リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第7章 王城 2

 新たな部屋に踏み込み、中の様子を見る。部屋の灯りは食器の棚や調理器具、または釜戸の類を照らしており、これらの道具が集う場所があるとすれば、やはり厨房が妥当であるだろう。

 またこの厨房にもステンドグラスの箱があるのか、相変わらず歌は不死人の耳に届き、しかしその音に混じって、部屋の奥から物音が鳴っている。

 音のする方へ首を向けると、その時調理台の影から現れたのは、黒い質素な服を着た召使の亡者であった。その装いを見るに、おそらく女性であるその召使は、一度こちらに顔を向け、しかしすぐに手元に視線を落すと、手に持った布切れで調理台を拭き始める。

 よく見れば付近にもう一匹、床を磨くような仕草を繰り返す召使の亡者も居るようであったが、それも同じく不死人には興味を持たず、自分の仕事を続けている。

 当然、欺瞞を疑うべきである。こちらがある程度部屋に踏み込み、進退が気軽に出来ない場所に来たところへ複数で襲撃などされれば堪ったものではない。

 しかしながら、頭を使った行動を取るのは正気を残した者のみであり、亡者達がそのように作戦を立てることはあまり現実味が無い懸念である。従って彼女らが不死人を襲う可能性は低く、であれば今こそ攻撃の好機であるのか。

 だが無抵抗な相手に剣を突き立てることの是非は置いておくとしても、こちらからの攻撃が契機となり、手痛い反撃を招くことは十分に考えられる。あまり近付かないようにして、手出しをせずに先に進む方が良いかもしれない。

 亡者達から一定の距離を保ちながら、調理場の奥にある扉へ移動する。目に映る物の殆どが美しく磨かれており、そして彼女らはきっと調理場以外でもそのように働き、この王城の景観を保っているのだろう。

 そのまま召使の亡者達が騒ぎ出すこともなく、不死人は扉に辿り着き、鍵の掛かっていないそれを開けると、前方へ真っ直ぐ伸びる廊下に出る。

 この廊下の内装は先程通ったものと似通っており、しかし位置が明らかに違うため別の廊下である。そして、廊下の先には三匹の亡者が居座っていた。

 一体目の亡者は召使であり、彼女は廊下の半ばで大理石の床を熱心に磨き続け、その様子も含め調理場に居た者達との差異は見受けられない。

 残り二匹が厄介であり、召使の奥に居るそれはどちらも騎士の亡者であった。両方ともこちら側に背を向けており、廊下の先に身体を向けたまま立ち尽くしている。

 出来れば片方だけでも騎士の亡者の不意を打ち、数を減らしておきたいものだが、その手前に居る召使の亡者が、本人は無自覚であるだろうが、悩みの種であった。

 召使の亡者を先に斬れば、その音で二匹の騎士に気付かれてしまい、不意は打てず、しかし召使の元を経由せずには騎士の亡者達の元へ行く事は出来ない。また廊下は一本道であり、途中に扉は無く、他の部屋を通って召使の亡者が居る地点を迂回することも不可能であった。

 つまり騎士の亡者達への不意打ちを第一とするなら、召使の亡者に騒ぎ立てられることなくそのすぐ傍を通り抜けなければならないが、よしんばそれを成し遂げたとして、騎士の片割れを背後から斬り捨て、しかしその次には残ったもう一匹の騎士と召使に前後を挟まれることも有り得る。とは言え、二匹の騎士の亡者を相手にするよりは遥かに楽だろう。

 覚悟を決めなければならないようであった。歌声の響く廊下で、不死人は一歩ずつゆっくりと足を動かし、足音が出ないような歩き方を見定めてから、実際に廊下の先に向かって歩き出した。

 一歩を踏み出すのに通常の十倍以上の時間を掛け、慎重に慎重を重ねて足を動かす。本当に些細な物音であれば歌声が消してくれるかもしれないが、綺麗に澄んだ声でもあるため、雑音は混ざらず露骨な違和感となるだろう。あまり期待し過ぎない方が良い。

 気を張りながら足を抜き刺しし、あと三歩ほどで召使の真横になる距離にまで近付いていた。未だ亡者達に動きは無く、そろそろ召使が視線を落としている床の辺りに不死人の影が映るが、彼女はそれを目にしても床磨きに勤しんでいた。

 とうとう召使の亡者の脇を通り抜ける。この亡者は不死人に気付いているかもしれないが、だとしても大きな音を立てたりはしなかったため、このまま行けば二匹の騎士の亡者のどちらかを背後から襲うことが出来る。

 しかしここで油断したことにより、騎士の亡者達が振り返りでもすれば全て台無しになる。それまでしてきたのと同じように、決して気を抜かず隠密に足を運び、そしてようやく不死人は彼らの背後に忍び寄る事に成功した。

 並び立つ騎士の亡者の右を選び、その背後に立つと、音も無くブロードソードを振り上げ、一撃で首を刎ねる。

 崩れ落ちる一方の騎士を尻目に、不死人はもう一匹の方へ即座に斬りかかるが、敵の反応は素早く、こちらのブロードソードの軌跡は盾によって止められ、軽く弾き返されたためすぐに後退し、そして一度背後の気配を探る。

 召使の亡者は近くで剣戟が始まっているにも関わらず、未だ床を磨き続けていた。無論それは不死人にとって好都合だが、そうまで自らの業務に没頭する姿は不気味である。

 視線を前に戻し、視界の中心に騎士の亡者の姿を据える。敵の得物は盾と、それからメイスであった。いずれも特徴的な造型ではなく、それだけを見れば通常通りの戦闘で問題は無さそうなものであった。

 だがこれは、貴族街入り口を守護していた騎士と同じく、手足の長い異形の姿を取っており、であれば特殊な魔法を行使して然るべきと見る方が良いだろう。

 「ぶぇうっ」

 呻き混じりの呼気を吐き出しながら騎士は踏み込み、メイスを振り上げ、それを塔のカイトシールドで受け止める。その一撃は弾き返すには重いため、不死人の反撃を許さず、騎士の亡者はそのままもう一度メイスを掲げ、盾に向かって叩き付けようとしていた。

 しかし、重いということはそれだけ遅さを招くこともあり、まして目の前で力一杯振りかぶっているのであれば、避けられぬ道理が無い。不死人は騎士の攻撃を横に躱すと、同時にブロードソードで敵の脇腹を斬り裂く。

 「げうっ」

 こちらの剣は上手く盾の防御を掻い潜りはしたものの、与えた一撃は浅かったようだ。騎士の亡者は僅かに声を上げながら後ろにたたらを踏み、しかし追撃されないようメイスを横薙ぎに払う。

 ここで強引に畳み掛けたい理由も無いため、不死人はそのメイスの牽制を前に後退し、そうして敵との距離を取った瞬間、鈴の音が耳に届く。

 不死同士の不毛な戦場に似合わぬ、涼やかなその音色は、騎士の亡者の持つメイスから発せられたものであった。そしてその音が鳴った直後、騎士は床に片膝を着き、するとメイスから光が溢れ、異形の身体を優しく包み込む。

 それは回復の効果を発揮し、瞬く間に亡者の脇腹の傷を癒すことで、両者の間に生まれつつあったアドバンテージを潰してしまう。しかしながら、今回は始めてその動作を目にしたために見送ったが、この術は発動に時間を要する上、治癒の最中は隙だらけである。次にも同じことをさせる理由は無い。

 祈るような姿勢から身体を起こした騎士の亡者に、今度はこちらから仕掛ける。脇腹目掛けてブロードソードを走らせ、しかしそれが敵の盾に防がれると、即座にメイスによる反撃が訪れる。

 上から下へ、やや力が入り過ぎている一撃を、不死人は一歩分ほど身体を後ろに下げて回避し、そしてメイスが地面を叩くと同時、斜め前に踏み出し、騎士の亡者の胴に斬り込む。

 「ぐっ」

 騎士はまた呻く。若干相手の鎧に剣の先が阻まれたものの、こちらの斬撃は敵の肉を抉り取り、致命傷とまではいかずとも深い傷を与えていた。その後騎士の亡者は盾で裂傷が出来たばかりの胸元を隠し、至近距離から対敵を追い払うべく、メイスを横薙ぎに払う。

 だがその一連の行動は、前回負傷した際の反応と同じであり、従って次の動作も予想が可能であった。不死人は騎士が苦し紛れにメイスを振るった直後、それを回避して即踏み込み、今まさに鈴を鳴らし、片膝を着いて回復しようとする騎士の亡者の元へ一息に近付き、振り上げたブロードソードが煌く。

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