轟音が鳴って地が揺れ、どこかで起こった強い衝撃が空気を通して身体に伝わり、砂塵が舞い上がることで視界が塞がれる。やがて通り抜ける柔らかな風が空中の砂を連れ去ると、そこに亡者の姿はあった。
周壁の方角へと逃走した亡者は、どこかから降って来た大きな矢によって射抜かれ、串刺しの刑に遭って果てていた。
痩せた甲冑を着た女性騎士が話していた、周壁から降る矢とはまさにこれのことだろう。今の一幕を見るに狙いは正確であり、また威力が高い。
不用意に周壁に近付こうものなら串刺しになった亡者の二の舞になるが、この場所を突破するにあたり周壁からの視線の妨げとなるような遮蔽物は付近に無く、隠れる場所は道の左右に広がる野草くらいのものだが、これとて上から見下ろせば草が動く様子は一目瞭然だろう。
つまりこの場合、考えることは全く無駄であり、肝要なのは振り返らない勇気である。不死人はまずゆるゆると助走をつけ、次第に加速し、そして今ある体力の全てを注ぎ込んで一直線に周壁へ走る。
串刺しの亡者の横を駆け抜け、すると唐突に風切り音が鳴り、その直後不死人の後方で衝撃のみによって地面が軽く爆発する。
万が一にも当たればどうなるか。想像せずにはいられないが、しかしそれは今の段になって考えるべきことではなく、不死人は尚も周壁へ向かって走り続ける。
だが警戒していた二の矢は中々訪れず、走り出した場所から周壁との中間地点程に及んでからようやく再び風切り音が鳴り、駆ける不死人の背後で地面が抉れて吹き飛ぶ。
その後も走り続けた不死人は最終的に無傷のまま周壁の元にまで辿り着き、そしてそれ以降上から矢が降ってくることは無かった。角度の問題で周壁の真下に矢を放つことは出来ないのだろう。
近付いた所で、不死人は改めて周壁を眺める。この高い壁の根の部分には堀が巡らされており、通常この場所が人に管理されているのであれば水で満たされ、より敵の侵入を困難にするのだろうが、今は既に人の手を離れて久しいのか、堀は完全に乾き、底は空になっていた。
不死人はこの枯れた堀に沿って左に歩き、特に当ても無く探索をしていくと、木製の粗野な作りの梯子が架かっているのを見付ける。これは堀の底へ向かって伸びているものであり、不死人は軋むそれに足をかけると、ゆっくりと降りて堀の底に足を踏み入れる。
堀は大きさの均一でない岩が敷き詰められることによって形を成しており、そして当然何の道標も無いが、歩きださなければ何も始まらない。ひとまず、不死人は堀を降りてから右に向かって歩き出す。
時折風が通り抜け、それが岩の隙間から生えた雑草を揺らし、また狭い場所だからか、足音が少し響く。そのまま不死人はずっと歩き続け、しかし堀の先の岩の一部が崩れ落ち、それ以上進むことが出来なくなっていた。
止むを得ず踵を返し、だがそれを待っていたかのように長躯の影が堀の中へと舞い込み、不死人の行く手を阻む。
「う”っ、うおあ”っ! ああ”っ!」
その呻き声の主もまた農民の亡者であったが、先に遭遇したものよりも遥かに背が高く、手にした鍬も巨大であった。そもそもその亡者が飛び降りてきた場所は高く、尋常な人間であれば、あの高低差を着地してはこの敵のように平然とはしていられないだろう。
「ぶあ”っ!」
逃げ道を塞がれた状態で叫びと共に巨大な鍬の一撃は下され、だが到底受け止める気にはならず、不死人はそれを後ろに下がって躱し、その回避行動自体は問題なく成功したものの、直後、背に崩れた岩が着いていた。
横方向への回避が難しい細い空間で、袋小路を背にしては次に来る亡者の攻撃を凌ぐ術は無い。であれば不死人は大柄の農民亡者が次の一撃を繰り出す前に、駆け出して彼我の距離を一息で詰め、脇をすり抜けながら両手で握ったブロードソードで浅く斬り付ける。
そのまま敵の背へ回り込み、まだ脇を攻撃された際の衝撃が抜け切らない内に亡者の背を押し込むようにして蹴ると、大柄の農民亡者の体勢はさらに崩れ、その隙に不死人は敵の背を剣で大きく斬り付ける。
しかし亡者はまだ倒れず、反撃として振り向き様に横薙ぎに鍬の一撃が放たれるが、だがそこはやはり理性を失った者だったか、狭い所で横に得物を振るえばどうなるかまでは考えられなかったらしい。巨大な鍬は対敵を打つ前に岩の肌に強く弾かれ、それを見た不死人はすぐさま半端な姿勢を晒した大柄の農民亡者との距離を詰め、そして止めを呉れるべくブロードソードで敵の胸を深く斬り裂いた。
大柄の農民亡者は斃れた。不死人はその亡者の所持品を漁ると、懐から硬貨が大量に見付かったため、それを自分の皮袋の中へと仕舞っていく。この亡者が理性を失う前は、とても働き者だったのだろうか。それとも、どこかから盗んだものだったのだろうか。
ともあれ、障害は無くなったため、不死人は来た道を歩いて戻っていく。堀に降りて来る際に使用した木製の梯子のある場所まで至り、そこを通り過ぎ、尚も直進し、だがまるで堀の中の様子に変化は無い。
しばらく同じような岩肌のみの景色が続き、しかしやがて右側、つまり周壁の側の岩肌に上に向かう梯子と、それが伸びた先にぽっかりと開いた穴が見付かる。
この穴はレンガで整えられたものであり、先程のように岩や壁の崩落によって出来た物ではない。まさに望んでいた秘密の入り口であり、不死人は梯子を登った末、その穴の中へと入っていった。
穴の中は横幅が広いとは言えず、そして堀と違い、少し湿っているようであった。だがそれは単なる水気というより、油や腐れのぬめりであり、穴の中を進んでいくと、やはり何かの動物の骨が散乱し、さらに奥からは微かに物音が聞こえていた。
不死人は一度歩みを止め、周囲を見回す。穴の先に異変は無く、天井にも何も居ない。そもそも何かが隠れ潜むような場所が無く、だが変わらず物音は耳に届き続けている。
結局視覚だけでは音の正体を確かめることは叶わず、だがいつまでもその場に留まってはいられないため、不死人はゆっくり歩みを再開し、穴の奥へ向かって進んでいく。
すると異変は現れる。先程の場所からは見えなかった部分の、壁の低い位置に開いた横穴から、人の腰ほどの体高の鼠達が一匹、二、三匹と溢れ出る。言わずもがなそれは通常のものよりも遥かに大きく、数も相まって大きな脅威と言える。
これを前に不死人は、とるものもとりあえず駆け出した。後方ではなく、前に向かって。
現在不死人の後方には穴の出口と梯子があり、もし鼠達の群れに囲まれて後退し、穴から突き落とされれば落下によって大きく負傷する可能性が高い。一方で鼠達が出現している横穴は一匹分の大きさしかなく、今はまだ数が出揃っていないと見える。然るに、一匹ずつ横穴から出現している直後の無防備な瞬間を襲う他、不死人の側の攻撃の機は無い。
牙を剥いて飛び掛る最初の鼠をブロードソードで打ち落し、足に噛みつこうとする二匹目の鼠を蹴り飛ばし、そこから更に強引に踏み込んで穴から出てきたばかりの三匹目と四匹目を纏めて切り裂こうとブロードソードを地面に沿って走らせ、二匹分の死体が増えた後に五匹目が穴から頭を出した瞬間下から上へ剣を切り上げてそれを斃し、直後蹴られた事で吹き飛ばされた場所から戻ってきた二匹目の鼠を返す剣で斬り伏せ、息つく暇も無く新たに出現した六匹目の鼠を斬り裂き、その際剣の先が地面に擦れ、暗がりに火花が散る。
それが最後であった。合計六匹の化け物のような鼠を斃しきり、通路に響いていた物音が完全に絶えると、不死人は荒げた息を整えていく。
敵のいなくなったレンガ造りの穴を更に奥へ行くべく再び歩き出し、間も無く不死人は真上に向かって伸びる鉄製の梯子を発見する。梯子の出口から覗くのは空であり、そこを登りきった不死人は日のよく当たる屋外へと出る。
その場所は念願の、周壁の内側であった。
梯子を登った場所から周囲を観察すると、すぐ後ろには周壁正面の巨大な門があり、さらにその横には人が一人通れる程度の大きさの赤茶けた鉄格子の扉が一つあった。これは周壁の内部へと繋がっているように見受けられ、不死人は試しにその扉に触れ、しかし開くような様子は無かった。
鉄格子の扉に鍵穴のようなものは無く、どうやら向こうから開かないようにしてあるか、それとも固く閉ざしてあるかのどちらかだろう。今すぐどうにか出来る物ではないため、不死人はその扉から離れ、そこから真っ直ぐの方角にある、大きな広場の方へ向かって石畳の上を歩き出した。