「ぎえあ”っ! ぐっがあ”あ”あ” あ”あ”っ!」
人以上の角度で限界まで顎を開き、アリーナの王は吼えながら不死人に向かって拳を叩き付け、それを寸前で躱すと砂塵に煽られ、危うく浮きそうになる心と身体を何とか地に着け、走って逃げる。
逃げる以外に何があると言うのか。どう足掻いても、人間の力では紺碧の甲殻は破れないだろう。まるで学習せず砂埃を叩き続けるアリーナの王の背を眺め、そこに刺さった杭が目に留まる。同じように出来ればと考えずにはいられない。
だがそこに閃きがあった。
不死人はまず剣を仕舞い、塔のカイトシールドを両手でしっかりと持つと、アリーナの王がこちらを向くのを待つ。
そしてこれまでそうであったように、土埃を好き放題叩いた後のアリーナの王は、砂塵から顔を出し、不死人の姿を見付け、腕を振り上げ拳を突き出す。
それを今までのように弱腰の回避ではなく、横よりも前方に寄り気味で巨大な拳を躱すと、同時にすぐさま駆け出してアリーナの王の側面へと回り込み、曇り空を背にする敵を見上げながら、不死人は塔のカイトシールドを足首のそれに叩き付ける。
「い”ぎっ!」
鋭い痛みが走ったのだろう、アリーナの王がこちらの攻撃に対して反応を示し、そして不死人が盾で殴った部分、甲殻を割って足首に打ち込まれた杭が、更に深く打ち込まれて真っ赤な血を噴出していた。
直後、反撃として繰り出された、周辺の地面ごと浚うような敵の腕の攻撃を避け、不死人はアリーナの王から距離を取る。
漸く太刀打ち出来る要素が見付かったようだ。攻撃が通らず、しかし通っている部分があるのなら、そこを抉れば良い。そして走った痛みが深かったのか、アリーナの王が今寄越してきたばかりの攻撃は明らかに威力も速度も落ちたものであった。足を踏み締めるような動作を阻害出来ているということだろうか。
ここは流れに乗るべきところであり、不死人はすぐに次の攻撃に移るため、駆け出して今度は反対側の足元に回り込み、両腕で持った塔のカイトシールドを、脹脛に刺さっている杭にぶつける。
「ぎ、い”ぃ”っ!」
アリーナの王は痛みに声を上げ、足に刺さった杭からは血が飛び散る。これらの試みには敵に負傷を与える効果が認められ、しかしそれだけではなく、打ち付けた杭が刺さっている甲殻の部分に、新たに大きな亀裂が生まれていた。
紺碧の甲殻は硬く、それ故に一度割れてしまえば脆い面もあるようだ。尤も、温度や部位の形状、甲殻の疲労度合いなど、数多くの理由が複雑に絡んだ結果、運良くそうなっただけかもしれないが。
やがて痛みを振り払えたか、アリーナの王は掲げた両腕を自らの敵に向けて落そうとし、だがそれは以前とは見る影もなく弱り、跳ねる土砂も大した量ではないが、それでも直撃すれば人体は潰れる程度の威力があり、この攻撃を不死人は余裕を持って回避すると、再び足首に取り付く。
先程亀裂を生み出した甲殻を狙い、その部分の近くに刺さる杭を塔のカイトシールドで殴打し、すると高く短い音を発しながら、亀裂が一瞬にして繋がり、一部が割れて落下する。
その中から現れたのは、青く、そして粘膜のような滑りのある肌であった。そこを攻撃することが出来れば、この敵は更なる出血に至るだろう。
自身の防御能力に重大な問題が発生したことを知ってか知らずか、アリーナの王は反撃の態勢に移りつつあった。片腕を高々と掲げ、それを避けるべく不死人はこの時点で走り出し、するとその時、耳に届いた音があった。
不潔な液体が詰った腫瘍を無理に潰したような、生理的な嫌悪を催す音。それは先程落ちたばかりの甲殻から生じた音であり、見れば紺碧のそれの裏側にびっしりと敷き詰った黒い球体の数々が、それぞれ内側から破れて黒く細長い芋虫のような生物を吐き出していた。
一先ずアリーナの王が振り落とした拳の叩き付けを避け、直後不死人に黒い虫達が殺到する。一つ一つが人の腕と同じくらいの太さであり、全長が大剣ほどはあろうか。それが二十ほど、跳ね回りながら襲い掛かろうとしている。
それら虫達を退治するための道具も策も欠いており、不死人には後退の選択しか無く、黒い虫の集団から目を離さないよう気を付けながら、走って距離を開けようと試みる。
だがその隙を逃さんとばかりに、アリーナの王は腕を振り上げて構え、こちらに向かって拳を叩き落とそうとしていた。窮地。
否や、好機である。
不死人は足を使って自身と、虫達、それからアリーナの王の三者の位置関係を調整すると、いざ巨体から拳が放たれた際にはその場から転がって逃げ出し、そうして振り返れば敵の拳は見事、全ての黒い虫達の上に落され、哀れにも叩き潰された彼らは黄色い体液を土に吸わせていた。
それを横目で見ながら間を置かずに走り出し、アリーナの王の足元にまでやって来ると、甲殻が落ち肌を晒している部分目掛けてブロードソードの斬撃を見舞う。
青い肌が大きな裂傷を負い、真っ赤な鮮血が噴出し、そしてアリーナの王は姿勢を崩すと、膝立ちの低い姿勢となって身体の動きを止め、すると不死人はすかさずアリーナの王の首に近付き、そこに刺さっていた杭を塔のカイトシールドで打ち込む。
「ぐびっ!」
碌に声も出せずにアリーナの王は悶え、そして反射的に首元を押さえると、だがそれが却って良くなかったのか、抑えた手が杭に触れ、その付近の甲殻が割れて落下する。
またしても甲殻の裏側に付着した卵が孵り、黒い虫達が生まれ出ようとしていた。だが不死人は敢えてその場に留まり、アリーナの王の攻撃を誘ってみると、彼はまた考え無しに腕を振り上げ、地面の敵を殴り付けようとする。
その攻撃を下がって避け、しかしそう出来たのは不死人のみであり、その場に取り残された虫達は巨大な拳の下敷きとなったため、生まれたばかりであった彼等は潰れてしまっていた。
運良く逃れたものが一匹でも居ないか、一応確認した後不死人は駆け出し、巨体の足首にある甲殻で守られていない肌に近付くと、上段に構えたブロードソードを踏み込みながら打ち降ろして深く斬り込む。
それによりアリーナの王は再び姿勢を崩し、屈むような姿勢になった瞬間、不死人は敵の首に近寄ると、甲殻の守りを失い、無防備になったそれを剣で斬り破る。
「ぎっ」
紺碧の巨人は小さく呻きを上げるも、これまでに無い大量の血を首から溢れさせ、やがて徐々に身体の力を失い、幼子のように蹲っていく。
もはや立ち上がる力は残されておらず、地面に横たわった紺碧の身体からは血がゆっくり流れ出し、広い血溜まりがそこに生まれつつあった。