勇者と魔は数千年の時が経った今でも敵対している。幾度となく勇者は魔を倒し平和が訪れ、そしてまた新たな魔が幾度となく現れた。
彼は燃え盛る城をただ見つめていた。
「……終わり、か。」
城の前にある広場の中央に立てられた大きな十字架に昨日までこの国を治め民に愛されてきた家族が縛り付けられている。城の燃える音だけが耳にこだまする。せめてこの目で耳で、彼自らが仕え慕い敬った彼らの最後を焼き付けようとも彼にはすることはできなかった。それは彼らが最早泣き叫ぶ気力もないのか、それとももはや息を止めてしまったのか、彼には分からない。ただ自らが愛し護り続けてきたその国が魔の手によって終わらせる様を見つめることしかできなかった。
国が燃え、その光景を目に写してから幾日が過ぎただろう。英雄そして勇者と呼ばれた彼は果てしない森を歩いていた。かつて彼の右を歩いていた馬を乗りこなす男も、彼の左を歩いていた身軽な女も、後ろから賑やかに着いてきた愉快な剣士の双子も。皆彼と共に魔と闘いそして果てていった。例え腕が無くなろうとも足が消し飛ぼうとも、男達は彼を信じそして託して消えていった。
『あなたがいれば、何度でも立ち上がれる。』
そう笑ったのは誰だったのか。彼にはもう知るよしもない。
歩いて歩いて歩き疲れたその果てに辿り着いたその場所はかつて共に闘った彼らと目指した場所。魔の根源。
彼は世界に絶望していた。自分一人残した世界に。彼らを奪った理不尽なこの世界に。彼の愛した国を見放したこの世界に。
絶望は吠えた。嘆き泣き叫んだ。剣を捕り傷だらけの体で。
「勇者、か。」
魔の言葉に彼は頷くことが出来なかった。自分を勇者であると名乗ることが出来なかった。
「お前は私を殺すだろうな。」
「……それが俺たちの願いだからな。」
「俺たちの、か……?そう思っているのはお前だけだろう。理不尽で残酷なこの世では。」
くつくつと喉で笑うその魔は彼の心を締め付ける。
いつしか消えていった彼らを追いかけていた勇者には魔を倒すことにしかいきる価値を見いだせずにいた。目の前の弱ったこいつを倒せばすべてが終わると願い望んでいた。
「私を殺してもお前は終われない。」
顔をあげた魔と初めて目を会わせた彼は目を見開いた。彼は魔の顔を知っていた。自分の前の勇者の顔を彼は知っていた。英雄として称えられたその勇者を知っていた。
「気付いたか。」
「嘘だろう?」
「いや、本当だ。」
彼は自分を否定した。そんなはずはない、と。
この真実を受け止めてしまえば今までの自分のしてきたことはなんだったのか、彼らの死は無駄になってしまう。
彼は必死で否定した。もう何も分からなかった。
「この残酷な世界を、理不尽な世界を、呪い恨む魔となってくれ。」
魔の喉元に突きつけた剣がずしりと重みを増した。震える手で彼は剣を握ることしか出来ずに立っていた。
「さあ私を殺せ、解放してくれ。
次は、君だ。」
この美しかった世界で勇者は魔となった。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。