リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第17章 3

 第17章 アリーナⅡ 3

 その数は百の桁すら凌ぎ、打ち寄せる姿は軍勢と呼ぶに相応しい威容を見せるが、ソウルの大剣がこれに即座の応戦を見せていた。横に長く振るわれた青い剣は先頭集団を薙ぎ払い、勢いを押し留めた一瞬、不死人のすぐ後ろから奇跡の術が発動される。

 聖鈴の音が無かったからか、それは予期せぬものではあったが、位置からして術者が女性騎士であり、ならば不利に働くことはないという確信はあった。事実、彼女の唱えた奇跡、緩やかな平和の歩みは殆どの再誕の亡者達の歩みを遅いものへと変え、雪崩れ込まれて終わるしかなかった二人の命脈を繋ぎ、しかしまだ完全に繋ぐには至っていない。

 今の一時は術によって安全を確保しており、その効果時間が終われば圧殺されるが、かと言ってこれ以上緩やかな平和の歩みを恃みにするは愚策である。この術は使用者たるルシンダと、そして不死人の歩みをも遅くしてしまうため、この状態は遠距離攻撃に対して無防備であり、従って別の手段によって軍勢を牽制しなくてはならなかった。

 魔術師のロングソードに魔力が集まる。その量は平均的な術のそれよりやや上という程度であり、そして脳裏に描くそれは不死人によって華を失った女から齎されたものである。輝きながら回転する氷のような、浮遊するソウルの結晶塊は宙に撃ち出された後、次々に矢を吐き出しながらその場に停滞し、また二つ目、三つ目の結晶塊がその後に続いて再誕の亡者達を攻撃し続ける。

 その矢が当たったとして、決して致命傷には及ぶものではなく、だが程無くして緩やかな平和の歩みの効果も途切れても、敵は前進を躊躇っていた。均衡が生まれ、どうにか勝負の形になったと言える。

 「私は上を!」

 その声が場を通り抜けると雷鳴が轟き、槍となったそれが宙で塊を形成する亡者達に突き刺さり、四散させる。その際にはやはり鈴の音らしきものは無く、一度盗み見るように観察してみたところ、彼女の手には聖鈴ではなく布きれのようなものが握られており、またそれは白を基調に赤を差したものであった。

 布きれは彼女が詠唱する度に雷の大槍を織り、投げ込まれては亡者達の塊を端から撃破し、それを見る限り一先ず上方向からの敵は任せてしまっても問題は無いだろう。不死人は浮遊するソウルの結晶塊を絶やさないよう気を払いながら、緩やかに躙り寄りつつあった地上を歩く敵集団に向けてソウルの大剣を薙ぎ払い、だが既に注意は眼前で両断され、斃れていく者達へは向けられていない。やがて彷徨っていた視線は赤黒い群れの奥にそれと同じ色合いをしたドレスを見付ける。

 アリーアヌは深海の大剣を左右へと振っていた。その動きは祈祷のように、まるで世俗の者には理解出来ぬ礼を払っているかのようだが、しかし剣から零れる白い霧は怪異である。広く蠢き、肉片となった者達を次から次へと作り直し、生まれ変わりを助けて戦場へと戻す。またそれに要する時間はごく短く、不死人とルシンダが亡者達を崩すよりも彼等がその数を増やす方が早いため、これを中断せしめることが可能であれば、そうしない理由は無い。

 未だ剣の動きを止めぬアリーアヌと不死人との間には多くの亡者達があり、射線は完全に遮られていたが、それは問題にはならない。短い詠唱の後、魔術師のロングソードが放ったソウルの結晶槍は最前列に居た再誕の亡者を貫き、その後ろの者も貫き、更にその後ろの者も、と勢いを全く衰えずに飛翔し、しかしそれがいざ迫ると、王妃は豪奢なドレスの広がった裾を細くしながら横方向への瞬発的な回避を見せる。

 貫通する魔法と言っても命中までにはそれなりに距離がある上、斃れていく亡者達によって軌道が読まれてしまえば届かなくとも当然か。今度は軍勢に向けてソウルの結晶槍を放ち、その詠唱が響かせた奥行きのある音を耳にしながら次に繋げようと思考が向きを変え、しかしそれよりも一層下の意識では耳が拾い上げた違和感が徐々に輪郭を露に成していく。今の詠唱の音は奥行きがある、というよりも、重なっていたのではあるまいか。

 横に飛び退こうとした直後、青白い輝きを含む光が迫る。それは足止めされている再誕の亡者達を向こうから貫きながら飛び出し、不死人は胴を撃ち抜かれて臓物を晒すところを、無理にでも身体を動かして左肩を貫かれるに留める。それでも負った被害は甚大であり、左腕は機能せず、その上ここぞとばかりに亡者達は歩みを進めて迫っていた。

 「やあっ!」

 その一拍の間を埋めるため、ルシンダは宙に投げる筈であった雷の一つを地上へと向けて炸裂させ、そしてそれは不死人が崩れかけた態勢を取り戻すに十分な時間を稼いでいた。詠唱し、構えたロングソードを振り抜き、ソウルの大剣によって数十もの亡者達を斬り伏せる。

 その後は浮遊するソウルの結晶塊を継ぎ足して牽制を厚くすると、一度剣を足元の地面に突き刺し、離したその手でエスト瓶を掴み、身体を治癒する。その最中、攻撃が訪れることはないかと気を張り、特に詠唱の音を拾えないかと耳に神経が集う。

 先の負傷はソウルの結晶槍によるものである。まるで自身が放った術を跳ね返されたかのようであったが、詠唱の音のタイミングや、そして彼女の出自から推察するに、それは事実ではない。おそらくは闇術も、深い海の術も后にとっては受け取ったばかりのものであり、むしろ漸く本領を見せたということになるのだろう。先程の不死人からの攻撃に対し、意趣返しをしたつもりであったのだろうか。

 だがそれが元でアリーアヌが決定的な好機を逃したのであれば、まだ戯れや侮りがあったことを喜ぶべきか。態勢が整うと剣を握り直して出現している浮遊するソウルの結晶塊の数を確認し、不死人はまたソウルの結晶槍を亡者達の戦列に投げ込む。軍勢は尽きず、肉の群れは斃れ伏す側から沸騰したように肉体を再構成して立ち上がり、また王妃の急襲への警戒にも留意しなければならなかったため、ルシンダ共々敵に押されつつあった。

 そのような時、二人の助けとなるものが唐突に訪れた。差し込んだ白い光の線が亡者達の奥から現れ、それはうねるような軌道を描きながら軍勢の間を走り、結晶を散らす。

 「くっ!」

 舌打ちでなかったところを見るに、やはり彼女は清廉な性質であるらしい。ルシンダと、そして不死人は左右に身体を飛ばし、迫り来る王妃の結晶魔術、白竜の息を回避する。その攻撃は再誕の亡者達も多く巻き込んだものであったが、しかし二人の窮状を慮り、本当に助けるために送り出されたものではない。そこに生まれた結晶の道は円を描くような軌道で足場を狭くしており、またこの直後、遠方より水に沈めた長い刃物を一息に研ぐような、独特のあの音が響いた。

 闇に輝く、虹色の光線が王妃の掌より生まれる。撫でた地面から小爆発を起こし、自らの臣下達を吹き飛ばしながら二人に迫ったため、これに対応するべく左右に散開するようにしてそれぞれ回避行動を取るが、どうやらアリーアヌが向ける敵意には偏りがあるらしい。怪光線はまず不死人の後方を断ち、前方を断ち、そして左右を固まった結晶の道によって阻まれているともなれば、逃げ道は無かった。已む無く塔のカイトシールドを前面に構え、その表面で虹色の光を受けて小爆発の衝撃を抑える。

 それでようやく光線は過ぎ去り、不死人は盾の端から顔を覗かせると、待っていたのはまた虹色の光であった。衝撃で足を鈍らせることが目的であったか、それでなくともまだ先程の小爆発やら結晶の道やらが収まっておらず、かと言ってあと数瞬後には直撃するであろうそれは、詰めの一撃である。選択の余地などほぼ無く、カイトシールドで身を守りながら結晶の方に飛び込み、どうにか怪光線を躱す。

 やはり貫通型であったのか、亡者達を縦に両断しながら怪光線は通り抜け、その一方でダメージを負い、しかし命脈を繋ぎ止めてみせた不死人は散っていく結晶の中でエストを飲む。

 あまりに防戦一方である。再誕の亡者達は敵から味方からと続々と屠られていくもののすぐに再生しており、未だ底は見えず、そしてこれを打ち破らなければアリーアヌへ攻撃を届かせることは難しい。また王妃は多くの場合、亡者達の奥におり、彼女にその気が無くとも位置の特定は困難を極め、再誕を促す、深海の大剣を左右に振る動作の阻害も現実には不可能である。

 傷の塞がりを確認し、魔術師のロングソードを構える。策はまだ打ち立てずとも、眼前の敵は前進を続けており、悠長なことはしていられない。またあの后は小休止なのか、一時的に攻撃が止んでおり、この機に不死人は詠唱。再度いくつかの浮遊するソウルの結晶塊を宙に出し、それが吐く矢が亡者の大群を牽制している中、自身はまずソウルの大剣を横に振り抜き、敵の前列を斬り崩し、次いで放っていく結晶槍が横列から順に削り取っていく。

 「やぁぁぁっ!」

 雷の音は耳を劈くものだが、ルシンダの声にはそれにも勝る気迫が込められていた。空に浮いて押し寄せる亡者達を近付く者から順に落とし、しかしそれがどれだけ見事な勇姿であれ、やはり防戦一方であることには変わらず、状況は推移しない。少なくとも良い方向には。

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