あーしさん√はまちがえられない。   作:あおだるま

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前の話覚えてないときついかも(定期)




それでも彼は知ることを選ぶ。

 三浦と昇降口で別れ、ふと思い立って駅へ向かった。と言うのも、流石に今日は色々なことがあり過ぎた。少しどこかで落ち着きたい。そんなことをつらつらと思いながら、何とは無しに某超有名ドーナッツ店にはいったのが運のツキである。

 

「君もこんなところに来るんだな。少し意外だよ」

 

「…」

 

 ドーナッツ屋には、葉山隼人がいた。

 

 まったくもって今日は厄日だ。そもそもこんな日にまだ外に出ようとしたのが間違いだった。ヒッキーはヒッキーらしく小町の待つ家にヒッキーすることにします。ヒッキーするってなに。

 

「…そこまであからさまに無視されると流石に傷つくな」

 

 回れ右で店を出ようとする俺の前に、彼が立ちふさがる。合わないように伏せていた目を仕方なく上げる。

 

「はぁぁぁ。なんだ、葉山。少なくとも俺にはお前に用はない。…オレ、ツカレテル。ダカラ、イエ、カエル。ワカル?」

 

「いやいやいや、なんで急にカタコトなんだ!?」

 

「あからさまに無視してんのにまったく意図が伝わってないようだから、できるだけわかりやすく伝えたほうがいいと思っただけだ。…じゃ」

 

「とりあえず、そのこれ以上ないほど嫌そうな顔を止めてくれないかな…まあ、座れよ」

 

 葉山は苦笑しつつも引く様子がない。…こいつそんなに俺と並んでドーナッツ食べたいの?ドーナッツ好きなの?それとも俺のこと好きなの?腐海の住人なの?ぱないの?

 

 しかし疲れているのも事実。こんな精神状態で、こんな奴と一緒に居てもろくなことにならないのは目に見えている。

 

「お前がいたら心が休まらないし、そもそも俺は一人が好きだ。なにより俺にはお前に用がない」

 

「いつになくはっきりと言うなぁ。でも俺は比企谷と話があると思ってるし、それに」

 

 葉山はため息まじりに元居たカウンターに座り、頬杖をつく。

 

「君だって本当は、俺にする話があると思うけどな」

 

 その瞬間、なぜか浮かんだのは彼女の顔。想っている男の顔色を窺い、その未来に寄り添おうとしている女の子。彼女は彼に近づけるのだろうか。自然と、知りたいと思ってしまった。

 

 彼女は彼に近づくことを、選ぶのだろうか。

 

「はぁ」

 

 深く、長くため息をつき、仕方なく俺は空けられた席に座る。

 

「…俺はフレンチクルーラーでいい」

 

「たかる気満々かよ、比企谷…まあ引き留めたのはこっちだしね」

 

 施しを受ける気はさらさらないし、借りを作る気もない。借りを作って海老名さんが喜ぶような展開になっても困る。非常に、困る。

しかし。無意識に俺は自らに言い聞かせている。そうでもなければ、ここに留まる理由を俺は見つけられない。

 

「君は文系だろ?」

 

「…断定できるほど俺のこと知らねえだろ」

 

「じゃあ理系か?」

 

 知ったような口をきく葉山にかなり頭には来たが、反面、それ以外の選択肢はないのだと改めて思う。

 思わず閉口する俺の横で、ポンデナンチャラをかじりながら葉山は笑う。…美味そう。思わずそう思う。俺もそっちにすればよかった。

 思わずフレンチクルーラーと言ってしまったのは、懐古厨であり回帰厨の良くないところが出た結果だ。老害を叩くネット民。そのくせ自分たちは事ある毎に昔のサブカルとかネットを語っちゃうところがマジで老害ポイント高い。まぢやばい。…いや、それ以前に。

 

 この会話にフレンチクルーラーは甘すぎる。

 

「比企谷はひねくれてるようでわかりやすいな」

 

「うるせえな。まあ俺には文系以外の選択肢はないが…お前は違うだろ」

 

「そうでもないさ」

 

 自然に葉山の進路の話へもっていこうとするが、彼の一言で一蹴される。思わず横を見る。その選択を聞けるのであれば話は早い。しかし、その横顔はいつも通り、何の曇りもない、「皆の葉山隼人」そのものだった。

 しかし、驚きを表に出すわけにはいかない。彼から聞きださなければならないことがある。俺はいつものように、口の端だけ持ち上げる。

 

「へえへえ。周りの期待が大きいとそれに応えるのも大変か」

 

「君がどう思っているかは知らないが、俺だって人間だよ、比企谷。迷いもするし、悩みもする」

 

「…そうは見えねえけどな」

 

 嫌味なしに、本気でそう思った。彼が悩んでいるとは思えなかった。彼がしていること、それは悩むことでも、迷うことでない。彼はひたすらに後悔している。その後悔は、今の彼に呪いをかけている。変化してはいけない、変わることは許されないという罰を背負わせている。

 彼は「今」を見て悩むことも、迷うこともない。俺はそう思っていた。そんな俺を、葉山は見もせずに鼻で笑う。

 

「それは君に見る目がないだけじゃないか?…このことに限らずね」

 

「…」

 

 先ほど三浦にも似たようなセリフを言われただけに、つい言葉に詰まる。反対に何が面白いのか、葉山はさも愉快そうに、普段見せない嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「だからわかりやすいんだよ、君は」

 

 らしくない歪んだ笑いを、彼はドーナッツ屋に響かせる。黙ってしまってはそれは肯定ととられる。だから言葉で武装する必要がある。そんなことは分かっている。

 しかし、こと彼女に、三浦優美子に関して適当なことを言うわけにはいかない。

 

 何も言えない俺に、彼は元々置いてあったミルクをあおり、パチンと両手を合わせる。

 

「…そうだ。一つ、賭けでもしないか?」

 

「…賭け?」

 

 賭け。表向き誠実な、誠実であると周りに見せる彼であればでてこない単語だ。かくいう俺も賭け事は好きではない。自分にベットできるほど、俺は自分の今までの行いに自信がない。それに賭け事は小町に怒られる。それはなによりも強大で確固とした理由であろう。

 

 迷う俺に葉山は何でもないように、口笛を吹きながら語り掛ける。

 

「そう。俺に訊きたいことがあるんじゃないか?そして君は俺が絶対にそれに答えないことを知っている」

 

 思わず言葉に詰まる。

 

 訊きたいかどうかはともかく、それを訊けるかもしれない。彼女が望むことを、知れるかもしれない。そう思ったから俺はここに残ったはずだった。それは彼女には頼んでないと言われ、わかっていないと罵られたことだ。そして葉山にはことごとく見透かされ、やはり見る目がないと諭された。

 

 俺に見えていないもの、それが何か。わかるようで、わからない。雲をつかむように、霧を掴むように、そこにあるように見えるのに形はつかめない。

 

 それでも。俺は自然と思ってしまう。わかりたい。拒絶されても、気味悪がられても、知りたい。

 

 なぜかは分からないが。

 

 気づけば、俺は彼に問うていた。…いや、縋っていた。

 

「俺の…あいつの訊こうとしていることに、答える気はないんだな」

 

「ないよ、比企谷。…タダではね」

 

 ニヤリと、葉山はまた彼らしくなく嗤う。まったくいい性格をしている。

 まあ。また俺は自分に言い訳をする。他人はともかく、自分のことがわからないのは気分が悪い。俺はいつにも増して深く、長いため息を吐く。

 

「わかった。俺がその賭けに勝ったら、俺の訊くことに答えてもらう。ついでにあれだ…その今すぐ殴りたくなる腹立つ澄まし顔に吠え面もかいてもらう」

 

「それでいいよ、比企谷。吠え面の練習をしておかないとな」

 

 飄々とそう言い切る顔には、焦りなどみじんも見えない。彼は負けたことがない。人間関係は別として、こと勝負ごとにおいては。そんなことは普段の葉山隼人を知っていればすぐにわかる。

 

 しかし、負けるとわかっていても引けないこともある。

 

「じゃあ俺が勝ったら、逆に俺が訊くことに答えてもらおうかな。賭けの内容は…どうしようか」

 

 葉山は困ったように眉尻を下げる。賭けと言った手前、どうすれば自分に負ける可能性があるか、負け得る条件を付けられるか悩んでいる、と言ったところだろうか。

 

 一番勝算が高く、手軽ですぐに思い浮かぶのは、ジャンケンだ。相手がゴンかキルアでもない限り、勝率は常に二分の一。スペックで遥かに彼に劣る俺が賭けで勝とうと思えば、この上なく条件はいい勝負だ。通常であれば。二分の一かつ労力は全くない。リターンが回収できなくてもこれならば問題はない。

 

 しかし、その選択をするには俺はあまりに腹が立っていた。何もかもが気に入らない。彼に進路を、「今」を尋ねたいくせに尻込みする彼女。すべてを知ったような顔をしているくせに何も変えようとしない、進もうとしない彼。そして勝手にそれに不満を抱きながら、誰よりも臆病な自分自身。

 

 とにかく、俺はムカついていたのだ。

 

「サッカーでいい」

 

 気づけば、そう吐き捨てていた。

 

「体育でやってるサッカー。そのチーム戦の勝敗でいい。負けたほうは勝った方の質問に何でも一つ答える」

 

 しまった。そう思わなかったわけがない。何やってんだ俺は運動神経もセンスもこの男の足元にさえ及ばない上なに相手の土俵でケンカ売ってんだこっちの勝負に持ち込んでようやく50vs50だろうがまじであほか。自らへの罵倒で脳みそはいっぱいになる。

 

 しかし、心は、退く気はなかった。

 

 彼は一瞬天井を見つめ思案したかと思うと、また静かに嗤った。

 

「今もしかして、ケンカを売られてるのかな、俺は」

 

「そんなことはねえよ。ケンカなんてものは同レベルでしか発生しない」

 

「その割に負ける気はなさそうに見えるけど」

 

 呆れたように彼は小さくため息を吐く。河原で殴り合った末お互いを理解し、夕陽に向かって走り出す。そんなことが起き得るのは同レベル間の話だ。もっと言えば、フィクションの中だけだ。俺だってそんなことは知っている。本当の人間はそんなことをする前に殴る相手の理解を放棄し、諦める。目の前の相手を無視する。それが合理的で、たぶん正しい。誰も傷つくことはない。まして、やる前から負けるとわかっていれば余計にそうだ。諦めるのが正解だ。

 

「レベルが違うとは言ったが」

 

 しかし。

 

「どっちが下とは言ってねえだろ」

 

 呆けた葉山隼人の顔を見て、俺はすでに勝った気分でいた。

 

 怒りが理性を超えることも、珍しい。

 




体育はマラソンの練習ではなくサッカーで

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