゃなきゃつけないわ」
「余計なお世話ね。…まぁちょっと教えてきてあげようかしらね、なぜ自分がそんな名前を与えられたかを、ね」
そういいながらレミリアは右手をかざし、そして――
咲夜、起きなさい。早く。面白いことになるわ。
咲夜は目を開ける。そこは今まで戦っていた、図書館ではなく夜の帳が下りた赤い館のある、どこか見覚えのある場所であった。咲夜は目を覚ますと自分を呼ぶ声を探しもとめた。そうしてあたりを見回していると、一匹の蝙蝠を見つけた。大きな翼をはためかせ、空を浮いている大きな赤いような黒いような色をした蝙蝠であった。その蝙蝠は咲夜が自分を発見したことを確認すると、ぐるりと螺旋を描きつつ咲夜の頭上を回り始める。その頭上には、
「満月…」
「ここはあなたの世界。そうあれかしと叫べばこの世界もなるようになる。そんなところ」
「私はさっきまで戦っていたはず…」
「そう。あなたは先ほどまで戦っていた…。それでもなおここにいるのは、ここが例えば、走馬灯のような、そんな場所だから。だから…」
蝙蝠はそういった後、一息入れたかのように間を置きこう言ったように咲夜には見えた。
考えなさい。あなたの名前の、その理由を。
そう残し、蝙蝠は姿を月の光の届かぬ、闇へと消した。
「私の、名前の理由」
咲夜は言われたことを反芻する。今の名前のことだろうかと、思いつつ考えに耽るかのように少し周囲を歩き始める。夜、月明かりの照らす晩に美しい少女が一人歩く姿は非常に映えるものではあるが、それとは裏腹に全く似つかわしいものではない。
「私の名前は十六夜咲夜…」
そういいながら歩く。ふと彼女は空を見る。当然のごとく彼女に月光が降り注ぐ。そうしてみていると咲夜はその月が完全に円を描いてはおらず、少し右の方がかけていることに気がついた。
「十六夜月というものかしら…。…十六夜月の前は、望月…。満月?」
今度は立ち止まり、月を見て考える。
「十六夜の昨晩…。いえ、十六夜の昨夜…。なるほど…だからこの名前が…」
そう納得したように、先ほどまでのぶつぶつつぶやくような声ではなく、はっきりとそう言い切る。
言い終えた途端、彼女の世界に驚くべき変化が起きた。
「空が…戻っていく。太陽が出て…沈んで。月が再び出て…?今度は満月…」
咲夜がそういい切る前に彼女の世界は
「わかったかしら?あなたに与えたのは名前だけじゃないわ…。あなたにもう一つ、与えたのは…」
以上になります。