リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第16章 6

 第16章 中央広場Ⅲ 6

 次に訪れたのは、最早瓦礫ばかりとなった家屋の地下にある、マサイアスの仕事場であった。赤熱した炉はまだ生きて地下への入り口を照らしており、だが金槌の音は絶えているため、安否を確かめようと足早に階段を降りたところ、彼は椅子に腰掛けていただけで、特に変わったような印象は無かった。

 「お前か。あれから随分と経ったな」

 視線が合うと、抱いたばかりの印象が移り変わった。目に力が無く、憔悴に近い状態であり、また老いたようにも見える。

 「見てきたんだろう? 俺達の業を。そうだ、この後に及んで無関係などと言い逃れをするつもりはない。俺だって、皆が帰ってくるかもしれないと聞いて、道具を振るい、馬車なんかを作ったりもしたさ。だがそれが全く間に合わず、持って行った馬車であの糞畜生共を奴等の国から連れ去るとなった時、反対などしなかった。そんな気持ちは微塵も起き無かった。今でも抑え切れない。今でも皆のことが忘れられない。自分で自分を呪っていると理解しているのに、ふと気を抜くと叫び出しそうになる。だが」

 ゆらりと立ち上がり、金槌を握り締めた彼は階段の先にある、渦巻く空模様を見詰める。

 「後悔している。だから、やるべきことはやろうと思う」

 言い終えると、彼は身体を仕事場に向け、金槌を振るい始める。心ある者であればその背に何か声を掛けるか、或いは心があるからこそそっとしておくべきなのかもしれない。いずれにせよ不死人には無縁なことであり、疲弊した武器防具の修理だけを依頼する。

 そうして装いを新たにすると、次に向かったのは小さな白い猫の元であった。前回の経験から、彼女にはあまり過度な期待を寄せるべきではないことを理解しており、何となれば会いに行く必要性は無いかもしれない。そのつもりで青い屋根の民家に入ると、彼女はやはり机の上に寝そべったままどこか明後日の方を向き、視線を寄越そうとはしなかった。

 「ふん? 私に何か用かい? 今更もう、何をしても手遅れだと思うがねぇ」

 まるで気だるげに声を発しながら目線を流し、だがそれが不死人の方へ向くと、彼女の瞳孔が丸く開かれ、また急に身体を起こしていた。

 「あんた、それ、その首から下げているものは、奪ったのかい? いや、違うか。譲り受けた、か? 何の値打ちも無いからね。あんた、それを少し貸してご覧よ」

 どうやら小さな白い猫が言っているのは、牢獄都市の最奥部、暗い穴の底で赤いマントの戦士から託された霞んだ指輪のことであるらしい。特に理由も無く輪の部分に通された鎖を首から下げていたものであり、仮にここで奪われたとしても実害らしきものを実感するということはないだろう。彼女の言う通りに、それを首から外して机の上に置く。

 「ああ、そうか。無念だったろう。あれは心の強い者だったけれど、或いはだからこそだったか」

 小さな白い猫は呟きながら右の前足を差し出し、それを指輪の表面に置くとごくゆっくりとした動きで往復させる。

 「ほら、返すよ」

 小さな足を引っ込めた後には指輪が残り、しかし色合いが少し違っているように見受けられた。取り上げて詳細に観察したところ、これまで霞んでいた模様が明らかになっており、それは遠吠えする犬、否、狼だろうか。

 「人間とは関わりの無いところで、昔から何かと縁があるものなのさ」

 気が付けば、彼女は佇まいを直していた。綺麗に机の上に座り、そして真っ直ぐに不死人を見詰めている。

 「かつて偉大なる王に遣える騎士が一人、深淵を封じたそうだが、その時に用いた大量の水は結果として眠りを守る断絶として働き、闇はそこで静かに生きさらばえた。そしてそれはこの地でも同じ。連中の青い泥は火が陰らずとも火を遮り、不死と怪異を産み落としている」

 それはこの旅の始まりにあった齟齬でもある。火に陰りあれば不死が溢れる、とは、多くの伝承にあり、それが為に玉座がどうの、という話になってしまっていた。ただ、それを調べに王城に辿り着いたことが悪いとはならないが。

 「どこに根があるのか、その目で見てきたんだろう? それを絶てばいい。当然、容易いことではないがね。それと、これを持って行くといい」

 そう言うと小さな白い猫は机から飛び降り、部屋の隅にあった壺の一つを横に倒し、その中から金属製の何かが落ちる。拾い上げるとそれは円形の大きな飾りの付いた、だが根元から剣身の折れた大剣の柄であった。

 「そんな形でも神々の残した秘宝のようなものさ。武器としては使えないが、あの男が万が一にも失われてはならないと地下に潜る前にわざわざここに預けに来たほど、深淵に対して大きな効果を持っている。使うのは最後の最後だけにしな」

 即ちこれの所持が半端な所で敵に知られるような事態は避け、切り札として用いろということか。それ相応の力を秘めているとして、しかし絶大な力を持った剣に呪われた者達を見てきた身としては、これを恃みにすることにはやや抵抗があった。

 「最後に助言だ。この世界では薪の王ばかりが英雄のように語られ、闇との戦いに身を投じる者のことは語られないものさ。それは闇との戦いを語ることが闇そのものを語ることと同義であるが故にという理由があるが、私に言わせれば闇を打ち倒すことの方がよほど過酷で、何より道標が無い。人とは闇の中に身を置き、取り残されれば、闇に浸かろうとするか、光に縋るかのどちらかに寄り、するとたちまち気が触れてしまう」

 その言葉は、不死人の記憶から様々な実体験を引き揚げ、耳の内側にこびり付く絶叫までもが想起される。

 「光と闇。絶望と希望。そんなものに、あんたは関わっちゃならない。心の在り処、意志の拠り所に迷わないよう、己を灰と思え。灰の戦士として、闇に挑むんだ」

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