リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第8章 1

第8章 中央広場Ⅱ 1

 玉座の付近の篝火で休息した後、不死人は王城の侍従長エスメラルダと戦った謁見の間を通り抜け、控えの間に並ぶ姿鏡の前を横切ると、廊下から階段塔へ入り、その中にある螺旋階段を下って王城一階へと降りて行く。

 そうして階段の先にある幅広の廊下に出ると、その付近にある先程は鍵が掛かっていたため通れなかった扉に近付き、王城の寝室にて手に入れたばかりの、飛び上がる鳥の模様が刻まれた鍵を取り出す。

 それを鍵穴に差し込んで回せば、扉は解錠され、その向こうに緩やかな傾斜の階段が現れる。

 五段程しかないこれを降りた先は屋外となっており、不死人は小さな庭園と、その中央にある小ぶりな噴水とそれを回り込むように作られた石畳の道を見付け、これの上を歩いて行く。

 石畳の道は長くは続かず、程無くして辿り着いた終点には上がったままの跳ね橋が立ち塞がり、当然この状態で先へ進むことは不可能だが、しかし橋の根元にはレバーが設置されており、調べるとまだ動く様子であったため、これに力を込めて可動させる。

 錆びた金属部品が重厚でありながらも異様に高調子な音を発しつつ、跳ね橋は埃を上げながら動き始め、やがて徐々に橋が降りることで見えるようになってきた向こう岸の景色は、嘗て真っ青な肌の巨人と相対した場所、中央広場であった。

 跳ね橋が完全に降りる。通行可能になったその場所を渡っていくと、その終わりに差し掛かったところで横合いから声を掛けられた。

 「貴公、健在のようだな。あちらから来たということは、見たんだな? 玉座を」

 久しぶりに見える、騎士らしき風貌の男がそこには居た。それは当然の再会なのだろう、彼が今寄りかかるアーチの下の壁は、彼と最初に出会った時にそうしていた壁と全く同じものであった。

 「あの憎たらしい猫が言っていた通り、無駄足だっただろう? この地には、薪の王との関わりを匂わせるようなものは本当に何も無いんだ。不死の使命とは無関係の地。それは真実なのだろうよ」

 騎士らしき風貌の男は腕を組み、王城の方を見やる。

 「しかし、玉座まで辿り着いた今ならもう知っていると思うが、薪の王の玉座が無い、不死の使命が無い、滅んでいくだけの土地、と言う割にここは怪異で溢れ返っている。この中央広場に陣取っていた巨人もそうだが、何故あんなに正体の分からないような化け物がのさばっているんだ。大体あれは何だ? ゴーレムか? それともデーモンか? 単なる巨人の一種か? いや、どれにも属さないだろう。それらとはあまりにかけ離れた外見だったからな」

 男は不死人の目をじっと見詰め、力強い語り口を続ける。

 「この地は、生きている。滅んでなどいないさ。おそらくまだ変化の途上だろう。それになにより、不死の亡者達はこのリングレイを中心にして世界へと波及しているらしい。これだけの異変があって、この地に何も無い、なんてことが信じられるか?」

 騎士らしき風貌の男は右手を出し、握手を求める格好を見せる。

 「俺は探求の徒ノルベルト。この地の秘密を探っている。改めて貴公と協力関係を結びたい」

 不死人は特に迷うことなく彼の手を取り、ここに僅かながらも結束が生まれる。

 「心強いよ。ああ、そうだ、一つ重要なことを教えておく。このリングレイの地の秘密を探るためのキーワードは青ざめた血だ。特にこれを探るためなら、俺は如何なる協力も惜しまない。大方、溝の溜まり池の奥にあった巨大な門の向こう側に秘匿されているのだろうが、あの頑丈な扉を通り抜ける方法が無くてな」

 思い返すに、洞窟内へ続くであろうあの場所は、彼の言う通り固く閉ざされており、これを開くにあたっては何らかの工夫が必要であった。

 それを手掛かりに次にやるべき事が定まった不死人は、適当なところでノルベルトとの会話を切り上げ、彼に背を向ける。

 「炎の導きのあらんことを、か」

 定番の別れ言葉を口にしたノルベルトは、何故か言葉尻に自嘲を含ませていた。

 彼の他にももう一度話をしなければならない人々を思い出し、だが会いに行くよりも先に中央広場の篝火でエスト瓶にエストを溜め、そしてソウルの業を己に向ける。

 この先、益々困難を極めるであろう旅路に備えなければならず、通常の鍛錬によるものではない、人知を越え、神々を屠ることすら可能にするソウルの力によって自身の能力を上げていく。

 既にこの地における魔法の重要性については思い知っていたため、特に理力などに関連する能力を底上げし、だが今までに得たソウルの全ては使い果たさず、ある程度残して終わりとした。

 篝火でやるべきことを全うすると、不死人は立ち上がり、次に鍛冶師マサイアスの元へと向かった。半壊した家屋の地下へ赴けば、彼は変わらず仕事に精を出している様子であり、こちらが近付くとその足音に気が付いたのか、眉根を寄せた顔を向けられる。

 「お前か、まだ硬貨でしか支払わないつもりか?」

 その言葉に対しては、口で答えるよりもそれが雄弁であったため、不死人は手のひらにソウルを溜めると、その様子を彼に見せる。

 「そう、そうだ。不死の旅に、それは欠かせん」

 心なしか、僅かにその声は弾んでいた。自惚れかもしれないが、ソウルの業を忘れていた不死人の行く末をマサイアスは案じていた、などということは有り得るだろうか。

 彼に武器や身に着けている防具の修理を頼み、引き換えに一定量のソウルを渡す。修理はすぐに行われ、それらは新品同様、とはいかないまでも、静かに輝きを取り戻していた。

 他は特に購入したい品物も無かったため、彼の仕事場を去ろうと挨拶を告げる。

 「そうか、またな」

 マサイアスは金槌を振り上げ、視線は落し、まるで不死人に関心の無い素振りを見せながらそのように応えた。

 鍛冶屋の次に向かったのは、こちらは本当に不死人そのものにあまり興味を持っていない、魔術師コネリーの元であった。彼は最初に見かけた時と同様に、使われなくなって久しい住居の一つで、椅子に座り、机の上で何かを書いていた。

 不死人は部屋の入り口からその背に声を掛けると、彼はすぐに反応を示す。

 「ああ、君か。入るといい」

 返ってきたのはやはり表層的な愛想のみを意識した言葉であり、まして彼はまだ椅子に座ったまま、振り向こうとすらしていなかった。

 やや礼を失する態度ではあるが、彼の気質は知っているのであればそれは今更というもの。不死人は机の方へ歩み寄りつつ懐から二冊の本を取り出すと、それをコネリーの肩越しに机の上に乗せる。

 元は貴族街にて糸を紡ぐ老婆の持ち物であったその本は、どうやらコネリーの眼鏡に適うものであったようだ。双子のような表紙の本が視界に入ると、彼は目を大きく開き、また口の動きもそれに連動した。

 「あっ、ああ! そう、こういうのだよ! 欲しかったのは! 凄いじゃないか!」

 興奮する顔は、相好を崩す青年というよりは、単に笑顔の子供のようであった。

 「ありがとう! いやぁ、これで、あ、え?」

 しかし彼が本を取り、ページをいくつかめくるとその表情には陰りが差し、困惑の色を見せ始め、更に先を読むと驚愕すらしているようであった。

 「闇術なのか、これが。なんということだ」

 その戸惑いは喜びの感情に勝るものであったのか、コネリーの顔から笑顔は見る影も無く消えている。

 「私は、今までこの分野には触れた事が無い。おそらく業として習得することは出来るし、それを君に教える事だって出来るとは思う。しかし本質の理解は出来ない。第一、闇術なんて噂の中にしか存在しないようなもので、それが実在して魔術書として形が整えられていること自体が不思議というか。意味が分からないというか」

 そのままコネリーは本に視線を落しながら、唇に手を当て、独り言のような呟きを矢継ぎ早に重ねていく。だが、徐々に度を越して興奮を高めてしまっていることを本人も途中で気付いたのか、一度本を閉じ、深呼吸してから不死人を見詰める。

 「約束だ。勿論これらの魔法を君がちゃんと使えるようにする。そういえば君、今ならきっと、大抵の魔法は使える筈だと思う。ああ、そうだ。そんな君に渡したい物がある」

 コネリーは椅子から立ち上がると、手近にあった洋服箪笥の中から一振りの剣を取り出し、それをこちらに寄越した。

 「それは魔術師のロングソード。普通、魔法というのは杖を使うものだが、どうやらこのリングレイで使われている魔法は剣技と一体になっている場合が多く、剣と杖を持ち替えるのはナンセンスらしい。故に魔術触媒としても単純に武器としても使える得物が必要で、それがその剣だ。君にあげよう」

 鞘から剣を引き抜き、全体を眺める。やや細身の刀身や柄の部分などには装飾が皆無であり、ともすれば一見して普通のロングソードのようにも見えたが、しかし彼の言によればこれで詠唱を行うことにより魔法を発動できるらしい。

 「それと、闇術というものはタリスマンや聖鈴を使用して発動するものも多く、この魔術書の片方はまさにそういう術について載っていたもので、魔術触媒で発動するものしか分からない僕がこちらまで持っていては無意味だから、少し惜しいけど君に返すことにするよ。誰か奇跡の術を扱える人にでも渡すといいだろう」

 不死人がその本を受け取ると、コネリーは身体の向きを変え、一度咳払いする。

 「それじゃ、やろうか、魔法の講義」

 不死人はソウルと引き換えに、魔術師コネリーから様々な魔法を学び、修める。何度か試したところ、魔法は譲り受けたロングソードで問題なく発動し、世辞だろうが、筋が良いとも言われる。

 今までに手に入れたソウルを全て使い果たしたところで、不死人はコネリーと別れ、そして中央広場にて言葉を交わす必要性がある者達、その最後となる小さな白い猫へと顔を合わせに行く。

 しかし、彼女の元を訪れ、話しかけたものの、小さな白い身体は机の上に横になったまま尻尾を左右に揺らすばかりで、特に不死人の方を見ようとしなかった。

 元はと言えばこの小さな白い猫こそが玉座に行けと言い出したのであって、そこから帰還した者に対しよくも無関心でいられるものだと、そう憤ったとしても不自然ではないだろうが、しかし彼女は無意味である事を確かめに玉座に行け、という旨の発言しかしておらず、真実それが無意味であることを知ったのなら、怒りをぶつけるのは筋違いなのだろうか。

 「まだ頑張るのかい? 大変だねえ」

 やっとものを言ったかと思えば、発した言葉はそれきり、続く事はなかった。

 まるで実りのない再会であったようだ。

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