リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第9章 2

第9章 礼拝堂 2

 そのような様相では無闇に探索をし、物音を立てて脅威となる者達を起こすような真似は憚られるが、実の所、具体的に何を探しにここへやってきたのかも定かでは無い。よってある程度音に気を付ければ、あとは直感に従って捜索を行うしかないのだろう。不死人はまず入ってきた窓の近くから周囲の様子を窺うと、すぐ近くに下へ向かう階段があるのを見付ける。

 暗い足元に注意しながらそれを降り、一階に至ると、そこから少し歩いた場所に正面玄関の裏側と思しき扉が見付かる。やはりこちら側から鍵が掛かっており、これを解除すると扉は開かれ、病院の正面玄関と屋外への道が確保された。

 そして病院へ戻ろうと振り返ると、不死人は一人の男性と視線がぶつかることとなった。

 唐突に現れた訳ではなく、どうやら最初から階段横の受付の奥に居たようだが、不死人がその階段を降りた際にはその部分は死角になっていたようだ。男性は堅牢な柵に守られた、病院受付の奥で壁を背に寄り掛かり、静かにこちらを眺めるばかりだが、しかし近付くと声を発した。

 「新参か」

 赤い儀礼の服を着た男性は、白髪だが若く、太い眉毛と唇が印象的であり、加えて精悍な顔つきのため、眉目秀麗な人物と言い切ったとして何ら違和感はなかった。

 腕を組むその姿は少しの愛想も見せず、また露骨に視線を外して語り出す。

 「私は騎士、名前はクリスティアンだ。私はかつて、この病院の院長も兼ねる礼拝堂の神官長と共にあるものを封じたのだが、それは間違いだったようでな。封じた際に使った品を取り戻しに来たのだが、病院がこの有様ではとても中を調べられなかった。はっきり言って私が探しに行くのは無謀でしかなく、どうしようかと途方に暮れていたんだが、貴公、代わりに調べてきてくれないか」

 彼の態度はやはり空々しいものであり、とても頼み事をしているとは思えないようなものであった。ただどの道、元よりその目的で礼拝堂にまで赴いているため、ここで承服するような顔をしておけば恩の一つを売る形を取れるかもしれない。不死人は彼の言葉に頷いておく。

 「やってくれるか。では、健闘を祈る」

 クリスティアンは助言の一つすら寄越さず、それきり会話を打ち切った。こうも礼を失する態度を取り続けるのは、騎士という位に起因するものか、或いは単にあまり期待されていないからなのだろうか。

 そこに長居する理由も無いため、不死人はクリスティアンの下を離れ、一階受付前の辺りから廊下を眺める。

 受付から見て左右に枝分かれしてその廊下はどこまでも伸びており、灯りも無いため行く先は黒く塗り潰され、どの程度の全長であるのか、現在の位置からでは見通すことが出来なかった。探索する上での手掛かりは皆無であり、廊下の右を進むのか、左を進むのか、または階段を戻るのか、どれを選ぶも自由であったため、不死人は特に根拠も無く廊下を右へ進むことにした。

 数歩先の様子も知れない暗い廊下を歩いていく。右の壁に窓、左の壁に扉が向かい合い、この組み合わせが一定間隔で廊下に並んでいるが、どちらも木の板が張られており、容易に開くようなものではない。

 直進する以外の選択肢が無く、木の床を軋ませながら歩き、暗がりの隅に目を凝らすも、時折家具のようなものが置いてある程度で、廊下には何も目を引く物が無い。しばらくそのまま進んでいると、やがて正面に壁が見え、廊下は左に曲がっている様子であった。

 曲がり角の向こうから亡者の気配がするようなことも無く、顔だけを出して確認したところ、特に異常は見受けられない。角を曲がって再び廊下を進み始めると、しかしそこから十歩ほど歩いたところで不死人の足は止まる。

 廊下の先に、何かが浮んでいるのを見付けたためであった。例によって暗闇のせいでよく見えず、その場から動かずにより観察に意識を集中する。

 そこに在ったものは、青い内臓であった。色は違うがおそらく人のものと思われ、肺があり、心臓があり、肝臓、腎臓、大腸小腸、おおよそ生命活動に必要な臓器一式が人体に収まっているときのように綺麗に纏まっており、そこより上の方に不死人をじっと見詰める目玉が二つ存在し、そしていずれも空中に浮んでいた。

 互いに目が合っている状況ではあるが、浮ぶ内臓は特に何かしてくるようなことはなく、しかしそのまま時が過ぎるかと思いきや、ふっと浮ぶ内臓がこちらに近付く。

 咄嗟に魔術師のロングソードを構えるが、しかし浮ぶ内臓はほんの少しだけ不死人に近付いたのみでその場に留まり、少し経つとまた先程と同じように僅かにこちらとの距離を縮める。

 その際、浮ぶ内臓は小さくだが上下に揺れている様子であった。そのリズムはまるで人間が歩行する時のものと似ており、そのまま観察を続けていると、どうやら浮ぶ内臓は不死人に近付いている、というよりは、単に廊下をゆっくり歩いているらしいことが分かった。

 廊下の右側をまっすぐに移動しているため、このまま行けば浮ぶ内臓はこちらの真横を通過するのだろう。明確な敵意は見られず、だが警戒を解く段階ではない。不死人は廊下の左の壁に張り付いて浮ぶ内臓を通り過ぎるのを待つと、長い時間は掛かったものの、彼はやはりこちらに何もせず、やがて互いの距離は離れていった。

 害は無いと油断させておきながら、後になって襲い掛かってくることも想定し、さらに時間を置いてその場で状況に異変が起こらないか待ってはみたものの、それから特に何かが起こるというようなことは無く、段々と浮ぶ内臓の姿は廊下の奥へと消えて行く。

 それの正体が何であったのか、現時点では考察する上での糸口など皆無に等しい。病院内を詳しく調べていけば分かることなのかもしれないが、あれも亡者の一種なのだろうか。それにしては、重要なものが一つ足りなかったが。

 ともあれこちらから何かしなければ襲ってくることは無いらしい、ということだけを覚え、先を進む事にする。

 廊下はどこかで物音がするようなことはなく、空気の流れも停滞しているため、まるで止まった時間の中を不死人だけが自由に動いているかのようであり、そのような奇妙な空間をそのままずっと進んでいると、それなりの距離を歩いたところで先程出会ったものとは別の浮ぶ内臓が廊下の先に現れる。

 あまりにも動きが悠長に過ぎるため分かりにくいが、浮ぶ内臓はやはり歩いているようであった。前のようにこのまま横を通り過ぎるのを待つのが安全だが、しかしそれではあまりに時間を浪費してしまうため、今度はこちらから脇を抜けられないか、試すことにする。

 浮ぶ内臓は不死人の側から見て廊下の右側に寄って進んでおり、その反対側となる左の壁の方には小さな机が置かれている為、通れる幅は若干細くなってはいるが、それでも浮ぶ内臓との距離は十分にある。躊躇わず不死人は歩き出し、いよいよ浮ぶ内臓の真横に差し掛かると、その際足が何かを踏む。

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