「るう”お”お”お” お”お”お” お”お”お” お”お”お”ぅっ!!」
不死人の耳をつんざく咆哮らしき大きな叫び声を上げ、周囲の家屋を粉砕しながら現れたのは、二本の足で直立する真っ青な肌の巨大な人影であった。
身長は一般的な建築物の約二階部分にまで及び、鼻と目は見当たらず、人間と同じような歯が綺麗に並ぶ口には唇が無く、武器や衣服を身に付けぬまま、筋骨逞しい青くぬめったような肌を大いに見せていた。
真っ青な肌の巨人はひとしきりに叫んだ後、身体の正面を不死人に向けてゆっくりと歩き始める。
その場所は広場。決して狭くは無いが、それは人間規模で考えた場合の話でありその巨人を前にして、多少奥行きやら幅があろうと、逃げ回っただけではすぐに足の幅で負ける。
即ち後退は悪手。こちらから前に出る必要があり、不死人はブロードソードを強く握り締めて巨大な敵に向かい、しかし真っ青な肌の巨人は右の拳を左の手で包むと、それを一つの槌として不死人の居る場所へ向かって勢い良く振り下ろす。
拳の槌が直撃する寸前、不死人は横に飛び出してそれを回避することに成功し、だが何かの衝撃によって脇腹を強く殴打し、よろける。
拳そのものを避けていたとして、しかし巨人の筋力は凄まじく、拳を叩き付けた際石畳が炸裂し、数十もの石塊となって飛ぶことで周囲に襲い掛かり、その一つが不死人を捉えたようだ。
脇腹に負った傷は身体全体の動きに支障が出る程大きいものであり、しかし真っ青な肌の巨人は容赦なく再び両腕を振り上げ、不死人に追い討ちを仕掛けようとしていた。
気力で耐えて姿勢を平静に保ち、不死人は攻撃から逃れるべく敵に背を向けて駆け出すが、直後にすぐ後ろで巨人の拳が落され、それの直撃まではないものの、またしても大きな石塊が不死人の背を強く打つ。
背に突き抜ける衝撃を、しかし何とか堪え、一定距離を走り抜けた不死人は懐からいくつも雫石を取り出し、順に砕いて身体の治癒を始める。瀕死同然の身体に徐に活力が戻り始め、同時にこの僅かな時間に不死人は方策を思案する。
相手の攻撃は厄介極まりないものであった。まず飛び散る石塊の数があまりに多いため、攻撃が繰り出されてから石塊を完全に回避するのは現実的ではなく、防ごうにも手にしているのは剣一本のみであり、よしんば盾があったとて敵うかどうかは怪しいものだ。
故にそもそもあの攻撃をさせてはならず、そのように立ち回る必要があった。
不死人は身体の傷がある程度回復したことを確認すると、駆け出して巨人の足元に近付き、さらにその周囲を走り回って相手の背後を取ろうと試みる。
すると狙い通り、真っ青な肌の巨人は自身の周りを走る不死人を捕捉するため旋回に忙しくなり、攻撃のための構えを取れず、しかし急に立ち止まるとこちらを蹴り飛ばすつもりか、勢い良く踵を振り抜く。
それは巨人にしても背後への動作であるが故にやりにくさがあるのか、踵での攻撃は精度に欠いていたため回避は容易であり、だがその際に巻き起こった風圧はやはり凄まじく、直撃した場合の被害は計り知れない。
思わず真っ青な肌の巨人から距離を取り、するとすぐに向き直った巨人は右の拳で不死人の居る辺りを殴りつける。
後ろに飛ぶ事でそれの直撃だけは避け、しかし多少距離を取ったところで飛び散る石塊からは逃れられず、飛来したそれの一つが不死人の胴を強打する。
だがそれなりの負傷も、事前に覚悟していたのであれば少なくとも姿勢を崩さずに済むこともある。不死人は石塊に打たれた衝撃を堪え、無理にでも走り出して真っ青な肌の巨人と大きく距離を取る。
踵の蹴りを意識し、中途半端に敵との距離を取ってしまったことが負傷の原因か。威力があろうが踵の蹴りなら当たる気配は乏しく、なによりその攻撃であれば石畳が粉砕されず、石塊が飛んで来ない。であれば先程のような至近の距離を常に維持し、敵の足元への攻撃を行うべきである。
不死人は雫石で胴の傷を癒すともう一度駆け出し、一旦は真っ青な肌の巨人の脇を通り抜け、以降相手の背後を取るように走り続ける。
「るう”お”ぅっ!」
真っ青な肌の巨人はやはり先程と同じようにこちらを蹴りあげようと何度も足を前後に振り抜き、だがそれは繰り返す内に苛立ちが混ざり、いい加減なものとなり、そしてこちらもまた目が慣れていくというもの。やがて不死人は振り抜いたばかりの巨人の足に向かって踏み込みつつ、ブロードソードでその腱を斬り付ける。
厚めの刃は敵の肉に深く食い込み、そしてそこに重要な血管があったのか、傷口から夥しい血が吹き零れ、石畳を赤く染める。
すると傷を負った真っ青な肌の巨人は即座、反撃とばかりに不死人の方へもう一度蹴りの一撃を振り抜き、しかしやはりそれの回避は慣れたもので、むしろそうして蹴りを放った直後に無防備になった足に取り付き、腱を深く切り裂く。
そういった攻撃を何度か成功させ続けていると、やがて足に力が入らなくなったのか、真っ青な肌の巨人は姿勢を崩し、石畳みの上に転倒する。
だが、もしも仰向けに倒れていたなら、真っ青な肌の巨人は無防備を晒していたかもしれないが、現実の敵はうつ伏せに倒れた直後に足の膝と腕とで四つん這いになり、未だ戦闘力を有したまま不死人の方を向いていた。
しかし能力を大きく削いだ筈ではある。不死人は相手の背後を取ろうと走り出し、だが横に長く伸びた腕によって危うく掴まれそうになり、行く手を阻まれる。何度か試すものの、その度真っ青な肌の巨人は地面と並行に腕を長く伸ばし、不死人を捕らえようとしていた。
であれば今度は腕の届く範囲外を走って相手の背後を取ろうとし、しかしその場合先程よりも走る距離が長くなってしまい、流石に相手が旋回する方が早く、背後は取りようも無い。
そうして巨人の正面に追い立てられ、だがそれまでのような石畳を砕く拳の攻撃は訪れなかった。
おそらくそれは無意識下での選択なのだろう。真っ青な肌の巨人はその姿勢の関係上、今は自分の顔が地面に至近であり、目の前で石塊が飛べばその被害に己の顔面も晒されることになる。
故にこれまでのように敵の背後や側面を取るような戦い方は出来ないが、反面相手の正面に居ても回避不可能な攻撃に晒され続けることは無くなる。だが単純にこちらが有利になったという話ではなく、攻撃方法に変化があったと見るべきだろう。
不死人はしばらく様子を眺め、真っ青な肌の巨人が機動力を失い、自分から攻撃してこないことを知ると、試しにこちらから正面に近付いていく。
敵の腕が届く範囲にまで踏み込み、すればその直後、真っ青な肌の巨人は不死人に向かって腕の薙ぎ払いを見舞おうとする。
巨大な右腕で右から左に振りぬかれた攻撃を、不死人は直前に下がることで回避し、そして攻撃した直後の隙に付け込むため、巨人の頭部まで走り、一気に詰め寄る。
「ぎょっぱっ」
不気味な音であった。骨と粘膜という、外部に露出している部位としては人体では考えられない組み合わせの部位が擦れ合って音を出し、そしてその瞬きの内に巨人の口は上下左右、そして奥から手前へと長く伸び、不死人に喰らいつこうとしていた。
流石にこのような手が相手にあるとまでは考えていなかったものの、事前に何らかの反撃があると踏んでいたため、不死人は音が出た瞬間すぐに飛び退いて喰らいつき攻撃を避けることに成功し、だがその敵の一手で腕の薙ぎ払いの後の隙を埋められ、やがて戻ってきた巨人の右腕は不死人を掴むつもりか、広げた掌をまっすぐこちらに向かって伸ばす。
この掴み攻撃を右に飛んで避け、直後に不死人は再度真っ青な肌の巨人の正面に近付き、だがやはり敵の口が長く伸び、標的に喰らいつこうとする。
剥き出しの歯を後ろに飛んで躱し、しかしそうすると先程と全く同じように相手の腕が引き戻ってきてしまうためこちらから攻撃する機が無くなり、つまりこれを繰り返したところで無意味であったため、不死人は一度走って敵との距離を十分に取り、となれば両者すぐには動き出さず、睨み合いの形になる。
如何にしてこちらの攻撃を届かせるか。
この敵とは正面から戦う以外に無く、だが腕の攻撃はともかく伸びる口の喰らいつき攻撃は素早く、あまりに近付き過ぎると避けられない見込みが高いため、このままでは正面からの突破は出来ない。つまり真っ青な肌の巨人の、喰らいつき攻撃を無力化することが重要であった。
不死人は真っ青な肌の巨人の正面に立ち、ゆっくりと歩み寄って相手の攻撃を誘い出そうとし、すると急に振るわれた右腕の薙ぎ払い攻撃を後ろに下がって回避し、すぐさま走り出して巨人の顔に近付いていく。
「ぎょっぱっ」
不快な音を立て、やはり巨人の口は迂闊に近付いてきた餌に向かって長く伸び、だがそれもこちらが誘いだしたが故の流れ、不死人は真っ青な肌の巨人の喰らいつき攻撃を一歩分だけ下がって避けると、両手で握ったブロードソードを高く掲げ、直後踏み込んで唇が無く剥き出しの柔らかな歯茎に向かって深く斬り込む。
「げお”っ!」
口を折り畳む前であった巨人が短く鳴き、口内が出血し、そして怯んだのか、そのまま少し後ろへ下がっていく。
その姿に強気になった訳でも無いが、不死人はすぐにまた巨人を追って距離を詰め、すると苦し紛れに敵が腕の薙ぎ払い攻撃を繰り出してきたためそれを後ろに回避。間髪入れずに踏み込むとやはり伸縮する口の攻撃がやってきたのでそれも躱し、踏み込んで巨人の歯茎にブロードソードで切り込みを入れる。
また巨人は怯み、だが直後に今度は不死人を掴もうと広げた掌を寄越してきたのでそれを横に躱し、同時に前に出て巨人の顔に近付き口での喰らいつき攻撃を引き出すと、それを避けてから再び歯茎を深く斬りつけ、段々と真っ青な肌の巨人の口内は出血が増えていく。
「ぎっ、イ”ッ!」
真っ青な肌の巨人は唐突に歯を食い縛る。何かあるだろうと不死人は身構え、だがそれはやや遅く、真っ青な肌の巨人は今までの攻撃の呼吸を崩し、渾身の力を込めて自身の額で地面を打つと、拳でそうした際の比ではない大量の石塊が周囲に飛び散る。
当然後退はしたものの、石塊は一つ二つと不死人に直撃し、それは大きな負傷となったため態勢を立て直そうと走って後ろに下がるが、しかし真っ青な肌の巨人はこちらに止めを刺す絶好の機会を見送っていた。
直立していたときならいざ知らず、四足で這う今は走る不死人に追い縋る術が無く、また衝動的な行動であったのか、口を折り畳む前に加減せずに顔面を地に打ち付けたため、真っ青な肌の巨人の口は半ばから折れ曲がり、痛みに悶えるような仕草を見せていた。
一方、不死人は真っ青な肌の巨人との距離を維持したまま雫石を取り出し、それを胸元で砕いて治癒を始め、石塊が当たった際の負傷は徐々に元通りとなっていく。
ここに勝敗は決した。
不死人は剣の柄を両手でしっかり握りながら巨人の元へと駆けていき、向こうから伸びてきた掴みの攻撃を横に避け、直後に今まで訪れていた口による喰らいつき攻撃は無く、そのまま走って敵の顎の真下に滑り込むと、ブロードソードを振り上げ、真っ青な肌の巨人の首を斬り裂いていく。
「ごびゅっ」
血が喉に詰って出る音を耳に残し、不死人は巨人の首の下を離れると、足と口内と首とで血を失い続けた真っ青な肌の巨人は石畳の上に沈み、そしてそれきり動かなくなった。