アリーナの王の骸、その影に篝火があり、不死人はそこに座り込んで身体を休めていた。揺れる火をしばらく見詰め続け、やがて身を起こし、立ち上がって周囲を観察する。
現在地である円形闘技場の出入り口は三つ。一つ目はアリーナの王と戦う前に通った、地下通路へ至る大きな鉄格子の門であり、ここは既に無用であるだろう。
二つ目は鉄格子の門から見て左手にある、巨人すら出入りが可能であるような巨大な門扉。不死人はまずここへ向かうことにした。
位置から推察するにこの扉の先は、獄吏を斃したあと柵越しに見た巨大なリフトが収まっている場所なのだろう。
だがこの巨大な門に近付いて調べるも、あまりの大きさ故に動く気配はなく、下の方に見付けた人間が出入りする為に備え付けられたと思しき門においても、鍵が掛かっているためか開くことはなかった。
この人間規模の門に空いた鍵穴の上には、小さな紋章が掘り込まれており、うねる水流を表現したかのような、しかし神秘を通り越して怪しげな印象の模様であった。
円形闘技場に通じる大きな鉄格子の門を開けた際に用いた鍵の束を試すが、それでも開くことはなかったため、不死人は門の前から立ち去り、三つの出入り口のうち、最後に残った一つへ向かう。
そこは大きな鉄格子の門と正対に位置する、厚い木で頑丈に造られた、しかし他に比べれば小さめの門であった。
開いたままの状態にて放置されているこの門を潜ると、地面が土から敷き詰められた石に変わり、そして入ってすぐの通路の左右両方には鉄の扉のようなものが存在したが、どちらも内側から半ば食い破られるように破壊されていたため、そこを通り抜けるのは不可能であるようだ。
壊れた扉は奇怪な様相を帯びてはいたが、意味するところは不明であり、不死人はそれを捨て置いて正面に向き直ると、直進して奥へと進み、行き止まりの壁に立てかけられた上へ向かって伸びる梯子を見付ける。
梯子に手を掛け、登ろうとした時、上の方から亡者の呼吸音らしきものが耳に届く。
ゆっくりと首を上に向け、梯子の先にある天井に空いた穴の向こうの様子を探るが、こちらに反応して何か仕掛けようとするような気配は感じ取れず、しばらくそのままの姿勢で時を過ごすが何も起こらなかったため、不死人はそのまま軋む梯子を登りきる。
穴から出た際に目に飛び込んできたその場所は、観客席ではあったが、しかし普通のそれではない、明らかに待遇の良い者達が座する特別な席であるようだ。
他の観客席との違い背もたれが付き、或いはごく丁重に装飾の施された椅子が並んでおり、その内の一つに亡者が一匹座り込み、どこか遠くを眺めているようであった。
亡者は、今までのそれには見られないような身なりで整っていた。黒地の服に、金の刺繍が這い、意匠の良し悪しまで語らずとも、素材や製作のための手間からしてそれが高級なものであると理解出来た。
こちらは特に気配を潜めているつもりは無く、にも関わらずその亡者は無関心のままであったため、不死人はその背に近付くと、首を目掛けてブロードソードを振り抜く。
一撃で首と胴は分かたれ、あっけなく亡者は崩れ落ちる。横たわった身体の懐を漁ると手に金物の感触が当たり、取り出してそれを見たところ、掌の上に金色の鍵があった。
他に硬貨などもその亡者から手に入れ、他に何も所持していない事を確認すると、次に観客席の奥にある通路へと向かう。
円形闘技場とは真逆の方向へとその通路は伸びており、不死人はこれを真っ直ぐ歩き出し、だがそれも束の間、すぐに足を止め、手近な壁に身を隠す。
通路の更に奥には、馬車が一台通ることが出来る程度の大きさの門があり、そしてその門の左右それぞれには、一体ずつ騎士らしき恰好をした者達の姿があった。
左の騎士は壁に寄りかかるように倒れ、天を仰ぎ見ているが、右の騎士は門を警護するかの如く直立し、健在な様子である。
そして騎士らしい、と曖昧な印象を受けたのには理由があり、騎士の甲冑自体は普通のプレートアーマーのようではあるが、それを着込む騎士自身の身体が妙であった。
背丈は普通の人間よりも一回り大きく、だが身体全体が大きいのではなく、他の部位に比べ腕と足が長くなっていた。どうやらそのせいで関節部分を覆う鎧を装着出来ず、所々剥き出しの肌を晒したままである。
黒いマントを背中から流し、フェイスガードの開いた兜から覗く眼は他の亡者と同じく虚ろだが、少し赤味を帯びており、身体つきの歪さも相まって忌まわしい者の気配を纏っていた。
目下のところ、不死人がこの先へ行くためには騎士の亡者が守っている扉を調べなければならず、即ち騎士には何らかの対処をしなくてはならない。戦うべきか、搦め手を講じるか。
後者であれば妙案があり、上手く事が運ぶか定かでないが、先程首を刎ねた亡者の服を拝借し、それで目を欺くという方法である。
あの騎士は正気を失って尚、扉に寄り添って立ち、その姿には風化していく騎士に通じるものがあった。故に貴賓として来場する者の恰好をしてしまえば、自身の矜持とまではいかなくとも、職務に懸けて、攻撃はして来ないかもしれない。
しばらく悩み、だが結局、戦闘は避けずに行うこととした。その理由は、この先で同じような敵と遭遇する場合を考慮し、一対一で戦えるこの状況にて、少しでも敵の手札を探るべきであると判断したためであった。
紅の双眸の前に不死人は姿を晒し、ゆっくりと歩み寄る。対して騎士は、こちらの姿を認めるや、右手で腰の鞘から直剣を抜き、左手の盾を構え、臨戦体勢となる。
「お、おお、おう」
他の亡者と変わりない呻き声を発しながら、騎士は異様に長い腕で剣を流すように上から下へ、構えを動かし、おそらくはいつでも迎え撃つことが出来るのだろう。敵を知ることも重要な目的でもあるため、敢えて誘いに乗るのも悪くは無いが、そうするより早く、相手に動きが見られる。
その音には聞き覚えがあった。騎士は虚空を斬るようにして直剣を振ると、そこから硬く閉じた唇から漏れるような破裂音が一瞬響き、即座に不死人は身構えるも、だが何も起こらずに時が過ぎる。
変化があったのは騎士の亡者自身であった。剣から生まれた大量の影は持ち主の全身を覆い尽くし、やがて靄のような状態となったそれを騎士は纏う。自らに特殊な効果を付与する魔法だろうか。
こちらから攻撃を仕掛けることは出来なくなった。黒い靄が双方にどのような効果を齎すのかが不明であったため、不死人は様子を見るべく、その場で塔のカイトシールドを構える。
そうして動かずにいると、騎士は直剣の先をこちらに向け、するとすぐにまた破裂音が短く断続的に鳴り響く。そのロングソードの向け方と、そして騎士の目が狙い定めるそれであったため直感が働き、不死人は横合いに飛ぶ。
身体の側を黒い塊が通過していった。言わずもがな攻撃の魔法であるそれは、標的を捉られぬまま石の壁に直撃し、大袈裟な現象こそ見せなかったものの、壁を無理矢理押し込み歪ませていた。驚異的な威力である。
この一幕にて騎士の得意とする領分の凡その見当がつきはじめ、だが反撃の機会はまだ訪れず、不死人は不意に距離を詰めてきた騎士の亡者の直剣を塔のカイトシールドで受け止める。
ロングソードの一撃は重く、しかし騎士は自らの斬撃が盾に阻まれるとそれ以上押し込もうとせず、引き戻して別の角度から直剣を振るうつもりのようであった。
剣戟が始まった。繰り出された亡者の直剣の突きを、不死人は身体の芯をずらすようにして躱し、直後右手に握った剣を敵の胴目掛けて走らせ、その行く先には敵の盾が現れるが、防御は事前の予測にあった。
不死人はブロードソードを相手の盾を打つ前に手元に戻し、代わりにそこへ身体全体の体重を乗せた蹴りを入れる。
すると上手い具合に敵の体勢が崩れ、騎士の亡者は大いに隙を晒し、間髪入れずに剣の煌きが相手の腹に届いた。
「ぐぅっ」
騎士は呻き、その腹部には裂傷が生まれる。だが、踏み込み、深く斬り付けた際の手応えとは裏腹に、そこに出来た傷は明らかに小さなものであった。つまりそれが、騎士が纏っている黒い靄の作用であるということだ。
騎士の亡者は一撃を加えられた後、すぐに姿勢を取り直すと、直剣を横に払って距離を取ろうとし、そうさせるかどうかの主導権はまだこちらが有していたが、黒い靄がある以上深追いは禁物か。不死人もまた下がる。