リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第6章 貴族街 6

 「うえああああああああああっ!」

 「るあああっ! ああああああああっ!」

 二匹分の叫びが廊下中に木霊する。

 不死人はすぐに身体の向きを反転させ、声のした方角に背を向け出口へと走り出すが、凄まじい速度で背後に迫る何者かの足音が既に近い。故に外へ通じる扉に辿り着いた瞬間、振り返り様に塔のカイトシールドで薙ぎ、その二匹を吹き飛ばした。

 気の触れたような声を上げるような性質を今まで見せてこなかったため、姿を見るまでは別の敵の可能性が想像の内にあったが、実際に床に転がっていたのは二匹の老人貴族の亡者であった。確かに、彼等ほど軽い身体でなければ、盾との正面衝突の際、二体纏めての体重には勝ちようも無い。

 老人貴族達が叫んだ理由はさて置き、不死人は無防備を晒す手前の一匹に急いで取り付き、その敵の頭をブロードソードで叩き割ると、次の相手に向き直るが、もう一匹の老人貴族は既に起き上がり、こちらにレイピアの先を向けていた。

 短い破裂音が響く。牽制は間に合いそうに無く、狭い廊下では回避のための空間が無い。あまり良い選択とは言い難いが、他にやりようもないため、不死人は盾を構えつつ、相手から少しでも距離を取ろうとそこから飛び退く。

 だが詠唱の後に現れたのは、標的に向かって一直線に飛ぶような攻撃魔法ではなく、使い手の足元から広がる黒い波紋のみであった。一瞬の間が空き、波紋の先が床に転がる老人貴族の身体に触れると、一瞬でそれを深く飲み込み、そして次の瞬間には炸裂していた。

 レイピアや衣装が宙を舞う。

 彼らが扱う術の中で、一度目にしたにも関わらず発動時の効果が不明な物の正体がそれであった。仲間の身体を、或いは斃れた亡者の身体を爆発させる魔法であり、威力こそ高いが種が分かってしまえばそれほど脅威ということでもないだろう。

 直前にそこから身を引き、結果としてその魔法はこちらには当たらなかったため、不死人は詠唱したばかりの亡者に投げナイフを投げ付け、相手が怯んだ隙に一息で距離を詰め、もう一度塔のカイトシールドで殴り、廊下の奥へと吹き飛ばした。

 弧を描くように飛んで行く老人貴族は暗がりの奥へと転がり、するとその身体が奥にあったいくつもの陶器類を一斉に割った為か、甲高い音が何重にもなり、大音力が響く。

 館の外へすら響くような音は、それを聞きつけた良からぬものをこの場に引き寄せかねないが、まず優先すべきは目の前の敵である。不死人は吹き飛ばした老人貴族を捜し、廊下の奥へと踏み込むと、だが待っていたのは大量の土埃であった。

 先程の大音量と無関係ではないのだろう、ただでさえ暗闇の中で土が室内に舞い上がることにより、こちらの視界は塞がれ、であれば敵の姿が目で見付かる筈は無い。

 視覚が働かず、だとすれば次に恃みにするのは聴覚である。不死人は僅か身動ぎするような音を耳にし、位置の見当を付けてから、そこへ向かって駆け出し、すると起き上がる最中にあった老人貴族を見付ける。

 このような世情でなければ保護の対象になり得るような、弱々しい身体に蹴りを入れ、蹲った背を膝で抑え込み、首を掻き切る。

 そうして敵は動かなくなり、他にこちらに迫る危機が無いか、耳を澄ませて気配を探り、しかし何も起こらないことを確認してから剣を納める。

 今の戦いにおいて、謎が二つあった。一つ目は、何故老人貴族は狂態を見せたか。二つ目は、何故土埃が出てきたのか。それらの答えを得るのなら、足元に転がるそれが何であるのかを知るべきであろう。

 花瓶のように見えて、しかしそれよりは厚みがある、おそらく壺の類であった。中には骨のような物が入っているらしく、取り出して見てみると、それは人間のものであるように見受けられる。

 他にはさらさらとした砂のようなものが壺の中に収まっているが、一緒に人骨が入っていたことを考えれば、これは遺灰なのだろう。言うまでも無く人間の埋葬方法は地域や文化によって異なるものだが、この地方ではこのように弔うのが一般的なのだろうか。

 それならばこの館では葬儀かそれに類するものを取り扱っているのかという話になるが、にしては生活に使う家具はその辺に置かれており、つまりその答えでは納得し難い。

 老人貴族が怒りを見せたことに関しては、遺灰や人骨が彼等に所縁がある者達のものであり、それを収めていた壺が割られたが故にああいった反応を取った、という線が考えられるかもしれないが、仮にその事項を併せても、何故この場にあったのか、という問いの回答には成り得そうも無い。

 壺の模様なども見はしたものの、それで得られる情報は特に無く、思案はそれまでとし、館内の探索を再開することにした。

 灰まみれになった一階の廊下を奥へ進む。床の上には他の壺も置いてあるため、先ほどのように誤ってそれを割らないよう気に留めながら歩き、周囲を調べていくと、どうやら少なくとも同じ階には敵の気配は無い様子であった。

 それについては当然と言える。あれだけ大きな音を出した後なら、亡者達はすぐに気が付き、ましてそれが老人貴族であれば尚の事、敏感に反応するものだろう。

 奥へ進む度に見付かる扉のノブを回し、しかしそのいずれもが開かず、閉ざされたままであった。そして一階廊下の最奥に至ると、その右手に上の階に登る為の階段が見付かり、そこへ進もうかと手摺に手を掛け、だが思い留まって引き返す。階段のすぐ側の部屋の扉が一つ開きかかっているのを見付けたためである。

 部屋からは一切の音がしなかった。不死人は扉に触れ、それをゆっくり押していくと、そこに一家の者達が団欒をするような、リビングルームのような広めの部屋が現れる。

 その部屋は、これまで貴族街で見てきた場所の中でも、一際奇妙なものであった。

 室内に置かれた食器類、机、椅子、調度品の数々は全て磨き上げられ、埃を被っているような部分はどこにも見当たらず、その徹底振りは、目の前の光景が夢幻の類であるのかと錯覚してしまう程である。

 だが貴族街入り口の男性の言葉が正しいのなら、この街にはもう家族が食卓を囲むような機会は消え失せた筈であり、即ちこういった用意をしたところで無意味である。

 しかし、これが残された老人達にとっての人間性のよすがであるのなら、彼らが誰かを迎える用意をしていることは、きっと何かの意味があるのだろう。確かめる術も無いが、貴族街の閉ざされた館、そしてその部屋の中には、こうした場所が多く存在しているのかもしれない。

 その部屋には武器や道具は無く、この先の道程で役立ちそうなものは見付からなかったため、無意味に散らかすような真似はせずに立ち去ることにした。先程の階段まで戻り、そこを登っていく。

 階段を登り終えたそこは一階の廊下とは違い、土汚れなども無く、特におかしな様子は無かった。内部の雰囲気は貴族街で最初に入った館のものに近い。すぐに次の階段を見付け、不死人は最上階となる三階へと向かう。

 最上階にも老人貴族の姿は無く、部屋の中には光が差し込んでいた。流行りの色であったのか、開いた窓から風が入り込み、白いカーテンを揺らしている。

 不死人は窓の周囲に敵が潜んで居ないか、一度確認してからそれを跨ぎ、屋根の上に出る。カーテンもそうであったが、瓦もまた他と同じような色合いをしていた。景観を統一するような意識が住民全体に働いたのか、或いは単にそういったものは伝播し易いだけなのか。

 瓦を踏みながら屋根を登り、周囲を見回して屋根同士で渡れるような場所が無いか探すも、それらしいものは見付からなかった。跳躍で移れるほど屋根の間隔は狭くはなく、そして橋も架かっていない。

 進むべき道が途絶えかけ、しかし改めてもう一度周囲を観察したところ、一つの案が浮ぶ。

 今いる館の屋根の上には、同じ高さで隣り合うものが一つあった。それは薔薇模様の門の上にある、石で造られたアーチである。アーチは大通りを南西に跨いで構えており、これを渡ることが出来てしまえば、大通りの西に並ぶ建物の屋根の上に移れる可能性がある。

 アーチは幅が広く無いため、落下のリスクは呑まなければならないこと、渡った先の建物も、薔薇模様の門の手前に位置しているので、その建物から確実に門の向こう側に行けるわけでは無いこと、以上の二点に留意すべきである。

 懸念事項を想定してから、不死人はまず片足をアーチの上に降ろす。そこは幅が狭いとは言え、石で出来ている甲斐あって足場の安定性では瓦とは比べ物にならないほど確かであった。

 もう片方の足も降ろし、前進を試みる。

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