リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第7章 王城 3

 しかし斬撃は敵に届かず、腹を突き破らんばかりの重さが掛かる。

 その一点を中心として身体がくの字に折れ曲がり、そのまま不死人は吹き飛ばされ、廊下に落ちると頭のすぐ横で甲高い音が鳴る。どうやら、吹き飛ばされた身体は天井にまで届き、その際ステンドグラスの箱を引っ掛け、床に落として壊したらしい。

 一瞬天地が逆しまになったかと思うほどの威力は、やはり騎士の亡者の行使した魔法によってもたらされた効果であり、それはおそらく、回復の術の際と同じ予備動作を端として発動したものであるようだ。

 未だ魔法の余波と思われる、黒い霧の柱のようなものが騎士の周囲から吹き上がり、それを結界の守りとして騎士の亡者はもう一度鈴の音を鳴らし、今度こそ回復の術にて胸の傷を癒している様子であった。彼等には既に感情は無く、だがもし正気を残す人間であれば、不死人が完璧に自分の罠に掛かった際、内心でさぞ快哉を叫んだのだろう。

 一方、不死人は騎士が回復をしている間に自身もまた雫石を取り出し、それを胸元で砕きながら身体を起こす。傷を癒しながら騎士の亡者に対して構えを取り、しかし不意に背後から迫る気配があり、振り向き様に直感の示す場所で塔のカイトシールドの防備を展開する。

 「ぎぇっ!」

 あわや召使の亡者に押し倒される寸前にてそれを阻止する。防御した際、盾で顔面を打たれた召使は怯んで悲鳴を上げ、不死人はそこへすかさず一歩踏み込み、ブロードソードを振り抜いて敵の胴を両断する。

 本来は非戦闘要員であるためか、防具も何も身に着けていない召使の亡者はその一撃で斃れ、しかしその直後に再び背後に近付く者があった。

 勢い良く風切り音を鳴らして迫る騎士のメイスを盾で防ぎ、しかしこれもまた振り向きながらそうしたためか、姿勢が悪く防ぎきれず、塔のカイトシールドが不死人の手から弾き飛ばされる。

 それは衝撃を伴わせたために連れられて身体がよろけ、そこへ騎士から続けざまのメイスの一撃が繰り出されるも、回避は出来ず、かと言って防ぐ事もままならず、已む無くブロードソードで敵のメイスを受ける。

 ある程度メイスの勢いは減じたとは言え、武器の重量差や騎士の筋力も相まって、不死人に及んだ負傷は大きいものであった。血飛沫が舞い、力が抜け落ちかける膝に、しかし力を込めて床を踏み締め、止めとばかりに打ち下された騎士の亡者の大振りの一撃を、身体の軸の向きを変えるだけのつもりの、最小限の動きで躱す。

 その無駄のない動きでも今は負担であったか、胸元から血が零れ、だが構わず、自分が今持てる最大の力を注ぐつもりでブロードソードを握り、騎士の亡者の胴に向けて渾身の一撃を振り抜いた。

 鎧を避けて脇腹に直撃した剣は、背骨すら含めて殆ど亡者の腹を両断してみせていた。黒ずんだ血が夥しく溢れ、両者のそれが美しい大理石の床の上で混ざり合っていく。

 騎士の亡者は崩れ落ち、最早動くことは無かった。瀬戸際で勝利した不死人は、雫石を取り出し、それを胸元で砕いて治癒を始める

 思い返せば、戦いの最中、妙なタイミングでの乱入があった。あの召使の亡者は、何故唐突に襲い掛かってきたのだろうか。

 落ち着いてきたところで塔のカイトシールドを拾い、次に二匹の騎士の亡者の躯を漁り、双方から雫石を奪い取ると、ステンドグラスの箱が割れた辺りが目に留まる。

 その周囲には砕け散ったステンドグラスの欠片の他、透明な液体が撒き散らされており、そしてその中心となっている地点に、鮮やかな紫色をした紐状の何かが置かれていた。

 否、生物であった。ステンドグラスの中に居たと思しきそれは、身体中の至る所に小さな穴の開いた、海綿を基礎とする種であるらしく、またこの身体の中央には、人のそれと酷似したような唇があった。まさか、この海綿動物が声の主だとして、状況証拠のみで推論すればそうなるのかもしれないが、常識と照らし合わせて考えれば俄かには信じ難い。

 本当にこの海綿動物が歌声の主であったのか、確かめる術は無いが、それは床に落ちたきり、蠢き、僅かに伸縮を繰り返すのみで他に動きを見せなかったため、一先ずこの場で始末を付ける必要は無いようだ。放置し、先に進む事にする。

 斃れた亡者達の身体をよけて、廊下の先へ向かって歩く。それほど距離は無かったため、廊下はすぐに終わり、正面に上へ続く階段と、その手前の左右に扉がそれぞれ一つずつ、不死人の目の前に現れる。

 左の扉は閉ざされていた。どうやら反対側から荷物が大量に置かれている様相であるため、施錠されてはいないものの、扉は開きようがない状態であった。

 次のその逆側の、右手の扉を調べる。この扉はこちら側から閂がされており、これを外すと扉は開くが、その向こうにあった屋外の渡り廊下は見覚えのあるものであった。どうやら西の渡り廊下の先にあった、かつて内側から閉ざされていた扉が、今開いたこの扉であったようだ。

 その扉から出て行ってもそこは王城の外であるため、不死人は室内へと戻り、上へ向かう階段を登っていく。階段は途中で踊り場を挟み、折れ曲がった先を更に登り終えると、下の階よりもやや装飾に溢れた、王城二階の廊下へと辿り着いた。

 階段から見て右に真っ直ぐ続く廊下を進めば、床や壁、或いは天井の、特に金色の美しい細工が目を引くが、しかし壁に掛けられた数々の絵画の題材は、相変わらず慎ましやかな民草を選んだものであり、また天井から吊り下げられたステンドグラスの箱も、王城一階のものと同じくらいの間隔で設置されているようであった。

 やはり歌はそこから出ており、不死人はそれを聞きながら廊下の途中にある扉を一つ一つ調べながら歩き続けるも、扉は全て閉ざされ、少なくともこちらから開く可能性は無いようだ。放置し、先へ進む。

 やがて突き当たりに差し掛かると、廊下は左に折れており、不死人はその曲がり角に近付き、耳を澄ませたところ、角の向こうから歌声に混じって複数の物音が出ているようであった。もう少し具体的に物音の正体を探るべく、曲がり角からゆっくりと頭だけを突き出し、先の様子を観察する。

 すると床を清掃する召使の亡者が二匹、それから窓を拭く召使の亡者が二匹そこにおり、更にその奥にはロングソードを持った騎士の亡者が一匹、巡回するかのように付近を歩き回っているようであった。

 単純な合計ならそこに居る亡者は五匹だが、その内の四匹とは戦わずに済む可能性があり、しかしあまり期待し過ぎれば先程のような危機を招くことも有り得るだろうが、それを承知の上でなら何かを試すのも良いだろう。その為には、方策を固め、固めた物の中から選ばなければならない。

 一つ目、召使達の横を素通りし、騎士の亡者の不意を打つ。

 簡潔であるという点は評価出来るが、しかし素通り出来たとして、騎士が動き回っているため、そもそも不意打ちを仕掛けるには不確定な要素が多く、高い成功率は見込めないだろう。

 二つ目、敢えて騎士の亡者に姿を晒し、向こうから近付いてくるのを待つことで召使達との距離を離す。

 召使の亡者達は正気を失って尚、勤労に没頭しているため、騎士の亡者のみの意識を引くことは比較的楽であり、これであれば少なくとも四と一とを別けることが出来るだろう。そこから先は騎士との一騎打ちとなるが、これについては十分に勝ち目がある。

 不死人は二つ目の案で実行することに決め、ゆっくり曲がり角から出ると、巡回する騎士の亡者がこちらに目を向けるのを待った。

 「んっ」

 騎士が短く声を上げる。その眼窩からは赤味が漏れだしており、しかし虚ろであるため、目が合っているのかどうか、正確なところは分からなかった。

 「ほ。ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほっ」

 この上なく、悪意が込められていた。騎士の亡者は喉の奥で嗤うと、その場で上に向かって右手を掲げ、するとすぐに短く断続的に続く破裂音が鳴り、彼の持つ剣の先から黒い塊が飛び出した。

 ガラスが割れ、水が零れ、そして紫の海綿動物が床に撒かれる。何を思ったのか、騎士は天井から吊り下げられていたステンドグラスの箱を魔法で打ち落し、そしてそれにより、廊下を包んでいた歌声がぱったりと止む。

 だがそれは、むしろ静寂の終わりであった。

 「ふ、ふ、ふぇえあぁあぁ」

 床を磨いていた召使の亡者が、困惑したように手で顔を覆いながら呻き、また窓を拭いていた召使の亡者は、手にしていた布巾をその場に捨て、間も無く、虚ろな眼が八つ、四人分、その全てが不死人に向けられる。

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