第9章 礼拝堂 1
《リングレイの本当の秘密を封じた者は、礼拝堂に居る》
それが周壁内部の牢に閉じ篭もる男の言葉であった。信じるに値するかはさて置くとして、ノルベルトは溝の溜まり池の奥に秘密が隠されていると見当を付けているようだが、現状そこを塞ぐ門を通り抜ける手段は無く、他の手掛かりと言えば礼拝堂に関するこの言であり、それは門の状態とも符合する。
不死人は中央広場を後にし、溝の溜まり池の上を大きく跨ぐ跳ね橋を渡り、アリーナ入り口近辺を再び訪れる。そしてアリーナの牢舎が並ぶ方とは反対の方角を向くと、その先のどこか厳かな風情のある、木造の建物へ向かって歩いていく。
その建物は大きく別けて二つの棟が並ぶように建っていた。一つは質素ながらも宗教的な意味合いを持つ彫像などが置かれた二階建ての礼拝堂であり、もう一つは礼拝堂よりも奥に建ち、そして同じく二階建てではあるがそれよりも遥かに面積が広く、また暗い色を建築物であった。周壁内部の牢の中の男によれば、この暗い建物は病院であるらしい。
そこへ近付くにつれ足が雑草をよく踏むようになり、高く伸びた木も散見されたが、その割には周壁と太陽の位置関係が悪いのか、日当たりが極端に悪く、日中であるにも関わらずこの一画はまるで夜のように薄暗くなっていた。
やがて礼拝堂と思しき棟の正面に開いたままになっている玄関を見付け、そこから屋内に入ることが可能であるようだが、しかし一度外観を観察し、その全容を把握しておきたかったため、中に踏み込むのは後回しとし、建物を一周することに決める。
歩きながら建物を眺めるも、壁はいずれも土気色の木の板で作られているため味気なく、変化に乏しい上、窓は全て内側から板が張られ、室内の様子を窺い知ることは出来なかった。
更に歩き回って周辺を調べると、礼拝堂に隣接する病院、その正面玄関らしきものが見付かる。不死人はこれに近付き調べてみるが、扉は開くことなく、どうやら内側から施錠されているようであった。
それ以降他に出入り口は見付からず、建物周辺の探索を終える。これ以上は室内に踏み込まなければ得られるものはないため、開いたままの礼拝堂の入り口に立ち、一先ずそこから中の様子を覗き込んだ。
室内はまた、粛然とした様相を呈しており、しかし本来であればそういった空気に合わない筈の、亡者らの姿があり、いずれも室内に並ぶ信徒席に座り込んでいた。脅威としては有象無象に分類される農民の格好をした亡者でしかないが、ただし数が六体と多く、万が一何かの拍子で一斉に彼らがこちらに敵意を向ければ、無事で済む保証はないだろう。
だが最初から敵愾心で以て相手を見据える必要があるかと言えば、この場合は微妙なところであった。彼等は全て静かにして席に着いており、こちらから何かしなければ王城の召使のような例もあるため、戦闘が発生せずに済む可能性もある。それ故不死人は足音がしないよう気を付けながら、信徒席の脇を歩き、農民の亡者達の横を通り抜けて行く。
「うぉいっ!」
短いその怒声の直後、陶器の割れるような音が礼拝堂に響き、その出所たる信徒席の合間を通る道の上にて、花瓶か何かが砕け、欠片を撒いていた。
声を発したのは礼拝堂の上にある、吹き抜けの廊下部分から顔を出している一匹の亡者であるらしく、花瓶もおそらくそこから落したのだろう。その行動に何の意味があったのかと言えば、とても単純に、信徒席に座る亡者達の意識を呼び覚ますためであったと予想される。
六匹の亡者達はそれぞれ顔を上げ、不死人を見付けると身体を起こし、椅子から立ち上がって徐に動き出す。
「うぇぅぅぅ」
亡者達はまだこちらを睨むばかりであったが、いつかは駆け出し、不死人に群がるのは時間の問題と予想される。だが位置取りが悪く、現在不死人が居る場所からでは走って逃げたところで信徒席か亡者そのものに行く手を阻まれ、そしてその次には囲まれるだろう。
「うえあっ!」
一匹の掛け声を皮切りに、六匹の亡者達はとうとう走り出し、不死人に迫る。これで花瓶を投げた亡者の、思い描いた絵図面通りとなったか。
否や。元より備えも無しに、静かに通れば襲われない、という程度の憶測のみで、死地に踏み込むほど愚かではない。その場にて留まると、右手のロングソードに魔力的な奔流を滾らせ、それは一瞬にして剣の先を呑み込むと、溢れ出して青い光りが迸り、やがて実体のない大剣を形成する。
不死人はそれを横に大きく薙ぎ払い、するとソウルによって生じた青い大剣は迫り来る亡者達全ての胴を斬り裂き、そしてただその一幕のみにて眼前の敵はいずれも倒れ伏すこととなった。
これこそは魔術師コネリーより学んだばかりの魔法、ソウルの大剣である。剣という特性のため魔法であるにも関わらず遠距離の敵には届かないが、それと引き換えに威力と、特に攻撃範囲に優れており、あのような手合いであれば纏めて葬れることは今試した通りである。
また、剣に重さも無いため攻撃後の隙があまり生まれず、不死人は六匹を斃した余韻に浸ることなく、上の階の吹き抜けの通路から顔を出している亡者にロングソードを向けると、ソウルの矢を放ってその頭部を貫く。
それを最後とし、礼拝堂入り口近辺の脅威は全て排除することに成功したようであった。ブロードソードと塔のカイトシールドのみを得物として戦っていた時とは段違いの殲滅速度である、が、所詮は農民の亡者であり、元々それほど強い手合いでもない。過信するべきではないのだろう。
ともあれ、静謐さを取り戻した礼拝堂内部を探索するべく、不死人は信徒席の間を歩き、奥の方へと向かう。
礼拝堂と言われるだけあって、室内には祭祀道具や信徒席の他に置かれているのは祭壇のみであり、必然として調べることが出来る場所も限られていた。
出入り口すら正面玄関と祭壇右横にある扉一つの他には無く、不死人は信徒席の周囲を軽く調べ終えると、その扉の方へ近付き、鍵の掛かっていないそれを開く。
木製の扉の向こうには木製の階段があり、踏むと時折小さく弾ける様な音を鳴らすそれを一段ずつ登って上の階に至ると、信徒席の上を通っている吹き抜けの通路がそこにあった。特には敵の気配もせず、通路を歩いていくと、半ばには頭の砕けた亡者の躯があり、これは先程ソウルの矢で貫いたものであるのだろう。
亡者の横を通り抜け、礼拝堂正面玄関の真上の辺りまでやって来ると、その行き止まりで窓が一つ開いたままの状態となっていた。
不死人はその窓の縁を跨ぐと、貴族街の館でもそうしていたように、礼拝堂の屋根の上に登り、そこから周囲の様子を窺ったところ、屋根の上には梯子が一つ架かっており、それが伸びる先は礼拝堂とは別の棟、病院二階の開いた窓であった。
梯子を伝い、病院内部へと踏み込む。
建物そのものが陽の当たらない場所にあり、その上窓の殆どに板が打ち付けられている為、室内は静まり返った闇が支配し、亡者、というよりも怪異が潜むには打って付けの空間であった。