間合いが開いてからの騎士の亡者は、最初に剣を上段に構え、そこから徐々にこちらに切っ先を向けるような構えに移行し、その度右方向へ悠々と身体を流している。
攻撃を誘っているつもりなのだろうか。その動作は正気を失った亡者とは思えないほど洗練されており、手足が異様に長いことに目を瞑れば、優雅とさえ見えたかもしれない。
そうして騎士の舞踏を眺めながら、しかし眺めるだけに留める。理由は明白、時間が味方しているのは不死人の側であり、そのまましばらくが経つと、騎士が纏っていた黒い靄はやがて霧散する。
それを見届け、不死人は踏み込むと、騎士との距離を詰め気味にしてから剣を振るう。金輪際、魔法を使わせるつもりは無かった。
これに対応して騎士はこちらの攻撃を盾で防ぎ、同時にその盾の側面の縁を滑らせるようにして繰り出された直剣の突きを、不死人は軽く身体を捻って躱し、そしてもう一度防御を崩すべく、敵の盾目掛けて蹴りを放とうと予備動作を作る。この瞬間、相手の直剣は事前の攻撃の面影を残し、盾の横に触れたままであった。
破裂音が鳴る。しかし不死人の重心は既に蹴りの動きに乗って身体中を駆けており、今からではどうあってもこれを止める術はない。騎士の直剣は黒い影を生み出し、それは瞬く間に剣先が触れていた盾を飲み込み、するとそこに半球体が生まれ、この上に蹴りが触れる。触れてしまう。
途端、不死人の身体は吹き飛んでいた。蹴りを放った足が付け根から千切れるかという程、凄まじい反発力が盾に備わっていたが故の現象であり、宙を飛んだ身体は通路の壁に打ち付けられ、それでも止まらず観客席の方にまで転がる。
その魔法の作用は、単に強い、或いは激しい、などという言葉では表せず、まるでこの世界の基本的なルールを侵してさえいるかのような、奇怪な性質を孕んでいるものであった。
木製の座席をいくつか砕き、それによって衝撃を吸収された不死人の身体は漸く止まり、うつ伏せになって倒れるが、顔を上げると、こちらに向かって走り出した騎士の亡者の姿を見付けたため、負傷した身体に喝を入れ飛び起きる。
出血は無く、盾を蹴った右足も支障なく動かせるようだが、首や背に違和感があった。壁や椅子に打ち付けた部位のダメージが大きいということは、盾に反発力を付与する魔法そのものには攻撃力のようなものは無いと見える。
ブロードソードと塔のカイトシールドを構え、騎士の挙動に注視する。敵は走る勢いそのままに、直剣による刺突攻撃を行うつもりであったようだが、それなりに重いその一撃を盾でしっかり受け止めると、即座、反撃として剣を振り抜く。
脇腹目掛けて一直線に銀の光は走り、しかし騎士の亡者は腰を引いてこれを躱すと、すぐに軸足で床を踏み締め、反対側の足で長く踏み込み、不死人に向かって縦に直剣を振る。
足運びの距離が追加されたことで自然それは他の一撃よりも重く、だがそれ故に遅かった。身体を半身にし、上から下へ振り抜かれた騎士のロングソードを空振りに終わらせる。
直剣は床に当たってけたたましい音を発し、一方で隙を見せている騎士の胴に、不死人は剣による斬撃を与える。先の魔法の効果が切れたためか、今度の負傷は小さくないものであった。
畳み掛けようとブロードソードを振りかぶり、しかし騎士の亡者が取り直すのが早く、連撃の二発目は盾によって阻まれていた。
ふと騎士が構えた盾に添えられた直剣の先が目に入る。見逃すことなく、盾の横を滑らせるようにして鋭く突き出された騎士のロングソードを躱し、次に反撃の素振りを見せるべく、不死人は少し大袈裟な動きを取る。
するとやはり、破裂音が鳴っていた。騎士の亡者は魔法を施した盾で迎え撃つつもりであったようだが、生憎と乗ってはやれず、剣と盾とを合わせたまま隙を晒している敵の後ろに回り込み、腰より少し上の辺りにブロードソードを突き刺す。
「ごっ」
不死人は呼気を漏らすきりで成す術の無い騎士の体を、宙に持ち上がるくらいに柄に力を込めて貫き、やがて黄土色の肌に沈み込んだ剣を引き抜くと、石畳の上に転がるそれを蹴り、最早動き出さないことを確認する。
異質な業を用いる敵であった。だが獄吏が使ったものとも似ており、この地域ではそう珍しいものではない可能性もある。
雫石を胸元で砕き、身体を治癒しながら騎士の亡者の懐を漁ると、そこから出た幾ばくかの硬貨や雫石を奪う。念の為もう一方の、最初から動かなかった壁にもたれて倒れる騎士の懐も探るが、こちらは何も持っていなかったようだ。
それを終えると、不死人は通路奥の扉の方に向いてこれを調べる。扉には鍵が掛かっており、そのままでは押しても引いても開くことはなかったが、これに描かれた絵柄と、先程貴賓席の亡者から手に入れた金色の鍵に相似した趣があった。
懐から取り出した鍵を鍵穴に差し込み、回したところ、扉は無事に開いたため、その奥へと足を踏み入れる。
格調高い外観の建造物が所狭しと並ぶその場所は、おそらく貴族街と呼ぶべき地区である。
ステンドグラスが嵌る窓や、壁や石柱などの至るところに掘り込まれた精巧な模様が、ここに住まう者達の富を表しているようだが、それらが最も美しかった時代からはあまりに時が経ってしまったのだろう。全ては欠け、砕け、朽ち果てようとしていた。
「お? おおう」
その声は不死人が開いたばかりの扉からすぐ近く、建物の玄関前にある低い階段に腰掛けている男性から掛けられたものであった。
「そんな場所から人が来るなんてなあ、はじめてのことだ。いや、多分はじめてだ。きっとな」
男性の顔にはまだ生気が宿っており、亡者ではないようだが、年老い、痩せさらばえているため、あまり大差ない見てくれであった。
「旅の方か、この滅びた地に何を求めているのか分からないが、良かったら話でもしていかないかね」
話、というのがまるで区分無く、特に何について語るのかは不明であったが、集められる情報は何でも集めるべきである。不死人は男性の言葉に頷いた。
「うむ、この国はな、それは豊かだったさ。周壁の外には広大な農地があり、海がその恵みを絶やすことは無く、貧困に喘ぐような者は居なかったよ。それに海と周壁と森がこの地を守り、故に攻め落とすのは非常に難しかった」
男性は唾を飲み込み、膝の上に置いていた手を少し握る。話の内容と態度から察するに、彼は誰かに話を聞かせたいようだ。余計な口は挟まず、男性が続きを話すのを待つ。
「それが慢心を呼んでしまった。結果、この国は二度の戦いで狂い、そして立ち直る力も無く、そのまま滅んでいった」
掌を開き、彼は自分の髭を触りながら、向かいにある建物を眺める。そこは他と同様朽ちており、人が生活出来るような彩度を失っていたが、彼には別の物が見えるのだろうか。
「想像したまえ。己の命より遥かに大事な者達に囲まれ、毎日を送り、幸福に溺れ続け、しかしある時、愛する者達は全て連れ去られ、そして、二度と戻っては来なかった。私にも当時まだ小さかった娘達が居てな。奪っていった者達への憎しみに耐える為に、あらゆるものに縋り付いたよ。だから、私には彼等の気持ちがよく分かる」
彼等、とは誰のことなのか。不意に滑ったような怪しげな風が通り抜け、二人ともそれが向かう先、街の方へと視線を向ける。
「リングレイの貴族達は特に、一人残らず若者が連れ去られた。街に取り残された老人達は、だが誇りは失わず、以降それまでに無い業の数々を手に入れ、そして今では怪しげな儀式に耽っていると聞く」
そこで一度話を切り替える為か、男性は手で膝を叩き、不死人の顔を見る。
「さて、話が長くなってすまないな。ともあれ、この先に向かうのなら何か入用になるだろう? あまり多くは持っていないが、売ってやれるぞ。ああ、硬貨か。勿論良いとも。この国の人間として、それを拒んだりはしないさ」
男性は脇に置いてあった大きな木箱の中からいくつもの鞄を取り出し、これの中身を広げると、そこから投げナイフや火炎壺、何かの丸薬と樹脂、そして馴染み深い大小様々な雫石が出る。
必要な物をいくつか取引し、それらをすぐに取り出せる場所に仕舞い込むと、不死人はいよいよ貴族街に踏み込むことを男性に告げ、その場を去る。
「奴らに目玉を取られないよう気を付けて行け」
背に掛けられた言葉の意味は不明瞭であったが、しかし実際に見てみれば分かることなのだろう。貴族街に向かって歩いて行く。