「うぁあああっ!」
召使の亡者達は一斉に走り出し、応じて不死人もそこから逃げ出すが、その様子を騎士は何をするでもなくただ眺めていた。
一先ずは曲がり角にまで戻ってそれを壁とし、騎士の亡者の選択肢の一つである遠距離攻撃の魔法を無効化するべく射線を遮り、だがその一方で召使の亡者達は案外足が早く、既に至近距離にまで迫っていた。
おそらく装備の重量差に原因があり、何の用意も無く四匹もの亡者を同時に相手にするのは無謀だが、とは言え武器も所持していない召使達と足を比べても負ける見込みが高く、すぐに捕まってしまうだろう。
腹を括るより他に無く、不死人は振り返って召使の亡者達の方へ向くと、両手でブロードソードを強く握り締める。
もし今手にしているのがロングソードであれば、決して上手くはいかなかっただろう。しかし厚く広い幅の刀身を持つブロードソードならば、鎧を身に着けない亡者程度、纏めて斬り伏せるも不可能ではない。
剣を握った両腕を腰の横まで下げ、踏み込みながら大きく息を吸い込み、それを吐き出すと共にブロードソードを大きく横に薙ぐように振り抜く。刀身はまず先頭の二匹を一緒くたに両断し、続いて迫るもう二匹を、返す剣で同じように横に薙ぎ払い、それらの胴も両断してみせた。
瞬く間に四匹の亡者を斃し、だが肺の中の空気を使い切ったせいか、深い水の底に沈められているかのような息苦しささえ覚え、少しの間身動きさえ取れそうになかった。
そしてその弛緩した身体の、後頭部を狙った一撃にて強打されていた。一時的に大きく疲労したせいもあり、不死人は背後からのその攻撃によって勢い良く床に倒れ、顔面を大理石に打ちつける。
脳が揺れ、霧散しかける意識を、だが辛うじて手繰り寄せると、何者かの気配がすぐ側まで来ていることに気付く。それは一匹の召使の亡者であり、倒れ込むこちらに向けて、拳を打ち込もうとしていた。
床の上を転がり、寸でのところで拳を避け、相手の姿を見る。その召使には負傷らしきものが無く、今斃したばかりの四匹のものとは別口であったようだ。一体どこから来たのか、それは不明であるが、ともあれすぐに対処する必要がある。
不死人は直ちに起き上がり、剣と盾とを構えて召使の亡者の方へ向き、しかし同時に、金属の音が耳に入る。廊下の曲がり角の向こうからのその音は、騎士の亡者が既に近距離にまで入っていることを意味していた。
だからこそ惑う暇は無く、眼前の召使にブロードソードで斬りかかる。相手は元が兵士ですらなかったためか、こちらの攻撃に対して成す術はなく、胸元に大きな裂傷を負って崩れ落ち、そしてその様子を最後まで見る事なく振り返りながら、右から左へと胴を斬り裂くべく振るわれた騎士の剣を、塔のカイトシールドで受け止める。
異形故か、こちらの盾を押し込もうとする剣の圧力は凄まじく、押し返すどころかそのまま潰されかねなかったため、不死人は塔のカイトシールドの向きを調節し、盾の表面に敵の剣を滑らせるようにして力を受け流す。
そうして敵の剣がこちらの横をすり抜けたあと、しかし騎士の亡者は己の得物をすぐに引き戻し、先程と同じ横からの角度で振るう。
その横薙ぎの一閃を、機を見極めて盾を力強く叩き付けることにより、ロングソードは弾き返され、その使い手であった騎士の亡者にも衝撃が伝わり、堪らず体勢を崩すこととなった。
瞬間、左手で騎士の肩を掴み、右手でブロードソードを構えると、鎧の守っていない腹に突きを食らわす。剣は深々と騎士の亡者に突き刺さり、貫通したところで勢い良く引き抜くと、黒く濁った血潮を撒きながら、騎士はその場に倒れ込み、それきり動かなくなった。
気付けば辺りは惨状を呈していた。床も壁も天井も、それまでは繊細な意匠が美しく、いずれも王城に相応しい景観の一助となっていたが、それが今や廊下は汚物で溢れ返っている。
ブロードソードの血を拭い、熱した身体を冷ますようにやや大袈裟に呼吸を繰り返して気を整えると、動かなくなった亡者達の懐を漁り、雫石を手にする。次いで、周囲を観察していると、先程通った廊下の奥で、扉が一つ開いているのを見付ける。
背後から襲ってきた一匹の召使の亡者は、何かを契機としてその扉の向こうから出現したのだろう。
そしてその契機とやらは既に明らかになっており、彼女ら召使が襲い掛かってきた原因は、ステンドグラスが割れたことにあった。厳密に言えば、歌が聞こえなくなったから、であるのかもしれない。歌があれば、召使達は平静を保って仕事に全ての意識を傾けられるのだろう。
今後注意するべき点を知り得たところで、不死人は動かなくなった亡者達を捨て置き、廊下の曲がり角の方へと歩き出した。
やがて召使達が仕事をしていた辺りにまで出ると、廊下は段々と幅が広くなりつつあった。それは最早通路というよりは区画であり、しかし広間や部屋と呼ぶには区切りが曖昧な上、そういった場所につきものの調度品の類も置かれてはいない。
この幅広の廊下を不死人は真っ直ぐに歩き続け、すると行く手の右側に扉が開かれたままになっている部屋が現れる。
部屋の中は王城の常として金色の細工等の装飾が施されていたが、絵画等は見当たらず、代わりにいくつもの大きな姿鏡が仰々しく並んでおり、しかし更衣室かと思えば、服を仕舞うためのインテリアの姿は無かった。
さらにその部屋の奥には、不死人が今まで目にした中で最も豪華な扉があった。縦にも横にも長いその扉は、草花や鳥などのレリーフが一面に隙間無く掘りこまれており、美しく、それでいて見る者に穏やかな印象を与えるものであった。
そのような一品であったからか、開けようと動かす際は普段よりも慎重な力加減を心掛け、しかしそう簡単に事が運ぶ訳もなく、この扉には鍵が掛かっているため、今は閉ざされているようであった。
踵を返し、幅広の廊下にまで戻り、それを更に奥へと進む。するとそこから十も歩かないほど近くの左手に、半ばまで開いたままになっている木製の扉が現れる。
内部は廊下と違い、蝋燭の灯りが無いため暗がりとなっており、床に絨毯が敷かれていること、そしていくつか家具や棚が並び、そこに多くの本が置かれているらしいことだけが辛うじて見て取れた。
入り口にて一通りの観察を終えてから不死人は室内に入り込み、だが慎重に歩いたつもりがほんの数歩目で本か何かに躓き、その際に物音を出すと、それに反応してか、暗闇で赤い小さな光が二つ、こちらに差し向けられる。
それは異形である、騎士の亡者の眼光であった。
闇故に、敵が何の得物を選択しているのか分からず、そのような状態での戦闘は避けるべきだが、しかし美しく伸びる刀身が、翻った際に僅かに光を反射し、それがロングソードであることを教える。
程無くして亡者の騎士はその剣を構えながら、一歩二歩と無遠慮で大股に歩き出し、三歩目で強く踏み込むと不死人に強烈な突きを放った。
横方向へ回避するには部屋の幅が不足していた。従って塔のカイトシールドでその突きを受けると、だが受け止めきれないことは事前に覚悟していたため、あまり床を踏み締めず、相手の突きの威力に任せてそのまま後ろへ下がる。
こちらが油断するとなればこの瞬間なのだろう。しかし半端に距離を空ければ危険な手合いであることは既に承知しており、不死人は後退の直後、むしろその開いた距離で助走をつけて走り、十分に勢いをつけた上で塔のカイトシールドを正面に構え、騎士の斬撃を防ぎながらも体当たりで吹き飛ばす。
騎士の身体はいくつもの本を巻き込みながら転倒し、不死人はそこへ間髪入れずに詰め寄って止めを刺そうとするが、敵も然るもの、本を跳ね飛ばしながら即座に起き上がり、ロングソードを両手で握る。
騎士の亡者は走りながら迫る敵対者を、その勢いを利用して首を刎ねるつもりなのか、高めの位置に剣を構え、横に振り抜くが、不死人はこの迎撃に応じ、頭を低くすることで交わしながら騎士の懐に潜り込み、ブロードソードで脇を抉り抜く。
その部分の肉がごっそりと消え失せ、騎士は反射的に傷口を手で塞ごうとするが、それは完全に悪手であり、大きな隙を晒す結果となっていた。
それを見逃す理由は無く、不死人は力任せに塔のカイトシールドを騎士に押し当てると、そのまま重さを掛けて相手を転倒させ、床と盾とで挟んで抑え込み、その上で横から潜らせたブロードソードで胴と思しき部分を刺し貫く。
騎士の亡者は段々と力を失い、間も無く完全に動きを止めていた。周囲には他に動くものはなく、血塗れになってしまった本が散乱するばかりであった。
騎士の亡者の懐を漁った後、改めて室内の様子を眺める。暗がりは、先程まで騎士が息を潜ませていたように殆どのものを覆い隠し、灯りでも持ち込まなければ探索のやりようがないが、しかし室内の最奥と思しき一角に、陽を差し込む窓があった。
それは光の輪郭を作り、そしてその内側には、古ぼけた木の机が一つ置かれている。使い込まれたものだろうか、味のある傷が散見され、また机の上には破れた羊皮紙が一枚、走り書きを乗せて佇んでいる。