遺骨のゴーレムは斃れた。貴族街の中央を走る大通り、その終点たる場所には人骨と灰、或いは黒と白の布切れが散乱し、しかし動く者は不死人一人の他には何も無かった。
この遺骨のゴーレムという敵は、果たして老人達の願いを叶えた存在であったのだろうか。それにしてはどこか不遜な印象があるため、やや疑わしく、だがどちらにせよ、風がこの亡骸をどこかに連れ去ってしまうのだろう。
付近にあった篝火で身体を休めた後、不死人は大通りの終わり、貴族街の館の並びが途切れている方へ向けて歩き出す。
幅が広めに取られている平坦な石畳の道は右方向、王城の敷地との境目となる壁に沿うようにして東へ向けて曲がっており、これを道なりに進むと右手に大きな門が現れた。
それは王城へ至る門である。門扉は開いたままとなっており、横幅が長く、おそらく馬車や兵の一団などが通る場合を想定して造られたものであった。
門を通り抜けると、そこに整えられた緑が広がる。中庭は今なお手入れがあるらしく、植え込みなどは丁重に整えられているようであったが、言わずもがな、滅んでいく土地においてそれは不自然極まりない。
見るべき点は他にいくつかあり、だが中庭は端から端まで探索すればどれだけ時間が掛かるか見当が付かない程広大なため、的を絞るべきである。
まず門の入り口右手には小ぶりではあるが兵舎が建ち、その反対の左手の方角には馬小屋のようなものが建てられ、他にも納屋のような家屋が点在している。
そしてそれら全てを収めるべく中庭の左右両側をレンガ造りの二階建て通路が走り、それはまた王城の敷地と外を隔てる壁としての役目も担っていた。通路の一階部分は渡り廊下のように中庭側の壁が取り払っているため、基本的には中庭のどこからでも通路へ入ることが可能であり、通常であればこの通路を進んで正面にある王城の内部へと向かうのだろう。
であればそれに倣うべきかもしれないが、中庭には中央を通る石畳の道があり、不死人はそちらを進むことに決める。要は正面にある王城に入ることが出来ればどの選択肢でも良く、進むのは中庭両端の通路でも、中央の石畳の道のどちらでも構わなかったが、しかし現在位置から渡り廊下へ入ろうとすれば、大きく迂回しない限り納屋や兵舎の横を通ることになる。その辺りは亡者達が潜むにはうってつけの場所であったため、避ける方が良いだろう。
石畳の通路を真っ直ぐに歩き始める。道の左右に広がる緑はきっちりと刈り入れられており、しかし緑一色のみであったため、あまり人の目を楽しませるようなものとしては作られていないようであった。
程無くして階段に着き、浅くなだらかな十段ほどを登ると、庭園に出る。
庭園は色合いで言えば階段下の中庭と変わらないが、こちらはより植木が繊細であり、長椅子なども置かれているため、憩いの場として利用されたと思しく、また庭園中央には誰の目でも引くような横に大きな像があった。
その像は単一として大きいものではなく、人間の等身大くらいのものが十数個程密集して形を成しているものであった。別段、造型におかしなところはなく、だがモチーフは風変わりである。
人型の像はそれぞれ、頭巾や手ぬぐいを纏い、鋤や鍬、金槌や漁の網を手にしていた。どうから見てもそれは幻獣や騎士の像ではなく、泥臭い市井の者達の姿であり、王城の像としては珍しい部類であると言えるだろう。
風変わりな題材ではあるものの、他におかしな点は見られなかったため、不死人はその像をある程度眺めた後、横を通り過ぎて先へ進む。
未だ亡者の姿は無く、そのまま庭園中央の石畳の道を進んで行くと、やがて王城の壁に突き当たり、そこに大きめに作られた扉を一つ見付ける。
王城の内部へと入ることが可能である筈のそれは、しかし鎖で固く閉ざされており、扉に鍵穴はあれど、鍵を用いたとして開くかどうかは疑わしい。他の出入り口を探すべきである。
王城の外壁に沿ってしばらく歩き、西の渡り廊下へと辿り着くと、予想通りそこには王城の中へ入ることが出来そうな扉が見付かり、不死人は早速ドアノブに手をかけて軽く力を込めてみるも、だが開くような様子は無かった。
扉に鍵穴は見当たらず、内側から閂でもされている可能性があるが、なんにせよこの場でどうにかすることは出来ないため、不死人は来た道を戻るべく王城の壁沿いに歩いて中庭を横断する。
鎖で閉ざされた大きめの扉の辺りを通り越し、今度は東の渡り廊下へと至る。するとそこには西の渡り廊下にあったものと同じような扉が付いており、これを押してみると抵抗無く開き、不死人の前で王城の内部が露になる。
扉の向こうは長い廊下となっていた。至る所に火の灯った蝋燭が並べられているため、室内は明るく、また大理石の床はよく磨かれているのか、うっすらと不死人の姿を映していた。
壁などにも汚れは無く、誰がそのように王城の世話をしているのかという点は気になるところではあるが、王城の中にはそれよりも異質な部分がある。ずっと歌が聞こえているのだ。
楽器の音ではなく、人の肉声、女性の声が、廊下中にずっと響いており、その音量は割と大きいものでありながら、声の主の姿は無い。
絶えず続く歌は昏く、陰鬱な調子ではあるが、それは悲しみや苦しみを喚起するものではなく、既にその只中に居る者達に寄り添うために、自らもその場所へ降りていっているようであった。慰めなのだろうか。
不死人は扉を開けてから立ち止まったまま、床、壁、天井その他にも視線を巡らせたが声の主は見付からず、仕方なくその問題を保留にして先へ進むことにする。
大理石の床はやや足音を立てやすく、しかしそれは歌声に消えていく。ふと歩きながら目を横に向けると、あまり装飾の無い壁が目に留まる。
ここは使用人達の通路であったのだろうか。そもそも王城の敷地に入った時の出入り口が裏門であり、また王城内部へ入る際に潜った扉も小さいものであったため、少なくとも位の高い者達が頻繁に通る通路ではないのかもしれない。
だが壁自体が素朴でも、そこに多くの絵画が飾られれば、それなりの賑やかさがあった。
そのうちの一つは、海で漁をする男性の絵であった。次の一つは麦穂を刈る人々の絵であり、三つ目は馬の世話をする平凡な少年の姿を描いたものであった。
それ以外のものも全て、庶民の暮らしを絵画の世界に閉じ込めたものであり、国を守る騎士や天使、戦争の様子、王族達の姿などは全くと言っていいほど存在しない。何を以て普通と言うかは難しいが、庭園にあった像といい、彼等が興味を向けたモチーフは、王侯貴族としては奇抜であったとすら言える。リングレイの平民達はそこに好感を持ったかもしれないが。
絵を眺めながら廊下をある程度進み、しかしその途中で気になったところがあり足を止める。歌の聞こえる方角の角度が妙であった。廊下の奥からではなく、頭上から聞こえるようになりつつある。
見上げればそこには灯りの点いたランタンではなく、ステンドグラスで作られた箱のようなものが天井から吊り下げられていた。それぞれの面に花柄の模様が描かれたその箱から歌声が出ているらしく、しかし箱は子供が両手で抱えられる程の大きさであるため、とても人間が入ることが出来るようなものではない。歌う生首でもあれば再現出来るかもしれないが、現実的な予想とは言い難い。
もう少し詳しく調べるべきかもしれないが、その箱は天井から吊り下げられている位置が高く、不死人が手を伸ばしたところで届きそうにはなかった。なにかするのであれば、椅子か長い棒が必要である。
物を投げ付ければ壊すことは出来るかもしれないが、あまりに正体が分からないため、取り返しの付かない手段は避けるべきだろう。よってステンドグラスの箱を調べるのはひとまず諦め、廊下を進むことにする。
歌声は少しずつ遠ざかり、同じ色の床が続き、同じ色の壁が続き、同じように人々の生活が描かれた絵画が目に入り、そしてまた歌声が近くなる。
上に目を向けると、そこに先程と同じような歌うステンドグラスの箱が吊り下がっていた。何の目的で天井に設置されているのかは不明であるが、この箱は王城の到る所で見られるのかもしれない。
更に廊下を進むと、やがて道が扉で行き止まる。扉は二つ、正面と右手にあり、まず正面の扉は開かず、中から鍵が掛けられているようであった。そしてもう一方、右手の扉は触れれば簡単に開き、中に入ることが出来た。