リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第7章 王城 7

 「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」

 高所からの落下により、碌に走ることすら出来ない有様の召使達がまたこちらに迫ろうとしていた。それに対処しようと不死人は構えを取り、だが瘴気の中をぐるりと回り込むように囁き声が移動する気配を察知する。

 一瞬の間が空いた後、やはり王城の侍従長が瘴気のカーテンを裂いて飛び出し、召使の亡者達をも巻き込みながら、巨体そのものを武器にこちらへと突っ込む。

 召使達は床と紫の巨体との間で引き千切られ、磨り潰されて飛び散り、だが不死人は身体を横に投げて敵の突進を躱すことに成功すると、しばらくも経たない内に勢いを失くし、停止して無防備を晒す王城の侍従長の横腹に取り付き、その肉を剣で深々と突き刺す。

 まさしく会心の一撃であった筈が、だが不死人の身体は浮き上がり、つまりは吹き飛ばされ、無様に床の上を転げ回る。

 大理石に剣を突き立てることで強引に回転を止め、すぐに顔を上げて相手の方を見るや、王城の侍従長は今まさに瘴気の中へと進み、闇に紛れようとしていたが、その一瞬に横腹で腕か足のような、或いは枝のような細いものが突き出し、上下に動いていたのを目にする。敵の身体に剣を突き刺した瞬間、そこからあの腕のようなものが飛び出し、反撃したのだろうか。

 「死んで」「殺したい」「死ね」

 何ら確証は得られず、だがどの道考え込む時間は無い。胸元で雫石を砕きながら、囁き声のする方へ目を向け、瘴気の向こうから召使の亡者が三匹這い出るのを視認すると、剣を構え、敵との間合いを計る。

 「皮を剥ぐわ」「摘出する」「二つに別けて」「抜き取っていく」「反対側へ引っ張る」「指を押し込んで」

 しかしその亡者達はこちらで倒すまでもなく、先程と同じように黒い瘴気の中で囁き声が動き回ると、王城の侍従長が飛び出し、突進を仕掛ける。

 治癒が完全ではなかったためか、僅かに身体の反応は遅れたものの、それでも後先を考えずに横に飛ぶことで突進の直撃は免れ、その後また敵が脇腹を無防備になっているのを認めると、急ぎそこへ駆付けながらブロードソードを握り締める。

 しかしすぐには斬り込まず、海綿動物達が蠢く体表に対し、垂直ではなく斜めになるように立ち位置を調整し、上から下への斬撃を見舞い、すれば同じ轍を踏む事は避けられたか、綺麗に生まれた裂傷からは勢い良く何かが飛び出すが、今度はその何かによって打たれずに済んだようだ。

 無論その何かは例に漏れず海綿動物達によって形作られており、だが繊細さがあった。しなやかで、細く、優美ですらある、女性の手そのものであった。

 その手は軽やかに動き、しかしこちらが近寄ろうとすると拳を握り、乱暴に振り回して攻撃の意を見せ、その間に王城の侍従長本体は動き出し、また黒い瘴気の中へと姿を隠す。

 気を付けていればあの自動的な反撃を貰わずに済むようだが、ただし女性の手は一度傷口から飛び出るとそのままになっているらしく、攻撃の回数を重ねればそれだけ多く増え、そして増え過ぎれば王城の侍従長そのものには近付くのが困難になってしまう恐れもあった。

 「死ね」「死ね」「本当に死ね」「早く死ね」「苦しんで死ね」

 「流し込む」「押し付けて」「引き裂く」「少しずつ割る」「削っていく」「押し潰して」「かき回すのよ!」

 憎悪の囁きが左右から不死人を責め立てる。右がより近く、そちらの方を見ていると召使の亡者が一匹、瘴気を抜け出てくるが、しかしその直後に召使の居る位置とは反対側から王城の侍従長が姿を現し、こちらを鋭く睨む。

 「ひぅぃうぃあぅいあああっ!」

 縦に裂けた口で叫び上げ、王城の侍従長は前足を大きく横に薙ぎ払うと、その手から伸びた黒い爪が不死人の首を刈り取ろうと迫るが、そうなる直前に後ろに下がる事で回避し、巻き起こった旋風に頬を撫でられるだけで済む。しかし付近に居た一匹の亡者はその攻撃をまともに食らったため、どこか遠くへ吹き飛んで行ったようであった。

 そして不死人は攻撃直後で僅かに隙を見せた王城の侍従長の懐に潜り、そのままあばらの辺りを深く斬り付けると、すぐに傷口が割れ、そこから女性の手が生えて飛び出すが、今回の場合攻撃されたことによる反応はそれだけに留まらず、紫の巨体そのものが大きく揺れていた。

 「ぎひゃあぁぁぁああああっ!」

 斬り付けた場所が良かったのか、王城の侍従長は姿勢を崩し、巨躯は床の上に転がる。

 「ずっとここで」「痛い?」「死んで」「殺したい」「乞わなくていい」「死ね」「逃げられない」

 横たわりながら王城の侍従長は囁き続けるも、その姿は致命的なまでに隙を露にしており、不死人は頭部の辺りにブロードソードを突き刺すと、柄を両手でしっかりと握り締め、巨体の後方へ向けて一気に走り出した。

 「ぎいぃっ! ひいぃぃぃいいぎいぃぃぃぃいぃっ!」

 鼓膜を劈くような高い悲鳴を上げる王城の侍従長の身体に、一直線の長い裂傷が生まれると、そこから次々に女性の手が生えて飛び出し、そして彼女が堪らず飛び起きる頃には、不死人はそこから距離を取り、黒い瘴気の中へ隠れようとする姿を見送る。

 身体の各所から細い腕が伸びたその後ろ姿は今や左右非対称な奇形であり、それだけ手傷を与えたことをも意味するが、敵の攻撃はこれまで以上に苛烈さを増すのだろう。それが獣というものである。

 「あ、あぁぁあ、あ、ぁ、ぁ、ぁぁ」

 渦巻き、上下にうねる黒い瘴気の只中で、王城の侍従長は喉を鳴らしながら、草むらに伏せる捕食者のようにおそらくこちらを睨んでいた。焦れるような時を少しの間味わい、やがて糸が切れたように突然に周囲が静まり返ると、瘴気の一部が引き込まれていった。

 「ひあああああああああああああああああああっ!」

 それまでで一番に猛り狂った叫びであった。大音量のあまり、不死人の身体を吹き飛ばしかねないほどの圧が生じ、空気が震え、黒い瘴気は激しく舞い踊る。そしてこの声に応じてか、広間後方では肉塊の落下音が数回ほど響いていた。

 「死ね」「ずっとずっと」「最後まで」

 囁き声が増えると、やがて瘴気の中から召使の亡者が三匹、同時に姿を見せていた。それらは不死人の姿を見付けるとすぐに向き直り、歪に折れ曲がった身体で不自由そうしながらこちらに向かって歩き始める。

 王城の侍従長は先程の叫びの後、何かをしようと言う素振りを見せず、それはおそらく厄介な展開の前兆ではあったが、しかし今の時点で最も間近に迫った脅威である亡者達に対処しなければならないため、不死人は剣と盾を構える。

 両手を振り上げて迫る一匹目の亡者との距離をこちらから踏み込んで潰し、胴に狙い定めて剣を深く薙いで斃すと、次に並んで歩いてきた二匹の片方を蹴り飛ばす。それによって得た僅かな時間の間で残ったもう一匹へ向き直り、肩から脇を通すように袈裟斬りにし、床の上に転倒していた最後の一匹に近付き、その首を切り取る。

 遅れを取るなどあってはならず、如何に素早く斃せるかが問題となる局面においてそれなりの成果を上げ、意識を王城の侍従長に戻すと、だがその気配はどこかへ失われていた。

 舞い上がる瘴気の中の、その居所の手掛かりたる囁き声を探すべく、不死人は耳に意識を集中するも、しかしどうしてか今まで殆ど絶えることなく聞こえていたそれは止んでおり、闇だけが広間の中にあった。

 俄かに雨粒が一つ足元を濡らし、大理石を溶かす。

 「ひああああおおおおおおおおおおおおおおうっ!」

 人間の桁を遥かに越える重量が天井より落下する。一瞬前の叫び声で不死人は回避行動を取り始めたものの、完全に避けることは叶わず、王城の侍従長の身体のどこかが当たったのか、落下の直後に強い衝撃に襲われ、横に弾き飛ばされる。

 押し潰されなかっただけ遥かに良い結果であったと言い切るには、負ったダメージは大きいものであった。散々に床の上を転げ回った後に止まり、倒れ伏せながらも早急に治癒すべく懐の雫石に手を伸ばすと、だがそれを咎めるような視線に気付く。

 瘴気を突き破り、王城の侍従長の巨体が飛び掛る。そのままでいれば轢き潰される以外に末路は無く、不死人は負傷により満足に動かない足は頼らずに、腕を使って床の上を飛び跳ね、紙一重で王城の侍従長の突進を回避する。

 身体のすぐ横を紫の巨体が暴力的な速度で通過して行く中、不死人は無理に起き上がらず先に胸元で雫石を砕いて治癒を始め、両足に活力が戻ってから立ち上がり、敵との距離を取って態勢の立て直しを試みる。

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