リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第6章 貴族街 5

 乾いて尚、生々しさを残す血の跡が、床の至る所に広がっていた。リングレイは亡者に溢れ、故に暴力の坩堝と化しているが、この血塗れの床は単なる闘争の名残と違い、惨たらしさや穢らわしさを想起させるものであった。

 飛び散った血の跡を観察していると、隅の方に血の汚れが床の一部を直角に避けている部分を見付け、つまり一度絨毯を敷いている状態で血が流され、それでは満ち足りずに絨毯を退かした後でもまた血が流されたのだろう。

 更に室内の奥には、先の丸まった小さな器具がいくつも床に散らばり、それを見れば最早大体の見当は付くというもの。不死人はずっと耳に届いている呻きのする方へと向かう。

 声は部屋の一つ、僅かに開いた扉の隙間から漏れ出ていた。通常であれば最大に警戒して扉を開けるものだが、今回その必要はあまりないだろう。扉を開き、中を確かめる。

 部屋の中に居たのは、顔の一部以外の全てを黄色い布で巻き、そのまま横に倒して捨て置かれた亡者であった。それも一匹だけではなく、数匹、動く者、動かぬ者が混在している。

 このような状態で目の周りの布だけを開き、彼らの瞳に光を与えて何になるのかと言えば、真実はその逆、光を完全に奪うべく、彼らの眼球は一様に抜き取られてしまっていた。

 目玉を欲する、目を刳り貫くという行為にどのような意味があるのか分からないが、どうやら老人貴族達の目玉への執着は、尋常な人間では計り得ないものがあるらしい。貴族街入口に居た男性曰く、老人貴族達は怪しげな儀式に耽っているそうだが、それに目玉が関係しているのだろうか。

 痛ましい呻きはまだ絶えず、放っておけばそれはずっと続くだろうが、彼らは不死故に亡者。苦痛に苛まれているとは言え、斬ったところで一時的な解放にしかならず、あまり意味は無いだろう。放置することに決め、その場から去る。

 その階にはそれ以上調べるものが無くなり、不死人は階段を探し出すとそれを降り、下の階へと向かった。

 血の跡は階段にまで及んでいた。壁紙も汚れが目立ち、だが破れているような部分は見られない。争ったような痕跡は無く、一方的な処理の現場であったのだろう。

 「うむっ、うむむむんっ」

 階段を降りた瞬間、上の階に居る被害者達とは別の呻き声が耳に届く。暗闇ではあったが、詠唱の際に振ったのだろう、微かに銀色の刀身が翻った際の光が目に入り、不死人は咄嗟にその光りを頼りに投げナイフを放つ。

 「れうっ」

 牽制が命中したのか、それらしい亡者の声を聞き付けたため、間髪入れずに暗がりを駆け出し、剣ではなく盾を前に出して身体ごと相手にぶつかる。

 敵の身体は吹き飛んで床に落ち、不死人はすぐにその肩を後ろから捕まえると、背中からブロードソードで突き刺す。鎧も何も身に着けていないためか、刃は抵抗無くその身体を貫き、間も無く老人貴族は動かなくなった。

 不死人はすぐにその軽い身体を打ち捨て、周囲を警戒するも、こちらに手向かおうとする者が他に居るような気配はなかったため、一息つく。彼らは闇に慣れ親しんでいるのだろうか、今の一幕の始まりでは、向こうがこちらを発見する方がその逆よりも早かった。

 老人貴族の懐を漁り、雫石のみの戦利品を仕舞う。その後立ち止まったまま周囲をざっと見回すと、廊下の奥にある部屋の入り口に目を引く物があった。

 それは高く積まれた数十にも及ぶ数の、長い麻袋であった。丁度人間の身長と同じくらいの全長の袋は、そのうちの一つが破れ、やはり被害者が頭部を覗かせていた。勿論、目玉は取られているようである。

 廊下の一角がその状態であったため、この近辺では進める場所が少ない。不死人はこの階の探索に早々に見切りを付け、下の階に向かう階段を見付けると、それを降りていくことにした。

 降りた先は地上と同じ高さにある階の筈だが、階段の下にまで詰め込まれた麻袋を見るに、外へと通じる出入り口を発見することが出来るかどうか、聊か怪しいものであった。

 足の踏み場も無く、廊下の床や絨毯を見ることが出来ないほどに麻袋は多いため、止むを得ず不死人は麻袋の上を歩き、出口への扉を探し回る。

 足の裏に触る骨ばった出っ張りは、露骨に被害者達の身体の部位を想像させた。小心な者がこの上を歩いたなら、己の足を遺体に掴まれる妄想でもしてしまうかもしれないが、ただし遺体の中に亡者が混じっている可能性も十分に考えられるため、妄想では済まないことも在り得るだろう。

 積まれた麻袋に妨げられ、調べるどころか進むことすら困難な場所が多く、だが大通りに面している方角を予想しながらそれを室内の間取りと照らし合わせ、目処を立てた方向へ進んで行くと、それらしい扉が見付かる。

 どうやらそれが当たりの扉であったようだ。不死人は鍵の掛かっていなかったその扉に手を当て、ゆっくりと外に向かって開き、屋外に出る。

 日の光を浴びて眩さに瞼を閉じ、徐々に慣らしてから不死人が見たものは、薔薇模様の門より北側の大通りであった。二つの館を巡った結果、王城へ少し近付くことが叶ったようだ。

 だが大通りの先にはもう一つのアーチと門が道を閉ざしたまま立ち塞がっており、こちらも迂回しなければ王城へ辿り着くことは出来ないだろう。

 そして今更無用ではあるかもしれないが、薔薇模様の門の足元に大きなレバーを見付ける。不死人はこれに近付き、握って力を込めると、歯車が噛み合ったような軽快な音が鳴り、次に重厚な音と振動を出しながら薔薇模様の門はアーチの中に収まるように上昇し、そこの通行が可能になる。

 大きな音が出てしまったが、大通りに並ぶ建物の窓に人影が現れる、というようなことは無い様子であった。この付近について他に目を引く部分は無く、不死人はもう一つのアーチと薔薇模様の門を迂回するため、どこかの館の扉が開いていないか、注意深く観察する。

 だが殆どの扉は木の板で塞がれているか、或いは玄関の内側から麻袋に入った遺体が溢れ、とても通り抜けることは出来ない状態であった。結果、無事な扉はその近くに二つのみ残されている。

 一つは大通りの西にある建物への扉。これに近付いて調べたところ、扉自体に損傷等は見受けられず、内側から無理な重さが掛かっているような気配も無かったため、扉のすぐ側まで麻袋が来てはいないようだが、肝心の鍵は掛かったままであり、開くことは出来なかった。

 もう一つは、大通りの東にある建物。こちらを調べてみたところ、扉は普通に開き、室内に上がることが出来るようであった。

 相変わらず締め切り、暗く、そして淀んだ空気の館の中へ、不死人は足を踏み入れ、進んで行く。

 その館の中は、先ほどのそれと違い、麻袋が一つたりとも見当たらなかった。しかし綺麗に片付いているのかと言えば、全くそうではない。

 室内の絨毯を汚していたのは、乾いた泥や土の塊であった。そこはまるで土木作業の後のように乱雑になっており、絨毯を含む美しい調度品との対比で、部屋としての観点が捉えられない、奇妙な空間を作り出していた。

 「うぉぅぅ」

 亡者の呻き声が聞こえ、不死人は即座に身構える。

 声の主がどのような者なのか、現時点では判然としないが、その出所は暗い廊下の奥であった。左の手に持った塔のカイトシールドをそちらに向けて構え、右手はまだブロードソードを掴まず、その代わりに、今のところ老人貴族に対し高い牽制の効果が認められる投げナイフを持つ。

 その姿勢のまま時を送り、だが相手からこちらに向かってくることは無かった。老人貴族の亡者ではなく、目玉を抜かれた者が居るのだろうか。確かめなければならず、不死人は盾を構えたまま、ゆっくりと部屋の奥へ移動する。

 唐突に、陶器類が割れたような甲高い音が室内に反響した。その発生源はこちらの足元であり、つま先に何かを小突いてしまったかのような感触を残していた。

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