地面の石畳は、その一つ一つが中央広場や居住区画よりも綺麗に並べられていた。感心しながら、しかし地面にばかり目を向けたままでいる訳にもいかず、顔を上げて進んで行くと、程無くして到着したのは貴族達の館と思しき建物を両側に並ばせる、大きな通りの入り口であった。
この大通りの南西の方角には壊れた馬車が数十と詰って通行が出来なくなっており、それは溝の溜まり池で目にしたものと酷似した光景であった。偶然ではないのだろうか。方角から推察するに、大通りの南西の先はアリーナを迂回して溝の溜まり池付近に繋がっている風ではある。
その一方、馬車の積まれた地点の反対側、大通り北東方向が王城への道となるが、途中、道を跨ぐ巨大なアーチがあり、この下では門が閉ざされ、潜ることを拒否していた。
何かの模様が描かれた門は大きく、単なる手動では開かない類のものである。近付いて仕掛けの詳細を調べる必要があるが、迂闊にそうすることは躊躇われた。
その近辺には身を隠せるような物が無く、逆に大通りの両側に建つ数階建ての館からは一方的にこちらを見ることが出来る。魔法どころか、投石さえ大きな脅威となる地形であった。
不死人はなるべく通りの端に寄りながら門へと歩み寄っていく。並ぶ館の窓の奥の暗闇が何を隠しているのか、考え始めればきりがないが、想像上のそれを実際に目にすることはなく、不死人は無事に門の前に辿り着く。
門に施された装飾は、花の形をしていた。幾重にもなる花弁と、棘の付いた茎が描かれており、ということはつまり、その花は薔薇であるのだろう。門の構造としては、上下に可動することで開閉する様式であり、動作にはレバーのようなものが必要になると思われる。
ざっと周囲を見回したものの、それらしいものは見当たらず、だがそもそもここは王城へ至る道の途中であり、もしもアーチと門が敵の侵攻を遅らせる目的で設置されているのであれば、門のこちら側に開閉装置はあるべきではない。
通行を断念するか、それでなければ薔薇模様の門を作動させる以外の方法で向こう側に行かなければならなかった。
不死人は手近な館のいくつかに目を向け、殆どが出入り口の閉ざされたそれらの中に、大通りの左に建つ一つがその玄関の扉を開いたままにしているのを見付ける。
窓は締め切っているのか、館の中は薄暗く、如何にも怪異を飼っていそうではあったが、しかしリングレイの地でそれは今更というもの。覚悟を決め、館の中に足を踏み入れる。
板張りの床の上には、濃厚な赤色をした絨毯が敷かれていた。それは柔らかなため、上を歩けば易々と足音は出ないようだが、条件は敵も同じだろう。どの道慎重に進まざるを得なかった。
壁にはしっかりと壁紙が張られ、或いは額に入った絵画や、また家具一つとっても上質なものであり、そういった部分において中央広場付近で見た庶民の家とは違いがあり、暮らし振りの差が出ていた。
「う、むっ、うむぅ」
廊下の奥からの声であった。顎や舌の筋肉が弱いのか、他の亡者に比べて覇気の無い調子で呻くそれは、間も無く影から姿を現し、不死人に武器を向ける。
背は低く、子供と見紛うほどであるが、単に身長が低いのではなく、背骨を曲げて立っているが故にそう見えるようだ。黒ずんだ、しかし元はおそらく煌びやかであった衣装を纏い、手にした武器は刺剣、レイピアの一種だろうか。
貴族街入り口で出会った男性の話にあった、貴族の老人であるのだろう。そして正気を失った亡者でもあり、こちらを見付けて警戒をしている様子であった。
「ぃはんっ、むむむむっ」
早速仕掛けるつもりのようだ。敵は不気味に唸りながらレイピアの先をこちらに向け、逆の手は空けたまま宙に浮かせると念じるように力を込め、だが破裂音が響く直前、不死人の投げたナイフが老人貴族の亡者の顔に刺さり、魔法の詠唱は中断される。
廊下のような狭い場所で魔法を撃たれれば、まさか、曲芸のようにそれを飛び越える訳にもいかず、防御しか選択肢が無い。
ならば、撃たせてはならない。顔に裂傷を負ったことで怯み、僅かに後ろへたたらを踏む老人貴族との距離を一気に詰め、不死人はブロードソードを振りかぶるも、その一振りに割り込むように差し出されたレイピアの突きに浅く胸を切られ、それ以上進めずに一歩分下がる。
しかし引いた身体を、老人貴族の亡者は逃さなかった。驚くべき踏み込みの長さで相手は迫り、こちらに追撃を仕掛けようとレイピアで突き込む。
危うく串刺しになるところを塔のカイトシールドで防ぎ、次にこちらからも反撃を試みようと剣を握るものの、その攻撃の意が現れ、一瞬盾の防御が疎かになったところを再び付け込まれる形で敵の鋭い突きが喉仏に迫る。
咄嗟に不死人は上半身を逸らし気味にしながら後方へ飛び退き、亡者の攻撃から逃れ、そのまま敵から少し距離を取る。
優勢は対敵に傾いていた。今までこちらに出来たことと言えば逃げる事と防ぐ事、それから投げナイフを一度当てたことだけであり、いずれも相手の戦闘力を殺ぐような結果には繋がっていない。
その理由は剣技の差にあり、武器の特性と併せて敵の攻撃の方が遥かに素早く、そして届く範囲が長い。こちらが攻撃を繰り出そうとしても、その後から行動し始めた老人貴族に先を制される。
よって剣の刺し合いは不利であり、まして技を比べるような真似など論外だろう。であれば、他の手段を用いるべきである。
不死人はブロードソードを一度鞘に納め、両手で塔のカイトシールドを持つと、盾を前面にして頭を下げた体勢で走り出し、レイピアで迎撃の構えを見せる老人貴族に対して全力の突撃を行う。
そして繰り出されるレイピアの突きを盾で弾きながら、質量と速度の乗算により一つの威力と化した不死人の身体は老人貴族の亡者に激突し、そのまま吹き飛ばした。いくら鋭かろうが、重さのまるで無いレイピアでこの攻撃を止めることは叶わなかったのだ。
「ごうっ」
呻きながら老人貴族は床に倒れ込み、すかさず不死人はその上に馬乗りになると、両手で持った塔のカイトシールドを持ち上げ、その縁を皺だらけの頭に叩き付ける。
返り血に塗れ、砕けた頭蓋の欠片が顔に付着して尚、何度も敵の頭を叩き、そして完全に潰れて無くなるまで続けると、ようやく手を止め、立ち上がって周囲を見る。
塔のカイトシールドで老人貴族を吹き飛ばした際、存外飛び過ぎたのか、不死人が今居る場所は廊下の奥の方であり、身体に付着した血はその殆どが、締め切った窓の生んだ暗がりによって覆われているようであった。
周囲に他の敵が居ないことを確認し、一息ついたあと、不死人は室内の探索を再開する。
廊下の各所にある扉を一通り調べるも、どれも全て閉ざされており、それは施錠してそうなっているものもあれば、板を打ち込んで厳重に封じられている箇所もあった。
いずれも破壊して進むには手間が掛かり、そうせずに進める場所があるとすれば、それは上に続く階段のみであった。不死人は草の蔓のような模様の描かれた手摺に捕まりながら、これを登っていく。
「うぇええう」
階段が終わり手摺から手を離した頃、再び別の老人貴族の亡者が出現する。相変わらず狭い廊下で、その条件に適した武器であるレイピアを持ってこちらに迫り来ようとしていた。
走りながら突きを繰り出すのかと思えば、老人貴族はこちらの少し手前で急に止まり、そして破裂音が響く。不死人は単純にレイピアの攻撃を警戒していたため、反応が遅れてしまい、今からでは魔法の発動は防ぎようもなく、止むを得ずその場で身構え異変に備える。