薔薇模様の門の下にある、白黒の何かがさざめく。
まるで毛を立たせるかのように、そこから細い骨が起き上がり、次第に太く長いものも続き、それらが徐々に全体が上へと向かいながら、人骨が音も無く組み合わさり、また内側に巻きこんだ黒い布切れをも肉とし、人の背丈を遥かに越す巨体を作り上げていく。
そして変化が続く最中、大小様々な骨の中から頭蓋骨だけは一箇所に集い、上の方へ嵌り込んで巨体の顔と化し、さらに身体から腕らしきものが一対突き出すと、手のひらを上にして雨粒でも受け取ろうとしているかのように身体の前に翳していた。
最後に、半透明の薄く白い糸が大量に上から被さり、それが巨体の身体全体を覆うことによって、蜘蛛の巣にくるまれたような、白いベールが降りたような風体になって変貌は落ち着く。
その巨体が自ら名乗らず、そしてこの場に命名する者がなく、こちらで呼び名を付けるのであれば、さしずめ遺骨のゴーレムといったところだろうか。
それについては分かっていることは、この街の狂気の落とし子であるということだけであった。どのような攻撃を行うのか見当も付かず、不死人は様子見を決め、遺骨のゴーレムや老人貴族達との現在の距離を維持するべく、摺り足に近い足運びで静かに移動し始める。
そのような状態のこちらを、遺骨のゴーレムは空洞の目で観察しているようではあるが、それとは対照的に老人貴族達は闖入者に見向きもせず、彼らの儀式の成果たる巨体に向かって祈りを再開し始める。
不意に人のものではない、それより低く、聞き取れないような声での小さな呟きが耳に届く。その直後、遺骨のゴーレムは身体を少し反らしながら震え、かざした両手を腹の前あたりに持ってくるような動作を見せる。
淀んだ怨嗟は、その部分を溜まり場としていたのだろう、遺骨のゴーレムが甲高く哭くと、瞬く間に瘴気が溢れる。地面を這うように伝いながら周囲に広がり、これによって飲み込まれた老人貴族達は途端に力尽き、一人残らずその場に倒れ伏した。
魔法のような詠唱も無く、そして老人貴族達は苦痛にもがきもしない。敵から齎された正体不明のその攻撃は、死の瘴気としか呼ぶ他無かった。
瘴気が及ぶ範囲は、大の男が大股で歩いておよそ十歩分程であろうか。かなり広範囲にまでそれは届き、今は距離の問題で不死人の居る場所は効果範囲内に入らなかったものの、仮にその中に居たとすれば、死の瘴気が迫る速度よりも逃げる足の早さが勝る、とは言い切れない。よって、常にそれが来ることを想定して距離を測らねばならなかった。
遺骨のゴーレムは自身の足元に転がる生みの親達を捨て置き、悠然と、一歩踏み出す度普通の人間の三倍ほどの時間を要し、不死人に向かって歩き出す。
対してこちらもブロードソードを握り締め、だが攻撃の機会を窺うよりも、まずは敵の見極めに意識を傾ける。人骨の巨体はずっと同じ速度で歩いており、今のところ能動的にこちらを追い詰める積もりは無いように見受けられた。
唐突に、しかしそれは何ということもなく、ごく瑣末な動作であった。遺骨のゴーレムは脈絡無く宙に翳した手のひらを返し、それを見て直感が働いたため不死人は石畳の上を横方向へ転がると、その身体が直前まであった場所に黒い塊が飛来し、地面を打つ。
そのまま放たれるいくつかの黒い塊を飛ばす魔法を不死人は躱し続け、だが決して難度の高い行為ではなく、むしろここが反撃の機会であると踏み、回避行動を取りながらも前進する。
そうして遺骨のゴーレムとの距離が至近となり、不死人はブロードソードを敵の足元目掛けて振り抜く。
その一撃は何者にも妨げられずに命中し、遺骨のゴーレムの身体から骨の砕ける音を発すると同時、人骨が地面に落ちていく。巨躯そのものと比較すれば大量という程ではないが、人間一人分くらいはあるだろうか。だがダメージを与えたと解釈できるのかは怪しく、あまり手応えらしきものはなかった。
一方、攻撃された遺骨のゴーレムの方は特に声を上げたりはせず、その場で片腕を大きく振り上げてはこちら目掛けて打ち下そうとするが、その挙動にはあまり勢いが無く、回避は容易であった。
とは言え瘴気のこともある。不死人は大事を取って敵の腕を後ろに下がることで回避し、そのまま大きく後退することにした。
遺骨のゴーレムは、やはり悠長な動きしか見せなかった。こちらが相手の攻撃を回避してから背を向けて走り、距離を取ってから振り返って尚、敵は先程振り切った片腕を地面に着けたままにしていた。攻撃を躱した後、反撃を試みるべきであったか。
「きゅああぁうぅぅぅぅぅぅっ!!」
女の悲鳴のような叫びだった。劈くそれは遺骨のゴーレムから出たものであるらしく、これを聞きつけた不死人は即座に身構え、敵がどのような行動に出るか目を凝らして待つが、気が付けば身体が空中へ飛び上がっていた。
それは地面から強く突き上げるような衝撃によって起こった現象であり、下から上へ強く打ち付けられた身体は、次に地面に向かって急速に落下し、そこでもまた石畳に全身を強打される。
這々の体で起き上がり、敵が次の行動を起こす前に雫石を取り出し、それを胸元で砕きながら事前の出来事を反芻する。
今の攻撃は速度以前に視認が不可能であったため、離れた地面に発動できる魔法のようなものと考えるべきではないだろうか。遺骨のゴーレムは今になってようやく片腕を地面に着いた姿勢から起き上がって戻り、そこから推察するにあの屈んだような格好も、下から突き上げる攻撃魔法に関係あるのだろう。
やがて敵は手のひらを不死人に向け、魔法を詠唱する構えを見せる。治癒がまだ終わらず、軋む身体に鞭を打ち、飛んでくる黒い塊を回避するべく、地面を蹴って走り出した。
突き上げの魔法は不可視であるため攻撃を躱すタイミングが判然とせず、よってあまり使わせるべきではない。不死人は先程同様、黒い塊を飛ばす魔法を避けながら、遺骨のゴーレムに向かって接近し始める。
すると小さな呟きが耳に入る。見れば遺骨のゴーレムは既に上体を反らし始めており、それは死の瘴気を放出する直前の姿勢であったため、急ぎその場から退避するべく、敵に背を向けて走り出した。
その背に衝撃が突き抜け、不死人は受身も取れないまま吹き飛ばされると、大通りに並ぶ館に頭から突っ込み、勢い良く壁に打ち付けて意識を飛ばしかける。
今の衝撃は黒い塊を飛ばす魔法の直撃によるものと思しく、しかしこちらが背を向ける直前、相手は瘴気を放つための予備動作を取っており、前後の因果が一致しない。そこで振り返り、遺骨のゴーレムを見てみると、敵は屈み、片腕を地面に着けていた。
「きゅああぁうううぅぅぅぅっ!!」
甲高い声が辺りに響く。避けようとした時には既に遅く、不死人は宙を高々と舞っていた。そして直ちに落下し、全身を打撲する。
二度続けての直撃は、不死人に致命傷一歩手前の深手を負わせ、しかし石畳に寝そべっていては、敵が止めを刺すのを待つばかりである。常人であればそれもまた一つの運命かもしれないが、不死の呪いを受けた者は死ねず、故に必ず立ち上がらなければならない。
辛うじて残った気力を振り絞り、不死人は起き上がって懐から雫石を取り出すと、それをいくつも砕いて体の治癒を試みる。
それについて確かめる術はないが、遺骨のゴーレムは単純な詐術を用いている。敵は己が見られているかどうかを見極め、そして見られていない瞬間に素早い動きを行い、これによって直前の行動との齟齬が出る。特に、瘴気を噴出す姿勢などは陽動には便利であるのだろう。
牽制のつもりか、並行に移動しながら距離を取る不死人に対し、遺骨のゴーレムは一定間隔で黒い塊の魔法を撃ち出し続ける。その姿には所々隙があり、容易いとまでは言わずとも、接近は可能であった。
不死人は黒い塊の魔法を左右に避けながら再度遺骨のゴーレムへ近付き、その際決して巨体から目を逸らさずにおく。おそらく、それがこの敵との戦いにおいて最も重要なことである。
程無くしてその足元に辿り着くと、骨ばかりの巨体を睨み上げながら、両手で握ったブロードソードで深く斬り付け、そこから人骨がこぼれ落ちる。
それらが周囲に散乱するも、攻撃の手は休めず、続けざまに何度か剣で斬撃を見舞い、やがて遺骨のゴーレムに姿勢の変化が見られてから、忘れずに視線は敵に向けたまま不死人は後退していく。
遺骨のゴーレムは聞き取れない言語を呟きながら上体を反らして手を腹の上で重ね、つまり瘴気を放つための動作を取ったため、こちらから何をするということもなく、十分な距離を取って待つ。
そして瘴気が広がると、それが収まるまで時間を流れるに任せ、安全を確認してからも不死人はすぐには駆け出さず、少しの間敵がどのような行動を取るのか観察を行った。
存外、遠距離攻撃の種類は少ないのか、相変わらず遺骨のゴーレムは手のひらをこちらに向けると黒い塊を飛ばす魔法を撃ち始め、それを見るや不死人は駆け出し、相手に接近、骨ばかりの図体にブロードソードを叩き込む。
砕け、周囲に撒き散らされる人骨が次第に増えている気配があった。それが効果的にダメージを与えていることの証左になるかどうかは不確かだが、次に遺骨のゴーレムは大きく腕を振りかぶったため、不死人はこれを回避するべく敵との距離を大きく空ける。
人骨の織り成す巨体は勢い良く腕を打ち下し、だが唐突にその動きを止めていた。腕は空中にて静止しており、しかし何が起こったのか知る前に、不死人は横合いから顔を殴られる。遺骨のゴーレムのような巨大な者ではなく、人間くらいの大きさの者の手によるものであった。