リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第6章 貴族街 7

 「うおっぅ」

 アーチの先に、好ましくないタイミングで老人貴族が出現する。ここでの戦いに時間を掛けることは即ち落下の危険を高める意味を持ち、従ってこの敵は安全性を重視しながらも、手早く片付けなければならなかった。

 不死人は今や手堅く効果を発揮する投げナイフを敵に向かって素早く投擲し、しかし響いたのはナイフに刺されて怯む亡者の呻きではなく、まるで乾いた音であった。革張りの軽量な盾、レザーシールドを老人貴族は構え、これの仕業によって投げナイフを弾いたようだ。

 土壇場でそれまでのやり方を潰され、急ぎ判断を要求される状況だが、目前の老人貴族はそれを待つこと無くレイピアを構え、その途端に短く断続的に鳴る破裂音が響く。

 止める術は無かった。レイピアはその切っ先を不死人に向けると、そこから黒い塊が一直線に飛び出し、だが避ける場所は無く、否応無しにそれを塔のカイトシールドで受け止める。

 まるで重さで以て蝕むかのような奇怪な力を受け止めようと、盾を持った手に力に込め、危うく取り落としそうになるところを何とか堪え凌ぎ、黒い塊の魔法をやり過ごす。しかし、体中の力を一度に出し切ったこちらとは対照的に、老人貴族は涼しい顔をしていた。

 今の魔法を何度も受け止めるような真似は避けなければならなかった。それは足場の狭さ故に、衝撃の伴う攻撃を防ごうとするのはあまりに危険である、という理由もあるが、受け止め続けていれば前進の機会が得られない、という点も忘れてはならない。

 だが回避の為の足場は無く、今までのやり方では投げナイフが通じない。よって、戦い方を工夫するべきである。

 不死人は所持している投げナイフの数を確かめると、残り五本の内、一本を握り締め、再び魔法を詠唱しようとしている老人貴族の亡者に向かって数歩踏み込み、それと同時にナイフを投げる。

 すると当然の成り行きとして、乾いた音が鳴り、投げナイフは老人貴族の盾に簡単に弾かれ、アーチの下へ落ちていった。その後敵は再度レイピアを構えて魔法を詠唱し始め、だが不死人は同じように何歩か踏み出しつつ、投げナイフを放った。

 それを老人貴族の亡者がレザーシールドで防ぎ、魔法の詠唱を再開し、その一瞬の隙を突いて不死人はまた前進し、この流れを繰り返し、徐々に互いの距離が詰っていく。

 老人貴族の場合、魔法を詠唱する際は一度足を止めなくてはならないため、接近されていくことに慄き、後退し始めれば無防備になり、そこに追い縋って攻撃を加えられる可能性が高い。

 それこそが本命の狙いであり、こちらとしては敵がいつ背を見せるか、期待しながら少しずつ前進し、しかし老人貴族はナイフの防御と魔法の詠唱を反復し、その場から動こうという気配を見せなかった。

 正気を失った亡者というものは戦略を用いず、闇雲に襲い掛かるばかりで、今も不死人の企図するところを察しているとは考えにくい。だが反面恐れを知らず、それ故に亡者は今の攻防で自信が距離を詰められつつあるにも関わらず、そこから引き下がろうとしなかった。

 元からナイフの本数は心許なく、そして最後の一本を投げてしまったとき、それを盾で弾いてから老人貴族は詠唱を再開するが、それを走って止めるには未だ距離を残し、間に合いそうにもなかった。

 それを厭うのは、それがあまり頭の良い人間のする行動ではないように思えるという考えが無意識にあったのかもしれない。それはともかく、不死人は大きめの雫石を懐から鷲掴みにし、取り出したそれを老人貴族に向かって全力で投げる。

 砕け、内側から溢れ出した光は老人貴族の身体に癒しの効果を齎すが、無論そのようなことに意味は無く、敵が投げつけられた雫石を反射的に防ぎ、その際詠唱を中断していたことが重要である。

 不死人は遂に駆け出し、老人貴族の眼前にまで迫る。

 敵も流石にこの近さでは魔法による迎撃は間に合わないと判断したのか、詠唱の素振りは見せずにそのままレイピアで構えを取り、そして両者の距離が詰った瞬間、老人貴族の亡者は渾身の突きを放つが、走る勢いをそのまま乗せた塔のカイトシールドによる衝突により、細身の剣では力が足りず、刺剣の一撃は防がれると共に、老人貴族の亡者は弾き飛ばされ、アーチの下へと落ちていった。

 その高さは建築物三階分に相当する為、まず助かる見込みは無いと思って間違い無いだろう。ましてあの小さな身体である。一先ずの安全を確保したようだ。

 投げナイフは全てアーチの下へ落ちてしまったようであった。現時点では回収出来ず、しかし後からそれが叶う可能性も考慮し、そこから地面を見下ろすと、異様な光景を目にすることとなった。

 薔薇模様の門の北側に居たのは、老人貴族の群集であった。それだけでも不吉そのものだが、そこに居る全ての者達は等しく頭を垂れ、手を胸の前で重ね、まるで何かを唱えているかのような、不気味な振る舞いをしている。

 彼等は全員が同じ方角、薔薇模様の門の方を向いていた。しかし、不死人の居る場所から見る限りでは、薔薇模様の門の元にあるのは黒い布切れの塊と、逆に白い半透明な糸のようなもの、それから大量の何かの骨、おそらくは人骨、それだけであり、祭壇のようなものは無い。

 そのまましばらく観察を続けるが、それ以上のことはアーチの上からでは知ることが出来なかったため、不死人は早めにそこを渡ることに決める。

 大通りの西にある館の屋根の上に辿り着く。

 瓦の上を歩き、その周辺を調べると、屋根の上には隣の館への橋等は無いようだが、代わりに窓が一つ開いたままになっており、そこから室内に入ることが出来るようであった。

 中を覗き込み、窓の周囲に亡者などが潜んで居ないことを確かめ、足を踏み入れる。格式ばった家具や、壁紙とその上に掛けられた肖像画など、いずれも貴族の館にあって違和感の無い品々に出迎えられるが、床に敷かれた絨毯の上に並ぶのは、果たしてそれらに属するものか。

 銀で出来た、底の深い皿であった。数十にも及ぶ数が床一面に並べられており、まるで雨漏りでもして、水滴を受けるために置かれているかのようであったが、貴族達が庶民染みた知恵を発揮する必要などあるだろうか。

 なんにせよ、急な動き方をしてこれに足が当たりでもすれば、大きな音が出て亡者達の注意を引くことになりかねない。あまり近付かないようにしながら、廊下の奥へと進んでいく。

 「うへぃっ、ひひひひ」

 明らかに嘲笑であった。声のする方に振り向くが遅く、不死人は何者かに身体を掴まれ、床に押し倒される。

 一体どこに潜んでいたのか、老人貴族が一匹、こちらの身体の上に乗り、手にした小さな器具を顔に差し向けていた。転倒の衝撃で反応が一拍遅れ、だがすぐに姿勢を取り直し、老人貴族の顔を塔のカイトシールドで殴り付ける。

 痛みに顔を顰めながら老人貴族は上体を反らし、不死人は続けざまに盾で敵の顔を何度も殴ると、いつの間にか身体の位置は入れ替わり、馬乗りになっていたのはこちらであった。

 やがて顔面を叩き潰された老人貴族は動かなくなり、こちらの盾や身体から鮮やかな返り血が滴り落ちる。

 あの笑い声を思い返すに、ともすればこの老人貴族は、亡者ではなく理性を残し、その下に行動していた者であった疑いがあり、だが話の通じる相手ではなかっただろう。

 立ち上がり、周囲を見回してその老人貴族が潜んでいた場所を探してみるも、それらしい物陰は無く、あるとすれば天井に張りついていた可能性くらいのものであった。

 あまり現実的な想定ではないが、今後は上にも注意しつつ、室内を進むべきなのだろう。気を取り直して廊下の奥へと、探索を再開する。

 上に気を払いつつ、というよりも結果として全方位に注意を向けながら進めば歩みは一層遅くなり、その結果短い距離ではあるが、その階段を見付けるのにそれまでの倍近くの時間を要することとなった。

 この階段をひとつひとつ、慎重に降り、そうしながらも階段の先の暗闇に目を向け、するとそこにいくつもの僅かに光る何かを見付ける。大量の眼差しにも似たそれは、しかし襲ってくることはない。そのまま不死人は階段を全て降りる。

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