───黒き極光が世界を凪いだ。
さながら光というものをすべからく吸い込み切ってしまったかのようなそれは、音すら呑み込んで地を焼き、空へと昇って行く。
「そ、そんな......凛さん?ルヴィアさん!!」
立ち上る魔力はさながら全てが焼かれた後に靡く煙の様で、私が直視したくない光景を全て隠してくれる......でも、それは得てして希望に繋がるものではない。私の絶望を煽るだけのそれは、ただの一振りを持って払われた。
「──────ぁ」
現れた焦土の中心にて佇む黒騎士の、そのバイザーの奥の瞳と視線が交錯する。恐ろしいほどに虚無的なその金色の眼差しが、さも私を睥睨するかのように細められた。その手に収まる刃こそ、この光景を生み出した至高の宝具......私のような小学生でも耳にする噂に名高き
持ち上げられた切っ先は天を突くように定められ、その身に零れんばかり魔力を満たして行く。
「イリヤスフィールッ、伏せて────」
2度目の漆黒が、世界を塗りつぶしていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「......なによ、これ?」
ルビー達の咄嗟の機転によって地中に逃れてもなお、意識を持っていくほどの衝撃。
その二撃目の振動は私たちに逆の効果をもたらした。それは即ち意識の覚醒。三半規管をやられてか未だにふらつくが、そんなことも言ってられないと飛び出してきた私たちの目に飛び込んできたのは、今度こそ正真正銘の地獄。干上がり水の支配域を狭めた橋の足下には、何も残されてはないかった。
「ご安心ください御二方。イリヤさんたちはまだ生きています」
「生きているって......こんな状況で一体どうやって────いえ、それよりもあのセイバークラスのサーヴァントをどうするか、が先決ですわね。合流を急ぎましょう、どちらにせよああもバカスカ魔力を叩き込まれては迂闊に近寄ることもできません」
非常に癪ではあるけれど、確かにここは撤退を選ぶべき所だ。何の準備もなしに、消耗しきったこの状況......正直もう勝ち筋が見えない。
「......そうね、ルビー!案内をお願い。一度状況を立て直しましょう」
聖剣に薙ぎ払われたとはいえ、逆にその威力が地表に凹凸を作り隠れながらの移動を可能にしている。幸いにも敵も沈黙しているようだし、この隙にことを進めちゃいましょう────......???
「ちょっと、どうしたのよルビー?早く案内を───」
「ちょぉっと待ってください凛さん。サファイアちゃんが何か......いえ、というかこの反応は───まさか」
何かに気がついたかのようにジッと一方に意識を向けるルビー。その姿に、いつもの戯けた気配は感じられない。むしろ自身の捉えた現実に対してここまで露骨に“驚愕”を示す彼女の姿は何時よりも真剣だ。
「薄々、不思議には思ってましたが......なるほど、偶然か必然か、はたまた運命というやつなんですかねぇ」
「何が言いたいんですの?なにか分かったのなら早くおっしゃい!」
焦れたように声を漏らすルヴィアも意に介さず、ルビーはいつものペースで独り言を漏らす。それが当たり前であるかのようにさり気なく、私たちの常識に刷り込むように、その言葉を。
「お2人は不思議に思ったことはありませんか、イリヤさんのこと?」
「イリヤを......?意図が掴めないわね、どこからどう見てもただの素人、一般人じゃない。それが何だって───」
「───ではご家族のことは?」
続けられた言葉に、暫し思考が固まった。イリヤの姓はアインツベルン。しかし彼女の家族ともなれば想像できるのはただ一人、義兄・衛宮士郎......つまりイリヤの家族とは衛宮家の事を指す。私とルヴィアは彼女の兄である衛宮くんと同級生であるが故に、もちろん面識を持っている。彼も彼女と何ら変わることのない、こんな闇を知らない、ただの一般人......それは間違いない。
だが、改めて考えてみてその違和感に首を傾げる。どう見ても血の繋がりの見えないこの兄妹。父と母の姿はその家に無く、代わりにイリヤと特徴を同じくする外国人のメイドが二名住み込みで働いている。妹はたまたま裏の世界の都合に巻き込まれ、魔力的な素質があったせいでこうして今も危険な目に───冷静に考えれば、なんだこのツッコミどころだらけの設定は?
そして何故それを私は疑問に思わなかった?何故?どうして?
決まっている。初歩も初歩、魔術師であれば当たり前の如く備えているべき、修めているべき魔術。その名は『認識阻害』
「「────ッ!?!?」」
あまりにもお粗末。どうしようもなく滑稽。完膚なきまでに救いようが無い。あの家、つまり衛宮家の家に踏み込んだ時点で、私たちは一つの魔術にかけられていた。カレイドステッキとも呼ばれる、魔法使いの産物にすら気づかせないほど巧妙な一手......それほどの使い手が衛宮の家に潜んでいるのだ。
「気づかなかったことは仕方がありません。私たちカレイドステッキにも気づかせないとなれば、恐らくは真っ当な魔術師では無いでしょう。お2人はまだ学生の身ですから知らないでしょうが、得てして居るもんなんですよね、魔術師の盲点を知り尽くしている魔術師殺しとも呼べる存在って言うのは」
「......事情は呑み込めました。しかしそれが今なんの関係があるのですか?その魔術師殺しがなぜ今出てくるのです?」
「此処で重要なのは魔術師殺しその人ではありません。むしろその魔術師殺しが隠したがった存在......イリヤさんと、そしてそのお兄さんですよ」
2度目の空白。この話を聞いた時点で自身でも薄々察してはいた、一つの可能性。私の表の部分がまさに今、違うはずだと目を逸らそうとしていた事......あの特異な家にあって、逆に普通すぎるという特異を持つあの少年。お人好しで、底抜けに優しくて、馬鹿でマヌケで唐変木でスカポンタン......そんな少年に対する微かな疑念。私にとっての平和の......日常の象徴への僅かな罅。
「......え、衛宮くんに何の関係があるのかしら?えぇ、わかったわ。確かにイリヤスフィールには何かがある。衛宮家の秘密も、とっても大事な話ね───でも、それで?
果たして誰に向けた言葉なのか......言い聞かせるようになってしまったその言葉のはしに、微かに混じる怯えの色。自身でも気づいてしまうのだから、聞いている方からすれば余程のことだろう。
「そうですね。私だってまぁ契約者の精神衛生的に?まぁあるいは個人的な趣味趣向的な都合で是非ともこんなバカげた結論は否定してほしいものなんですが───」
「で、では何故そんなことを言い出すのですか!?シェロとこの状況になん、の関係......が?」
私同様、言葉に魔術師らしからぬ何かを乗せたルヴィアは、言葉の喋り方を忘れたかのように口だけをパクパクさせてルビーの視線を追った先をただ見つめる。
「───実際、あんな風に此処に居る姿まで見させられたら、否定とかどうとか言ってられませんしね。運命という存在を信じるよりも先に呪いたくなるとは......つくづく魔術礼装で良かったなんて思っちゃいますよ」
ここに来て再び戯け出したルビーの言葉に何かを返すことも出来ず、ルヴィア同様私の視線もとある一点に固定されて離れない。
彼の者が歩いたであろう道が、
それはつまりその者が───その男がこの光景を一人で作り出す存在の前に立っている事の証左でもある。
その容姿を、今更見間違うはずもない。何度も見て、何度も想ってきた。そんな彼だからこそ、今騎士に向かう背中を否定することが出来ない。
......どこの世界にあんな背中をすることのできる男が居る?それを知っていれば、目の前の光景から逃げることはもうできない。
「衛宮......くん?」
くすんだ様な赤毛、しかとした意思を携えた燃える眼、鉄心でも差し込んだのかという程にピンと伸びたその背中......それはどうしようもなく焦がれた、衛宮士郎のモノに相違ない。
男は今、妹をその背中に隠して英雄の前へと立った。
視線を交わす両者の間に、どんな思いがあったのかはわからない。だが確かに流れた
「───???あれは......なんでクラスカードを衛宮君が持っているの?」
私が再び日本へと帰ってくる原因となった弓兵の姿が刻まれたただ1枚のカード。まともに役に立たず、今まで使われることこそなかったが......あれは確かにイリヤが管理していたはず。しかし少年は確かにそれを手に収めている。
そして持ち上げたそれを掲げたまま、彼は漸く口を開く
「───
何が起きたのか、起きようとしているのか......混乱の極みにいる今ではわからない。しかし巻き起こる魔力の奔流の中にある暖かみが、心に沸き起こった疑念を解いて流していく。彼の本質が変わりなく、見たままのものであることを伝えてくる。
きっと衛宮士郎は今、妹を守るためにあそこにいるのだ
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
両手に掛かる確かな重み、恐ろしいほどに均一なその二つの感覚はどこか慣れないのに、手に馴らされている。どう扱えばいいのか、どうするものなのか......まるで自身が作り出したかのように、自身の作品であるかのように明確にその姿を捉えられる。
「......セイバー。聖剣の担い手たる、騎士王か」
未だに、どこか現実が夢のように思えてくる。あの日風呂場で玩具のステッキに突撃されて以来、夢と現実の境が曖昧だ。だがそれは不快な感覚じゃない。不思議と、衛宮士郎はこうあるべきだという感覚を得ている。俺は夢の中の男のように、英霊になれる程の衛宮士郎では無いけれど───俺だって
「夢の中とはいえ、俺は確かにあんたに憧れた。だから、そんなくすんだアンタなんて見たくない」
────想像するんだ、最強の自分の姿を。俺は一度それを見ている......であればこの身に、敗北は有り得ない。
弓は必中、剣技は硬く響き、その剣製に綻び無し。一度見たのであれば、例え聖剣であろうと模倣してみせる
「三度目の正直だ、今度こそ超えてみせる」
「
あー、満足